希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~

白い黒猫

文字の大きさ
18 / 41
Live

Thrillng

しおりを挟む
カラン


軽く小さなベルの音が、客様の訪問を伝える。
『いらっしゃいませ』そう言い、入り口の方を見て思わずその人物を見て呆ける。美しい女性が立っていたから。サラサラの長い髪に鹿を思わせる黒目がちの憂いを秘めた瞳。小さく形の良く赤い果実を思わせる唇。和服が似合いそうなその美しい女性に俺は思わず見惚れる。この俺のタイプを具現化したような女性の来店に俺の心がいつになくときめく。
 しかしその女性は俺の声など聞こえていないようで、お店を不安げに見渡す。待ち合わせをしていたのだろか? 探し相手を見つけ、その表情がパアと明るい笑顔に変わる。元々美しかったその顔がますます輝き、その笑顔に目を細めてしまう。俺の体温が上がるのを感じる。
女性は笑顔のまま店内をある一点に向かって真っすぐ歩き出す。 

そして女性はいきなり、透さんにガバっと抱きつく。
「透、会いたかった」
 抱きつかれた透さんは、目を見開くが何故か不快げにその表情を歪ませる。そしてもはや専用席となった奥のカウンターの所で澤山さんがショックを受けた表情のまま固まっている。
「凜、何しに来たの?」
 透さんにしてはキツい言葉。凜と呼ばれた女性は傷つく様子もなくニッコリと笑う。寧ろ嬉しそうだ。
「決まってるじゃない! 就職祝いを渡しに♪」
 凜さんは下げていた小さな手提げ袋を透さんに渡す。透さんは目を丸くしてその手提げを受け取り、途端に照れた顔になり俯く。
「ありがとうござます」 
その様子を凜さんは満足げに見つめ、お淑やかに見える顔立ちに似合わないニヤリとした笑いを浮かべる。そして手を透さんの頭にやりナデナデと撫でる。
「うーんやはり、カワイイ。そういう素直な表情。嬉しいなら嬉しい顔ちゃんとしないとダメじゃない」 
 その言葉で透さんが顔をムッとさせている。透さんにしては珍しい子供っぽい表情だ。女性は案内されていないのにカウンターに座る。杜さんの前の超常連席に当たり前のように。
「ユキくんはいつでもカワイイよ」
 杜さんがニコニコとその女性の言葉に応えている。
「そうよね! 
 杜さん久しぶり! 相変わらず、ダンディー♪」
「凜ちゃんもますます綺麗になったね!」
 杜さんと仲良さげに会話を始めた事にも驚いてしまう。杜さんとも知り合いのようだ。
「ありがと! でも透って私にこういった言葉かけてくれないの!
 カワイイとか綺麗だねとかまったくよ! 朝目覚めた時とか、行ってきますのキスの時とか言ってくれてもいいと思わない?」
 透さんをチラリと見て凜さんは非難するように視線を向け、杜さんにそう訴える。顔とは異なるサバサバとしたモノの言い方、そしてその内容に俺は呆然としてしまう。この女性、誰なのでしょうか?
「私が愛の籠ったメール出してあげているのに、ユキたらそれに『大丈夫です。ありがとうございました』という素っ気ない感じで一行以上返してくれた事ないのよ!!」
 杜さんはフフフとその言葉を受ける。透さんはため息をつきながら、お通しを凜さんの前に置く。
「まあ、凜ちゃんは、ユキくんが数少なくそういう甘えができる相手だから」
 その言葉に凜さんはハハハと豪快に明るく笑う。おしとやかな見た目と表情が正反対でなんか違和感を覚えるが、やはり綺麗な人はどういう表情しても綺麗なようだ。
「そりゃ私も、そこは分かってるわよ! 透は私の事大好きで、愛してくれているって。でもツンデレだから」
 透さんは溜息を大袈裟につく。
「ツンデレって何だよ、凜と関わると面倒だからそうなるんだろ。用事終わったら、さっさと帰ったら。疲れてるんだろ?」
 あれ?透さんらしくなくフランクに会話をしている。しかも名前呼び捨てにしている。明らかに元彼女な関係。
「それは透が可愛すぎるから悪いの。それに何やかんや言って、心配してくれるところが、本当に優しいんだから」
 凜さんはそう言って透さんを抱き寄せ頬にキスをする。明らかにこの元彼女さん透さんの事まだ絶賛愛してますの状況のようだ。そんな二人をカウンターの離れた所に澤山さんの真っ青な顔が見える。その角度だと本当にキスしているように見えたのだろう。澤山さん大丈夫ですよ。キスは一方的ですし、頬にされていますし、こっちからみるとそんなに甘い空気はなく透さん思いっきり顔不機嫌にしていますよ。と視線で話しかけるけど、俺の方なんて澤山さん見てもいない。
「便利の間違では? 今日は飲みすぎないでよ!」
「え~思いっきり呑むためにきたのに。今日泊まって良い?」
 凜さんは可愛らしく甘えるように顔を傾け、透さんを見上げる。別れた彼女にそう言われて頷くわけにはいかないだろう。透さんは顔を顰める。
「いいですけど、着替えは?」
 え? と俺は透さんの顔を見て、そっと澤山さんの方を見ると唖然と口を開けている。そりゃそうだろ。普通泊めない。
「今日帰国してそのままここきたから大丈夫! 荷物実は杜さんの家の前にもう置かせてもらっているんだ~」
「でも、俺の部屋のソファーベッドそこまで寝心地よくないよ! だったら四階の客室の方が」
 流石に同じベッドでは寝ないようだ。それにしてもいつも俺が寝ているベッドに寝てもらうのね。そこに少しドキドキする。
「だったら、透のベッドでいいわよ!」
「嫌だよ!」
「一晩くらい、いいでしょ一緒に寝ても」
 ユキさんも流石にそれは嫌なようで、口論になっている後ろで澤山さんが席を立ってフラフラとお金払って帰ってしまった。
「やっぱり、客室使って! いいですよね? 澄さん」
 ユキさんはそう拒絶した。そして視線を巡らせ、澤山さんがいないのに気が付いたようで、『あれ?』という顔になる。でもこの状況彼女からしてみたら、怒って帰っても当たり前だと思う。
 そして凜さんからそっと、離れた所に透さんを手招きしてその事を伝えると驚かれてしまう。
「え? 気を悪くなんで?」
 透さん、本気で言っているのだろうか?
「だって、元彼女さんがやってきて仲良くしていたら、彼女としては嫌なものですよ!」
 透さんは口をぽかんと開ける。こんなに驚いた透さんを見たのは初めてである。
「は? 誰が元彼女? まさか凜?! どうしてそんな誤解を?!
 小野くん、ゴメンホール少し任せて良い?」
 そう言って、杜さんとアイコンタクトしてから頷いてユキさんはそっと店を出て行った。凜さんは上機嫌で杜さんとお話しながら飲んでいる。さっきの透さんの口振りだと、元彼女ではなかったようだ。この女性って何者なの?
 改めて凜さんという女性に視線を向ける。スーツ姿の為とても清楚に見えるが、活発な話し方からキャリアウーマンなんだろう。社会人といったら俺よりも上。透さんと同じくらい?
 お淑やかな見た目を裏切る明るい笑顔と話し方、そのアンバランスさも不思議と彼女に魅力を与えていた。俺の視線に気が付いたのか凜さんは振り向いて怪訝そうに俺を見つめ返してくる。黒目がちの瞳に見つめられ俺はドキマキしながら、必死で笑顔を作り、頭を軽く下げる。
「何か用? でアンタ誰? さっきから人の顔ジロジロ見て!」
 凜さんの目は細まり、低い声でそう尋ねてきた。もしかして俺、物凄く不審がられているのだろうか? 草食動物を思わせる黒目がちの目に、柔らかそうで小さな唇、繊細そうな細い顎、怖い要素なんてゼロの容姿なのに、なぜこんなに凄みが出るのか? 俺はその視線に蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。


※   ※   ※

Thrilling   聴き手が鳥肌が立つような緊張感に溢れる演奏のこと
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...