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好きなのに
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「義経?買ってきたぞ?」
てっきり個室に籠っているかと思っていた親慶はその姿が洗面台の前にあって驚いたが、平静を装って買ってきた下着とロッカーに置いてあった義経の予備のジャージも手渡した。
「……ありがと…」
ジャージの存在に驚いた義経は素直に礼を言うと親慶は「気が利くだろ」と自画自賛して笑った。それからバツが悪そうな義経に配慮して「外で待ってる」と告げると早々にトイレを後にした。
親慶が外に出たのを確認して義経は湊和といた個室の隣に進み鍵をかけたところで動悸がしたが深呼吸しながらなんとかそれをやり過ごすと下着と一緒にズボンを脱いだ。ボクサーパンツの内側には先程の情欲の後がはっきりと残り目を逸らしていたにも関わらず再び現実を突きつけられた義経の口からは堪えきれない嗚咽が漏れた。
「っ、ふ……ぅぅ…」
外にいる親慶に聞こえないように義経は慌ててしゃがみ元々小さな体を出来る限り小さく丸めて、奥歯を噛み締めて両手で口を塞いでもあまり効果はなかったように感じるが、それでも何もしないよりは心が軽くなった。
ひとしきり泣いて涙が止まったところで義経は急いで 新しい下着とズボンを履くともう一度袖口で涙を拭ってから個室のドアを開けた瞬間──ぽすっとなにか柔らかいものに義経の体は包まれた。
「…悪い」
「チ、カ…?」
頭上から降ってくる苦しげな低い声に義経は一瞬体を強張らせるが、その正体が親慶だと分かるとすぐに弛緩させた。
「なんにも聞かないし、こうしてりゃなんも見えないから…だから、もう独りで泣くな…」
親慶の優しさに、温もりに、義経の双眸からはもう枯れ果てたと思っていた涙が再び大粒で零れ始めた。
誰よりも優しくて強がりで不器用な義経だから、他人よりも多く涙を流してきていることを親慶は誰よりも近くで見てきた。だからこそ自分の前でだけは我慢しなくていいようにと常日頃から思っていたし、自己満足ながらも守ってきたつもりだ。
声を押し殺す義経を抱き締める腕に力を込めると守りきれなかった自分の不甲斐なさに親慶の目頭も熱くなる。
守りたいなんて、なんて自分勝手な感情なんだろう。
一頻り、親慶に抱き締められ泣き尽くした義経はもう大丈夫と小さく呟いてから力なく笑った。心配して覗き込む親慶はその表情がどこかすっきりとしていたのを感じ取りほっと胸を撫で下ろし、親慶は義経の手を繋ぎ揃って帰路についた。
外はすでに真っ暗だった。月が雲に邪魔されその光を弱くしていて、それが義経にはちょうど良かった。すれ違う人にも前を歩く親慶にも泣き腫らした顔を見られたくないと思っていた。
繋ぐ手を、恥ずかしいと思うようになったのはいつからだろう。小さい頃はこんな風に帰ってもなんとも思わなかったのに成長するにつれてチカと外で手を繋ぐことが恥ずかしくなった。嫌悪ではなく、ただ恥ずかしかった。
それは…何故?
辿る記憶に、義経は一度目を見開いた。
『この居場所はオレのじゃない…』
そう絶望にも似た感情をどうして忘れていたのだろう…いや、忘れたいほど義経にはショックが大きかったのかもしれない。
義経が歩みを止めると繋いだ手に抵抗を感じた親慶は振り返り義経の顔を覗き込む。
「…オレの家、こっち、だから…」
「あ…そっか…」
お互いの家の分岐に着いたのだと理解すると親慶は繋いでいた手を離し義経の頬に触れまだ赤いままの白眼をじっと見つめる。義経もいつもより近い距離にある親慶の瞳を見つめ返し、気付かれないように静かに息を飲んだ。
「…帰ったら、目、よく冷やせよ?」
優しい声音に義経は大きく首を縦に振ると親慶はいつもどおり髪をぐちゃぐちゃにするほど義経の頭を撫で回し「また明日な」と明るい声で言うと義経はそれにも大きく頷き、お互いそれぞれの帰路に着いた。
***
親慶と別れた義経はしばらく歩いてからぷはぁーと止めていた息を大きく吐き出した。普通に呼吸をしていたら目の前にいた親慶に呼気が当たってしまうのではないかとまるで恋する乙女のような心配をして今まで息を止め歩いてきた。
…キス、されるかと思った…。
先程、親慶に触れられていた感触を思い出し、義経は真似をするように自分の手を同じように置き、記憶の池に落ちるようにゆっくりと瞼を閉じた。
『きす…して…』
あの日、なんであんなことを言ったのか自分でも分からない。それどころか、よもやそんな言葉が自分の口から出ると思っていなかった義経はその理由をずっと考えていた。
親慶があんなことをしたのは自分をからかうためだけだったと分かっているのに、義経はそれ以外の理由を求めている。親慶が自分に特別な好意を持ってくれているんじゃないかと、そんなことが頭をよぎる度に義経は大きく頭を振ってそれを掻き消した。
そしてそれを願うのは自分自身がそうだからなのだと、義経は答えに辿り着くたびに再び感情の迷路に戻り別のゴールを探し続けていた。
求めたのは紛れもなく自分で、チカが応えてくれた時に嬉しいと思ったのも事実だった。
「それは…オレがチカのこと好きだから…?」
いつからか抱いていた感情の名前を呼べば義経は目尻から涙が零れるのが分かった。
あの行為の翌日、表情に出さないようにしたのは自分の意地だった。顔を赤くしようものならからかわれる。また親慶にバカにされると……理由がそれだけでなかったことに義経は困惑していた。
自分の願いに親慶が答えてくれたことに浮かれて図らずも気付かされた悲しいほどに切ない恋心が見つからないように、決してその感情の名前を呼ばないように…自覚したらきっとおかしくなってしまう。
今までどおりの二人じゃなくなる。
だから──。
義経は袖口でぎゅっと目元を拭うと両手で顔を強く叩いて気合いをいれた。
今までどおりこの感情に蓋をしよう。見えなければ普通でいられるはずだから。
もし……オレがチカのこと好きだって知ったら嫌われちゃうよね…。
抱き締められて、痛かったなんて初めてだ…。
end
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