七賢聖

赤城 奏

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第五話 海の神の使い

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 森を抜けたフレム達はようやくルネの村に到着した。いつもの様に馬車を村の広場に停めようと村の中を通っていた時、雨が降り始めた。雨は少しずつ威力を増し、轟々と音を立てるほどに強くなった。
 あまりの雨にフレム達は馬車から降りず様子を伺った。
「うへぇ、凄い雨だな」
軽く窓をあけて外を見たシデンは睥睨した。そんなシデンに気づいたサンラが窓を開けたことに批難した。
「ちょっと、馬車の中が濡れるでしょ。早く扉閉めてよ」
「あっ、悪い」
批難を受けてシデンはすぐに窓を閉めた。
 馬車の中で円になって座っているフレム達はこの大雨を不思議に思っていた。
「可笑しいですね。この時期にルネでこれほどの雨が降ることはないはずなんですが」
「それってどういう事だ?」
「バカね、そんなのあいつらのせいに決まっているでしょ」
サンラの言葉に全員が顔をしかめた。フレムが立ち上がり全員を見回して言った。
「とりあえず先ずは情報を集めよう。今はさっきよりはマシになってるしな」
「分かりました。なら僕とフレムとミゾレ、アースとサンラとルナンの2つに分かれましょう」
グレスの言葉にフレム達は頷くがシデンは不満を漏らした。それにサンラは呆れた声を上げる。
「えぇ~、今日は俺が留守番かよ」
「あんたねぇ。いくら情報を集めに行くだけとは言えもし敵を見つけたら戦いになるかもしれないのよ。そうなった時あんた自分の聖気を使ったらルネの村がどうなるか分かってるの」
「うっ、それは」
呻き声を上げて撃沈したシデン。やり取りを見ていたフレムは苦笑を漏らし、ルナンは溜息をついた。グレスとミゾレも肩をすくめていた。
 外套を着て馬車を降りたフレム達は二手に分かれた。馬車の中に膝を抱えるシデンを残して。
フレム達が向かったのは住宅地だった。雨のせいで人が居ない道にはそれぞれの家から漏れた光が少しある程度だった。
「……やはり外に出ているものは居ませんね」
「えぇ。それもこの雨のせいでしょう」
周りを見回したグレスとミゾレはお互いの意見を確認し合うと一瞬だけ目を合わせ同時に後ろを振り向いた。その場で立ち尽くすフレムの隣にそれぞれが立つ。
「フレム」
「……海と、月の神気がある」
小さく漏らしたフレムの言葉にグレスとミゾレはやはりと思った。そして強く握りしめられたフレムの手を開かせる。白くなる程強く握られた拳は二人に促されて少しずつ開かれる。
 フレムが浮かべる苦痛に満ちた表情に視線を合わせた二人は頷き合う。
「フレム、一度馬車に戻りましょう。この事はルナン達とも話し合ったほうがいいでしょうから」
「……あぁ。そう、だな」
二人の言葉に肯定したフレムは元来た道を帰って行く。後ろにグレスとミゾレもついて行く。フレムが見えないところで二人は先ほどフレムが浮かべて居たものと同じ表情をしていた。
 フレム達と分かれたルナン達は村の市場の方に来ていた。だが出店も少なく道沿いに一つ二つある程度だった。市場を覗く客もあまりいない。ルナン達は今居る人達に村の事を出来るだけ聞いて回った。それにはみんな同じ事を言っていた。
 曰く、最近雨が続くようになった事、少しずつだが雨の威力が強くなって居る気がする事、雨が続くようになる前に村の近くで数回体に青い神の使いを見かけた事。
「‘‘青い神の使い’’。そいつ村に何もしなかったのか」
「あぁ。空を森の方に向かって飛んで行くのを見たくらいで、村に何かをした事はないなぁ」
「そうか」
 その話にルナン達は眉を寄せた。店の人に礼を言いその場から離れた場所に移動する。
「……さっきの話、どう思う」
「どう考えても海神のせいとしか思えないね」
「あぁ。それに‘‘青い神の使い’’って……」
「まず間違いなく、バーリエント体の事だろうな」
サンラとルナンは苦い顔をした。神の使い-メザーゴが出る事は予測していたがまさかバーリエント体が出ていたとは思わなかったのだ。顔をしかめるルナン達にアースは馬車に戻る事を提案する。
「一度フレム達に話した方が良い」
「そうだな。あいつらの方も何か掴んでるかもしれないしな」
「えぇ。それにフレムが‘‘あの事’’を気にしているかもしれないわ」
下を向くサンラの言葉にルナンとアースも視線を逸らす。三人は同時に足を踏み出し馬車へ戻って行く。そんな三人を影から見るものがいたが三人は気付かなかった。
 馬車に戻った六人はお互いが掴んだ情報を話し合った。月の神気について話した時全員が一瞬だけ目を落としたが長く話さない方が良いと判断したルナンが話を切り替えた。そして‘‘青い神の使い’’の事が気になった。
「‘‘青い神の使い’’って絶対レイクだろ」
「だろうな。この雨にも海神の神気が混じってる。」
シデンの確信した言葉にルナンも肯定を返す。レイクとは通常のメザーゴに海神の神気を加えて強化したバーリエント体の事だ。レイクが現れただけで何もしなかったことにグレスは疑問を持った。 
「しかし、レイクは何故この村を攻撃しなかったのでしょうか」
「さぁね。大方海神から何か命令されてたんじゃないの。この村よりも重要な事を」
グレスの疑問をサンラはバッサリと切り捨てた。納得がいかないグレスだが確かめるずべもない為何も言わなかった。
「取り敢えず、今日はもう休む事にしよう。この雨じゃ出て行こうにも無理そうだしな」
雨は先程フレム達が出ていた頃よりも強くなっていた。流石のグレス達もこの雨の中外に出る気は起きなかった。
「そうですね。それじゃあもう夕飯を食べましょうか」
ミゾレの言葉にフレム達は頷き、準備を始める。シデンが留守番の不満を漏らしたり、アースが天然の一言でその場の空気が凍えたりとしたが夕食を終えると全員早めに床に就こうとした。その時、フレムが思いつめた顔をしているのを見たサンラは無言でフレムを抱きしめた。驚き体を強張らせたが頭を撫でる手に安心し強張りを解いた。周りにいるグレス達は気付かないフリをしていた。フレムはもう良いとサンラの腕を引いて離れる。離れる瞬間小さな声で「サンキュ」と言ったのをサンラは聞き逃さなかった。
 翌日、朝になると雨が上がっていた為今の内にとフレム達は馬車を降りる。今日もまた留守番となったシデンは「晴れたから良いだろう」と不満たらたらだったが、万が一雨が降った時のためと言われて渋々引き下がった。
 今回は全員で市場の方に向かった。雨が上がっているためか昨日よりもたくさんの出店と人で市場は賑わっていた。
「それじゃ、聞き込み開始だ」
『了解』
散会し、それぞれが村の人達に聞いて回る。やはり昨日と同じ事だったり、それとは関係ない世間話だったりとあまり成果は無かった。
 二時間くらい経った頃、軽く雨が降り始めた。市場にいる人たちは次々と帰って行ってしまう。サンラが話をしていた人も話を終えると足早に帰って行ってしまった。
 軽く息を吐いたサンラが周りを見回すと物陰からサンラを見る子供がいる事に気付いた。
「君、⁉︎待って」
サンラが声をかけようと一歩近付いた時子供は路地の奥に入って行ってしまった。子供の事が気になったサンラは子供を追いかけて路地に入った。子供は先を走りながらも時折後ろを振り返り、サンラが着いて来ていることを確認していた。
(あの子はいったい私をどこへ連れて行きたいんだ?)
疑問に思うサンラだが足を止める事はしない。子供に付いて入り組んだ路地を進んでいると村の外へ出てしまう。流石に一度足を止め村の方を振り返るが直ぐに前を向く。サンラが止まった事で少し先に居る子供も足を止めたが、サンラと目が合うとまた走り出した。
「!待って」
村の近くにある森に入っていく子供に続いてサンラも森に入る。子供を追いかけていく先に開けた場所に出た。
「これは!」
そこには大きな泉があった。清涼な空気のそこにサンラが驚いて居ると近くの草むらで音がした。サンラが振り向くとそこから子供が顔を覗かせていた。
 サンラは慎重に子供に近付いた。だが子供はもう逃げなかった。サンラは膝を折り子供と目線を合わせる。
「はじめまして。私はサンラ。君の名前は」
「私はミレン」
ミレンは真っ直ぐにサンラを見て答えた。サンラはミレンに自分をここに連れて来た理由を尋ねる。
「ミレンは何で私をここに連れて来たの?」
「お姉ちゃんにこの村を助けて欲しいから」
「どういう事だい?」
ミレンの言葉はこの村の異変の原因が分かっている様でサンラは不思議に思った。ミレンはサンラの後ろ、泉の中心を指差した。ミレンが示す先を見たサンラは驚き、身構えた。
「!レイク」
そこには泉の上に浮いたまま目を閉じたレイクがいた。サンラは警戒したがピクリとも動かない事に警戒はしたままゆっくりと構えを解いた。
(一体何をしているんだ?)
意識をレイクに向けていると下から服が引っ張られた。
「お姉ちゃん?」
「あ、ごめん」
足元にいるミレンに意識を戻したサンラはレイクのことを尋ねた。
「ミレンは何であれを私に教えたの?」
「えっと、何となくお姉ちゃんなら大丈夫だと思ったから」
ミレンにそう返されてサンラは肯定すれば良いのか否定すれば良いのか迷った。サンラは話を変える様に気になっていた事を尋ねる。
「賢人には言わなかったのか?この村にも居るだろう」
「居ないよ」
「居ない?賢人が?」
「うん」
ミレンの言葉にサンラは不審に思った。
 王都から派遣される賢人は個人の人格はどうあれ、全ての村に配置されているはずなのだ。前回訪れたソスナの村にも一応はいたのだし、この村にいないはずがないのだ。
「それは、この村から逃げ出したということか?」
サンラはそうなっていても仕方がないかと思っていた。村の人達が言っていたレイクの事で怖気付いた可能性もあったからだ。だがミレンはその言葉を否定した。
「ううん。あいつと戦って、負けたの」
「……そうか」
ミレンの言葉にサンラは目を伏せ、ミレンの頭を撫でた。ミレンはきょとんとしていたが話を続けた。
「でね、賢人たちがあいつに負けた時、あいつ変な事言ってたの」
「変な事?一体何を言っていたのか思い出せるかい」
「えっと、確か『ここなら……の力も』って言ってたよ」
ミレンに教えられたレイクが漏らしたという言葉にサンラは何か引っかかった。だが思い浮かぶものは何もなかった。
(『力』とはいったい何の力のことだ。それに『ここなら』という事はこの場所でなければならない理由があるのか)
少しの間思考に落ちていたサンラは考えがまとまったのか顔を上げてミレンを見た。
「ミレン、私の仲間がこの村に居るんだ。彼らにもこの話をしたいのだが、もし良ければ私と一緒に来てくれないか」
「うん、良いよ」
「ありがとう。それじゃあ、一度村に戻ろうか」
「うん」
サンラの言葉にミレンは笑顔で頷いた。サンラが差し出した手を握ったミレンは嬉しそうだった。サンラは立ち上がってレイクを再度見据えたがミレンに呼ばれてすぐに顔を逸らした。
「お姉ちゃん?」
「あぁ、ごめん。それじゃあ、行こうか」
「うん!」
サンラたちが森を出て行く時、泉にいるレイクの目が薄っすらと開かれた。その目はサンラたちを捉えていたがサンラは気付かなかった。
 森を出て行くサンラたちをレイクは何もする事なくただ見ていた。そしてその背中が見えなくなった頃、レイクは再び目を閉じた。
 ある場所でゼムリアが再び泉を覗いていた。泉にはルネの村に居るフレム達が写っていた。
「へえ、今はここに居るんだ」
ゼムリアは楽しそうに泉を覗き込んでいた。ニヤニヤと笑って居るゼムリアを咎めるものはいない。 
 そんなゼムリアの後ろには前とは違う幼子がいた。ゼムリアは泉に向けていた顔を後ろに回して幼子を呼んだ。
「そんなところに立っていないで、君も見てみなよ」
ゼムリアに呼ばれた幼子は促された先、彼の隣に立った。共に泉の中を見るが幼子は何の反応もしなかった。それを気にする事なくゼムリアは泉の中のフレム達に期待の目を向けた。
「さて、彼らはあいつの仕掛けをどう攻略するのかな?」
至極楽しみだと言ってゼムリアは堪えきれていない笑い声を漏らした。

続く
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