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三章
episode 8 家族
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旅館に祥太郎と琴子を連れて帰ってきた女将は、帳場の奥にある従業員会議室へ向かった。料理長、仲居頭、仲居たち、そして数人のスタッフを呼び寄せた。
「皆に話しておきたいことがあるの」
そう言って、女将は後ろに立つ祥太郎と琴子の手を引き、前へ導いた。
「今日からこの子たちも、うちの家族になるので、みんな、よろしくね」
その言葉に、料理長と仲居頭は目を見開き、戸惑いながら、思わず声を上げた。
「ちょっと待ってください、女将!今日の午後、久遠家の村長の家で、双山村の人たちが集まってたはずです。輝水天上天下の躑躅森教祖から“天上様から天下へのお告げがあった”ってことで、幹部の一郎さんがその言づけを伝えるって話だったじゃないですか……!」
「ええ、行ってきたわ。でもその話は、またあとでね」
女将の言葉に、皆は顔を見合わせ、ざわめきがぴたりと止んだ。
「とにかく、この子たちを今日から家族として迎えるわ。面倒を見てあげてちょうだい。どうか、よろしくお願いしますね」
祥太郎は戸惑いながらも、ぎこちなく頭を下げた。その様子を見ていた琴子も、少し遅れて、真似をするようにぺこりと頭を下げた。
女将は、仲居の中で一番若い由美に声をかけた。
「この子たちを、私の家まで案内してちょうだい」
女将の住まいは、従業員会議室の奥にある廊下を抜けた先にある。私室を含む住居スペースが、旅館の建物の一角に設けられていた。
「わかりました」
由美はにっこり笑って琴子の手を取り、祥太郎にも優しく微笑みかけると、二人を奥へと連れていった。女将は、三人の背を見送ると、料理長と仲居頭に向き直った。
「ちょっと、話があるの」
他の仲居たちやスタッフには仕事に戻ってもらい、女将は二人を帳場へと連れていった。
「実はね……午後から村長の久遠家に、村のほとんどの人たちが集まっていたの。そこに、輝水天上天下の幹部になった静子さんの夫、一郎さんが現れて、こう言ったのよ。」
女将は少し声を落としながら、言葉を続けた。
「『今朝、突然天上様からお告げがありました。本日から、神の子は凛子様お一人であると仰っています。ですから、これまで神の子だった祥太郎は、今日をもって何者でもない普通の子です。輝水天上天下の団体施設からは追放され、村の人々も今後一切、祥太郎を特別視しないように』……と」
仲居頭は顔をこわばらせた。
「どういう意味です?今まで双子で神の子だったのに、突然凛子様だけになるなんて……そんなこと、あり得るんですか?」
料理長が低い声でつぶやいた。
「躑躅森教祖が天上様からのお告げを聞いたって言ってるなら……間違いないってことか……」
そして、はっとしたように女将を見た。
「まさか……さっきの祥太郎って坊主……神の子だった祥太郎ですか!?」
仲居頭も驚きのあまり、目を大きく見開いた。
「えええええ!?女将、連れてきちゃったんですか!?」
女将は、祥太郎と琴子に出会ったいきさつを語った。
「じゃあ……祥太郎君は、妹の琴子ちゃんを守るために輝水天上天下の宗教施設を飛び出してきた。でも、凛子様を一人残してきたことが、心配でたまらないのね……」
女将は、黙って頷くと、料理長は、ぽつりとつぶやいた。
「祥太郎……輝水天上天下で、そんな目にあってたのか……」
**
翌日。まだ外に朝日が昇っていない頃――
輝水天上天下の宗教施設にある「神の子の部屋」で、凛子はベットに横になりながら、昨日のことを思い出していた。
祥太郎の姿が見えなくなったのは、昨日の朝のことだった。その数時間後、凛子と祥太郎の使っている神の子の部屋に、躑躅森教祖とその側近が入ってきた。凛子は窓辺に置かれた祥太郎と並んで使っていた机の、自分の席に座っていた。朝の光が差し込むその机の上には、算数や国語の教科書ではなく、祥太郎と一緒に作った折り紙や、読みかけの絵本が並んでいた。
「凛子さん。本日から、あなたお一人が神の子としてのお勤めをお願いします」
側近の言葉に、凛子はバッと振り向いた。
すると、そこには輝水殿で宗教団体が集会を開くときにだけ着る、特別な衣装をまとった躑躅森教祖が立っていた。白地に銀の波模様がほどこされた水干を着て、頭には白いフェイスベールがついた冠を被っている。信者たちに顔を見せないための衣装――凛子は息をのんだ。
「え!?どういうこと!?しょ、祥太郎、祥太郎はどこにいったの!?」
躑躅森教祖は側近に目をやった。側近が頷くのを確認すると、教祖は凛子の方へ向き直り、口を開いた。
「天上様から天下にお告げがあったのです。神の子の力は、凛子さんお一人にそそがれたとお告げがございました。したがって、本日をもって祥太郎さんには神の子としてのお勤めを辞退していただきました」
「……なに言ってるのか、わかんない……ねぇ、祥太郎は!?どこにいったの!?」
凛子は椅子から飛びおりると、教祖と側近のもとへ駆け寄り、二人の膝を両手で何度も叩いた。
「祥太郎をかえせえええ!!」
側近は「落ち着きなさい!」というと凛子の頬を叩いた。
すると凛子は頬に手を当て、涙でにじんだ目で二人を睨みつけた。でも、何をしても無駄だとわかっていた。小さな体では、どうにもできない。だからせめて、睨むことだけはやめなかった。
旅館に祥太郎と琴子を連れて帰ってきた女将は、帳場の奥にある従業員会議室へ向かった。料理長、仲居頭、仲居たち、そして数人のスタッフを呼び寄せた。
「皆に話しておきたいことがあるの」
そう言って、女将は後ろに立つ祥太郎と琴子の手を引き、前へ導いた。
「今日からこの子たちも、うちの家族になるので、みんな、よろしくね」
その言葉に、料理長と仲居頭は目を見開き、戸惑いながら、思わず声を上げた。
「ちょっと待ってください、女将!今日の午後、久遠家の村長の家で、双山村の人たちが集まってたはずです。輝水天上天下の躑躅森教祖から“天上様から天下へのお告げがあった”ってことで、幹部の一郎さんがその言づけを伝えるって話だったじゃないですか……!」
「ええ、行ってきたわ。でもその話は、またあとでね」
女将の言葉に、皆は顔を見合わせ、ざわめきがぴたりと止んだ。
「とにかく、この子たちを今日から家族として迎えるわ。面倒を見てあげてちょうだい。どうか、よろしくお願いしますね」
祥太郎は戸惑いながらも、ぎこちなく頭を下げた。その様子を見ていた琴子も、少し遅れて、真似をするようにぺこりと頭を下げた。
女将は、仲居の中で一番若い由美に声をかけた。
「この子たちを、私の家まで案内してちょうだい」
女将の住まいは、従業員会議室の奥にある廊下を抜けた先にある。私室を含む住居スペースが、旅館の建物の一角に設けられていた。
「わかりました」
由美はにっこり笑って琴子の手を取り、祥太郎にも優しく微笑みかけると、二人を奥へと連れていった。女将は、三人の背を見送ると、料理長と仲居頭に向き直った。
「ちょっと、話があるの」
他の仲居たちやスタッフには仕事に戻ってもらい、女将は二人を帳場へと連れていった。
「実はね……午後から村長の久遠家に、村のほとんどの人たちが集まっていたの。そこに、輝水天上天下の幹部になった静子さんの夫、一郎さんが現れて、こう言ったのよ。」
女将は少し声を落としながら、言葉を続けた。
「『今朝、突然天上様からお告げがありました。本日から、神の子は凛子様お一人であると仰っています。ですから、これまで神の子だった祥太郎は、今日をもって何者でもない普通の子です。輝水天上天下の団体施設からは追放され、村の人々も今後一切、祥太郎を特別視しないように』……と」
仲居頭は顔をこわばらせた。
「どういう意味です?今まで双子で神の子だったのに、突然凛子様だけになるなんて……そんなこと、あり得るんですか?」
料理長が低い声でつぶやいた。
「躑躅森教祖が天上様からのお告げを聞いたって言ってるなら……間違いないってことか……」
そして、はっとしたように女将を見た。
「まさか……さっきの祥太郎って坊主……神の子だった祥太郎ですか!?」
仲居頭も驚きのあまり、目を大きく見開いた。
「えええええ!?女将、連れてきちゃったんですか!?」
女将は、祥太郎と琴子に出会ったいきさつを語った。
「じゃあ……祥太郎君は、妹の琴子ちゃんを守るために輝水天上天下の宗教施設を飛び出してきた。でも、凛子様を一人残してきたことが、心配でたまらないのね……」
女将は、黙って頷くと、料理長は、ぽつりとつぶやいた。
「祥太郎……輝水天上天下で、そんな目にあってたのか……」
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翌日。まだ外に朝日が昇っていない頃――
輝水天上天下の宗教施設にある「神の子の部屋」で、凛子はベットに横になりながら、昨日のことを思い出していた。
祥太郎の姿が見えなくなったのは、昨日の朝のことだった。その数時間後、凛子と祥太郎の使っている神の子の部屋に、躑躅森教祖とその側近が入ってきた。凛子は窓辺に置かれた祥太郎と並んで使っていた机の、自分の席に座っていた。朝の光が差し込むその机の上には、算数や国語の教科書ではなく、祥太郎と一緒に作った折り紙や、読みかけの絵本が並んでいた。
「凛子さん。本日から、あなたお一人が神の子としてのお勤めをお願いします」
側近の言葉に、凛子はバッと振り向いた。
すると、そこには輝水殿で宗教団体が集会を開くときにだけ着る、特別な衣装をまとった躑躅森教祖が立っていた。白地に銀の波模様がほどこされた水干を着て、頭には白いフェイスベールがついた冠を被っている。信者たちに顔を見せないための衣装――凛子は息をのんだ。
「え!?どういうこと!?しょ、祥太郎、祥太郎はどこにいったの!?」
躑躅森教祖は側近に目をやった。側近が頷くのを確認すると、教祖は凛子の方へ向き直り、口を開いた。
「天上様から天下にお告げがあったのです。神の子の力は、凛子さんお一人にそそがれたとお告げがございました。したがって、本日をもって祥太郎さんには神の子としてのお勤めを辞退していただきました」
「……なに言ってるのか、わかんない……ねぇ、祥太郎は!?どこにいったの!?」
凛子は椅子から飛びおりると、教祖と側近のもとへ駆け寄り、二人の膝を両手で何度も叩いた。
「祥太郎をかえせえええ!!」
側近は「落ち着きなさい!」というと凛子の頬を叩いた。
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