愚者が描いた世界

白い黒猫

文字の大きさ
19 / 51
~剣と誇り~

3-4 <課外授業>

しおりを挟む
 その日、フリデリックはグレゴリーに連れられてアルバート南東にある、ヴァラサラー城に来ていた。
  コチラは、もう使われていない廃城で、廃墟となりながらも、直線と曲線を絶妙に取り混ぜた奔放なデザインは素晴らしく、朽ちて尚、強い威厳と存在感をもっていた。現在のアルバードにあるヘブンリーシスタ城が女性的であるのに比べ、ヴァラサラー城は男性的な魅力をもっている。
  海を望むように存在する、その城はかつて『絶美の城』とまで謳われており、船でヴァラサラー城を望む者はその姿を一目見た事を一生の自慢としたほどであったらしい。
  しかし、百年ほど前、海岸部を襲ったハリケーンで城下町と供に被害をうけ、今はレゴナ川の河口から少し内陸に入った。 アルバートに遷都されることで、そのヴァラサラー城の歴史は閉じる。
  現在は軍の管理下におかれ、訪れるものは兵士のみで、それも警備の為の見回りというそっけないものなのも寂しい限りである。
  グレゴリーはヴァラサラー城を案内しながら、その場その場に纏わる様々なエピソードを交えながら。その当時の世界をフリデリックに口授していた。
  そのすぐ後ろからダンケが付き添い、少し離れダンケの部下が警護にあたっている。
  かつての王が住まう、シルビア宮の海を一望できる場所のベンチで一休みするグレゴリーとフリデリック。
 「そういえば、王子……先日王国軍を視察されたとか」
  ダンケが用意した、お茶を飲みながらその絶景を楽しむフリデリックをジッと見ていたグレゴリーが、何気ない様子で話しかけてきた。
  フリデリックは、グレゴリーのカップをもつ手に、不自然に力がこもり緊張しているのには気付いていなかった。
 「いえ視察などではなく、剣技と兵法の先生となる連隊長の方々と顔合わせさせて頂いたのです」
  照れたように笑うフリデリックをグレゴリーは目を細めてみている。
 「連隊長といえば最近就任されたテオドール・コーバーグ殿が評判ですよね」
 (テオドール?)
  王国軍から資料として受け取った書類にもT・コーバーグとだけあったので、そこでフリデリックは初めてテリーがテオドールの愛称だったことを理解する。
 「金彩の瞳の人物、レジナルドお兄様以外初めてお会いしました。それだからというのではなく、本当に素敵な方でした」
  フリデリックはテリーの姿を思い出しふわりと笑みを浮かべる。
 「そうですか、金彩の瞳は遺伝するといいますから、お母様に似たのでしょうね。テオドール殿は」
  グレゴリーの言葉に驚くフリデリックとダンケ。
 「グレゴリー先生はテリー殿をご存じなのですか?」
 「いえ、お会いした事ないですね、ただテオドール殿のご両親とは親しくさせて頂いておりましたので」
  ダンケは顔を険しくし、剣を抜きフリデリックを立たせ自分の背後へ隠しグレゴリーへ向き合う
「ダンケ?」
  フリデリックは訳分からずダンケの声かけるが、その後ろ姿から張り詰めた気配だけが感じられた。
 「貴方が亡霊だったのか! 今回王宮から王子をここにおびき出し何をするつもりだ?」
  剣をグレゴリーに突きつける。
 「ダンケどの、誤解なさらないで下さい、私はただのフリデリック様に歴史を教えるためにここに来ただけです。
  しかも私は丸腰ですそれでも切りますか?」
  ダンケに向かって、手を広げグレゴリーは穏やかに答える。
 「ダンケやめて!」
  フリデリックは叫ぶ。
 「何の話をされるつもりだ! それによっては、切る!」
  ダンケの言葉に驚き、フリデリックはダンケの剣をもつ手を思わず押さえる。
 「ダンケ! ダメだ! 止めて!」
  二人の間に緊張した空気が流れる。
  その気配に他の近衛が近づいてくる。
  フリデリックは叫ぶ。
 「みんな、大丈夫、誤解だから! 何でもない!」
  階段の下の近衛達が戸惑うような表情でダンケの指示を待つ。
 「ダンケどの! 私も同じですよ、王子をお守りしたいだけですよ! 貴方が剣で守るように、私は知識を与える事でね!」
  グレゴリーの真剣な顔と、フリデリックの必死の制止にダンケの心が揺れる
「ダンケ殿、貴方はフリデリック様をお守りするといいますが。
  何も見えない、何も聞こえない、そんな危ない場所に、そのまま過ごさせて、どう守るというのですか!」
  ダンケ、は戸惑いつつも剣をおろす。だが 剣は鞘にしまわない。部下へそこで待機しろと手と視線で指示を与える。
 「どういうことですか? ダンケ……グレゴリー先生……」
  グレゴリーはフリデリックを真っ直ぐみて静かに語り出す。
 「フリデリック様……授業をしますか、今日の論題は『正義』です」
  グレゴリーはそういって笑ったが、その表情はいつもの優しいものではなく瞳に激しい感情を秘めた冷たい笑みだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...