愚者が描いた世界

白い黒猫

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~巣の外の世界~

4-8 <未来への鎋>

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 執務室でバラムラスが書類に目を通していると、侍従がコーバーグの来訪を伝える。
 「失礼いたします。お呼びだと伺い参りました」
  丁寧に頭を下げコーバーグが入ってくる。バラムラスは人の良い顔で可愛い部下を迎えた
「まあな、忙しい所すまなかった」
  バラムラスの笑顔と言葉に、テリーは少し表情を緩め、デスクの前へと近付いてくる。
 「何かございましたか?」
  バラムラスは苦笑しながら首を横にふる。
 「いや、次週の剣技の講師はナイジェルが代行することにした」
  その言葉にテリーは苦笑する。
 「分かりました。それは一時的な物ですか? それとも」
 「一時的なものだ。また王妃が騒いでいてな」
  バラムラスはそう言いながら、顎髭をなでる。
  フリデリックに対して過保護な王妃は、剣技を学ばせるという事にも否定的だった。それだけに細かく口を出してくる。剣技で受けの練習をしているのに、いずれ王となる人物に対して剣を振り下ろしてくるとはどういうことだと騒ぎ、今回テリーがフリデリックを死に瀕した兵士と面談させた事を怒っている。『そんな不潔な場所に王子を連れて行くとは何を考えている』という事らしい。
  しかし、民衆の間だけではなく、国外まで名を馳せているテリーの存在。しかも正しき王の元に舞い降りると言われている伝説をもつ金環眼をもつ人物。元々そういった伝説に興味のない王妃にとってはどうでも良い事でも、元老院としては王子の側にいてもらわなきゃ困る状況なのだ。だから辞めさせるわけにはいかず今宥めている所なのだろう。
 「差し出がましい事をして、申し訳ありませんでした」
  バラムラスは笑って首を横にふる。謝罪をしているテリーも表情は冷静なもので申し訳なさそうな様子はない。
 「いや気にするな。
  しかし、何故ああいうことをした?」
  テリーは静かな視線をバラムラスに返す。
 「それが、バラムラス様も求めていたことではないのですか?」
  バラムラスは目を細める。そしていつもの人の悪い笑みをうかべ首をふる。
 「うーん、難しいなそれは。出来たら成長して立派な王になって頂きたいとも思う。ああいう可愛い方であるし。このまま純真なままでいて欲しい気もするし……」
  バラムラスとしてはフリデリックの事は真っ直ぐで素直な性格は好ましいし、もう少し視野を広げれば良い王になる資質はあるとは思っている。しかし今からどんなに成長した所で、レジナルドを超す程の人物となるのであろうか? というのが正直な認識である。寧ろフリデリック王子の成長を願っているのはレジナルドの方であろう。そしてテリーはバラムラスの意図よりも、レジナルドの意図を汲んで行動している。ジッとバラムラスの心を読むかのように見つめているテリーを逆に見つめ返す。
 「お前は、フリデリック王子をどうみる?」
  テリーは口角をクイっと上に上げる。そして首を横にふる。
 「善良なお方だとは思います……正直言いますと、苦手な人物ですね。清らか過ぎて、どう接するべきか分かりません」
  神子とも世間では言われているテリーに『清らか過ぎる』と言われてしまうフリデリック王子の事を納得しながらも笑ってしまう。同時に、他人に対して消極的な言葉を言うテリーにバラムラスは驚く。
 「まさか、お前は態とクビになるために、あんな事をしたのか」
  テリーはフフフと笑い肩をすくめる。
 「まあ、若干望みましたけどね、その展開も」
  バラムラスは、背後にあるソファーセットへとテリーを促し、車いすを器用に操りソファーセットのテーブルの所に移動する。落ち着いた形で向き合う事にするほうが良いと思い侍従を呼び、ワインとグラスと持って来させる。
 「まあ、お前を無理矢理、面倒な事を任せたのは悪かったとは思っている。しかし珍しいな、お前がそこまでハッキリと他者を拒絶する言葉をするのは」
  ワインを注がれながら、テリーは苦笑する。テリーはレジナルド以上の人たらしだ。ゼルフィアの囚人たち、はたまた敵国の指揮官までも虜に従わせ、テリーも受け入れてきている。そしてフリデリック王子もテリーに恋する乙女のような視線をおくってゾッコンと言っても良いだろう。そういう意味ではバラムラスの企みは半分成功したとも言える。しかしテリーはフリデリックに対しては、ハッキリと距離をおいて。寧ろ突き放して接している。
 「一つは思った以上に、この眼の伝説が一人歩きしている状況にうんざりしています。必要以上に王族というものと関わる事を、私は避けたいのが正直な気持ちです。バラムラス様が、あえてフリデリック王子の近くにも私がいることで政治的にバランスをとろうというのは分かりますが。逆に面倒な事態を起こしているようにも思えます」
  同盟軍の王家がこぞって最近、アデレードを訪問するようになったのも、テリーと接触したいがためである。しかしテリーはそういった政治の場から離れた所にいる事と、そういう接触を悉く避けている事もあり、それらの人物達は肩すかしをくらっている所がある。

  アデレードはそこまで信仰深くないとはいえ、こうも政治的に使える金環の眼の人間を牢獄に入れるという事をしたのだろうか? まず捕らえた段階でその眼の事に気が付き何だかの報告がだされ利用しようと動くはずなのにそれが行われなかった。
  レジナルドの言うところだと、元老院は金環眼をもつテリー出現に純粋に驚いていたようだ。テリーの眼の情報は、刑務官の方から中央へと登っていなかったようだ。刑務官達は金環眼の人物の出現に気付いたものの、コーバーグの存在を忌々しく思っていたヴォーデモン公爵やクロムウェル公爵に逆に気をつかい、密かに隠蔽したのかもしれない。自分達で陥れた人物だけに、扱いにもかなり困ったのだろう。しかしテリーが現在積極的に市井の人と関わり、慈善的な行動をしている事でお人好しの子供と認識されている所がある。子供だけにまだ御しやすいとも思っているのだろう。だからこそ今取り込もうと必死なのである。
 「バラムラス様が目指す未来は、アデレードの為のものですか? レジナルド様の為のものですか?」
  バラムラスはその言葉に眼を見開く。テリーも随分突っ込んだ事を聞いてきたものだと苦笑してしまう。こういう所がバラムラスにとってテリーが侮れない部分である。聡明なところは気に入っているところだが、自分の想定を超えた行動をとるところが恐ろしいところである。それだけに、テリーの心意を探っておく必要があると考え、バラムラスはテリーに笑いかける。
 「難しい質問だな、あえていうならば、私の為なのかもな。 この世界をまだ愛しいと思える為というのかな。そういうお前はどうなのだ?」
  それははぐらかしたというよりも、バラムラスの本音ともいえる言葉だった。長い事失望してきたこの国の状況。そこにようやく現れたのがレジナルドという光だった。
  テリーがこうした話題をふってきたのも、議論を楽しむ為と、テリー自身の中からの迷いからかもしれない。テリーは年相応の戸惑った表情をみせ考え込む。
 「同じなのかもしれませんね、かつて夢見た世界の再現」
  ワインを手に、バラムラスに対してというより独り言のようにテリーはつぶやく。バラムラスはその言葉の意味を考える。

  『金環眼は皇位の証。
  黄金の瞳が世界を見守り
 その手に冠を持ち、しかるべき相手に授ける』

  金環眼についての予言を信じているわけではないが、金環眼テリーは多くの王族がテリーを求め、接触する機会を狙ってきているものの、テリーはその誰にも興味を覚えている様子はない。レジナルド以外には。単純にその事実に甘えて喜ぶわけにはいかないが、レジナルドこそがアレデードを導く王となるべく男であるとバラムラスは確信している。

  同時に金環眼の人物としてというより、テリーという人物がレジナルドにとって意味する所は何なのだろうか? ともバラムラスは考え、テリーの醇美な姿を改めて見つめる。柔らかい金の髪に金で縁取られた藍色の虹彩をもつ大きな瞳。薄い形のよい唇と非常に整った顔立ちをしている。しかしテリーの美しさは造形の美しさだけではないようにバラムラスは感じる。レジナルドもそうだが、人間そのものに何か人を圧倒させる存在感を持っている。金の眼の特徴かというと、テリーの母親も美しい女性だったが、人を威圧するのではなく穏やかな空気を纏っていた。

  暫く黙ってテリーの顔を見つめワインを飲んでいるバラムラスに、テリーは不思議そうな視線を返す。
 「王国軍連隊長としてでもなく、神子としでもなく、ただお前として望む未来はどうなのかと思ってな」
  バラムラスの言葉にテリー首をかしげる。
 「お前も、年頃だ。ホレいないのか?」
  テリーは困ったような顔をして首を横にふり、その眉を寄せ苦い笑みを浮かべる。バラムラスはその表情を、どうしたものかと見守る。テリーを心から求め待っていた人物の元に返してやるのが一番良かったのかもしれない。テリーはその人物を振り切り王国軍に身を寄せ、バラムラスもそれを容認した。バラムラスは若干の罪悪感を覚え深い溜息をつく。
 「バラムラス様?」
  バラムラスは真っ直ぐと自分を見つめてくるテリーに改めて向き合う。テリーの事をバラムラスは愛しいと思うし、可愛いと思っている部下でもあるが、自分の野望の為には必要な大切な駒の一つ。王国軍としては手放すわけにはいかない。
 「テリー、元帥としてではなく、一人の老人としての願いを聞いてくれるか?」
  テリーは真面目な顔で静かに頷く。
 「私はこの身体だし、この歳だ。レジナルド様をお支え出来る時間もそう長くはないだろう。レゴリスのヤツはまだまだ青い所がある。お前がしっかり二人を見守り支えてくれないか?」
  テリーはバラムラスの言葉にフワリとした笑みを浮かべる。
 「私は元より、命をかけるために此所におります。それにしてもバラムラス様らしくない事。その目で弱気な言葉は似合いませんよ」
  バラムラスはその言葉苦笑する。殊勝な口調で少しは繕ってみたものの流石にテリーには通じない。
 「私が言っているのは、もしもの時だ。レジナルド様の盾となり命かけるのは私の役割だ。お前はレジナルド様と同じものを見て共に歩んでいける。だからこそ支える役割をお前に頼みたいと言ったのだ」
  テリーはその言葉に戸惑った表情を見せる。
 「私のような者がそんな……。レゴリス様だって……」
 「私が盾で、息子は剣となる。私はお前に託したい。その役割を」
  テリーは、言葉を遮り、どこか決死な様子でそう訴えるバラムラスを驚いたように見つめていたが、静かにそしてシッカリと頷く。コレはバラムラスの本音であり、テリーにしかけた言葉という鎖。テリーが狡猾でしたたかなようでいて、忠直。自分に一途に想いや信頼を寄せてくる者を、切り捨てるといった事ができない。狡いとは思うものの、バラムラスはテリーにとってもレジナルドと共に歩むことが幸せに繋がるのだと自分に言い聞かせながら、テリーの肩に手をそっと乗せ、力を込める。
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