ロスフォートの青い宝石は君を誘う

木綿千凡

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54 城への通路

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 カーティス卿が乗って来た馬車は快適で、オリヴィエは長時間乗っていても疲れなかった。座席から転がり落ちる心配もなく、リシエはずっと眠っていた。
 彼は毛布にくるまり、顔だけ出していた。まるで息をしていないように見える。
 普段朗らかに動く唇はきつく閉じられたままだ。

  目覚めたら、それはどんなふうに動くだろう。

 現実ではない柔らかな感触が唇をつき、オリヴィエは戒めるように、片手で額を押さえた。
 
 カーティス卿の手綱さばきは巧みだった。
 馬車は丘を下り黒い森を走り抜け、明け方には国境付近の山の麓にたどり着いた。
 国境までという話だったが、行かれるところまで送ってくれるようだ。

 オリヴィエは車内のカーテンを少し開けて外を覗いた。群青色に染まった尾根づたいに光が差し、空は淡く輝き始めている。どこからか鳥のさえずりが聞こえた。

 夜が明ける。

 窓の隙間から冷えた空気が流れ込み、オリヴィエはカーテンを元に戻した。それから、リシエの肩から落ちた毛布をかけ直す。
 オリヴィエがうとうとし始めた頃、馬車の歩みが緩やかになり、ほどなくして停車した。
 リシエはぱっと目覚め、頭を軽く振った。
 美しい顔は息を吹き返し、目を開くと一瞬で華やかな表情に変わる。
「……着きました?」
 オリヴィエが答える前に、馬車の扉が開いた。

 木立の間を縫うように、なだらかな道が続いている。
 気温が上がってきて、オリヴィエは作業服の襟元を少し開けた。リシエはオリヴィエと同じ作業服の上着を着崩している。
 オリヴィエは杖の先で落ち葉をかき分けては、リシエの背中を見つめた。
                                                     
 カーティス卿の処置がどこまで持つのだろう。
 
 これから向かう城で何をするのか聞く前に、リシエは馬車に乗った途端眠ってしまった。
 魔物をもといた場所へ戻すと話していたが、どうやって魔物を城まで来させるのだ?
 オリヴィエはふと気がついて、先を歩く人物に問いかけた。
「本物の“青い宝石”はどこにある?」
 リシエは杖で身体を支え、立ち止まった。身体の向きを変え、オリヴィエに向かってぎこちなく大きな手を差し出した。
「ここに」
 オリヴィエが見下ろした彼の手のひらには、金色の凝った細工の指輪しかない。
 しかしその細工の部分に中に何か入っているように見える。オリヴィエはどこかに蓋がありそうだと動かそうとしてみるが、開きそうにない。リシエはその様子を見つめて微笑んだ。
「開かないんです」
「この中に入っているのか?」
「そうです。これもネックレスの一部なんです」
「……君はこの中身を見たことがあるのか?」
「子どもの頃に」
「指輪は母親からもらったのか?」
 リシエは首を振った。
「ネックレスはいったん母の手を離れました。この指輪は別の人からもらったのです」
「バスカル・フェイ?」
 リシエは真顔に戻り、頷いた。
「俺は素行が悪かったので、フェイさんにお世話になりました」
「君たちは知り合いだったのか」
 オリヴィエの表情を見下ろしたリシエは、「警察のお世話になったことはなかったです」と付け加えた。
「君はこの指輪に願いごとを?」
 リシエは杖を両手で持ち、身体を傾けた。
「しました。フォート城のフレルアの泉で」
 オリヴィエの顔からさっと血の気が引いた。
「君はあの水盤で魔物に願いごとをしたのか!」
 リシエはすぐに否定した。
「この指輪に魔物はいません」
「……そうだった……いや……それならもし」

 その指輪の蓋が開いたら?
 リシエはフォート城でこの指輪を開こうとしているのか?

 リシエは手を戻し、からだの向きを変えた。
「君は魔物をもといた場所へ戻す方法をわかっているんだな」
「いいえ」
「は?」
 リシエはそれ以上何も言わず、歩き始めた。

 なにか隠している?

 とにかく城に行こう。
 そこで彼を休ませなくては。


 午後の日差しが傾き始めた頃、ふたりは以前見たことのある石標にたどり着いた。
 石標には、”ここより、嘆きの城 ロスフォート”と刻まれている。
 この先は苔むした階段があるはずだ。
 リシエは空を仰いだ。
「雲行きが怪しくなってきました」
 足下ばかり見ていたオリヴィエも空を見上げる。
 それまで晴れていた空が陰り始めていた。
 城にたどり着く前に雨になりそうだ、と思ったところで足下に雨粒が落ちてきた。
 オリヴィエはどこかに雨宿りするところがないか見回した。この先は滑りやすい階段があり、片側は崖になっている。雨から逃れられそうな場所はない。しかし、先を急いで危険な階段を上って行くのは危険すぎる。石標を見つめていたリシエは、突然それを足で蹴った。
「何をやっているんだ」
 驚いたオリヴィエの目の前で石標は横に倒れ、草むらに見えなくなった。石標が倒れた途端、崖の表面が上から剥がれ落ちて土煙が舞い上がる。それが落ちついてから、リシエは杖で蔦をかき分けた。垂れ下がる蔦の葉の向こう側に黒い空洞が見えた。
 オリヴィエは蔦の葉の間に広がる真っ暗な空間を眺めた。
「洞窟?」
 リシエは傷がない方の手にナイフを持ち、洞窟の入り口に近づいて、覆い被さる蔦を斬ろうとした。
「君は動くな。わたしがやる」
 リシエの腕を押し戻し、オリヴィエは心の中で長いため息をつきながら作業に取りかかった。
 雨粒が腕にかかり、作業服の袖の上を伝って落ちていく。

 中にはきっと得体の知れないものがいるに違いない。

 リシエはオリヴィエの横に立って洞窟を覗いた。
「見てください。ここにファロライン一族の紋章が刻まれています」
 入り口付近の石壁を手でなぞったリシエは、この洞窟はフォート城へつながっているはずだと言った。オリヴィエは疑問を口にした。
「天然の洞窟みたいだぞ」
 長い蔦がオリヴィエの頭の上に落ちる。リシエが手に取って後ろに払いのけた。
「ここから城に向かいましょう」
 オリヴィエは反対した。
「街の様子を見ただろう。内部が崩壊していてもおかしくない」
「危険かもしれませんが、風は流れているようです」
 オリヴィエは覚悟を決めた。洞窟の入り口に松明が落ちている。次に使用するために置いていったのかもしれない。リシエが拾おうとしたところをオリヴィエが先に拾い上げた。
「わたしが火をつける」
 触れたリシエの手はとても熱かった。
 熱が高い。
 オリヴィエの完璧な表情が崩れそうになる。
 ふたりが洞窟に入ってすぐ、雨が本降りとなった。    

 オリヴィエは燃えそうな枝を集めてきて、火を熾した。やがて空が雲で覆われて、洞窟に差し込んでいた光もなくなった。リシエは洞窟の壁に寄りかかり、目を閉じていた。
 広がってゆく炎がふたりの間隔を認識させる。
 オリヴィエは以前よりリシエと距離があるように感じていた。彼は接近してこない。

 気温が落ちてきた。
 壁に寄りかかったままのリシエの上着は開いたままだ。
 炎が上がったので、オリヴィエはリシエに近づいた。
「冷えてきたから上着の前を閉めた方がいい」
 オリヴィエはリシエの上着のボタンを下からはめていった。頭上からリシエの視線を感じるが、オリヴィエは目の前のボタンに集中した。
 距離が近くてオリヴィエの指が震える。
 オリヴィエは首元を一つ開けてボタンを閉じ終えると、焚き火に戻って入り口で拾った松明を火の中に差し込んだ。洞窟の先はどこまでも続いているように見えた。リシエはオリヴィエの横顔を見つめているようだ。
 まだ顔が赤いままだろうか。
 リシエは焚き火に近づいてきて、近くに腰を下ろした。
「ここでご飯にしませんか?」
「君はおなかがすいていたんだな」
 オリヴィエはほっとして、鞄からカーティス卿から渡された包みを取り出した。
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