新田二五は何もしたくない

綿貫早記

文字の大きさ
37 / 45
三章

episode 8 家族

しおりを挟む
 *
 旅館に祥太郎と琴子を連れて帰ってきた女将は、帳場の奥にある従業員会議室へ向かった。料理長、仲居頭、仲居たち、そして数人のスタッフを呼び寄せた。

「皆に話しておきたいことがあるの」

 そう言って、女将は後ろに立つ祥太郎と琴子の手を引き、前へ導いた。

「今日からこの子たちも、うちの家族になるので、みんな、よろしくね」

 その言葉に、料理長と仲居頭は目を見開き、戸惑いながら、思わず声を上げた。

「ちょっと待ってください、女将!今日の午後、久遠家の村長の家で、双山村の人たちが集まってたはずです。輝水天上天下の躑躅森教祖から“天上様から天下へのお告げがあった”ってことで、幹部の一郎さんがその言づけを伝えるって話だったじゃないですか……!」
「ええ、行ってきたわ。でもその話は、またあとでね」

 女将の言葉に、皆は顔を見合わせ、ざわめきがぴたりと止んだ。

「とにかく、この子たちを今日から家族として迎えるわ。面倒を見てあげてちょうだい。どうか、よろしくお願いしますね」

 祥太郎は戸惑いながらも、ぎこちなく頭を下げた。その様子を見ていた琴子も、少し遅れて、真似をするようにぺこりと頭を下げた。
 女将は、仲居の中で一番若い由美に声をかけた。

「この子たちを、私の家まで案内してちょうだい」

 女将の住まいは、従業員会議室の奥にある廊下を抜けた先にある。私室を含む住居スペースが、旅館の建物の一角に設けられていた。

「わかりました」

 由美はにっこり笑って琴子の手を取り、祥太郎にも優しく微笑みかけると、二人を奥へと連れていった。女将は、三人の背を見送ると、料理長と仲居頭に向き直った。

「ちょっと、話があるの」

 他の仲居たちやスタッフには仕事に戻ってもらい、女将は二人を帳場へと連れていった。


「実はね……午後から村長の久遠家に、村のほとんどの人たちが集まっていたの。そこに、輝水天上天下の幹部になった静子さんの夫、一郎さんが現れて、こう言ったのよ。」

 女将は少し声を落としながら、言葉を続けた。

「『今朝、突然天上様からお告げがありました。本日から、神の子は凛子様お一人であると仰っています。ですから、これまで神の子だった祥太郎は、今日をもって何者でもない普通の子です。輝水天上天下の団体施設からは追放され、村の人々も今後一切、祥太郎を特別視しないように』……と」

 仲居頭は顔をこわばらせた。

「どういう意味です?今まで双子で神の子だったのに、突然凛子様だけになるなんて……そんなこと、あり得るんですか?」

 料理長が低い声でつぶやいた。

「躑躅森教祖が天上様からのお告げを聞いたって言ってるなら……間違いないってことか……」

 そして、はっとしたように女将を見た。

「まさか……さっきの祥太郎って坊主……神の子だった祥太郎ですか!?」

 仲居頭も驚きのあまり、目を大きく見開いた。

「えええええ!?女将、連れてきちゃったんですか!?」

 女将は、祥太郎と琴子に出会ったいきさつを語った。

「じゃあ……祥太郎君は、妹の琴子ちゃんを守るために輝水天上天下の宗教施設を飛び出してきた。でも、凛子様を一人残してきたことが、心配でたまらないのね……」

 女将は、黙って頷くと、料理長は、ぽつりとつぶやいた。

「祥太郎……輝水天上天下で、そんな目にあってたのか……」

 **
 翌日。まだ外に朝日が昇っていない頃――
 輝水天上天下の宗教施設にある「神の子の部屋」で、凛子はベットに横になりながら、昨日のことを思い出していた。
 祥太郎の姿が見えなくなったのは、昨日の朝のことだった。その数時間後、凛子と祥太郎の使っている神の子の部屋に、躑躅森教祖とその側近が入ってきた。凛子は窓辺に置かれた祥太郎と並んで使っていた机の、自分の席に座っていた。朝の光が差し込むその机の上には、算数や国語の教科書ではなく、祥太郎と一緒に作った折り紙や、読みかけの絵本が並んでいた。

「凛子さん。本日から、あなたお一人が神の子としてのお勤めをお願いします」

 側近の言葉に、凛子はバッと振り向いた。
 すると、そこには輝水殿で宗教団体が集会を開くときにだけ着る、特別な衣装をまとった躑躅森教祖が立っていた。白地に銀の波模様がほどこされた水干を着て、頭には白いフェイスベールがついた冠を被っている。信者たちに顔を見せないための衣装――凛子は息をのんだ。

「え!?どういうこと!?しょ、祥太郎、祥太郎はどこにいったの!?」

 躑躅森教祖は側近に目をやった。側近が頷くのを確認すると、教祖は凛子の方へ向き直り、口を開いた。

「天上様から天下にお告げがあったのです。神の子の力は、凛子さんお一人にそそがれたとお告げがございました。したがって、本日をもって祥太郎さんには神の子としてのお勤めを辞退していただきました」
「……なに言ってるのか、わかんない……ねぇ、祥太郎は!?どこにいったの!?」

 凛子は椅子から飛びおりると、教祖と側近のもとへ駆け寄り、二人の膝を両手で何度も叩いた。

「祥太郎をかえせえええ!!」

 側近は「落ち着きなさい!」というと凛子の頬を叩いた。
 すると凛子は頬に手を当て、涙でにじんだ目で二人を睨みつけた。でも、何をしても無駄だとわかっていた。小さな体では、どうにもできない。だからせめて、睨むことだけはやめなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。 やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。 蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。 ……けれど、蘭珠は知っていた。 夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です ※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています

完結 彼女の正体を知った時

音爽(ネソウ)
恋愛
久しぶりに会った友人同士、だが互いの恰好を見て彼女は……

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ
恋愛
ダウエル伯爵家の令嬢レイチェルはコルボーン伯爵家の令息マシューに婚約の延期を言い渡される。 離婚した幼馴染、ブロードベント伯爵家の出戻り令嬢ハリエットの傍に居てあげたいらしい。 反発したレイチェルはその場で婚約を破棄された。 しかも「解放してあげるよ」と何故か上から目線で…… 傷付き怒り狂ったレイチェルだったが、評判を聞きつけたメラン伯爵夫人グレース妃から侍女としてのスカウトが舞い込んだ。 メラン伯爵、それは王弟クリストファー殿下である。 伯爵家と言えど王族、格が違う。つまりは王弟妃の侍女だ。 新しい求婚を待つより名誉ある職を選んだレイチェル。 しかし順風満帆な人生を歩み出したレイチェルのもとに『幼馴染思いの優しい(笑止)』マシューが復縁を希望してきて…… 【誤字修正のお知らせ】 変換ミスにより重大な誤字がありましたので以下の通り修正いたしました。 ご報告いただきました読者様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。 「(誤)主席」→「(正)首席」

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...