愚者が描いた世界

白い黒猫

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~見えてきたのは~

5-6 <外の世界にて>

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 昼食に時間がかかった為に、孤児院には予定よりも二刻も遅れての到着となった。
  領の郊外にあるその孤児院は、元々修道院だったという事もあり高い壁と門に囲まれておりフリデリックはどこか息苦しさを覚えた。
  列を作り出迎える子供達と院長。院長は縦だけでなく横にも体格もよいだけに、子供達はよけいに小さく細く見えた。
  子供達は皆、日に焼けた肌をしているがそれが健康的な印象を与える事は出来ていなかった。髪の毛を櫛でしっかり整えたと思われるが艶がなくバサバサしている為にまとまりきれていない。女の子は皆同じデザイン紺のシンプルだが清楚に見えるワンピース、男の子は同じ布で作られたであろう紺の半ズボンに白いシャツを着ている。子供達が清潔で綺麗な服を着ている事を喜ぶべきなのだろうが、フリデリックは何故か違和感を覚えた。今の自分同様、その洋服が身に合っていないように感じる。そしてそこに並んでいる者たちに共通するのは、固い表情。 瞳は緊張だけでなく、恐怖に満ちている。何故そんな視線を向けられるのかフリデリックは戸惑う。院長や世話をしている女性らは引き攣ってはるものの笑顔をつくっているのでまだ良い、子供達は誰もが細く痩せているだけに目が目立つだけに余計にその感情が露わに感じた。
 「フリデリック殿下ようこそいらっしゃいました」
  声を揃えてそう迎えられるが、緊張からか強張った声と表情では歓迎の感情が見えない。
 「フリデリック殿下、ここの歌壇で育てた花です」
  小さな子供がフリデリックに近付きギクシャクとした動きで花束を持ってくる。その花束を持つ手や腕が骨ばっていて異様に細い事にフリデリックは内心驚く。そんな腕の人を今まで見たことないからだ。
 「ありがとう。綺麗な花ですね。嬉しいです」
  フリデリックはしゃがみその子供を迎え花束を微笑みながら受け取ると、子供は戸惑うように視線をキョロキョロさせすぐに逃げるように他の子供達の所に戻ってしまう。
 「殿下、どうぞコチラでささやかですが、歓迎の席を設けています」
  警戒心を解く為に笑いかけ子供達に近づき話しかけようとすると、院長が近づいてきてそう声をかけてくる。院長が子供達に合図を送ると、皆その準備があるのか散るように部屋から出ていってしまう。

  少し広めの部屋に誘われる。その部屋は通常は食堂として利用しているという説明をうける。そこに壁に向かってソファーとテーブルが並べられており、その中央にあるソファーへと案内されフリデリックと公爵と侯爵が座る。すると女性が、一人はフリデリックに紅茶を振る舞い、パイやクッキーなどの焼き菓子やフルーツをテーブルに置いていく。その紅茶はその香りだけでも上質の茶葉で淹れられたものと分かる。
 「ありがとうございます。素晴らしい香り紅茶ですね。それにパイもおいしそうです。貴女方が作られたのですか」
  そう尋ねると、女性達は困った顔をして院長の方を見る。
 「いえいえ、こんな下賎な者達が作ったものを殿下のお口に入れるわけにはいきません。我が家の使用人をここに呼んで作らせました。このお茶も我が家の者に淹れさせております」
  ヴォーデモン公爵が何処か誇ったようにそうフリデリックに説明してくる。
 「でしたら、コチラのお菓子は私達がいただくよりも、子供達が楽しむ方がいいのではないでしょうか?」
  しかしヴォーデモン公爵は顔を顰める。
 「これは殿下の為に作られたもの。それにここに子供がここに何人いると思われているのですが? 皆にいきわたる程お菓子はございません」
  ヴォーデモン公爵の言葉に自分の思慮のなさを感じ恥ずかしくなる。そもそも子供達に会いにいくのが分かっていただけに、自分がそういったお菓子とか本とかを用意しておけば良かったとも今更のように悔やむがもうどうしようもない。
  そんな事を考えている間に、再び子供達が部屋にゾロゾロと入ってきて、フリデリックの前に並んで立つ。
  何が始まるのかとフリデリックが見つめている前で子供達は国歌を歌い始める。
 「君が進みしその後が、我らが歩く道となり
君が見つめしその先が、我らが生きる街となる……」
  それは子供ならではの高く澄んだ声だが、子供らしい生き生きとしたものではなかった。たった三人の観客であるのに緊張からか顔は強張り声が少し震えている。フリデリックは子供達を安心させるように笑みを浮かべ見守るが、それだけで子供達の緊張を和らげる事は出来ていない。両隣のヴォーデモン公爵とクロムウェル侯爵お菓子を食べながらお茶を飲んでいるようだ。チラリと目の端で伺うと興味なさそうな表情をしてただぼんやりと子供達を見つめている。フリデリックはその様子に内心慌て、自分だけでもちゃんと子供達の歌を聞いているといる事を示したくて子供に視線を戻しシッカリと見つめその歌声に耳を傾ける。しかしその視線がますます子供達を緊張させるという悪循環を産み出していた。
  歌い終わった子供達にフリデリックは感謝と労いの言葉をかけるが、さらに会話をする前に子供達は退室させられ、別の子供達が入ってきて、今度は建国の物語の劇を始める。それをフリデリックは戸惑いつつも鑑賞し簡単な感想を告げると次の子供がまた入ってきて何か出し物をする。それにフリデリックが一言何かを子供達言葉をかけ終わるというのを繰り返し慰問が終わってしまった。子供達ともっと近い形で触れ合いたかったが、ほんの数メートル先にいる筈の子供達の存在がとてつもなく遠い。
  ヴォーデモン公爵とクロムウェル侯爵に構わず、もっと色々声をかけて対話をしたかったのだが、子供達のどこか怯えた瞳が話しかけることを躊躇わせた。
 「ここでの生活はどうですか? 楽しいですか?」
  子供達に何度かそういった言葉を尋ねたが、皆その言葉に何故か表情を消す。
 「今の生活にとても満足しております。院長先生も職員も優しくて幸せです。ヴォーデモン公爵様のご支援により毎日穏やかに楽しく過ごさせて頂いております」
  そして一文一句変わらぬ同じ言葉を虚ろな瞳で子供達は返してきた。それをヴォーデモン公爵は満足気に聞き頷きそのやりとりは終わってしまう。フリデリックは、この部屋内だけでなく、ずっと自分は演劇をみせられているような気分を拭えなかった。それも全てが稚拙て面白くなく地味。しかしそれが自分の為に劇だと思うとその感情を表情に出すことも躊躇われた。一生懸命な子供の達を傷つけないために。

  次の日の農園は、天気も良く屋外であることで前日の孤児院のような閉塞感はないものの、フリデリックが味わう感覚は前日と同じだった。農場を見下ろす小さい丘の上に、テーブルと椅子が置かれそれに腰掛け収穫風景を見学する。その日は天気もよく日差しも強かったが、大きな布製のパラソル三人の上がそれから三人を守っていた。頬に感じる秋の風がなんとも心地よいが、フリデリックにはこの状況が何とも居心地悪いものに感じていた。
  農場主が横に立ち諂った笑みを浮かべ、名産でもあるアマールの木の生態や、その育て方の説明をするのをお茶をのみながら聞きながら作業風景を見学しているのだが、汗を流し働いている人をまるで劇を観るように優雅な様子で眺めているというのは何か申し訳ない気もする。
  仕事に勤しみながらもチラチラとコチラを気にする農民たちの様子はフリデリック達の存在が彼らの邪魔にしかなっていないようにも思える。収穫という一番忙しい時に来たのも悪かったのだろうが、丘の上からだと実際に作業している人に話しかける事も出来ない。しかし農民が働いている姿をシッカリ見守りたいと思い、作業している皆の姿に目を注ぐ。
  ふと働いている人達の中にまだ自分と変わらぬどころか、遙かに幼くみえる子供が混じっている事に驚く。しかも重そうな籠を担いで怒鳴られながら果樹園をせわしく動きまくっている。
 「あの、あのような幼い子供までが働いているのですか?」
  思わず責めるような口調になってしまったが、あまりにもその光景が信じられなかった。
 「はい、あの子たちも貴重な労働力ですので」
  多少困った様子だが農場主に当たり前のようにそのように言われフリデリックは困惑する。
 「そんな、子供たちにはもっと勉強とか、せねばならないことあるでしょうに。」
  その言葉にヴォーデモン公爵は溜息をつく。
 「子供達にとって、農場で働く事が未来の為の勉強です。将来農場で立派に働く為の」
  自分は政治の事を学問で学ぶが、外の子供達は実地で学ぶのかと納得する。
 「なるほど、、読み書きや算術などの勉強とは別に、ここてわしっかり現場で農作物について学んでいるのですね」
  受けてそう言葉を返すとヴォーデモンド公爵は苦笑する。
 「あんな土に塗れて生きている子供がそんなものがそういった学問しても仕方が無いでしょう。読み書きなんて身につけて何に使うのですか」
  その言葉にフリデリックは眉を寄せる。
 「そんな事はないでしょう。文字を読めることで新しい知識を学ぶ事ができますし、算術は農場経営などにも役に筈です。歴史や地理は……」
  そこまで言葉を聞いたヴォーデモン公爵は目をソッと細め嗤う。その表情にフリデリックは何とも言えない気持ち悪さを覚えるが、公爵はその表情以上に衝撃的な言葉を投げかけてくる。
 「下手に知識をつけさせると民は小賢しく面倒な事になります。農民は作物の事だけ知っていたら良いのです」 
  その言葉にフリデリックはショックで眩暈を覚える。
 「本気でそのような事言っていますか? 教育は国民にとって何よりも大切な事ではないのでは? わが国はその素晴らしい教育が国を発展させ、現に世界から最高の教育を受けるために人が集まっているではないですか。それに知識をもつことで子供に様々な道が拓けるものではないのですか」
  怒りに身体を震わせるフリデリックをなだめる様にクロムウェル侯爵がその肩を優しく叩く。
 「おっしゃる通りです王子。教育は何よりも大切なものです。人がそれぞれ自分の使命を果たす為に、教育を受け学ぶことで国に役たつ存在へと成長する意味で教育は何よりも重要です。殿下は王太子であられるから王族として必要な様々な教育を受け未来の為に努力されています。しかしアマールの栽培の仕方や土壌改良についてまで学ぶ必要はないでしょう。
  農民にとっても同じです、殿下が学ばれているような知識はその人生には不要だと思いませんか?
 人にはそれぞれ分相応というものもあります。必要な人に必要な知識を与えるそれこそが国にとって大切な教育の在り方なのです。逆に余計な知識は、自分の使命以外のモノにまで目を向けさせることにもなり邪魔なだけなのです」
  言っている内容は理解することはできる。しかしフリデリックの心はそれを拒む。黙り込んでしまったフリデリックの行動を肯定されたととったのか二人は満足気な笑み浮かべ、農場主と今年のアマールの出来栄えとか生産量についての会話を再開させる。フリデリックにはそれらの言葉は聞こえているが頭の中を素通りしていく。その瞳には大人の中で必死な顔で忙しく働いている子供を映す。そして頭に浮かぶのは昨日会ったどこか虚ろでおどおどした子供の姿。庶民の世界は王族や貴族とは違うのは分かるが、そもそも教育の意味は何なのか? フリデリックはそのまま黙り込んだままアマールの果樹園の横で考えつづけた。
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