ペトリコールに融ける二人

白い黒猫

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始まりについて

不吉の答え合わせ

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 夢のとおり、三人で喫茶店【Onze bonheurs】に入り、テラスのように外へ突き出した空間にある、窓際の一番奥の席に案内された。
 眺望の良さから、ここはこのお店でも特に人気の高い席だった。
 初めて来た幹元さんははしゃいでいたが、私とアオイネミは、どこか落ち着かない気持ちでその幸運を受け止めていた。
 なぜなら、この席は夢の中で、何かが起こった場所だったから。
 席につこうとしたちょうどそのとき、幹元さんのスマホが震えて着信を知らせる。

「電話きたので、少し失礼するわね! とりあえず、若い二人で親睦を深めておいて! 私はオリーのアフタヌーンセット、コーヒーで!」

 そう言って、幹元さんは夢とまったく同じ言葉と仕草で離れていった。
 アオイネミは夢ではキラキラと無邪気に笑っていた彼女が、今は明らかに不安げな表情をしている。

「えっと……」「もしかして……」

 同時に口を開き、そして同時に謝った。

 彼女が小さく手を上げて「どうぞ」と促したので、私が先に話すことにする。

「アオイネミさん。……初めまして。あなたは、井上舞さんですか?」

 アオイネミは目を見開き、ゆっくりと頷いた。

「そうです。そして……先生も、井上さんですよね?」

 私も頷く。

「……その話をして、サインをもらって……」

 夢の記憶を辿るように言葉を紡ぐアオイネミの肩が、ふるりと震える。

「その直後、大変なことが起きた……」

 彼女の声は小さかったが、私にははっきりと聞こえた。

 まるで、同じ記憶を共有しているかのように。

「……このまま席にいるの、危ない気がしませんか?」

「……うん。私も、そう思う」

 互いに見つめあって黙り込む。どうすればいいかわからないまま。
 ちょうどそのとき、ウェイトレスさんが水を持ってやってきた。

「ご注文はお決まりですか?」

 にこやかな笑顔で、声をかけてくる。

「実は今、一人が電話中で席を外していて、もう一人もまだ到着していなくて。揃ってから注文してもいいですか? それと、お手洗いに行きたいのですが……」

 私の言葉にウェイトレスさんはにっこりと笑って頷いた。

「かしこまりました。お揃いになってからのほうがよいですものね。お手洗いは店内にはなく、一度出ていただいて、エレベーターホールの奥にございます」

 手を使って丁寧に方向を教えてくれた。

「私も行きたいです! ご一緒します」

 アオイネミが立ち上がり、私たちは二基並んだ楕円のエレベーターの後ろにあるトイレへと向かう。

「ここで……大丈夫でしょうか?」

 不安げな声に、私は安心させるように微笑む。

「建物の中では、トイレが一番強固で安全な場所なんだって。大丈夫よ」

 コレって一軒家とかレベルのサイズの建物だった気もする。

「さすが、時雨先生! 物知りなんですね……」

 少し安心したようにアオイネミの表情が和らいだ。

「アオイさん……あのあと、私たちに何が起こったと思う?」

 アオイネミは顎に手をやり悩む。

「うーん……何かが外から飛び込んできた……ような?」

「そうよね。ガラスが割れて、光が散って、次の瞬間に衝撃がきて……」

「でも、ここって四階ですよ? そんな高いところに……どうして?」

 そう言ってアオイネミは首を傾げる。

「虫の知らせみたいなものかもね。……とりあえず、ここで少し時間を潰して、何も起きなかったら、ただの変な偶然ってことで」

 腕時計を確認する。十一時十分を少し過ぎたところ。
 夢では、お店に入って、幹元さんを見送って、アオイネミの熱い想いを聞いて……サインをして……。

 ゴワラァァァッシャーーーーン!

 耳を疑うような大きな音が鳴り響き、フロア全体がざわめいた。
 次いで、悲鳴。

 二人で顔を見合わせ、一斉にトイレを飛び出す。
 見れば、ビルの表方面から人々がこちらに向かって逃げてきていた。
 その流れに逆らって、幹元さんが喫茶店の方へ走っていくのが見える。

「幹元さん!」

 私は叫び、彼女を追うように走る。
 そして……店内の光景を見て、息を呑んだ。
 ついさっきまで私たちが座っていた席のあたりが、まるで何かで抉られたように大きく壊れている。

 窓の外には、ゆっくりと揺れる巨大な鉄骨の影。

 それを目にした瞬間、幹元さんは膝から崩れ落ち、座り込んでしまった。
 あまりの状況に唖然としながらも、座り込んだまま身体を大きく震わせて動揺している幹元さんが気になる。
 私がそっと声をかけて肩に触る。ゆっくりと顔を上げた幹元さんは私をみて目を見開く。
「時雨先生~!!!!!!!」
 幹元さんはガバッと立ち上がり驚く程の声をあげて私を抱きしめてきた。

「…………良かった……無事で……良かった……本当に 良かった……」

 彼女は震える声で、何度もその言葉を繰り返しながら泣き続けた。
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