Zazzy people

白い黒猫

文字の大きさ
22 / 23
secret live

chase

しおりを挟む
 未成年労働法とやらの関係で先に舞台を降りた娘は皆の歓声を浴びながら客席を通りまっすぐユキちゃんの所へといく。
 マリアが特に好みそうなソフトな笑顔が魅力の男だから当然なのかもしれない。
 無邪気な様子で抱きつき撫でてもらいながら嬉しそうに笑っている。
 キス強請り頬にキスされると、マリアは透ちゃんに抱きついて唇に強引にキス返す。
 子供は羨ましい。俺が同じ事やったら間違いなく殺される。
 カウンターに座り透ちゃんに何か飲み物差し出され受け取り無邪気を装う。
 真面目な透ちゃんの事だから酒ではないのだろうが、マリアはそれに文句を言う事なく一口飲んで満足気な笑みを返し楽しそうだ。 
 フロアーでの仕事に戻ってしまった透ちゃんを、マリアはつまらなそうな顔で追った後、視線を横に向けカウンターにいた青年に話しかけている。
 俺が先ほど見ていた男にちゃっかり目をつけていたとは。こう言う嗅覚も遺伝するのだろうか? 
 そして熱の篭った様子で口説いている。その様子を見ると男は意外と冷静に対処しているようだ。
 会話を楽しみつつも、可愛い子供を見ている大人の様子。口説くという意味では失敗しているようだ。とはいえ柔らかく笑う男の表情はマリアのツボなのだろう、マリアは榛色の瞳をご機嫌の猫のように細めて見つめていた。 
 しかしこういう店での子供のいる限界時間が来たようだ、透くんの奥さんが迎に来て優しく促され、このビルの上の友人宅へと連れて行かれマリアは退場。
 今日は友人宅で泊まる事になっている。だからどちらにせよ、生真面目な透くんのいる所で、ナンパなんて成功するわけはない。相手をその気にさせた所で、透くんがやんわり相手の男に注意して失敗していただろう。
 逆に言えば娘は安全な所で面倒みてもらえて、口煩いマネージャーは正月休暇の為先にアメリカに帰らせた事で俺は自由に動けるという事。 
 男の視線が再び舞台の俺に向けられた事を感じながら俺はさらに熱を込めてピアノを啼かせる事にする。

 最後の曲も終わり俺は、透ちゃんが持ってきてくれたバーボンを掲げ皆に挨拶して舞台を降りる。そしてカウンターに座る。レコードによるBGMに切り替わりマッタリとした時間となった店内を眺める。
 横目で隣を見ると、一人分程開いたところに先程の青年がモヒート飲みながら店内の空気に染まりノンビリしている。
 細身のスーツを着ておりいかにも真面目なサラリーマンという感じ。とはいえネクタイの趣味も悪くなく、着こなしにも清潔感もある。誰もが着ているスーツだけに余計に見えてくるそのセンス。
 軽く香る爽やかなコロンといい、ちゃんと自分というものを知っていて表現出来ている。悪くない。というかとても良い感じだ。
「同じモノをもう一杯お願いします」
 そうカウンターの中に男が声掛けるのを機に俺も動く事にする。
「じゃあ、俺も彼と同じ物を」
 そう言うと男はエッという顔をし、友人の杜は笑う。
「いいのか? 本当に。コレ酒入ってないぞ」
 杜は手際よく作ったカクテルを男に渡しながらそんなこと言ってくる。
「申し訳ありません、私は下戸なので」
 男が少し恥ずかしそうにグラスを手に笑う。通りで結構飲んでいるわりに、理性的で曲に引き込まれるのが遅かった筈である。しかも酒が飲めないとなると、酔いで少し箍を外させて誘う手は使えなさそうだ。
「俺は酒入りの濃い奴を頼む」
 俺はそう注文を変更する。そして男の方に改めて向き直る。
「俺はkenjiだ。よろしく」
 男は目を見開き驚いた表情をするがすぐに笑みを作り笑う。
 そりゃそうだろ、さっきまで演奏していたのを見ていたから、俺の事を知らないわけない。
 一見愛想よく笑みを返してくるが、コイツの笑みは完全な外面。
 嘘臭い笑みという訳ではないが、自分を晒けだすことをしないで少し殻を作り自分を繕っている。
 こう言う奴はガードが堅くアプローチが難しい。まあ、だからこそ攻め甲斐もある。
「私はセイシュと申します」
「セイシュ?」
 男は困ったように笑う。
「清い酒と書いて清酒です」
「それ、マジ? 本名?
 で、その名前で下戸?」
 清酒くんは笑う。
「よく言われますし、皆に面白がられますね」
 そりゃそうだろう。酒の名前で酒が飲めないなんてギャグだ。
「で、今日は楽しんでもらえたのかな?」
 そう聞くと柔らかい表情で『最高でした』と答えてくる。媚も諂いもない真っ直ぐな敬愛の篭った瞳が気持ち良い。なかなか素直でカワイイ奴なようだ。
「本日ここで、シークレットライブやると聞いて興味から来てみたのですが、kenjiさんが演奏していて驚きましたよ。
 自分の働いている会社のCMに貴方が出演されていたのでそれで知って好きなりました。CDも全部もっています。
 ってかなり俄ファンなのバレバレですね」
 俺は首を横にふる。いきなり芸能人に話しかけられ冷静に会話を返してくるとは、結構肝は座っているようだ。この人馴れした感じは、あの珈琲会社の営業マンといった所か。
「ああいう仕事もしてみるもんだな。こうして新しいファンが増えるならば。
 大仰な言葉で褒め称えられるよりも、そういうシンプルな『好き』って言って貰えるのは嬉しい。
 それにあの仕事がこうした出会いを生んだのならば、やった甲斐もあったというものだ」
 チラリと清酒くんの様子を伺うが、普通に笑みだけを返してくる。こいつ完全にノンケなようだ。どう誘い誘導していくか俺は悩む。
「そう言えば娘の子守もしてくれたようでありがとう」
 清酒くんはフフフと笑う。
「素敵なお子さんですね。やはり凡人ではなくパワフルというか、面白いというか。
 演奏している時の神がかったあの姿とのギャップも魅力的でした」
 ステージやマスコミの前ではそれなりの格好をしてJazzy Angelジャズの天使とか言われているが、家では裸足でコットンのラフな姿で歩きまわって、芝生の上に猫や犬と一緒に寝転びと野生児である。
「ガキだからな」
「源氏物語についての考察も面白かったですよ。人は様々な相手との交わりで学び心は成長していくものだけど、実は求めているモノは最初から分かっている。
 だからそこは迷うべきではないって。愛は本能に従うだけでよい! って」
 そんなこと言っていたのか……。俺は笑ってしまう。
 妻のイーラが何を考えたか『源氏物語』を買い与えたら、夢中になってしまった。彼女の一番の愛読書となっている。
「アイツはチッコイ頃に二十以上離れた年の、しかもパートナーのいる相手を好きになっちまって。
 そんな状態だから相手からしてみたらあの子はカワイイ子供でしかなく、そういう目で見てもらう事もありえない。
 色々行動して悩んで出た結論は、自分も『紫の上』を作るという事らしい。で、何人かの男の子を候補にして、今育てている最中って訳さ。
 初恋の相手のように才能ある素敵な男性になるように見守りつつ楽しんでいる」
 そう話すと清酒くんは吹き出す。まさかその初恋の相手が俺の恋人だとは思ってないだろう。
「すごいですね」
 俺もフフフと笑い、モヒートを飲む。
「まあ、分からないでもないけどな、相手を自分思うように染め上げたいと思うのも」
 この男は俺の愛撫にどう乱れるんだろうか? と俺は清酒くんの身体を視線で舐めながら思う。それなりに鍛えているようだし、若い身体というのは唆る。
「でも娘はまだわかってない。ふと見せる意外性こそが、その相手に嵌る原因だとね。そう思わないか?」
 清酒くんは考えるように目を細める。最初にしていた寂しげな瞳に戻っている。
「言えていますね。でもそうかもしれません……そして相手に恋をする」
 そう言って小さくため息をつく。その瞳は此処にいない人物を想っているのだろう。
「ライブ中もアンタの事を見て感じていたんだが、随分寂しげな目をしているな」
 そう言うと、清酒くんは一瞬固まるが苦笑して顔を横にふる。
「まあ、陽気な顔とは言われませんね。皮肉屋ですし」
 俺はニヤリと笑って手を伸ばしその頭を撫でてやると、清酒くんは流石にびっくりした顔をして身体を少し引く。
「偶には感情弾けさせ、思いっきり啼くことも必要だぞ」
「えっ……」
 少し動揺して俺を見つめ返してくる清酒くんの様子は可愛かった。仮面が剥がれた。大人っぽく気取っているよりも、少し慌てた時の表情の方が良い。そうして晒け出させてやろう、その内面を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...