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しおりを挟む時々引きちぎられそうになりながら、時々よだれを垂らされながら、私は幸せな日々を過ごしていた。
もうすぐ、今日も今日とて体をひょいと持ち上げられて、遥のそばへ連れて行ってもらえる。そう考えて、心を弾ませていた時、私は呼んではいない気配が近づいてくるのを感じた。
久しぶりに、蛙が来た。
今はもう、あの場所に戻して、と願ってなどいない。蛙に対して、私にはなんの用もない。なんなら、姿を見せないでほしい。せっかく安定し、幸せの海で心地よく溺れる方法を掴みかけた私にとって、過去へと強制的に連れ戻す存在である蛙は、毒に近い。
体中がピリピリと痛む。魂が蛙を跳ね除けようと、ビームか何かを放っているような気がする。目の前に蛙が現れることを覚悟して、ごくん、とありもしない喉を鳴らした気になる。
蛙は私の心の内を見透かしていたのだろうか。蛙は私の背後を通って、私の隣にやってくると、ちょこん、と腰かけた。そうして、ぽんぽん、と私の背中をそっと撫でた。
『約束していないけれど、要望を叶えられるよう、努力してきた。約束、していないけれど』
同じ言葉を繰り返した理由は、私にはわからない。私にわかるのは、その声は、不満に思っているような、申し訳ないと考えているような、複雑な感情が絡み合った響きだったということだけだ。
「久しぶり。ええっと……ごめんなさい。私、何か要望したっけ?」
問うと蛙は、びくん、と体を震わせたようだった。はぁ、と呆れたような、安心したような、大きなため息をひとつついた。
『あの場所に戻してと、言ったじゃないか』
ああ、確かに言った。よく悪夢を見ていた、手が届くほど近い過去。私は蛙に、泣いて喚いた。
「ごめん、なさい」
『ん?』
「あの場所に戻してと頼んだことは確か。だけど、私はあの時、冷静じゃなかった。だから、同じじゃない、これは違うってことに気づけなかった。っていうか、同じだと思い込んじゃった。ただ、苦しいとか、悲しいとか、辛いとか、そういう感情が一緒だからって、それだけで同じだと思い込もうとしちゃった。目の前の幸せを黒く塗りつぶして、そんなものないって思ってた。それで、あなたに八つ当たりをしてしまった。迷惑だよね。本当に、ごめんなさい」
速い鼓動のような、緊張した音が、ゆっくりと紡ぎだす言葉の隙間に入り込んできた。蛙は、私の言葉を真剣に聞いてくれているようだった。
「あのね、私ね、あなたのおかげで、魂が満ちてきたような気がするの。まだまだ知らないことが多いのだろうけど、愛が海であることを、ほんの少し、理解できてきたような気がするの。人間であるときに、こうなれたらよかったのにね。でも、ぬいぐるみになってからでも、知れて、この感覚を経験できて、よかったよ。あなたに出会えて、よかったよ。ありがとう」
蛙が鼻をすすった。ずずん、という音は、私の視界をぼやけさせた。
「私はもう、大丈夫。私はこのままで平気だよ」
蛙はぴょこん、と腰を浮かすと、やっと私の目に見えるところへやってきた。けれど、私の視界はぼやけていて、だから蛙をきちんと見ることができない。
モザイクの向こうで、蛙が笑った、気がする。そして、何を言うでもなく、蛙はどこかへと消えた。
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