48 / 64
やっぱり好き
3
しおりを挟む「うわっ!!」
頭には入っているものの、台本に目を落としていた親慶に近付き、セットされた頭を容赦なくわしゃわしゃとすると、突然のことに呆然とする親慶に義経はただ一言「楽しめ!」と微笑んだ。
それは試合前に神楽が義経に必ず言う言葉で、義経はこの一言にどれだけ救われたか分からないほどだ。親慶はしばらく呆然とした後、壊れたように大声で笑い出し生理的に溜まった涙を人差し指で拭った。
救われたのは言葉か義経の微笑みか。
はっきりとは分からなかった親慶だが頬を両手で強くはたくとまるで憑き物が落ちたように別人の明るい表情になっていた。
そして元いた場所へ戻ろうと歩く義経に走り寄り、先ほど義経にされたように綺麗にセットされた髪型をぐちゃぐちゃにしてやった。
「なっ?!」
「お返し」
驚き振り返る義経に舌を出しイタズラが成功した子供のように笑う親慶。二人はそれぞれの頭を見て目を合わせると、揃えたように一斉に笑い出した。
「チカの髪型ヤバい!」
「お前の方がヤバいって!!」
そう笑い合う二人に現場も和んだ雰囲気になり、唯一、ヘアメイク担当のスタッフの顔だけが青ざめていた。
そして担当スタッフに軽く怒られながらセットを直してもらうと親慶はカメラの前で大きく深呼吸をして義経を見据えた。
台詞はちゃんと頭に入ってるから大丈夫だ。
親慶はリンクの上に立っているような、モデルとしてカメラマンの前に立っているような緊張感からもう一度深呼吸をする。
「よぉーい、スタート!!」
緊張を含んだ声が響くと指導された通り、親慶は義経の腕を掴んだ。
『お前のことが好きだ!!』
『っ!!…な、に言ってんだ、あんた。背ぇちっちゃくてバカにされるけど、俺は男だぞ?!』
『関係ないっ!!』
『っ…』
『お前が男だって、なんでもいい!俺は目の前にいる古河義経が好きなんだよ!!』
『……っ…』
今まで壁になっていた台詞を乗り越えた親慶に、義経も台本どおりの返しをしていたのだが…突然、前触れもなく義経の瞳から涙が零れた。台本とは違う演技にも関わらずカメラはそのまま回り続け、親慶はとっさに義経の小さな体を自分の胸に引き寄せた。
『っ…チ、カ…』
『…大丈夫だから…泣くな…』
「─────カァーット!!!!」
膠着状態になってしばらくすると監督の声が響き親慶ははっ、として義経の体を解放した。
「大丈夫か…?」
「……すみません。目にゴミが…」
慌てて駆け寄るスタッフも心配そうに覗き込んだり鏡を手渡したりと世話しなくする中、映像チェックをしていた監督の声が響いた。
「いいよ、すごくいいっ!!このシーンはこのまま行こうっ!!目は大丈夫かい?…ちょっと赤くなっちゃったね。じゃあ義経くんは少し休憩して次は弁天くんのシーン撮ろうか!」
その指示に周りのスタッフがバタバタと準備に走り回る中、義経は促されるまま用意された椅子に腰を掛けた。ティッシュで目元をおさえてはいるがスタッフの問いかけにも笑顔で返してるのを見ると親慶は静かに胸を撫で下ろした。
…期待なんかするな。
俯いたまま義経は涙が零れた本当の意味に気付かないように目を瞑った。
でも…きっと駄目だ…。
チカの告白を古河義経に言われてると錯覚してる…。
胸の痛みを自覚しながら義経は顔を上げ撮影中の親慶に目を止める。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
16
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる