希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~

白い黒猫

文字の大きさ
25 / 41
Live

Tension Note

しおりを挟む
 しかしどうする? 透さんはあの様子では暫く帰ってこないだろう。かと言ってこのまま泣いている凜さんを上に帰していいのか? 根小山夫妻も驚くだろう。かといって連れていくと可愛い姪を泣かせたと勘違いされないか? 
「あら? 二人で何しているの?」
 悩んでいると買い物から帰ってきたらしい澄さんがビルに入ってくる所だった。ドキドキするもののソレが杜さんでなかった事には若干ホッとする。
「Blue Mallow に突入して透さんに叱られてしまったんですよ」 
 俺が簡単に説明すると、澄さんは『アラアラ』と朗らかに応える。昨晩の様子から状況は理解してくれたのだろう。そして俺達を黒猫の方に誘ってくれた。

 俺はそっとハンカチを差し出すと凛さんは小さい声で『ありがとう』と言い少し笑ってくれた。そんな俺達の前にココアを出してくれる澄さんの様子は穏やかである。良かった澄さんまで凛さんを叱るという事はしないようだ。
「あのね、誤解しないでよ」
 凛さんは一口ココアを飲んでから、深呼吸してそう言葉を発してくる。俺は首を傾げる。 
「誤解?」 
 凛さんは俺に視線を向けて頷く。 
「泣いているのは、弟を他の女に取られたから悔しくて泣いているんじゃないのよ! 嬉しくて泣いているの!」 
 『何処が?』 と思ったのが顔に出たのかもしれない。澄さんはただニコニコ笑っている。 
「透がああいう風にあそこまで逆らうなんて事無かったから。初めて、自分の欲しいモノを欲しい!  これは譲らないという主張したから」
 強がりで言ったのかと思っただけにその言葉に俺は内心驚いてしまった。それは本音を言っていると感じたから。 
「昔から、人が求める事を一番に考えて、自分の事は後回しの子だったの。それに沿う事ばかりする子なのよ!」
 そう言ってから凜さんはチラリと澄さんに視線を向ける。
「私があの子のオヤツとっても『凛が食べたいならば、いいよ』と怒りもしないで差し出してくるし、私が食べたいと言ったモノも作り方を何処かで覚えて作ってくれたり ──」
 微笑ましいと思って聞いていたけど、じっくり聞いていると、家事全般全て押し付けられ、デザートのプリンをパセリとトレードさせられたり、お年玉全額姉の買い物予算にされたり、透さんかなり悲惨な子供時代過ごしているように思えた。
「やっと怒ってくれた。それが嬉しいの。
 でも、突然その日が来たから、感情がついていかなくて結果泣けたというか……」
 凛さんは照れたように笑った。透さんが余りにも全てを優しく受け入れ過ぎたからエスカレートして凛さんはこうなったという事なのだろうか? それにしてもやり過ぎな気もする。 
「透さん、大変だったですね。凜さんみたいな姉を持って」
 しみじみとした俺の言葉に、凛さんは俺の言葉にプイっと視線を逸らす。澄さんがフフフと笑う。しかし二人を引き取って見守って来たはずの澄さんは何故そんな凛さんの横暴を許したのだろうか?
「ちゃんと、別の事で相殺してフォローはしてきたわよ! 透が大好きなオヤツのときは私の全部あげたり、私の小遣い貯めて透の欲しがっていたモノ買ってあげたり」
 澄さんがニコニコしながらウンウンと頷く。
「そうね、透ちゃんも良く私に話してくれたわ、『凛がこんな事してくれたんだ!』『凜がね……』って嬉しそうにいつも」 
 何となく凛さんと透さんの姉弟関係が見えてきた。凛さんは俺に対してもそうである。傍若無人なようで彼女なりに気を使ってくれる。だから強烈だけど憎めない。こういう人だから、透さんも我が儘も許して来たのだろう。多分早くにご両親を亡くされたであろう二人は、そうやって互いを必要としてきたのだと理解する。
 そんな事を考えていたら澄さんが凜さんにそっと手を添える。 
「ごめんなさい凛ちゃん、貴女までも色々悩ませて来て」
 澄さんが何故か凛さんに謝る。優しい慈愛に満ちた表情をする澄さんを前に、凜さんは表情をスッと硬くする。
「でも、大丈夫よ! 何も心配することなんてない。透ちゃんは強いから。 
 それに、この一年で透ちゃんは更に強く逞しくなったわ」
 何故かジッと凜さんは澄さんを睨みつけている。
「凜ちゃんも分かっているのでは? 透ちゃんは、元々流され人の言うままになるような甘い子ではないって」 
 同じように見守ってきたからこその澄さんの言葉なのだろうか? しかし凛さんは何故か澄さんに何も応えない。それを澄さんは柔らかい笑顔でうける。何故か微妙な空気だ。まさか凛さんは澄さんも嫉妬対象なのだろうか? 
「今までも流されていたのではないでしょ? あの子がそうしたいと判断したからそうしてきた。実は厄介な程頑固者よ! 兄さんの息子だもの」 
 そう続ける澄さんを、凛さんは黙ったままジッと見つめている。 
「確かに透さんは、優しいけどハッキリ物事言う方ですよね。黒猫でも客のあしらい上手ですし、あの杜さんにも、やり過ぎそうな時はストレートにツッコミますし」 
 凛さんの視線が俺に向けられるのを感じる。何なのだろうか? この真っ直ぐ過ぎる視線は。俺の全てを見透かそうとしているようにも見える。疚しい事がある訳ではないがドキリとする。 
「ダイちゃんには……」

カラン

 凜さんが何か言いかけたとき、黒猫の扉が開く。視線を向けると杜さんが入ってきたようだ。何故か並んで座っている俺と凜さんの姿を見てニヤリと笑う。
「おや、小野くん今日はバイトの日ではなかったよね?」
 俺は頭を下げる。
「こんにちは。
 ちょっと寄らせていただきました。今から大学いきます」
 杜さんは『そうか』と言って頷く。なんかいつもよりも、楽しそうなのが少し怖い。
「なんか悪かったな、姪が迷惑かけたようで」
 凜さんが杜さんの言葉に少しムッとした顔をする。
「いえ、そんな事ないですよ。商店街を案内していたのですが、凜さん何ていうか面白い方なので俺も楽しかったです」
 杜さんが目を細め俺の言葉にフッと笑う。
「だったら良かった。多分これからも黒猫にもコイツはよく来るだろうから、仲良くしてやってくれると嬉しい」
 俺は何となく、杜さんの言葉に引っかかりと覚えつつ頷く。
 もしかして、変な誤解をされているのだろうか? 俺の脳裏に似た笑みを浮かべ走り去った篠宮さんの姿を思い出す。確か篠宮さんと杜さんも仲が良い。だから杜さんは人の悪い笑みを浮かべているのかもしれない。
「どうやら、俺は凜さんにとって弟分なようなので、姉弟(きょうだい)仲良くさせて頂きます」
 誤解を解く為に『弟』を強調して、そう答えておく。しかし杜さんは目を細めコチラを見ている。
「弟か、凛ちゃんも良かったな、良い弟がもう一人増えて」
 完全面白がっているようだ。凛さんはそんな杜さんに、肩を竦め『いいでしょ?』なんて事澄ました声で返している。
「では、大学行ってきます。ココアご馳走様でした」
 そう澄さんに挨拶して俺は黒猫を逃げる事にした。凛さんはそんな俺の困った気持ちなんて気にしてないのだろう。
「ダイちゃん、行ってらっしゃ~い! またね~♪」
 なんて言葉かけて見送ってしまった。なんかまだ午前中なのにグッタリ疲れた。俺は深呼吸して気持ち落ち着けてから大学に向かう事にした。


※   ※   ※

Tension Note   緊張感を高めるために付加される音の事
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...