愚者が描いた世界

白い黒猫

文字の大きさ
18 / 51
~剣と誇り~

3-3 <按察官の剣>

しおりを挟む
 キリアン・バーソロミューは、クロムウェル侯爵が元老院本部の回廊を苛立った様子で歩いているのを静かに観察していた。
  王宮内で最近様々な噂が錯綜していて、その収拾がつかないことに元老院の議員も浮き足たち、ササクレだった雰囲気だった。元老院の三重鎮は内心の苛立ちを、必死で厚い面の皮を笑みの形に歪め、動揺などしてないような態度をとっていた。しかし、今日のクロムウェル侯爵はお得意のヘラヘラ笑いも出来ぬほど苛立っているようだ。
  近づいてくる、クロムウェル侯爵に挨拶の為礼の姿勢を取る。
 「バーソロミュー殿が、ご苦労」
  尊大な態度でキリアンに答えるクロムウェル侯爵。キリアンは内心のクロムウェル侯爵への嫌悪感をまったく感じさせない笑顔をした上で、心配そうな表情へと変化させてみせる。
 「クロムウェル侯爵、どうかされたのですか? 浮かぬ顔をされて」
  そのままやり過ごしても良かったのだが、キリアンはあえてそう聞いてみる。
  クロムウェル侯爵は、よほど誰かにその苛立ちを聞いて欲しかったのか、態々自分の執務室にまでキリアンを招き、感情を爆発させるかのように語り出す。
  宮内官である自分の意見にいつもなら、何でも素直に従い頷いていたフリデリック王子が、よりにもよって厄介な案件について、頑なに自分の意志を通そうとしている事が腹立たしくて堪らないようだ。
  もし、このままフリデリック王子の自由にさせておいたら、コーバーグという存在を毛嫌いしているヴォーデモン公爵から、どのような仕打ちをうけるかも恐ろしいのだろう。
 「しかし、私にはよく分かりませんが、クロムウェル侯爵は何故そこまで、コーバーグという子供を、警戒されるのですか?」
  クロムウェル侯爵は、『お前は何も分かってない』と呆れた顔をする
「いいか、コーバーグは偽善的な行動をし、元老院を批判する言動が多く政治を混乱させてきた男なのだ」
  キリアンは『それは聞いています』と、頷いてみせる。
 「なぜか民衆からの人望だけはあることで、扱いはかなり厄介だった」
  忌々しそうにつぶやくクロムウェル侯爵。
 「でも、その伯爵はもうこの世にはいませんし、テオドール・コーバーグでしたっけ?
  彼はまだ十六歳でしかない子供ですよ。それほど警戒するほどの相手とは思えませんが」
 「君はヤツを見たことないからそう言えるのだ!
  コーバーグの息子は忌々しいことに金環眼をもち、民衆にも積極的に交わり人気も増してきている」
  キリアンは苦笑しつつ、頷く。
 「そのようですね、先日チラリとお会いました。顔は大変美しい人物のようでしたが」
  実は先日、コーバーグとの間に一悶着があったのだが、キリアンは澄まして答える。
 「その顔で、バラムラスやレジナルドまでも骨抜きにして意のままに操ってきておる。何処が天使だ! とんでもない魔性の存在だ」
  クロムウェル侯爵はコーバーグの名を憎々しげに語る。
 「私の見解では、全ての事はゴーバーグが行っているというより、王国軍が金環眼である彼の存在をそのように利用しているように見えますが。
  コーバーグはそれなりに使える人物ではあるのでしょうが、所詮子供です。さほど警戒する程の者には思えません」
  クロムウェル侯爵は、その言葉に顔をしかめる。
 「どちらが利用しているにせよ、厄介な存在なのにかわりない」
  キリアンは内心ヤレヤレと思いながらも、ニッコリ笑ってクロムウェル侯爵にそっと顔を近づけささやく。
 「でも公爵、これは逆に、我々にとって有利な展開とは思いませんか?」
  クロムウェル侯爵は訝いぶかしげにキリアンへと視線をやる。
 「金環眼……といえば神そのものの存在。そして国の栄光の証。絶対王位を示す者。
  そんな存在がフリデリック王子の側にくるという状況は、民衆に対しても良い示しになると思うのですが。
 神を崇めるマギラも、そうとなれば我々の国を攻めることもままならぬ事になるでしょう。
 アデレートは、神が認めた王子がいる国なのですから!」
  マギラの神殿の予言にも『金環眼の人物に選ばれた王が、大地に実りと平和をもたらす』というものがあるらしい。
  クロムウェル侯爵は初め驚いた表情をしたが、その意味する事を頭の中で考え計算しているようだ。
 「王国軍ではなく、我々がその存在を利用するのですよ!」
  キリアンの囁きにクロムウェル侯爵の顔は……だんだんと明るくなる。
  いつものニヤリとした嫌らしい笑みを取り戻す。
  彼はヴォーデモン公爵に対して、もう手柄を立てたかのような気分になっているのだろう。
  上機嫌で高慢な態度だが、『お前は思った通りなかなか見所があると』とキリアンをしきりに褒める。
  そんな姿を、冷めた視線でキリアンが見ていることすら、気付いていない。
  クロムウェル侯爵は、ヴォーデモン公爵にキリアンの意見を自分が思いついた事のように、自慢げに披露するのだろう。
 次期王であるフリデリック王子を自分の手の中で転がしているという事の優越感に、ほくそ笑んでいる。
 (何処までも馬鹿で愚かな男だ……自分では何も成すこともできず、何の力もないことすら気付いていない)
  キリアンは、元々ない頭脳を必死で動かし、今後の自分が行動すべき脚本を練っているであろうクロムウェル侯爵に、これ以上つきあうもの馬鹿らしくなる。
 適当な理由をつけて部屋を後にした。
  自分の執務室に戻り、キリアンは深い息をつく。キリアンは目を閉じ、剣の柄に手をそっと添え撫でる。
 キリアンは、二本の剣を左の腰に下げている。通常使っているシャープで百合のレリーフが施された細身の長剣と、二種類の花のレリーフのある短めのスパタ。
  今キリアンが手にしているのは柄に二種類の花のレリーフが施された方で、優美なデザインのその柄の感触がキリアンを落ち着かせる。
 そしてゆっくりと静かに目を開ける。
 「それにしても余計な事ばかりするのが、ベックバード一族というわけか。
  王弟子といい、王子といい!
  ……潰すのはまず王子の方が……」
  キリアンの低い声が執務室に響く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...