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しおりを挟む学校生活において、登校しながらも完全に〝いない子〟になるのは難しい。なぜかと言えば、活動の途中で幾度となくペアを組まされるからだ。番号順で勝手に決まっていくこともあるけれど、好きな人と組んでください、なんてこともある。
これまでは、美咲さんや凜々花さんが気を遣って組んでくれたりした。じゃあ、〝いない子〟になった後は? 彼女たちは問題なく組めるだろう。そして私は――余りものとして先生と組めばいいか。
隣にはつばさくんがいる。つばさくんも、わりと〝いない子〟。仲間がいる。だから別に、怖くもさみしくもない。
「来週、席替えをしようと思いますが――」
先生が、私たちのほうに視線のビームを放ちながら言った。
やめてくれ、と思う。そんな目で見つめるのも、そんなことを計画するのも。
私から、唯一の安らぎの素であるつばさくんを奪わないでほしい。
「やったー!」
「一番前から解放されるぞー!」
「お前はまた前だな。勘がそう言ってる」
「お前の勘なんて……うわぁ、お前の予言、だいたい当たるんだったぁ!」
「し・ず・か・に!」
先生が廊下側ではないどこかを見ながら言った。
「ちなみに、その勘ってやつ。ほかに何か言ってる?」
「先生、コイツの勘、気になるんすかー?」
「興味がなくはないかな~」
「……先生、ガキっすね」
「宿題十倍にしましょうか?」
「す、すみません!」
「まぁね。他の大人は知らないけれど……。わたしは、子ども心を全部捨ててはいないかな。だから、勘とか占いとか予言とか、わりと気にしちゃうほうかも。大人ぶりすぎないっていうか、子ども心を忘れないようにしたいからっていうのもあるし」
「なんすか?」
「実際問題、大人なんて、体が大きい子どもなのよ。いつになったら頭の中にある大人になれるのか、わたしにはよく分かってない。それに、分かってない大人のほうが多いんじゃないかな、と思う。まぁ、自分が大人になり切れていないからって、みんなもそうであると思うことによって安心しようとしているだけなのかもしれないけど」
「……どういうこと? 急に話が難しくなってね?」
「まだガキね」
先生が、くすっと笑いながら言った。
教室の中に、同意、反抗、怒り、悲しみ――様々な感情が渦巻きだした。
「大人って言われている人たちはさ、みんなよりも多くの春を経験しているから、経験値で物を言えるだけ。みんなよりも多くの時間を勉強とかいろいろな活動に使えてきたから、みんなよりもできる顔ができるだけ」
「つまり、大人って大したことないんすね」
「まぁ、簡単に言うとそうなのかもしれないね。でも、大した人もたくさんいる。だから、尊敬できる人を見つけて、その人に近づけるように努力をしたら、大した大人になれるかもしれないね。そんなわけで、皆さんがいつか大した大人になることを、先生は願ったり、夢見たりしておくことにします。それで……あれ? なんの話をしていたっけ?」
ぶわっと笑い声が湧いた。
「席替え! 席替え!」
「ああ、そうか」
「やべぇ、一番身近な先生が大したことないぃ」
「悲しいぃ」
「はい、それでは先生より大した人になってもらうために、今日の宿題はてんこ盛りにします!」
「あああ!」
「てんこ盛りは給食だけでいいよぉ!」
文句を言っても、あとの祭りだ。
私は感謝した。宿題をてんこ盛りにしてくれた人たちに。
だって、宿題がたくさんあれば、学校が終わってすぐに帰って、そのまま家にこもっても、それは当たり前のことで、何かおかしく思われることなんてないだろうと思ったから。
席替えの直前、廊下側の前方を指さしながら、予言者は言った。
――あそこのふたりはまた隣。
予言者はふたつの未来を示し、そして、両方当てた。
私の隣には、今もつばさくんがいる。
机を騒がしく移動している最中、先生と目が合った。先生の顔は、みるみる悔しそうな色に染まっていった。それはほんの一瞬のことだったけれど、おそらくは私――もしくは私たちが染めたのだと思う。
「また、隣だね。予言、当たったね」
私のことをちらりとも見ずに、つばさくんが言った。
「うん」
「つまんない?」
「え?」
「いや、なんとなく」
「つ、つまんなくなんか、ないよ?」
「そう?」
「そう」
会話はすぐに途切れる。だから心地いい。ほかの人と話すときよりも、プレッシャーを感じない。
もっと長く続けた方がいいのかな、と思ったりもするけれど、彼ならきっと、それが出来ない私の気持ちを分かってくれる――そんな甘えがあるのかもしれない。
「はーい。それでは、席替えしたことを忘れて、明日の朝、元の席に行かないように。それと、宿題をちゃんとやってくるように!」
先生が声を張ると、ブゥブゥとブーイングの声が響いた。
「こんなにたくさん宿題があったら、遊べないじゃないっすか~」
「小学生は遊ぶのも仕事なんすよ~?」
光さんとその友だちが、気だるそうに言う。
「気づいてる? たくさん宿題を出した後ってね、先生だって大変なんだよ?」
「どう大変なんですか?」
まだしゃべったことのない女の子が、真面目に問いかけた。
「ちゃんとやってきたかチェックするのが大変なのよねぇ」
「じゃあ、出さなきゃいいじゃん!」
私の頭の中には、まだ名前を刻み込めていない男の子が言った。
「出すって約束したから出す!」
「約束は破ってもいいと思います!」
予言者が言うと、教室が沸いた。
「約束をしたのなら、それをきちんと果たす努力をしたほうがいいと先生は思います。約束は、簡単に破っていいものではありません!」
「……ちぇっ」
予言者は大した能力を持っているけれど、中身はまだまだ子どもらしい。
「それでは、日直さん」
「はーい。きりーつ。れーい」
「「さようなら」」
帰りの会が終わると、私は忍者のように教室を出て、玄関まで行って、靴を履いて逃げた。
一刻も早く、この場から離れたかったから。クラスメイトは誰も知らない、自分が暮らしている家に隠れたかったから。
「……ほっ」
玄関の鍵を締めるなり、安堵のため息が漏れる。
「しゅ、宿題やろう。今日はたくさんあるからね。そう。たくさんあるから、遊んでいる暇なんてないんだもん」
どこへも行かず、誰とも遊ばない自分を正当化する。
それは、傷だらけの心の形を保つための、数少ない方法のひとつだった。
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