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オトナの事情
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しおりを挟む「…落ち着いた?」
とりあえずリビングのソファにルナを座らせ、温かいものでも、とココアを作って飲ませる。
コクンと頷いて俺に体重を預けるルナは、ポツリポツリと言葉をこぼし始めた。
『…私のお父さんとお母さんは、結婚してなかったの。お母さんは、多分ユキ君も聞いたことあるような有名なお家の人だったから、普通の人と結婚しちゃダメだった。』
それは、公式プロフィールにも載っていないルナの出生の秘密。
『婚約者がいたの。天王寺家って、ユキ君も聞いたことあるでしょ?そのお家と。……でもね、その方はすごく良い人で、お母さんに私のお父さんと結婚しても良いって言ってくださったのよ。』
俺の方を見て、困ったように笑いながら言葉を紡ぐ。
『…その代わりに、お母さんの娘である私を、天王寺家の次の男の子と 結婚させてくれれば、それで良いって。』
「……そんなの、」
酷いじゃないか、なんて安っぽい言葉は音にならなかった。
話しながら儚く微笑むルナを見たら、そんな軽い言葉に彼女の人生を乗せるなんて、できない。
『お母さんは勿論断ったわ。自分の娘に同じ運命を見せるくらいなら、この子を誰か遠くに預けて貴方と結婚するって言ったんだって。だから私は生まれてすぐにお父さんに預けられて、お母さんにはずっと会えなかった。
…でも、私の2歳の誕生日を祝いに、お母さんは初めて私達の所へ来てくれたの。私はすっごく嬉しくて、次の日の朝2人を起こしに寝室へ行ったら……お父さんとお母さんは亡くなってたの。』
「え…」
『…自殺だって。』
俺の存在を確認するように手を握るから、もっと強く握りかえした。
『…私、今も覚えてる。2人のお葬式、白と黒の寂しい世界に、優しいおじさんが20本の真っ赤なバラを持って来てくれたの。私にくれるの?って聞いたら、その人、君には欲しい物をなんでもあげるよって。
……それが、お母さんの婚約者の人だった。』
お葬式に真っ赤なバラを持ってくる非常識すぎる人間も、2歳のルナにはどれほど魅力的な人に見えただろう。
そして全ての意味に気付いた時、ルナはどれほど心細かっただろう。
『天涯孤独になった私は天王寺家に引き取られて、本家とは遠いお家に置かれることになった。
広いお家に、ばあやと私、2人っきりで暮らしたの。毎日色んな先生が来て、色んなことを教わった。欲しいものをばあやに言えば、次の日には家に届いた。10年以上、そこから出たことなかったわ。
…でも、私は幸せだった。何不自由なく暮らせたし、外の世界に残した大切なものなんて、無かったから。』
いつだったか、コンちゃんが読んだ公式プロフィールに、学校に行っていなかったと書かれていたな、なんて思い出す。
『ばあやが亡くなったのが、私が16の時。最後までパワフルに生きて、悔いはなかったと思う。
…それから私はこの家をもらった。一人ぼっちでやることもなくなった頃、デビュー前のBLUEをテレビで見たの。私は画面の中のBLUEに会いたくなって、芸能人をやることに決めたんだよ。』
そしてルナがデビューしてから21になった今までの経緯は、日本中が知っている。
美しすぎる外見と、どこか浮世離れした純粋さと、幸せいっぱいのその笑顔で、あっという間にスターダムを駆け上がり、誌面から飛び出してテレビの世界へもやって来た。
その愛らしいキャラクターで一躍人気者になって、今の、俺とのドラマに至るわけだ。
「そんなこと、俺に話してもいいの?」
きっとこれは、俺みたいな関係の無い人間が聞いて良い話では無いはずだ。
『だって、ユキ君には、知ってて欲しいの……来年にはもう、私、ここを出るから。』
聞けば、許婚の彼は3つ歳下で、今年の冬には18になるらしい。
『すぐには籍は入れないけど、正式に婚約するの。婚約するまでは何をしても良いっていう約束だったから、私がお仕事出来るのは、きっとそれまで。』
タイムリミットまで、あと1年。
唐突に突きつけられた嘘のような現実に、さっきまで俺たちがいたのは、本当に夢の国だったんじゃないかとさえ感じる。
『…お友達はお人形とばあやだけだったけど、それはあの人の優しさだったのかもしれない。』
ルナはまた困ったように笑いながら、震える指で俺の頬に触れた。
『…大切なものを作ってしまったら…手放すのが、つらいもの。』
やっと。
やっとだ。
ずっと不思議だったこと、全部、分かった。
こんなに広い家に1人で住んでるのも、毎日を愛おしそうに生きてるのも、誰かを困らせないように強がるのも。
俺がルナを好きになればなるほど、困ったように笑うくせに、たまに甘えたように俺に触れるのも。
その裏にあるのは、その背に負った、オトナの事情。
誰にも言えず一人ぼっちで、抱え込んだそれは、想像を絶する重さだろう。
「…大丈夫。俺は、ここにいるよ。」
『…うん。』
ルナの痛みが俺にまで移って、頬を伝った涙がその華奢な手を濡らしてしまう。
「1人で抱え込まなくて良い。逃げ出したくなったら、俺を呼んでよ。」
何処へでも、連れてってあげるから。
そう言って、抱きしめた。
『もう、なんでユキ君が泣くの。バカ。』
ルナは俺の胸に顔を埋めてそう言った。
言っただろう?
俺は、ルナのためなら、いくらでもバカになれるって。
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