蒼き流れの中で

白い黒猫

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七章 ~何かの予兆~ キンバリーの世界

愛しい誰か

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 とんだゴタゴタのせいで、遅めのお昼をとることになったキンバリーとローレンスは、先程の店とは異なる食堂に入る。キンバリーは料理を前に大きく溜め息をつく。
 キンバリーは先程のお店で多少は食べていたので、丸っきりの空腹ではないことが、珍しく食べ物を前に消極的にさせているのであろう。
「マグダレン達は、お腹を空かせてないかな?」
 黙々と食事していたローレンスは顔をあげ少し笑い頷く。
「二人とも子供ではない。心配するな」
 キンバリーは、難しい顔をする。
「喧嘩とかしてないよね?」
 流石のローレンスもその言葉には『大丈夫だ、二人とも大人だ。心配するな!』とは言えなかった。
「相手が、あの男だと喧嘩にもならないだろう。それにマグダが本当にあの男を完全に拒絶しているなら、あんな作戦を思い付いても実行しないだろう」
 その言葉にキンバリーは笑った表情を返すが、逆にその言葉に引っ掛かりを感じ、不安を覚えていた。イサール がマグダレンに危険を及ばすというモノでもなく、マグダレンがイサールに大怪我をさせるというモノではなく。誰よりも警戒心が強く人を受け入れず素で接する事などしないマグダレン。盗賊相手はともかく、それ以外の人間には聖職者の仮面を被って接する。通常のマグダレンならばどんなに 腸わたが煮えくり返っていても、表面上は笑みを浮かべ相手に静かに話しかけて接する。その笑みが見る人をビビらす程気迫がある事は多々あるが、基本冷静を装う。しかしイサールに対してはいきなり殴りかかった。今にして思えばあのマグダレンのパンチを自然に避けて穏やかに接した所からイサールが只者ではない事を察する事も出来たかもしれない。しかし最初から喧嘩腰のマグダレンに驚き、キンバリーは必死でなだめる事をせねばならず、あの時は気がつけなかった。マグダレンは装う事を一切せずに素の状態でイサールとずっと接している。
「……ねえ」
 ローレンスはどう感じているのか聞きたかったけれど、怖かったから話題を変える事にする。
 手を止めローレンスは、キンバリーをまっすぐ見返してくる。
「マグダレンってどういう男性が好きなのかな?」
 その言葉にローレンスが非常に困った表情を見せる。
「いや、こないだローレンスに結婚を勧めていたでしょ? でもマグダレン自身はどうなのかなと思って…… 」
 モゴモゴと言い訳のような言葉を続けるキンバリーにローレンスは苦笑する。
「里でも、求愛をことごとく退けていたし、私がいるから結婚が出来なかったのかな? と」
 ローレンスは割れた顎に手をやり『ウーン』と唸る。
「マグダが結婚しないのは、別の理由だろ。そもそもアイツとまともに向き合えて付き合えるような器のデカイ男なんて、そういないだろう?」
 『なら、イサールってどうなのだろうか?』と聞けなかった。キンバリーから見て、イサールは少なくともあの激し過ぎるマグダレンの行動を怖がっていない。と言うより平然と対応していた。イサールが器のデカイ男なのか、単なる並外れた能天気な人物であるのかは悩む所だが、あの闘い方見てもかなり能力は高く、顔はかなり良い。 

 マグダレンの好きな男性のタイプは、誰よりも綺麗な顔で頭の良い優しい人。コレはマグダレンに聞いたというよりも酔っぱらったマグダレンが零してきた言葉から察するとそうなる。 

 マグダレンは昔、神隠しにあったとされている。神隠しにあった期間の記憶はない。それが嘘であるのを、ローレンスだけでなくキンバリーも気が付いていた。その証拠にベロンベロンに酔っぱらうと、ポロっとその時代の事を洩らす事がある。見知らぬ名前を漏らし、その人物達への激しすぎる感情をマグダレンは吐露する。
 しかしそれらの名前はマグダレンが泥酔状態にある時の言葉だけに、不明瞭で固有名が分かり辛い。
『世界で一番素敵な人、誰よりも綺麗で、誰よりも格好よく、誰よりも愛しい人』
 『誰?』と聞く娘に、マグダレンはトロンとした眼でゴニョゴニョと不明瞭な言葉を答え、キンバリーを抱き締め頬にキスをする。
『私もその人に会える?』
 キンバリーの突っ込んだ質問に、マグダレンは哀しげな顔になり、よりキンバリーを抱き締める腕に力を入れる。
『キミーは私から離れないで! 離さない。誰にも渡さない』
 そのままキンバリーを押し倒し、そんな言葉を繰り返し泣いて会話にならない。
 そう言う感情を爆発させるのはキンバリーと二人っきりの時に酔っぱらった時だけで、ローレンスが騒音に気が付いて部屋に入ってくると、正気に少し戻り単なる陽気な酔っぱらいになる。
 ローレンスの『マグダレンを守って欲しい』という言葉が甦る。
 (私にマグダレンが守れるのか? 救えるのか?)
 キンバリーにはその自信がまったくない。
 酔っぱらったマグダレンの言葉からも、マグダレンは何かから逃げていて、その逃げている相手に怯えているのが分かる。
 そして、一人の男性を未だに愛していて、強く想い続けている事も察していた。
 人を好きになるって、どういう事なのだろうか? ともキンバリーは考える
『キミー、貴方は好きな未来を選んで! 伽なんてする必要はない。愛する人を見つけその相手と結ばれて』
 マグダレンが、呪文のように繰り返しキンバリーに囁くその言葉。昔は素直に聞き頷いていたが、最近はただ曖昧な笑みだけを返すようになってしまった。
 親愛ならキンバリーは今までの人生において学んできた。しかし愛は? それも男女の愛なんてキンバリーは分からない。まだ身体が子供である事もあるが、そう言う風に人を思った事もなければ、人からそう思われた事もない。そもそもこんな化け物のような自分を愛してくれる人はいるのだろうか? 里でも友人は自分を差し置いて大人になり、伽を済ませ成人していった。旅に出てから、自分と同じくらいに見える年齢の子供と大勢出逢ったが、彼らが十数年しか生きていないという事実に愕然とする。そして孫がいるような年齢の人物さえも自分よりも年下である事実に、恐怖すら覚えた。
「ねえ、ラリー」
 ローレンスはお腹がすいていたのだろう。黙々と食べていたが、キンバリーの呼びかけに顔を上げる。
「ラリーって、人を好きになった事はある?」
 ローレンスはその言葉に咽せる。咳をしながら、ワインを飲み干してから一呼吸してから、キンバリーに向き直る。
「な、なんで、そんな事を聞く?」
 珍しく動揺して、顔を少し赤くしているローレンスをみて、キンバリーも照れてしまう。
「いや、大人だし、色々経験しているのかなと思って」
 生真面目なローレンスだけに、キンバリーの質問を適当な言葉で誤魔化す事はするつもりはないようで、『ウーン』と悩む。
「恋愛はした事ないかな? 愛しいと思うことはあっても」
 そう言った後に、ローレンスは何故か顔を顰める。
「……そもそも、俺には人を愛する資格はない」
 思いもしなかった言葉に、キンバリーは固まってしまう。
「……え?」
 ローレンスは無理矢理笑みを作り、『なんでもない』と首を横にふる。
「とにかく、あのマグダレンが、落ち着いてくれて結婚して、お前も幸せになってくれれば俺の肩の荷も下りて、そういう事も考えられるという事かな」
「そんなのを待っていたら、いつになるのか分からないよ……」
 キンバリーの言葉に、ローレンスはフフフと笑う。
「確かにそれは言えているな」
 キンバリーは、ローレンスの目尻のしわをジッと見つめる。同年代の他の巫に比べても若々しいが、三人の中で最も早い老けをみせていっているローレンス。その人生の殆どを研究とマグダレンとキンバリーの為に費やしている。ローレンスにとって幸せな人生とは、どういうものなのだろうか? キンバリーはジッとローレンスを見つめ考えた。
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