新田二五は何もしたくない

綿貫早記

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三章

episode 14 選ばれた者

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 橋を渡ると、道はコンクリートではなく、土と砂利が混ざった山道に変わった。懐中電灯と、ところどころにある電灯の心もとない明かりだけを頼りに、祥太郎は風子の手を握って歩く。

 すると、風子は祥太郎の腕にしがみついた。

「怖い……祥太郎さん」

 風子は怯えている声と祥太郎と二人っきりという嬉しさの声も交じり合た声だ。

「……大丈夫、俺が風子ちゃんを守るよ」

 風子は祥太郎のその言葉をきいて、さらに嬉しくて掴んだ腕に力を込めながら、頷いて「……うん」と言った。

 すると途中、二手に道が分かれていた。
 右に行けば、輝水天上天下の宗教団体の施設がある。
 左の道には、双双山村と薄く消えかけた文字が古い汚れた木製の看板に書かれて、斜めに倒れかけたまま看板が立っていた。
 祥太郎は迷わず左の道の双双山村と看板に書いてあった方に風子の手を引いて歩いていった。
 数分歩いたところで、風子は突然祥太郎の腕を強く引っ張ると歩く足を止めた。

「待って!……祥太郎さん今の聞こえた?」

 祥太郎は風子の顔を見て「何?何も聞こえないよ?」と言う。

 風子はキョロキョロと周りを見回すので、祥太郎は風子に「大丈夫、俺がいるから」と言った。
 風子は不安そうな顔をしていたが、コクリと頷いた。
 そして二人で再び歩き出した時だ。
 前の道の暗闇から何かが聞こえてきた。

「ううぅ……ううぅ……」

 風子は慌てて祥太郎の腕を引っ張る。

「ねぇ!祥太郎さんも今の聞こえたでしょう!?」

 祥太郎は息をのむ。
 奥の暗闇からズズズ……ズズズ……と音を立て、こちらへ寄って来ている。
 祥太郎がそのに向かって懐中電灯を照らした瞬間、白無地の着物を着た女の姿が浮かび上がった。女はズズズ……ズズズ……と風子に近づいてくる。背中まで伸びた真っ黒な髪が顔に垂れ下がり、表情はまったく見えない。その髪の隙間から、冷たい気配だけがじわじわと滲み出していた。
 風子は青ざめた表情になり、悲鳴をあげた。

「キャアアアアアッ!」

 そして腰を抜かしたのか、風子は地面に尻もちをついた状態になって動けなくなる。
 祥太郎は驚いて言った。

「そ、そんな馬鹿な……本当にアレがでるだなんて!そうだ!おふだ!おふだがあるのになんでアレが俺たちの前に現れるんだ!?」

 風子は震えた声で祥太郎の手を掴んで言った。

「しょ、祥太郎さん……お兄ちゃんにお、おふだ……渡してなかった?」
祥太郎は風子の腕を掴むと引っ張り上げ立たせながら言った。

「そう言えば、風真がおふだ見せてと言った時、俺風真におふだ手渡したっきりで、おふだを持ってくるのを忘れたんだ!あのおふだ……本物だ……アレに引っ張られてあの橋に引き込まれてしまう!急いで逃げよう!」」

 風子は足をガクガクと震わせている。

「な、なんでアレ……私の方に向かって……きてるの!?」
「……ううぅ……」

 風子の腕を掴むと祥太郎は無理やり引っ張り、走って今来た道を戻っていく。
 すると、後ろからアレが「アアアアアアッ!!」と甲高い声で叫んで追いかけてくる。
 息を荒げ二人は急いで走り続けて、橋を渡り逃げ帰ってくると、風真が手に持っていたおふだを風子に渡した。祥太郎が橋を振り返ると、さっきまでこちらに向かっていたアレの姿が、暗闇の奥へすっと引いていくのが見えた。  
 まるで闇の向こうへ滑り込むように見えなくなり、気配だけがふっと消えた。
 祥太郎と風子は息をきらした。

 落ち着いた祥太郎は風真に言った。

「あのおふだは本物なんだ!俺たち見たんだアレの姿を!風真が風子ちゃんにおふだを渡したらアレがいなくなった!」

 すると風真は落ち着いて二人に向かって言った。

「じゃあ、このおふだを持ってアレの姿がいなくなったなら、このおふだを持っていればアレが現れることはないってことだ」

 風子はまだ肩を震わせながら、おふだを胸に抱きしめていた。

「……実は、ノートにはもう一つ書いてあったんだ。
でも、おふだが本物じゃないと思ってたから、言う必要ないと思ってた」

 風子は不安そうに祥太郎を見る。
 風真が眉を寄せた。

「もう一つ……?」

 祥太郎はゆっくり頷く。

「一つは『アレに見つかれば連れていかれる。だが、このおふだを持つ者には決してアレは近づかない』もう一つは『アレを数人で見たのなら、アレが最初に気づいた者を探し続ける。そして、アレに気づかれた者は村から離れること』……って書いてあったんだ」

 風子は息をのむ。

「アレが最初に気づいた者……村から離れる……って?」

 祥太郎はそっと風子の手を包み込み、落ち着かせるように深く息を吐き少し言いにくそうに口を開いた。

「……風子ちゃん、さっきのアレ……気づいた?」

 風子は不安げに顔を上げる。

「……な、何が……?」

 祥太郎は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せたあと、静かに続けた。

「アレ……ずっと風子ちゃんの方だけ見て、風子ちゃんの方にだけ向ってたんだよ」

 風子の表情が固まる。

「……え……?」

 風真も横で小さく頷いた。

「俺も見えた。あいつ……祥太郎じゃなくて、風子の方に向かってきてた」

 風子は思い返すように目を閉じ、震える声でつぶやいた。

「……確かに……私の方に……」

 祥太郎は風子の肩に手を置き、真剣な声で言った。

「だからなんだよ。アレが“選んだ”のは風子ちゃんなんだ」

 風子は息をのむ。

「選んだ……?」

 祥太郎は頷く。

「『アレを数人で見たのなら、アレが最初に気づいた者を探し続ける』」

 風真が補足する。

「つまり……アレが最初に見たのは風子だった。だから、風子が狙われる」

 風子の手が震え、おふだを握る指が白くなる。

「……じゃあ……私が村にいたら……また……?」

 祥太郎は風子を見つめ、真剣に言った。

「そうだよ。アレは風子ちゃんを探し続ける」

 風子はゆっくり顔を上げる。風子は言葉を失い、しばらく声が出なかった。

「……私が……村を……?」

 祥太郎は風子に優しく微笑んだ。

「村の外には昔から“境”があるって言われてるんだ。風子ちゃんがおふだを持ってそこを越えれば、アレは追ってこられない。だから……おふだは失くしちゃだめだよ」

 風真も静かに言葉を添える。

「風子が村にいなければ、もうアレは現れない。風子が出ていくことが……一番安全なんだ。それに風子、母さんと僕にだけ言ってただろ……?この村から出て大学に行きたいって。今が本気で大学に行くことを考えるタイミングなんじゃないか?」

 風子は顔を下に向け黙っている。
 祥太郎は風子を抱きしめ、優しく言った。

「……大学に行くって話、本気で考えてほしい。風子ちゃんがこの村の外に出てくれれば俺も安心だ。風子ちゃんのこと俺も風真と一緒に守りたいんだ……だから、頼むよ」

 祥太郎は風子を抱きしめながら、胸の奥に小さな痛みを押し込めた。
 風子は祥太郎の胸元に顔を埋めたまま、震える声で小さくつぶやいた。

「……私が出て行けば……助かるんだよね……?」

 祥太郎は風子を抱きしめたまま、そっと頷いた。
 風子はぎゅっと目を閉じ、震える息を吐いた。
 その表情にはまだ恐怖が残っていたが、本気で大学に行くことを考え始めていた。
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