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ただのファン

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「え、今日、悠二の彼女来るの?」

歌番組の楽屋でわいわい話していると、悠二のケータイに、彼女が局についたと連絡が入った。


「そ。あいつ、今日誕生日だからさ、久しぶりに呼んだんだよね。」
「へー!おめでたい!」
「もう何年になるっけ?結構長いよね?」

「ちょうど4年ですよ。…お互い良い歳だからさ、結婚したい気持ちもあるんだけど…やっぱり、こんなに人気出て仕事もらってる時に、できないよねー…」

悠二がその彼女と付き合って長いのは、メンバーは皆知っていることなのだが。


「…まずいな。」

「ん?ユキなんか言った?」

「いや、なんでもない。」


…本当は、なんでもなくない。


声をかけてきたのは、コンちゃんだ。

「今日、ルナちゃん、来ますよね。」

どうも、うちのグループで1番良く気が回るのは、末っ子らしい。


「…まずいよな~。」
「てか言ってなかったんすか?」
「え、だって、俺から言うことじゃないよ…」


ルナには、悠二に彼女がいることを言っていない。
そして今日は、ドラマの番宣を兼ねて、歌の前振りにルナが来てくれることになっていた。

あいつはきっとうちの楽屋に、挨拶に来るだろう。


「…チャンスじゃないっすか。悠二さんから目を離す。」

コンちゃんは、ニヤニヤ笑うけど。

「…そうじゃないんだよなぁ~」

俺はため息を吐くしかない。

「言おうかとも思ったんだよ?悠二に彼女いるって。でもさ、あんなに純粋に、ファンとして、悠二のこと応援してるの毎日見てるとさ…」
確かに、コンちゃんの言う通り、俺にはチャンスかもしれない。

それでも。

「…笑ってて欲しいんだよ。俺のこと、好きじゃなくても。」

だって、ルナの笑顔を見てると、もうそれだけで良いような気がしてくるんだ。


「ユキさん…」
「なに。」
「ピュアっすねぇ~」

コンちゃんはケラケラと笑った。

「ツアーやれば120万人も動員するようなミリオン歌手が、8個も下の女の子相手にそんなに振り回されてるとはねー!みんな夢にも思いませんよ。」
「うるせー。」

俺は応援してますよ、なんて言われて、柄にもなく少し喋りすぎたな、と後悔した。



「こんにちはー…」


そんな話をしているうちに、悠二の彼女さんは楽屋にやってきた。
こんにちは、なんて、いかにも業界人じゃありません、という感じの彼女は、悠二に駆け寄って何か話している。


「誕生日なんだとか。おめでとうございます。」
「あ、ありがとうございます…!」

声をかければペコペコとしていて、緊張しているのだろうか。
誰にでも明るく声をかけまくるルナとは正反対だな、なんて、無意識にルナと比べてしまう自分は、重症だ。


そしてついに、

『おはようございます!』

ルナが、BLUEの楽屋の扉を開いた。


「…ルナ、」
俺は何故だか、反射的にルナの手を引っ張ってしまった。

『え、ユキ君?どうしたの?』

「…なんでもないよ。」

自分で、悠二の彼女だよ、なんて、紹介する勇気も無いくせに。



どうしたの?変だよ?なんて俺を覗き込んでいたが、勘の良いルナはすぐに気付いてしまう。

『あれ…?もしかして…』

悠二は今更困ったような顔をして、彼女を紹介する。
「あー、ルナちゃん……彼女なんだ。今日、誕生日だからさ、遊びにおいでって呼んでて。」
「はじめまして!るーなちゃん、よく雑誌でお見かけします…!ヒロユキ君の彼女さんだっていうのはゆうちゃんから聞いてます…!」


俺らの同棲がヤラセだとあまり広めないように、悠二が気を使って、報道は本当だと彼女には言ってくれていたんだろう。

ああ、どうしてこう、何もかも上手くいかないんだよ。

誰も、悪くないんだ。
なのにイライラしてしまう俺は、心が狭い。


とにかく、ルナを部屋から連れ出そうとした時、

『えええー?!そうなんですか!?』

ルナは、1ミリも動じずに、いつもどおりに驚いてみせる。

『私、ユウジさんの大大大ファンなんですよ!最近ご一緒する機会が多くて幸せだな~なんて思ってたのに、彼女さんにまでお会いできるなんて…!お誕生日なんですね!おめでとうございます!
は~、でもやっぱりユウジさんの彼女さん、めちゃくちゃ美人だ~!』

「いや、そんな…!ありがとうございます!
あの、るーなちゃん、生だと雑誌で見るよりもさらにかわいくてびっくりしてます…!それに、るーなちゃんとヒロユキ君の方が、美男美女でずっとお似合いで…」


……彼女に悪気はないんだ。

それでもやっぱり、楽屋はなんとも言えない空気に包まれてしまう。

悠二もどうしたものかと苦い顔をしたが、今更、俺たちの報道は嘘だとバラすわけにもいかない。
メンバーも、どうにかしようとは思ってくれてはいるんだろうが、もう事情が複雑すぎて、誰がどう動くのが正解か分からなくなっていた。

その時、


『え~、そんなこと言われると照れちゃうよね、ユキ君!』

うふふ、なんてテレビ用の笑い方で、さっき俺が引っ張ったその手を、俺の腕に絡めた。


…ああ、お前は本当に、強い女だよ。



「…おい調子乗んなって。」
『あー!ユキ君照れてるでしょ?ねえ?』
「ちょ、黙れってば…」

反対の手で俺の頬をつつきながら、照れてるー、なんて無邪気に笑うから、俺はもう、胸が押し潰されそうで。


「おーい、イチャイチャは外でだぞー!」

隼人さんは、気を使ってくれたんだろう。


「すいません、おい、ルナ、ちょっと…」
腕を引っ張って廊下に行こうとすればルナは、きゃーっユキ君ってば大胆!なんて、部屋を出るギリギリまで抜かりない。



『ねえユウジ君の彼女!すっごい美人さんじゃない!びっくりしちゃったよ~!』

ルナは部屋を出たのにまだニコニコしているから、なんだかもう堪らなくなって、思わずギュッと抱きしめた。


『ちょっとユキ君?ここも人通るよ。』

「いいから。」

『えー?何が良いのよー。もう。』

「…俺には、そんな強がらなくて、いいから。」


彼女の身体に回した腕にさらに力を入れれば、苦しいから離して、なんて言うんだ。

『…あのね、なんか勘違いしてるでしょ?私は、ユウジ君の、ファンだから。だからね、彼女さんの隣で幸せそうなユウジ君見れるの、嬉しいんだよ。』

「…嘘だ。」

『本当だよ。』

「…嘘だよ。」


強がって笑う顔なんてこれ以上見たくなくて、俺の腕から逃れようとするルナを、しっかりと胸の中に押し込めた。


「無理しなくていいから……俺には、ちゃんと、弱い所も見せてよ…」


ルナはそれ以上何も言わずに、抱きしめた俺の背中に自分の腕を回した。


『もう。…ユキ君のくせに、カッコつけすぎだよ。バカ。』

「…ルナのためなら、いくらでもバカになるよ。」


腕の中で小刻みに揺れるその身体は、ちゃんと捕まえておかないと消えてしまいそうなくらい、儚くて。

俺と同じ、メンズのLだと言うその背中は、びっくりするくらい、小さかった。

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