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cadenza【商店街夏祭り企画】
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ブルーグレーの爽やかな色の壁は、南欧の海沿いにある部屋を思わせる。ドッシリとした木の家具はシンプルだけど趣がありさらに部屋をさらに落着いた心地よいものにしていた。奥に見える広いベランダはちょっとした庭園のようで、テラコッタに植えられたハーブやテーブルセットなどが置かれている。そんなベランダから流れてくる風も心地よい。ここがあの庶民的な商店街の中である事も忘れてしまいそうになる。
これで、美しいパリジェンヌなどが隣にいたら、もう映画の世界のような恋愛ストーリーが展開されそうだ。
俺はそんな部屋に、部屋の壁と同じ色の生物を伴って入る。そうここは黒猫の入っているビルの上にある透さんの部屋。このビルは杜さん所有のビルとなっているようで、四階から上は杜さん、澄ママ、透さんのプライベート空間となっている。透さんに聞いた所、四階五階は根小山夫妻の空間で六階は透さんが借りて住んでいるという事。その為、四階と六階それぞれ別に玄関はあるものの、その三フロアーは室内でも行き来できて、部屋の中にある階段とベランダにあるらせん階段でそれぞれ繋がっている。
これは借りているというよりも同居に近く、元々根小山さん夫妻の自宅を二世帯住宅に改装しただけだ。俺には全てが杜さんの支配下にある空間に思えた。そこに杜さんは愛する妻とお気に入りの甥っ子を囲いご機嫌に暮らしているように見えるのは俺だけなのだろうか? 四階の共通リビングには澄さんや、透さんの小さい頃からの写真を飾られて、柱には透さんの身長を測った傷がある。その写真を眺めていると『カワイイだろ、ユキくんは、そうだ、幼稚園の時のお遊戯会のビデオもあるから観るか?』と言われて困ったものである。『杜さん小野くんだって忙しいんですよ。そんなモノ観ていたら、土曜まるまる一日潰れてしまうじゃないですか』というユキさんのツッコミにも青ざめたものである。うっかりそこで頷いていたら、俺は土曜日の一日ユキさんの思い出のビデオを観せられていたようだ。昔から透さんへの愛情は凄まじかったようだ。そして一つの疑問が浮かび上がる。
幼稚園時代のビデオを撮影しているという事は、小さい頃から三人は暮らしていた事となる。そして一つの謎が生まれる。
――透さんのご両親ってどうなったのだろうか?――
そして頭に蘇る杜さんの言葉。
『かなり苦労して手に入れた息子』
『かなり苦労して』ってどういう意味で? もしかして透さんご両親って、杜さんに……とまで考えて怖くなり、頭を横に振った。事の真意を確かめたいけれど怖くて未だに聞けていない。
「小野くんお疲れさま、汗かいただろ? 浴衣に着替える前にシャワー浴びて来たら?」
キーボくん一号はジーとチャックを開ける音をさせながらそんな事を言ってくる。
「え? ユキさんの方が汗だくですよね? 先に浴びてきて下さいよ」
キーボくんから頭を出し、ニッコリ笑って透さんは首を横にふる。
「俺はコイツのメンテや後始末があるあるので、先に済ませて!」
もうすっかり馴染みとなってしまった透さんの部屋。黒猫で杜さんにご馳走になり試しに飲んだ酒で酔いつぶれて、この部屋で目を覚ますとい事が二回程。そして夏のあまりにも暑い日など、シャワーを借りてからバイトに臨む事などしていた為にこの部屋は俺にとって第二の部屋みたいなものとなっていた。
「今日もありがとう、本当に助かったよ! 小野くんがいて良かった」
透さんの、その親しみの籠った笑顔がまぶしい。なんで汗だくで髪まで濡らした状態でこの人はこんなに爽やかに笑えるのだろうか? 俺はそう言ってもらえた照れと嬉しさから『いえ、そんな』とモゴモゴした言葉を返すしかできない。
太陽の光に満ちたブルーのタイルが爽やかなバスルームでシャワーを浴びサッパリした。タオルで身体を吹いていたら透さんがやってきたので、バスルームを透さんに譲り脱衣室で身体を拭いていると、ふと視線を感じギョッとする。
いつの間にか杜さんが来ていた。もう浴衣を着ている事で、髭で和装という事で別の迫力を感じるのは気のせいではないと思う。
「小野くんお疲れさま、透くんもシャワー浴びたら着替えずに下に来てくれないか? パンツ一丁でいいから! 澄はもう下に行っているので安心してくれ」
ニヤリと男臭く杜さんは笑う。パンツ一丁で何をやらせる気なのか?
「二人とも今日だけどさ、折角だから祭りらしく華やかな恰好にしてみないか?」
そう言う杜さんに連れていかれたのは、四階のリビング。そこには浴衣が並んでいた。柄の雰囲気から男性用のようだ。
「前は花火大会だから花火が主役だったが、祭りは人間が主役だ! だったら男ももっと派手な浴衣きてもいいと思わないか?」
Barで静かにマスターやっている印象が強い杜さんだけに、そういうはしゃいだ感じでいるのは珍しい。並んだ浴衣をみるとそこには、確かに大胆な柄の浴衣が並んでいる。どれも、なんていうかカッコいい。杜さんの浴衣も見てみると花火大会とちがっており、黒地だが大胆で鮮やかな色の格子柄となっていて、インパクトの強いモノとなっている。洋服のように、浴衣も気分や用途の合わせて替えるというのも粋である。杜さんは髭も無精ではなくちゃんと手入れしているのだろう、ボサボサといった印象はなく、お洒落な人なのだとわかる。
「これは俺の浴衣なんだが、二人もこういう感じのも着てみたいと思わないか? 今年二人に用意した浴衣は、最初ということもあって無難なモノだったから。でも若いんだから、こういう感じのも着せてみたいなと思ってな。来年の二人の浴衣の参考もあって試して欲しい」
杜さんの怖さって、こういう感じで好意が激しい所にもあるような気がする。結構高いお酒を勉強だとお酒を気軽に飲ませてくれる事や、こういうものをポンと貸してくれる所。やる事が豪快というか大胆なのだ。
「俺、一着いただいたからそれで十分ですよ!」
そう言っても、ハハハと明るく笑う。
「そこは気にすることないよ、ここの商店街の伝統だから」
そう流し『若い奴が遠慮するな』と言い眼をスッと細める。
「小野くんは、こんなやつ似合うと思うぞ! 背面に大胆に鯉の図案を中心に足元、胸のところにも鯉の図案が散っていてそれがまたいい感じなんだ」
紫黒の浴衣を手に俺へとそれを示す。豪快に鯉があしらわれたそれは絵柄も見事でスゴく恰好いい! 俺に着せ掛け、それに濃紫の帯を手にしてこれで『どうだ?』と聞いている。あまりにもイケてる組み合わせにドキドキしてくる。俺はつい頷いてしまうのを、杜さんは満足げに頷く。そして透さんに視線を移す。
「ユキくんは、そうだな、コレなんてどうだ」
そうして選んだのはベージュの地に水墨画っぽい竹の絵が描かれた浴衣。透さんの雰囲気にその柔らかい色と竹のしなやかな図案が透さんにすごく似合っていた。
「コレだったら、ユキくんの持っている銀の帯との相性もいいし」
即座に頭の中でコーディネートをしていく様子は流石だと思う。二人で六階に戻りキッチリと浴衣を着こむと、いつもよりよりも二人とも男ぶりがあがった気がするのも不思議である。
「小野くん、恰好いいよ!!」
目を輝かせそう誉めてくれる透さんの言葉に照れる。そんな綺麗な笑顔でその言葉は、男の俺ではなくて澤山さんに言うべきである。
「ユキさんも、素敵です」
俺は顔を赤くなるのを感じながらそう言葉を返す。俺の言っている言葉の方が変だったのかもしれない。そして俺は私物を黒猫に置かせてもらってからビルの前に行くと澄ママが俺達を見て笑顔を弾けさせる。
「キャー二人ともカッコいいわ! 杜さんとはまた違った恰好よさになって素敵よ~」
男であっても褒められると嬉しいものである。そういう澄ママも華やかな薔薇の図案の浴衣にふわりとした髪を遊ばせたアップスタイルで艶やかさを増している。
「澄ママも、今日の姿も素敵です」
そう誉めると、澄ママはコロコロと笑う。ふと杜さんを見ると当然だという感じでニヤリと笑った。そして澄さんへ向ける視線が、なんというか……熱い。というか熱すぎる。気持ちは分かるものの、まだ昼間にその目はないだろうと思い笑顔が引きつる。そして透さんに視線を向けると、透さんの目は澄さんではなく別の一点を見つめている。そこにはお隣の【Blue Mallow】の澤山さん。俺はその姿を見て目を丸くしてしまう。ベージュの浴衣に竹の図案の着物。髪の毛も今日はアップにしていてとても似合っている。しかし問題はこの恰好、透さん並ぶとまるでペアで示し合わせたかのようになっている。
「ユ、ユキくん…その浴衣…」
当然のごとく澤山さんはそういう優しすぎるツッコミを入れてくる。この着物を着る事はさっき決まったことだし、彼女がこんな風に驚いているという事は彼女も今日透さんがどういう浴衣を着てくるかなんて知らなかったのだろう。
「素敵です! 璃青さん。その浴衣、とても似合っています」
しかし透さんの口から飛び出してきたのはそんな言葉。透さんは自分が今どういう恰好しているのか気が付いていないようだ。目をいつになくキラキラさせて嬉しそうに澤山さんを見つめている。確かに自分の恰好って一番本人が見えてないものなのかもしれない。チラリと杜さんの様子を伺うと、ニヤリと満足げに笑っていた。
杜さん……ワザとこの浴衣を着せる為に、俺達に貸したんだというのを気付いた。バイトの俺にまでポンと大事な浴衣を貸してくれる気さくで粋な人だと一瞬でも思って感心した自分が甘かったと思う。
出店でカクテルを売っていると、常連のお客さんも結構来ていた。透さんにいつも熱い視線を向けていた常連の女性が、トロピカル柄というエラく派手な浴衣を着て近づいてくるのが見えた。俺が相手しようとしても無視して透さんに話しかけようとして固まる。隣にドリンクの差し入れをしている透さんと澤山さんが目に入ったのだろう。傍からみればどうみてもカップルで、浴衣をお揃いで着ている感じである。しかもその女性のような安っぽい浴衣ではなく、素人がみても上質な浴衣を二人で上品に着こなしている感じからも、どちらがお似合いなのか? というのもハッキリ感じ取ったのかもしれない。
「お客様、何か飲まれますか?」
そう声そっとかけるとハッと我に返るがコチラに近づいてきたときのような元気さが明かになく、虚ろな瞳が俺へ移動する。
「……カイピロスカできる?」
まあ材料がシンプルだからできるが、ウォッカベースのカクテルとは、自棄酒か……。俺が杜さんに視線を動かすとニッコリと笑って氷をグラスに入れてウオツカと注ぎライムなどでカクテルを手際よく作る。
「マイちゃん、今日は華やかな浴衣なんだね。カワイイよ。似合っている」
マスターは人の良さそうな笑みで穏やかにそう言って作ったカクテルをその女性に渡した。優しそうな表情なのに目がまったく笑っていない。お金を払いカクテルを手にフラフラと離れていくトロピカルの浴衣の女性が離れていくのを見送ってから杜さんはフフと笑う。
「あのダサい浴衣で『田舎の娘さん』か、随分ピッタリな飲み物頼んだもんだ」
この人って……。しかし澄さんや透さんが別の事をしていて、この呟きは聞いていない。俺どころではなく長くいる筈の二人がなんで杜さんのこの黒さに気が付いていないのかが不思議で堪らない。
『杜さんって、純粋でまっすぐな人なんだ。いつまでも少年みたいな――』
そう透さんはそう杜さんを表現する。自分の欲求に素直で、その行動を躊躇わないというのを純粋というものなのだろうか?
そして、何故か俺の前では杜さんはそういう面を隠さなくなってきている。こういう発言を俺の前にだけポツリと漏らす。そして今のように二コリと笑かけてくる。なんかまあ信頼できるそれなりに使える子分扱いなのかもしれない。
とはいえ、杜さんのその言動を怖いモノ見たさで楽しんでいる自分もいる。同時に澄さんと透さんの優しさと綺麗すぎるピュアな笑み。両極の要素に魅入られ翻弄されズルズルと黒猫の深みに嵌っていっている自分に気が付くべきだった。正確にいうと気が付いていたけど、自分は傍観者であり黒猫関連問題に巻き込まれる事なんてないと思っていたから、俺も、この空間を楽しんでいた。すぐ先に大変な事が俺の身に降りかかるなんて考えもせずに……。
※ ※ ※
cadenza 曲のエンディングでの無伴奏ソロパートの事
これで、美しいパリジェンヌなどが隣にいたら、もう映画の世界のような恋愛ストーリーが展開されそうだ。
俺はそんな部屋に、部屋の壁と同じ色の生物を伴って入る。そうここは黒猫の入っているビルの上にある透さんの部屋。このビルは杜さん所有のビルとなっているようで、四階から上は杜さん、澄ママ、透さんのプライベート空間となっている。透さんに聞いた所、四階五階は根小山夫妻の空間で六階は透さんが借りて住んでいるという事。その為、四階と六階それぞれ別に玄関はあるものの、その三フロアーは室内でも行き来できて、部屋の中にある階段とベランダにあるらせん階段でそれぞれ繋がっている。
これは借りているというよりも同居に近く、元々根小山さん夫妻の自宅を二世帯住宅に改装しただけだ。俺には全てが杜さんの支配下にある空間に思えた。そこに杜さんは愛する妻とお気に入りの甥っ子を囲いご機嫌に暮らしているように見えるのは俺だけなのだろうか? 四階の共通リビングには澄さんや、透さんの小さい頃からの写真を飾られて、柱には透さんの身長を測った傷がある。その写真を眺めていると『カワイイだろ、ユキくんは、そうだ、幼稚園の時のお遊戯会のビデオもあるから観るか?』と言われて困ったものである。『杜さん小野くんだって忙しいんですよ。そんなモノ観ていたら、土曜まるまる一日潰れてしまうじゃないですか』というユキさんのツッコミにも青ざめたものである。うっかりそこで頷いていたら、俺は土曜日の一日ユキさんの思い出のビデオを観せられていたようだ。昔から透さんへの愛情は凄まじかったようだ。そして一つの疑問が浮かび上がる。
幼稚園時代のビデオを撮影しているという事は、小さい頃から三人は暮らしていた事となる。そして一つの謎が生まれる。
――透さんのご両親ってどうなったのだろうか?――
そして頭に蘇る杜さんの言葉。
『かなり苦労して手に入れた息子』
『かなり苦労して』ってどういう意味で? もしかして透さんご両親って、杜さんに……とまで考えて怖くなり、頭を横に振った。事の真意を確かめたいけれど怖くて未だに聞けていない。
「小野くんお疲れさま、汗かいただろ? 浴衣に着替える前にシャワー浴びて来たら?」
キーボくん一号はジーとチャックを開ける音をさせながらそんな事を言ってくる。
「え? ユキさんの方が汗だくですよね? 先に浴びてきて下さいよ」
キーボくんから頭を出し、ニッコリ笑って透さんは首を横にふる。
「俺はコイツのメンテや後始末があるあるので、先に済ませて!」
もうすっかり馴染みとなってしまった透さんの部屋。黒猫で杜さんにご馳走になり試しに飲んだ酒で酔いつぶれて、この部屋で目を覚ますとい事が二回程。そして夏のあまりにも暑い日など、シャワーを借りてからバイトに臨む事などしていた為にこの部屋は俺にとって第二の部屋みたいなものとなっていた。
「今日もありがとう、本当に助かったよ! 小野くんがいて良かった」
透さんの、その親しみの籠った笑顔がまぶしい。なんで汗だくで髪まで濡らした状態でこの人はこんなに爽やかに笑えるのだろうか? 俺はそう言ってもらえた照れと嬉しさから『いえ、そんな』とモゴモゴした言葉を返すしかできない。
太陽の光に満ちたブルーのタイルが爽やかなバスルームでシャワーを浴びサッパリした。タオルで身体を吹いていたら透さんがやってきたので、バスルームを透さんに譲り脱衣室で身体を拭いていると、ふと視線を感じギョッとする。
いつの間にか杜さんが来ていた。もう浴衣を着ている事で、髭で和装という事で別の迫力を感じるのは気のせいではないと思う。
「小野くんお疲れさま、透くんもシャワー浴びたら着替えずに下に来てくれないか? パンツ一丁でいいから! 澄はもう下に行っているので安心してくれ」
ニヤリと男臭く杜さんは笑う。パンツ一丁で何をやらせる気なのか?
「二人とも今日だけどさ、折角だから祭りらしく華やかな恰好にしてみないか?」
そう言う杜さんに連れていかれたのは、四階のリビング。そこには浴衣が並んでいた。柄の雰囲気から男性用のようだ。
「前は花火大会だから花火が主役だったが、祭りは人間が主役だ! だったら男ももっと派手な浴衣きてもいいと思わないか?」
Barで静かにマスターやっている印象が強い杜さんだけに、そういうはしゃいだ感じでいるのは珍しい。並んだ浴衣をみるとそこには、確かに大胆な柄の浴衣が並んでいる。どれも、なんていうかカッコいい。杜さんの浴衣も見てみると花火大会とちがっており、黒地だが大胆で鮮やかな色の格子柄となっていて、インパクトの強いモノとなっている。洋服のように、浴衣も気分や用途の合わせて替えるというのも粋である。杜さんは髭も無精ではなくちゃんと手入れしているのだろう、ボサボサといった印象はなく、お洒落な人なのだとわかる。
「これは俺の浴衣なんだが、二人もこういう感じのも着てみたいと思わないか? 今年二人に用意した浴衣は、最初ということもあって無難なモノだったから。でも若いんだから、こういう感じのも着せてみたいなと思ってな。来年の二人の浴衣の参考もあって試して欲しい」
杜さんの怖さって、こういう感じで好意が激しい所にもあるような気がする。結構高いお酒を勉強だとお酒を気軽に飲ませてくれる事や、こういうものをポンと貸してくれる所。やる事が豪快というか大胆なのだ。
「俺、一着いただいたからそれで十分ですよ!」
そう言っても、ハハハと明るく笑う。
「そこは気にすることないよ、ここの商店街の伝統だから」
そう流し『若い奴が遠慮するな』と言い眼をスッと細める。
「小野くんは、こんなやつ似合うと思うぞ! 背面に大胆に鯉の図案を中心に足元、胸のところにも鯉の図案が散っていてそれがまたいい感じなんだ」
紫黒の浴衣を手に俺へとそれを示す。豪快に鯉があしらわれたそれは絵柄も見事でスゴく恰好いい! 俺に着せ掛け、それに濃紫の帯を手にしてこれで『どうだ?』と聞いている。あまりにもイケてる組み合わせにドキドキしてくる。俺はつい頷いてしまうのを、杜さんは満足げに頷く。そして透さんに視線を移す。
「ユキくんは、そうだな、コレなんてどうだ」
そうして選んだのはベージュの地に水墨画っぽい竹の絵が描かれた浴衣。透さんの雰囲気にその柔らかい色と竹のしなやかな図案が透さんにすごく似合っていた。
「コレだったら、ユキくんの持っている銀の帯との相性もいいし」
即座に頭の中でコーディネートをしていく様子は流石だと思う。二人で六階に戻りキッチリと浴衣を着こむと、いつもよりよりも二人とも男ぶりがあがった気がするのも不思議である。
「小野くん、恰好いいよ!!」
目を輝かせそう誉めてくれる透さんの言葉に照れる。そんな綺麗な笑顔でその言葉は、男の俺ではなくて澤山さんに言うべきである。
「ユキさんも、素敵です」
俺は顔を赤くなるのを感じながらそう言葉を返す。俺の言っている言葉の方が変だったのかもしれない。そして俺は私物を黒猫に置かせてもらってからビルの前に行くと澄ママが俺達を見て笑顔を弾けさせる。
「キャー二人ともカッコいいわ! 杜さんとはまた違った恰好よさになって素敵よ~」
男であっても褒められると嬉しいものである。そういう澄ママも華やかな薔薇の図案の浴衣にふわりとした髪を遊ばせたアップスタイルで艶やかさを増している。
「澄ママも、今日の姿も素敵です」
そう誉めると、澄ママはコロコロと笑う。ふと杜さんを見ると当然だという感じでニヤリと笑った。そして澄さんへ向ける視線が、なんというか……熱い。というか熱すぎる。気持ちは分かるものの、まだ昼間にその目はないだろうと思い笑顔が引きつる。そして透さんに視線を向けると、透さんの目は澄さんではなく別の一点を見つめている。そこにはお隣の【Blue Mallow】の澤山さん。俺はその姿を見て目を丸くしてしまう。ベージュの浴衣に竹の図案の着物。髪の毛も今日はアップにしていてとても似合っている。しかし問題はこの恰好、透さん並ぶとまるでペアで示し合わせたかのようになっている。
「ユ、ユキくん…その浴衣…」
当然のごとく澤山さんはそういう優しすぎるツッコミを入れてくる。この着物を着る事はさっき決まったことだし、彼女がこんな風に驚いているという事は彼女も今日透さんがどういう浴衣を着てくるかなんて知らなかったのだろう。
「素敵です! 璃青さん。その浴衣、とても似合っています」
しかし透さんの口から飛び出してきたのはそんな言葉。透さんは自分が今どういう恰好しているのか気が付いていないようだ。目をいつになくキラキラさせて嬉しそうに澤山さんを見つめている。確かに自分の恰好って一番本人が見えてないものなのかもしれない。チラリと杜さんの様子を伺うと、ニヤリと満足げに笑っていた。
杜さん……ワザとこの浴衣を着せる為に、俺達に貸したんだというのを気付いた。バイトの俺にまでポンと大事な浴衣を貸してくれる気さくで粋な人だと一瞬でも思って感心した自分が甘かったと思う。
出店でカクテルを売っていると、常連のお客さんも結構来ていた。透さんにいつも熱い視線を向けていた常連の女性が、トロピカル柄というエラく派手な浴衣を着て近づいてくるのが見えた。俺が相手しようとしても無視して透さんに話しかけようとして固まる。隣にドリンクの差し入れをしている透さんと澤山さんが目に入ったのだろう。傍からみればどうみてもカップルで、浴衣をお揃いで着ている感じである。しかもその女性のような安っぽい浴衣ではなく、素人がみても上質な浴衣を二人で上品に着こなしている感じからも、どちらがお似合いなのか? というのもハッキリ感じ取ったのかもしれない。
「お客様、何か飲まれますか?」
そう声そっとかけるとハッと我に返るがコチラに近づいてきたときのような元気さが明かになく、虚ろな瞳が俺へ移動する。
「……カイピロスカできる?」
まあ材料がシンプルだからできるが、ウォッカベースのカクテルとは、自棄酒か……。俺が杜さんに視線を動かすとニッコリと笑って氷をグラスに入れてウオツカと注ぎライムなどでカクテルを手際よく作る。
「マイちゃん、今日は華やかな浴衣なんだね。カワイイよ。似合っている」
マスターは人の良さそうな笑みで穏やかにそう言って作ったカクテルをその女性に渡した。優しそうな表情なのに目がまったく笑っていない。お金を払いカクテルを手にフラフラと離れていくトロピカルの浴衣の女性が離れていくのを見送ってから杜さんはフフと笑う。
「あのダサい浴衣で『田舎の娘さん』か、随分ピッタリな飲み物頼んだもんだ」
この人って……。しかし澄さんや透さんが別の事をしていて、この呟きは聞いていない。俺どころではなく長くいる筈の二人がなんで杜さんのこの黒さに気が付いていないのかが不思議で堪らない。
『杜さんって、純粋でまっすぐな人なんだ。いつまでも少年みたいな――』
そう透さんはそう杜さんを表現する。自分の欲求に素直で、その行動を躊躇わないというのを純粋というものなのだろうか?
そして、何故か俺の前では杜さんはそういう面を隠さなくなってきている。こういう発言を俺の前にだけポツリと漏らす。そして今のように二コリと笑かけてくる。なんかまあ信頼できるそれなりに使える子分扱いなのかもしれない。
とはいえ、杜さんのその言動を怖いモノ見たさで楽しんでいる自分もいる。同時に澄さんと透さんの優しさと綺麗すぎるピュアな笑み。両極の要素に魅入られ翻弄されズルズルと黒猫の深みに嵌っていっている自分に気が付くべきだった。正確にいうと気が付いていたけど、自分は傍観者であり黒猫関連問題に巻き込まれる事なんてないと思っていたから、俺も、この空間を楽しんでいた。すぐ先に大変な事が俺の身に降りかかるなんて考えもせずに……。
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