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約束の卵
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三年前。ロッカールームの私物を乱暴にバッグに投げ込む俺を、かぐっちゃんは眉間に皺を寄せ見つめていた。
「本当に辞めんのか、親慶…」
「どうせ俺には才能がないから続けたって無駄でしょ?」
「才能がないとは思わねぇけどなぁ…」
あの頃の俺は技術の伸び悩みが続き、なにかにつけて天才・花巻湊和と古河義経と比べられ不満が爆発したんだと思う。かぐっちゃんだけは必死に引き留めてはくれたけど俺の気持ちは変わらなかった。
「神楽君……チカ、なにしてるの…?」
「ん?義経、お前練習は?」
「今みんなで休憩してる。ねぇ、チカどっか行くの?」
古河義経。俺が今一番会いたくなかった存在。
こうなる前は自分に懐いている可愛い後輩だったのにどこで変わっちまったんだろう…。
「…スケート、辞めるんだと…。なぁ、義経。お前も引き留めてくれよ…」
溜め息を吐きながら説明するかぐっちゃんに義経は大きな目をまんまるくして俺を見つめる。あどけないその表情でさえ俺を嘲け笑ってるようで、いつからか嫌悪の対象に変わっていた。
「……そっか。もったいないね…」
「……は…?」
義経はそれだけ呟くと足早にロッカールームを出て行き、残された俺は間抜けな声を上げその後ろ姿を見送るとかぐっちゃんはくすりと笑った。
「もったいないってよ、親慶。あの天才がそう言うんだから自分の才能、信じてみねぇか?」
「……あんなガキの言うこと信じられるか…」
あの時、義経にそう言われて嬉しかった気持ちはあったのだが、意固地になっていた俺の耳は受け入れることなくその言葉を排除した。
それから相変わらず険しい表情のかぐっちゃんの横を擦り抜けて、もう二度とここには戻って来ないと誓って練習場を後にした。
高校に上がって環境が変わったことも原因だったのかもしれない。先が見えないスケートを続けるよりも仲間や女の子と遊んでた方が楽しいとあの頃の俺は本気で思っていた。
ただ苦しい現実から逃げていただけだと気付かないフリをして…。
そんなある日、彼女と手を繋いで歩いている時に練習に向かう義経と偶然遭遇したことがあった。思わず歩きながらその姿を目で追ってしまったが、義経は一瞬、俺の方を見ただけで何も言わず歩いて行ってしまった。
だけど…その真っ直ぐな視線が無言のまま『もったいない』と俺を責めた気がした。
その日の夜、苛立つ俺は文句を言おうと彼女を送り届けた夕方から練習場の出口でずっと義経が出てくるのを待っていた。
一言、文句を言いたかった。
俺はお前と違うんだ、と…。
天才には俺の気持ちは分からない。そう自分に言い訳をして俺は今の自分の状況を肯定しようとしていた。
しかし辺りが暗くなっても義経は一向に出てくる気配はなく、もしかしたら他の出口から帰ってしまったのだろうかと中を覗くと未だにリンクに立つ義経の姿を見つけた。
「なんで…?」
俺は思わず呟くと、後ろから軽く小突かれて慌てて振り向いた目の前にかぐっちゃんが立っていた。
「アイツなぁ…いつもお前と一回帰った後、軽く飯食べて練習に戻ってきてたんだよ。まぁ、今は一緒に帰る相手がいなくなったから学校終わりからずつとあぁやって練習してるけど…」
「…」
「なぁ、これでも義経がただの天才だって思うか?」
呆然としている俺を義経の視界にいれないように外に出すと、かぐっちゃんは自販機で買ったお茶を俺に投げてくる。
「お前が何しに来たか知らねぇけど、義経の邪魔すんならとっとと帰れ」
まるで見透かされているような厳しい口調に言い返せない俺はもらったばかりのお茶をただただ見つめていた。
「…もし、またスケートをやるつもりなんだったら俺は大歓迎だぜ?」
確信めいた笑みに俺は思わず頷くと顔を上げた。
「かぐっちゃんはさぁ…もったいないって思う…?」
「言わせんな。そう思ってなけりゃ何回も引き留めたりしねぇよ」
胸の中に明るく何かが灯った気がした。
「…いつか湊和とか義経に勝てる日が来ると思う?」
「勝たせてやるよ。信じてついてこい!」
単純な俺は次の日からまた毎日練習場に通い可能な限り義経と練習を共にし、湊和と義経に続くスケーターとして肩を並べる実力までついた。
だからもう大丈夫だ…。
三年前。ロッカールームの私物を乱暴にバッグに投げ込む俺を、かぐっちゃんは眉間に皺を寄せ見つめていた。
「本当に辞めんのか、親慶…」
「どうせ俺には才能がないから続けたって無駄でしょ?」
「才能がないとは思わねぇけどなぁ…」
あの頃の俺は技術の伸び悩みが続き、なにかにつけて天才・花巻湊和と古河義経と比べられ不満が爆発したんだと思う。かぐっちゃんだけは必死に引き留めてはくれたけど俺の気持ちは変わらなかった。
「神楽君……チカ、なにしてるの…?」
「ん?義経、お前練習は?」
「今みんなで休憩してる。ねぇ、チカどっか行くの?」
古河義経。俺が今一番会いたくなかった存在。
こうなる前は自分に懐いている可愛い後輩だったのにどこで変わっちまったんだろう…。
「…スケート、辞めるんだと…。なぁ、義経。お前も引き留めてくれよ…」
溜め息を吐きながら説明するかぐっちゃんに義経は大きな目をまんまるくして俺を見つめる。あどけないその表情でさえ俺を嘲け笑ってるようで、いつからか嫌悪の対象に変わっていた。
「……そっか。もったいないね…」
「……は…?」
義経はそれだけ呟くと足早にロッカールームを出て行き、残された俺は間抜けな声を上げその後ろ姿を見送るとかぐっちゃんはくすりと笑った。
「もったいないってよ、親慶。あの天才がそう言うんだから自分の才能、信じてみねぇか?」
「……あんなガキの言うこと信じられるか…」
あの時、義経にそう言われて嬉しかった気持ちはあったのだが、意固地になっていた俺の耳は受け入れることなくその言葉を排除した。
それから相変わらず険しい表情のかぐっちゃんの横を擦り抜けて、もう二度とここには戻って来ないと誓って練習場を後にした。
高校に上がって環境が変わったことも原因だったのかもしれない。先が見えないスケートを続けるよりも仲間や女の子と遊んでた方が楽しいとあの頃の俺は本気で思っていた。
ただ苦しい現実から逃げていただけだと気付かないフリをして…。
そんなある日、彼女と手を繋いで歩いている時に練習に向かう義経と偶然遭遇したことがあった。思わず歩きながらその姿を目で追ってしまったが、義経は一瞬、俺の方を見ただけで何も言わず歩いて行ってしまった。
だけど…その真っ直ぐな視線が無言のまま『もったいない』と俺を責めた気がした。
その日の夜、苛立つ俺は文句を言おうと彼女を送り届けた夕方から練習場の出口でずっと義経が出てくるのを待っていた。
一言、文句を言いたかった。
俺はお前と違うんだ、と…。
天才には俺の気持ちは分からない。そう自分に言い訳をして俺は今の自分の状況を肯定しようとしていた。
しかし辺りが暗くなっても義経は一向に出てくる気配はなく、もしかしたら他の出口から帰ってしまったのだろうかと中を覗くと未だにリンクに立つ義経の姿を見つけた。
「なんで…?」
俺は思わず呟くと、後ろから軽く小突かれて慌てて振り向いた目の前にかぐっちゃんが立っていた。
「アイツなぁ…いつもお前と一回帰った後、軽く飯食べて練習に戻ってきてたんだよ。まぁ、今は一緒に帰る相手がいなくなったから学校終わりからずつとあぁやって練習してるけど…」
「…」
「なぁ、これでも義経がただの天才だって思うか?」
呆然としている俺を義経の視界にいれないように外に出すと、かぐっちゃんは自販機で買ったお茶を俺に投げてくる。
「お前が何しに来たか知らねぇけど、義経の邪魔すんならとっとと帰れ」
まるで見透かされているような厳しい口調に言い返せない俺はもらったばかりのお茶をただただ見つめていた。
「…もし、またスケートをやるつもりなんだったら俺は大歓迎だぜ?」
確信めいた笑みに俺は思わず頷くと顔を上げた。
「かぐっちゃんはさぁ…もったいないって思う…?」
「言わせんな。そう思ってなけりゃ何回も引き留めたりしねぇよ」
胸の中に明るく何かが灯った気がした。
「…いつか湊和とか義経に勝てる日が来ると思う?」
「勝たせてやるよ。信じてついてこい!」
単純な俺は次の日からまた毎日練習場に通い可能な限り義経と練習を共にし、湊和と義経に続くスケーターとして肩を並べる実力までついた。
だからもう大丈夫だ…。
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