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やっぱり好き
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その日に予定していた撮影を終え、スタッフと一緒に夕食をとると二人は揃ってコテージに向かい、親慶は疲労した体を投げ出すようにソファーに倒れ込んだ。
「…疲れた。やっぱり慣れねぇことすると疲れるな…」
「そんなに疲れてんなら先に風呂入ってこいよ」
「…なんでお前は疲れてねぇの?」
「…逆になんでそんなに疲れんだよ」
これが若干とはいえ若さの違いなのかと親慶は口惜しく思いながら足取り重く浴室へ向かった。正確には少なからず周りに気をつかう親慶と親慶の後ろに隠れている義経の違いなのだろうが、昔からの関係性のため二人は気付くことはなかった。
親慶がシャワーを済ませた後、義経が続いて入りタオルで頭を拭きながら出てくると部屋が妙に静かなことに気付く。
「…寝てる」
疲れたと連呼していた親慶は義経が風呂に行っている間にソファーで眠ってしまったらしく、窮屈そうに折り曲げられている長身の体はとてもじゃないが快眠とはほど遠いものに見えた。
親慶の寝顔を覗き込む義経は昼間の生徒役の女の子が言っていた香りを確認しようと顔を近付けるが、濡れたままの髪から滴る雫が親慶の顔に落ちると驚いて目を覚ました瞳と視線が重なり義経は体を硬直させた。
「…え?義経?…なにやってんの?ってか、俺?え?寝てた…?」
「ごめん!…昼間話してたチカの匂い…気になって…」
「あぁ…でもシャワー浴びたからもうしないと思うけど…」
「……そっ、か……起こしてごめん!」
近付いた顔はまるでキスをしようとしていると誤解されてもおかしくなく、義経は突然恥ずかしさに襲われ脱衣所へ逃げ込んだ。
取り残された親慶は寝起きということも重なり混乱するしか出来ないが、先程の光景を思い出すと瞬間的に顔を紅潮させた。
匂い?なにそれ…。
キスしようとしてた訳じゃないよな?
いや、義経に限ってそんなことするはずないだろうし…本当に匂いが気になっただけ?
『ちかぁ……きす、して…』
「っ…!!」
混乱する頭は過去の記憶から類似する記憶を引きずり出し、意図せずにそれは親慶にとどめを刺した。
あの日の義経からの奇跡的な可愛いおねだりを思い出してしまい悶絶する親慶は思わず叫び声をあげてしまいそうになるが慌てて口を押さえ両足をバタつかせた。
…頼むから…これ以上俺の心を掻き乱さないでくれ…。
ましてや明日の撮影は………考えただけで憂鬱だ。
テーブルに開いたまま放置していた台本に目を通すと、親慶の願いむなしく書いてある内容が変わるはずもなく長い溜め息と一緒に肩を落とした。
一方、脱衣所に駆け込んだ義経は勢いよくドアを閉めると、呼吸すら聞かれないように両手で口を押さえそのドアに背中を預けたままズルズルと床に沈んだ。
なにしてたんだ、オレは…。
バクバクとうるさい心臓を宥めるように義経は指の隙間から大きく息を吐き出した。
先程の光景を思い出すと親慶同様、重なる記憶も呼び起こされてしまい義経はさらに体を熱くする。
『…きす、して…』
「っ!!」
思い知らされる。
あの時は意識していなかったとはいえ無意識に口から出たあの言葉は、オレの本心だった…。
胸を締め付けられる思いに、義経は赤子のように体を丸め溢れる涙を止められずに泣き続けた。
「…もうやだ…」
嗚咽の間に漏れる本音に義経の涙はさらに勢いを増し小さな胸は処理しきれない感情の波に押し潰されそうになっていた。
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