愚者が描いた世界

白い黒猫

文字の大きさ
2 / 51
~風が吹く時~

1-1 <嵐の予感>

しおりを挟む
 一級品に出会うには、王国アデレードの王都アルバードに行けばよい。
  レゴナ川の周辺に広がる肥沃な大地と多くの鉱山が生み出す富が国に活気を与えており、その活気が人を呼ぶ。
  著名な学者、芸術家、建築家等、有能な者が世界中から集うのがこの都市である。

  壮麗と称される王都アルバード自体が、その豊富な人材の才能の結晶なのだ。
  その中央にある王宮は、東側はサンドリア宮、西側はルイーザ宮と呼び、双子の女神の名を持つ。遠目では似た外観のようで、サンドリア宮は太陽と青空と雲の、ルイーザ宮は星や月の装飾が施され、二つで天空を表現している。そして王宮を囲むように作られた軍司令部には山と川、司法地区には果実をもった樹木、城下町は大地ということでそよぐ麦畑や咲き誇る花等の装飾が施されている。つまり王都アルバード全体で宇宙を表現しているのだ。
  天上の都と称されるのもそれ故である。

  手入れの行き届いたサンドリア宮の庭園で一人の少年が、アルバードの春を楽しんでいた。
  蜂蜜色の髪に白い粉を吹き瑞々しく熟した葡萄色の瞳をもつ少年。顔はそれなりに整っているものの、繊細そうな華奢な身体と、人柄の良さがそのまま表れた温順な表情が、人物全体の印象をぼんやりとしたものにしているのが残念な所。純粋さや、あどけなさが彼を十三歳という年齢よりさらに幼く見せる。
  彼の名前はフリデリック・ベックバード。アデレード国の王子である。
  礼儀正しく、王族の品と謙虚さをもった彼は王宮内の誰からも愛されていた。
  聡明で純真な上、勉学に真率に取り込む姿は教授達からも好まれた。
  また、素晴らしい絵の才能をもっており、師匠である著名な画家も、その能力を高く評価していた。

  手入れの行き届いたサンドリア宮の庭園で、フリデリックは朝咲いたばかりの薔薇を眺めながら、真剣な表情でキャンバスの上に写しとる。彼の筆が進むにつれ、春の日の中で輝く美しい庭園の風景が、キャンバスの中にも瑞々しく広がっていく。
  その様子を侍女のマールは、ため息を付きながら見守っていた。
  フリデリックにとって、静かにキャンパスに向かい、この素晴らしい庭園で季節と向き合う一時は至福の時間。最も彼が彼らしく過ごせる時間でもあった。

  そんな穏やかな時間を破るように、遠くから鐘の音がする。
 「フリデリック様、凱旋式の準備をそろそろされたほうが宜しいかと」
  つい夢中で絵を眺めていたマールがハッと我に返り、フリデリックにそっと次の予定が迫って来たことを伝える。そして周りを窺い悪戯っぽい顔になりマールは小声でさらに言葉を続ける。
 「実はクッキー焼いてまいりました」
  子供らしく、フワリとフリデリックは笑う
「それは素敵ですね、凱旋式の後でお茶の時に頂きましょう」
  王族に毒味もなく個人的に食べ物を持ってくる事は勿論禁止事項であるが、家族より長い時間を過ごしている彼女は、姉以上にフリデリックにとって親しい存在である。二人はこうして長い期間共犯関係を続けている。フリデリックはマールに嬉しそうな笑顔を返す。
  優しいフリデリックの笑みににマールもつられるように微笑む。庭園になんとも穏やかで平和な空気が流れる。庭園がというよりフリデリックの纏う空気はいつもそんな感じだ。穏やかな笑顔で、優しい言葉で周りにいる人を幸せにする。フリデリックはそんな少年だった。

  この少年が、後世の人達に、愚か者の意味をある『フリ』の名で呼ばれる事になる、フリデリック・ベックバードその人である。
  その事を知るよしもないフリデリックは、画材を片付け、凱旋式の準備をするために庭園を後にする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...