愚者が描いた世界

白い黒猫

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~剣と誇り~

3-7  <その剣をもつ者>

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 ブルーム公爵の領城は、アデレードの貴族の城の中でも質素といえる外観をしている。硬く大きい石を積み上げた土台の上にあるシンプルに薄茶の建物に濃い茶の窓枠がアクセントを付けている。どちらかというと周りの森との調和を意図して作られているようだ。過剰な装飾をあまりされておらず、重厚で悠然とした味わいがある。
  『この城はまさにバラムラス・ブルーム元帥の気質そのものだ』と、テリー・コーバーグは思う。
  コーバーグ一家はブルーム元帥が後見人となっているために、この城に身を寄せている。
  ブルーム元帥は、客室をメインとした前面にあるエリアではなく、ブルーム一家が生活を主としている奥にコーバーグ一家の子供達の部屋を用意させ、家族同然という扱いをしてくれている。
  ブルーム一家の好意を、嬉しいと思う反面、未だに戸惑っているのも本心。人の好意を素直に受けられるほどの無邪気さは、自分にはもうない。

  自分の私室と与えられている部屋は、来た当時と殆ど変わっていない。私物が殆ど増えてないからだ。二本のクレイモアも軍から借りているものだし、洋服タンスに入った衣装も殆どが軍から支給されたもの、部屋に置いてある書物もこの城の書斎から借りてきたもの、テリーの完全な私物といったら、僅かな私服と、いつも身につけている繊細な装飾は施された横笛と、百合に蔓薔薇が絡んだ装飾がなされた短剣と、左薬指に填った青い大きい宝石がついた指輪のみ。
  短剣、笛、指輪、この三点も、かつてテオドール・コーバーグと呼ばれた少年の持ち物。今の何者でもなくなったテリーの持ち物とはとても言えない。テリーの物といえるのは、怒りや希望といった一切の感情も尽き、抜け殻となったボロボロのこの身体だけである。この身が死したら、何も残らない。

  テリーは、窓枠に腰掛け静かに短剣を見つめていた。百合の花を模した形の柄に蔓薔薇が絡まるようなデザインをしており、華やかな装飾でいながら、手にもつと不思議と馴染む。鞘から出すと、その柄に負けないくらい美しい刃やいばが顔を出すのは分かっていたが、あえて抜くことはせず、静かにただ握りしめる。
  この短剣が完成した日の事今でも鮮やかに覚えている。テーブルに並ぶ同じデザインのスタバとこの短剣をみて興奮したものだ。その見事な装飾、剣自身が持つその美しさに思わず歓声をあげてしまったものだ。
  そして、この剣が素晴らしい未来へ導いてくれると信じていた。だけど現実は、そのスタバとこの短剣は持ち主と共に闘う事も、守ることもしなかった。そして今バラバラとなり短剣のみ此所に存在する。強き想いだけを残して。

  扉の方からノックの音がする。テリーが答えると扉が開き、レゴリス・ブルームが入ってくる。
 「何かしていたのか?」
  レゴリスの言葉に、テリーは頭を横にふる。
 「いえ」
  レゴリスは、テリーの手にしている短剣に、目をやり細める。
 「お前がいつも持っている、短剣か……
 見事な細工だな、見ていいか?」
  テリーは頷き、短剣を差し出す。
 「オランジュの作です」
  レゴリスは「ほう」と声を漏らす。奇しくも名匠オランジュの最後の作品となってしまったこの剣。彼はそれがこのような状態になっているのをどう思うのだろうか? 彼の最後の剣の行く末を知らずに亡くなったのは、彼にとっては幸せだったのかもしれない。
 「どうりで、素晴らしいはずだ、細工の見事さに加え、この刃の優美なライン。完璧だな、コレに剣もついていたら……」
  その言葉がこの短剣にとって最も欠けているモノの存在をテリーの心に突きつける。小さいため息をつき苦笑し首を小さくふる。
 「知り合いが、あの騒動の中持ち出して守ってくれたのです。私にはコレで十分です」 
やはり、剣の道で生きてきた男だけに、レゴリスにもその短剣に感じるものがあったようで、繁々と見入っている。
 「コレの所為か? こないだウィレムが、お前が剣を注文してくれなかったと、悲しんでいたぞ」
  ウィレムは、ブルーム家が懇意にしている刀鍛冶で、現在アデレードでも一・二と争う素晴らしい鍛冶屋である。レゴリスに紹介されたのだが、クレイモア二本の研ぎ直しをお願いしただけだった。
  テリーは、首を横に振る。
 「いえ、私がウィレム殿程の方の剣を持つ資格がないと思ったからです」
  レゴリスは、ため息をつく。テリーが何故、自分の剣を作る事を躊躇っているのか、レゴリスには分かっているのだろう。
 「ちょっと、付き合え」
  レゴリスはテリーを部屋から連れ出し、宝物殿の方に誘う。
  代々の一族の肖像画が飾られた回廊を通る。換気の為開けられている扉から、各部屋に絵画、彫刻など種別事に綺麗に分別され管理されているのが分かる。それらは、無作為にただ欲のままに集められたのではなく、確かな意志をもって選ばれて、ここに来たものなのだろう。
  ここには、ブルーム一族の歴史と想いに満ちている。物事をシンプルに考え真っ直ぐに生きる。それがこの一族の性向なのだろう。
  レゴリスが見せたかったのは、そういた芸術品ではなかったようだ。案内された部屋は、武器が管理された部屋。

  代々の領主の剣。全てはしっかり勤めを果たし役目を終えた物達。
  レゴリスは、手前に置いてある細身のバスターソードを手に取り、テリーに差し出す。 
 「これは、私が十代の時に初めて作った剣だ、お前にやる」
 「っ!」
  その言葉に弾かれたように、テリーは顔を上げる。
 「今の私には、やや軽いが、お前には丁度良いだろう」
  テリーは、差し出されるその剣に、手を出しかねる。その剣に対するレゴリスの想い、そして今それを自分に託そうとしているレゴリスの気持ちが痛い程伝わってくる。それだけに、この剣を自分が持つという意味を考えると、簡単に手にしていいものでもない。
  逡巡しているテリーを見つめ、苦笑するレゴリス。
 「嫌か?」
  テリーは、首をゆっくり横に振る。
 「お前は何故俺と一緒に来た? 俺の意志と想いを受け此所にきたと思っていたが違うか?」
  テリーの感情をその瞳で直に感じ取ってくるレジナルド程ではないにしても、レゴリスは鋭くテリーの戸惑いや悩みといったものを察してくる。最初は戸惑ったものの、最近ではソレに不思議と安らぎを感じている自分がいる。他人の誰にも見透かられたくないと思っていた、自分の心の内。見透かしていながら、側に置く。この居場所が今の自分には心地よい。ただ、居心地良さだけでいて良い場所ではない。もしレジナルドやレゴリスらの想いに応えられぬならば、いる価値はないだろう。
  とっさに言葉を返せなくなっているテリーに、レゴリスはやや表情を和らげる。
 「テリー、お前は何を望み、そして何故戦う?」
  テリーは考える。今自分を動かしているのは、何なんだろうか? 生き残ってしまった事の意味をずっと自分に問いつづけ、そして愛する家族テオドールの影を追い続けているだけだ。己の夢を持ち、意志をもって前へ進もうとしているレゴリスが、テリーには眩しく感じる。
 「私は、お前が国に求め、想う気持が望んでいるモノは、俺と同じだと感じている。そうだろ?」

  テリーは、静かにレゴリスの瞳を見つめ返し、その瞳の奥にあるレゴリスの強き想いを読み取る。かつて三人で描いた未来の世界をそこに感じる。それは今、自分が縋りついているその記憶への想いとよく似ている。
 「だからこそこの剣を、お前に託したい」
  テリーはため息をつき、顔を横に振る。
 「こんな……張りぼてのように、虚勢と偽りで固めた私に、この剣を持つ資格があるとおっしゃるのですか?」
  レゴリスはフンっと鼻で笑う。
 「どんな格好をしてようが、お前はお前だ。お前は、お前以外の人間になれない。戦場での悪魔のような戦いするお前も、街で慈愛に満ちた表情で貧しい物に施しをするお前も、どちらもお前だ。俺はその全ての面をひっくるめて気に入っている。だからこそ俺の剣を託す」

  敵わないと思う。正直テリーはレゴリスと失望させるような事もしてきた。にも関わらず弱さも迷いも含めて面白いという。こんな自分を無条件で受け入れてくれる。テリーにはレゴリスの方こそ面白いと思う。テリーは静かに決意を固める。
 「レゴリス様、この剣で貴方と共に戦う事を許してくださる事に感謝します」
  剣を両手で受け取るテリーに、満足げに微笑むレゴリス。
 「ならば、クレイモアはもう捨てろ。そして戦い方を変えろ。兵士としてはなく、騎士として戦え」
  その言葉にテリーは、静かに笑みを浮かべ頷く。
  (生きろ! 死を望むな。そうすれば――――)
  かつて、聞いたあの謎な言葉の意味を最近よく考える。
  そして馬鹿な考えが頭の中に浮かんでくる。
 (あの時死んだのはテオドールではなく自分だ。いや自分がテオドールになれば彼がこの世に生き返る事が出来る。そして……)
  レゴリス・ブルームの剣を手に、テオドール・コーバーグとして騎士となる。悪くないかもしれない。
  テリーは受けとった剣を握り締める。
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