冷たいアイツとジェラテリア

結城 鈴

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 「週末から、お盆営業なわけだけど・・・。気付いてるかと思うけど、天羽さんは家庭の事情でお盆は休みです。で、高梨君は、腱鞘炎気味なので、無理しないでレジとかに入ってもらうのメインで、盛り付けは学生組に。私は、列の管理メインで、オーダーのサポート入りますね。」
という金曜日の夕方。休憩終わりに不破が作戦を口にする。
天羽さんの家庭・・・とは?まさかあの人結婚してたのだろうか。本当に年齢不詳だ。とはいえ飲み会には来ていたし、子供がいない、とか?
思うところはあったが、口に出すべきことじゃない。飲み込んで頷いた。
「了解です。・・・お盆中もスタンプあり、ですよね?」
「あり。ただし、サービス券とか、スタンプ券とかのプレゼントはなし。だから、レジは単純に値引きとかなしの金額だけだから・・・来客多くてもミスは減ると思う。」
なるほど、とほっとして小さく吐息した。まだ、列を作っているときのレジ打ちは緊張してしまうのである。レジは自動のやつだが、お金の受け渡しは店の人間がやるスタイルだ。
そもそも、なぜお盆休みにこの商店街が込み合うのかと言えば、歩いていける範囲に大きなお寺がいくつかあって、なかなかの数の墓地があるからなのだ。当然、和菓子屋さんや、花屋さんも戦争である。つられて他の店も忙しくなるらしい。
人が集まればご馳走を囲むので、魚屋さんやお寿司屋さんも大人気。かき入れ時、なのだった。
「・・・とまぁそんなところだけど。大丈夫そう?」
「というか、腱鞘炎とか、申し訳ないです。オレ、主戦力にならなきゃじゃないです?」
さす、と右手をさする。
「それはしょうがないし、まだ戦力にしようと思ってないので大丈夫です。」
笑って言われて苦笑する。それもそうか。まだやっと一か月と言ったところだ。むしろ、激戦を経て開花しないといけない。頑張らなくては。
「戦力になるとしたら、クリスマスくらいかな。アイスケーキやるから、そこも忙しいよ。それより、大丈夫?」
「・・・何がですか?」
聞かれて、何のことだかわからずに、こてんと首を横に倒した。
「伊住さん。誕生日でしょ?プレゼント買いに行く暇ないんじゃない?」
そんな心配をされているとは、まったく思っていなかったので、びっくりしてしまう。
「・・・店長、どこまで知ってるんですか?」
「詳しい話はしないけど。伊住さん喜んでたから、うまくいってるんだなって。あ、ちょっと昨日の夜に本社で会ってね。用事があって。」
ううう。ますます余計なことは言えないな。気をつけないと。
「・・・ぶっちゃけ、お金ないし、プレゼントは決まってないし、用意する時間ないから、当日はご飯食べたりとかして、後で仕切り直しかなってところです。」
不破は思案気に天井を見上げたが。
「誕生日って、確か土曜だから・・・。三日あったらどうにかなるか。まぁ一緒にはいられるんでしょ?それだけでも嬉しいと思うよ。大丈夫大丈夫。」
不破は爽やかに笑うと、時計をちらりと見て、休憩終わりだね、と呟いた。
「あ、じゃぁ行ってきます。」
脱いでいたキャスケットをかぶり直して、バックヤードを後にした。

 お盆を前にした金曜。週末から来週にかけてシフトに入っていることもあり、バテバテになるのが予想されていて、身の回りの世話をしたいからと、ランが泊りに来ないかと言ってきた。一度、アパートに帰り、必要な着替えなどをスポーツバッグに詰めて、ランのお迎え待ちである。
気が利く、というか・・・ゴールデンウィークの時にだいぶやられたようで、食事や洗濯などの家事を買って出てくれたのである。激戦が予想されるこの時期、自分としても非常に助かるところ。二つ返事でお願いした。
 お隣は静かだった。人の気配がしない。どうやら帰ってはいないようだ。そのことにほっとしつつ、けれど前ほどのストレスも感じていなかった。『逃げ場』があるからだ。しかも快適な。
 一週間ほど家を空けることを予想して、冷蔵庫を確認。悪くなるようなものは、やはり入っていない。大丈夫、そう思ってところで、スマホが鳴った。玄関を開けると、植え込みの向こうに見知った車。安心して荷物を持ちあげ、ランのところに向かった。

 「明日からお盆かー。緊張するー。」
ランの家に着いて、荷物を客間に運び入れ、リビングで伸びをしていると、ランがふふと笑った。
「わかるよ。俺もゴールデンウィークのときそうだった。入社してすぐだったし、ずっとレジだったよ。」
「ランも?オレもレジの予定。右手がさぁ・・・。」
あ、しまった。
「あぁ、傷めてるんだったよね。ごめん、整骨院行けなかったね。」
お風呂あがったら湿布貼ろうか、と棚の開きをガサゴソしだす。ありがとう、大きな背中に声をかけて、右手をさする。
ランの優しさとか、気づかいに、甘えてしまう自分に素直になれない。楽で、居心地はいいけれど、これでいいのかな、と距離感を探る。それは多分、お互い様だろうけれど。
「食事は済んでるよね。甘いの食べる?お風呂の後がいい?」
「ラン、気を使いすぎ。お客さんじゃなくて、恋人なんでしょ?続かなくなるんじゃない?」
「尽くしたいタイプなので、大丈夫です。」
クックと笑い合って、目じりにたまった涙を指先で拭った。
なんか、癒されるし、充たされる。
「甘いのはジェラート?」
「今日はレモンのソルベ。」
さっぱりしたのがいいかと思って、とランがキッチンのミントをプチリと摘んだ。ソルベに飾るのだろう。オシャレに飾られたものが出てくるのを期待して、風呂に入ることにした。
「一緒に入りたい、って言ったら・・・だめ?」
「・・・ごめん、それはだめ。」
首をかしげて見せたランを、すげなく断り、手を振った。
まだ、見せたくない。
ランなら大丈夫だと思うけれど、それでも少し怖かった。
ももの痣。自分では見慣れているけれど、他人が見たらギョッとするだろう。びっくりされるのも、気を使われるのも、嫌だった。
ランなら・・・どんなリアクションするだろうか・・・。

 くたくたに疲れたお盆初日の疲れを、ランに甘やかしてもらって、労わってもらって、80パーセントくらい回復して臨む、二日目。まだまだこれから先は長いのに、三時くらいには早く日が暮れないかなとか思ってしまう。そんなおやつ時。
 見慣れた背格好の、白のワイシャツ姿の男が、レジ横をすり抜け、バックヤードに入っていった。声をかける暇もない。
ランだ。両手にレジ袋を持っていて、あれは多分差し入れ。
冷たいものだったらいいな。そう思いながらレジをさばいていると、ランはあっという間にお疲れ様です、とまた横
をすり抜けていった。
そういえば、本社の若手は繁忙期は店舗の応援に回るのだと、聞いたばかりである。ランは、差し入れ組だと。
なるほど、こんな感じで、ね。
ランも大変だな。関東圏の店を四店舗ほど朝から回ると言っていたが、距離がある。事故などには気を付けて欲しいところ。
差し入れ、なんだろうな・・・。
ちら、とレジモニターの時計を見る。もうすぐ休憩の時間。外で列を管理している店長の不破と交代だ。その間、外の担当がいなくなる。いつもとは違う、慣れていないお客さんが多いはず。こちらも、何もなければいいな、と支払いを終えた客を笑顔で見送った。

 くあー・・・。
大きなあくびをして、ソファーにぼんやりと体を預けている。眠ってしまいたいが、お風呂から出たばかりの体はホカホカで、少し冷まさないと眠れそうにない。今夜も熱帯夜だ。
ランは洗い物を食洗機に入れて、キッチンを拭き上げると、お風呂に行った。彼も疲れているはずである。差し入れを持って、長距離の運転。商店街の店舗も人がたくさん出ていて大変だが、ショッピングモールの中の店舗もあるらしいので、そういうところも大変だったろうなと思う。
夕ご飯は、米だけ炊いて、レトルトのカレーと、サラダと手作りラッシー。ランのカレーも美味しかったが、侮れない味のレトルトだった。いろんな商品があるなぁ、としみじみ思う。
ふわぁぁぁ・・・。
何度目かのあくびをすると、ドアが開いて、ランがアドリーナと共にリビングに戻ってきた。眼鏡をしていないランの、風呂あがりの前髪が降りている顔が、秘かに好きだ。あどけなさが加わって、可愛いのである。面食いな自覚はある方だが、好みのタイプなのだ。ありていに言って、だいぶ好き。眼鏡がなくても大丈夫なのか心配で聞いてみたのだが、視力はそんなに悪くなくて、乱視があるので、運転と仕事の時に使っているとのことだった。
「・・・眠い?」
ランが笑うのにつられて笑い、眠い、と返したが、運転で疲れているだろうランを労わってあげたかった。
「腰、と足、マッサージしてあげるよ。」
「えっ?・・・いや、それは俺がしてあげたいな。立ちっぱなしきつかったでしょ?」
「それはお互いさまじゃない?」
まぁ、そうだけどね、とランが苦笑する。先にしてあげるから、横になってと言われるが・・・。
ランのマッサージ、昨日してもらったのだが、ヤバいのである。気持ちよすぎて。
「えっと・・・。先にしてあげるよ。せっかく風呂上がりだし。」
温まっているうちにしてあげたい。
「・・・そう?嬉しいけど・・・。」
嬉しいならいいよね、とランを強引にラグの上に横たえた。体の横に座って、ふくらはぎをさする。張り具合を確かめて、もみほぐし始める。
「んー・・・。きもちいい。」
ランが呟くのを、アドリーナが心配そうに見守っている。
徐々に上に登って、足の付け根、尻のライン、腰と圧をかけていく。ぴく、とランが震えるのが可愛くて、熱心にもんでいると、待ったがかかった。
「そ、そろそろ交代!」
「ん。もういい?」
「うん。かなり楽になった・・・。」
少し、頬を染めて視線を逸らすその様子に、ちら、と胡坐の真ん中を見てしまう。と、ランが、大きな手でパッとそこを隠した。
「見ない!」
「・・・あ。うん・・・ごめん。」
思ってたより・・・質量が・・・。
そりゃそうだよな。体格いいんだから、それなりだよな。
「ほら・・・楓李の番。」
「あ、うん。」
交代で寝かせられて、ふくらはぎと腰を中心にもまれる。
昨日も思ったが、やっぱり気持ちいい。疲れてるから、三倍増しで気持ちいとは思うが、たつの不可避。無理。徐々に、床と自分の体の間に挟まれて苦しくなっていく。
「らんー・・・もういいー・・・。」
「・・・苦しい?」
聞かれて、素直に頷くと、抜く?と言われた。
「えあっ?」
ランも、そういうこと言うんだ!?
「ぬ、かないです。」
「いいよ?気を使わないで。・・・それとも、してあげる?」
「ひぇっ・・・。え・・・恋人になったら、そういうことはする感じ・・・ですか?」
セックスはしないって、挿入はなし、ってこと??
「そう、ね。徐々に、バニラまでは、いいかなって。」
ばにら?
「なにそれ?」
「淡白なえっち。入れないやつ、かな。入れるのは怖いよね。俺もしたことないし、痛くしちゃうと思うから、それはなし。
でも、さわりあったら、少しはしたい、かも。指、入れるまではしたいかな。できるかわからないけど、前立腺っていいみたいだし。」
えぇ・・・。
「・・・少しくらい・・・ならまぁ。でも、お盆終わってからで良くないです?」
「それはそうね。」
そんな話をしているにもかかわらず、なぜか股間は落ち着いてしまい、寝ようか、となった。
「挿入アリのセックスは、求めてないけど、スキンシップの範囲内ならいい?」
「・・・考えさせて?」
脱ぐのはちょっと困るし、人前で射精するのはかなり抵抗あるんだよなぁ。
ランとは、生物学的に子供ができたりしないってわかってるけど。だとしても。
これ・・・オレは男が相手だったとしても、抱く方は絶対無理だなぁ・・・。
はーっとため息をついて、客間のドアを開ける。きつめに入れた冷房に、足元にいたアドリーナが一瞬動きを止め、何事もなかったように入っていき、ベッドに飛び乗った。
抱く方は無理、として。じゃぁ、抱かれる方ならいいか、と言われるとそれも怖い。男だから、赤ちゃんができちゃうことはないって理解できるが、怖いものは怖いのである。挿入の痛みが、とかではなく、中で出されることが。ゴムは絶対つけて欲しい。女の子じゃないけど、ピルとか飲みたい気分。こんなの、言えないよな。妊娠するのが怖いからセックスできない、なんて男なのに。男同士だから、しなくていいって言ってくれてるけど、いずれはしたいと思うだろうし、ランと一緒なら、克服したい問題でもある。
せっかく男の恋人ができたのに。
何の問題もないはずなのに・・・。
・・・あ。問題、まだあるじゃん。
実家・・・親に報告、とかしなきゃダメかなぁ・・・。
もやもやしだしたら眠れなくなりそう。
アラームをセットして、枕元に置き、深呼吸。
「よし、寝る。」
アドリーナ、おやすみーと声を掛けると、なーと返事をしてくれた。

 お盆の最終日。ランと、天羽がそれぞれアイスを差し入れしてくれたので、従業員用の冷蔵庫はしばらく充実していることと思う。
天羽は、三歳くらいの女の子の手を引いて、おばあちゃんと一緒だった。送り盆の帰りだという。推し活をするために働いていると言っていたが、推しってもしかして娘のことなんじゃないかと思うほど、可愛らしい服を着て、小洒落た麦わら帽子をかぶっていた。天羽に似て顔立ちも良かった。子育てはお金がかかる。天羽の言うことを噓だったとは思わないが、あの子のために貯金でもしているのだと思いたい。
人の家庭の事情を考察する余裕があったのかと言えば、実際はくたくたのへろへろで。不破にレジを代わってもらったりして、休憩を長めにしてもらったりする程度に、戦力外ではあった。ひとえに、学生組が頑張っていたから営業できていたのである。
 「さて、では繁忙期の打ち上げですが、いつもの居酒屋で、来月の頭に行います。天羽さんにも声かけてるけど、それはそれ、夏休み頑張ったねってことなので、労をねぎらいましょう。」
不破がそんなことを言いながら、閉店作業を進め、鍵をかけたところで解散になった。
今日も今日とて、帰る家はランのマンションである。ランも慣れたもので、帰りの電車を把握していて、ロータリーまで迎えに来てくれる。本社の方は、お盆は営業部以外休みなので、ランも休みなのだとか。おかげで、帰れば、栄養満点でありながら、消化にいい夕食ができていて、風呂にゆっくり浸かり、寝るだけである。
今日はさすがに少し飲みたい気分。ビールとか・・・買っても許されたい。
商店街を通り抜け、改札を抜けて電車に乗る。駅を降りると、喫茶店とコンビニがあり、ちょっとしたものなら買えるのだが、いかんせんランが路駐なので、そこで買い物をしたことはない。
ビールの気分なんだよなぁ。どこで買おう。
悩みながら三駅。あっという間である。ロータリーに出ると、噴水が水を落としていて、涼やかな音がしていた。見回すが、ランはまだのようだ。駅にいるよとメールして、コンビニに走った。自動ドアをくぐり、冷蔵庫の棚へ。思い浮かべていた銘柄を見つけて、二本。自分のと、ランのぶん。泊めてもらって、世話をしてもらったお礼は、後できちんとするとして、これはお盆おつかれさまの乾杯用だ。楽しかったし、美味しいものを朝晩食べさせてもらったのに、忙しすぎだったのと疲れていたので、あまり記憶にない。それはもう、本当に申し訳ない。思いついて、冷凍庫のショウケースに足を止めた。贅沢な、ご褒美用の小ぶりなカップアイスを二つ。バニラと、チョコレート。
「デザートにしよう。」
会計を済ませて外に出ると、風が生ぬるい。ちょうどランの青い車が、ロータリーに入ってきたところだった。
「おつかれさまです。」
ランが助手席の窓を開けて言う。それにおつかれさまと応えて、コンビニのレジ袋をあげて見せた。
「ビールとダッツ買っちゃった。」
「夕ご飯は、豆腐ハンバーグだよ。」
美味しそうな話をしながら、車に乗り込む。シートベルトをすると、慣れた様子でロータリーを出た。
「・・・なんか。こういうの・・・幸せだなぁ。」
「こういうの?」
ランが聞き返す。
「恋人、がいて・・・迎えに来てくれて、家にはご飯がある、とか。」
「うん。そうね・・・。それは俺も。恋人がちょっといいアイス買って帰ってくれたりとか、理想的。幸せだなぁ。」
くふふと笑い合うけれど、まだキスもしていない仲である。
ランが告白してくれてから、まだやっと一週間。恋人、と自覚してから、そんなに時間は経っていないのである。なんなら、初めて本社で出会ってから、を数えても一か月と少し。のべ、なんて数えだしたら・・・なのに、まるでずっと前から知り合いだったか、前世で夫婦だったかのよう。BL漫画風に言うなら、運命のつがいだ。まぁ、それだと妊娠しちゃうから、それだけは困るけれど。困るも何も、フィクションだろ、と自分で自分の妄想に突っ込みを入れる。
「どうかした?」
「・・・んー・・・。オレね、ランといるの、すごく自然な感じで受け入れてるけど・・・。ランはどうかなって。」
「あぁ・・・そうね。それは、多分俺も同じかな。でも、ちょっと思うところはあるよ。」
「?・・・思うところ?」
気になって聞き返すと、ランは少し言いにくそうに、ちら、とこちらに視線をよこした。
「もし、もし俺の本当の運命の人がどこかにいたら・・・。
どうしようかなぁって。俺はもう楓李を手放す気はないからね。だから、俺がこんなに浮かれてる陰で、泣いてる人がいたら困るなぁ・・・とか。」
ランの、本当の運命の人・・・?
「ランにとっては、オレじゃないかもしれないってこと?」
「んー・・・。どうかな。こんなに居心地よくて、違いますって言われたら、立ち直れないなとは思うよ。」
つまんない話しした、ごめん、とランが信号で止まる。
「つまんない・・・かなぁ・・・。」
オレには、ランがそうだっていう確証があるけれど、ランにはないんだもんな。
肩から掛けたサコッシュを、左手で上から撫でる。中には財布が入っていて、その中には占い師に貰ったお守りがある。
スバルの・・・。
これを見せて、その話をしたら・・・?
でも、自分の幸せのために、ランを利用してると思われるのは、怖いな。自分の幸せのために、ランの本当の運命の人を泣かせてるとしたら、それも嫌だな。
嫌だけど・・・どうしたらいいの・・・?

 夕ご飯を食べ終えて、ソファーでテレビを流しながら食休み。
それとなく誕生日にはどうしてほしいか聞いてみる。不破の計らいもあって、当日を含めて土日は休みだ。のんびりできそう。
「当日は、二人で過ごせる。ここでのんびりするか、少し贅沢なディナー?でもいいし、テイクアウトでもピザとかでも・・・。とにかくゆっくり二人でいたい。」
ランの望みはこうである。欲しいものとかは特にない、というか、自分がここにいればそれでいいようである。しかし、そう述べた後で、申し訳なさそうに眉を八の字にした。
「ごめん。前に、ジムであったマユミさん、トレーナーの、覚えてるかな。話したこととか。」
なんとなくではあったが頷くと、さらに困ったように首をかしげた。
「俺は、土日両方ここでのんびりしたかったんだけど。」
と前置いて。
「マユミさんのパートナーのアンドレアって人がいて。貿易関係の仕事で、たまにしか日本にいないんだけど。今回は、俺の誕生日を祝えるタイミングだっていうんで、お気に入りのイタリア居酒屋で飲み会しないかって打診が来てて。」
ふむ?
「行ってきたらいいんじゃない?」
伝えると、うん、と頷いて、かしげていた首を反対に倒した。
「パートナー同伴、って覚えてるかな。アンドレアが、会いたいって言ってて。」
あー・・・。そういえばマユミさんがそんなことを言っていたな。
「どうしよう?オレが行っていいの?」
「それはもちろん。でもその・・・俺もだけど、マユミさんもアンドレアもその体大きいから、怖かったりしない?」
「中身もクマなら怖いけど、人でしょ?あ、アンドレアさんって、日本語は?」
「日本語は上手。難しい言葉も使いこなすよ。書くのは少し苦手みたい。漢字とか。でも、子供のころから行き来してるから・・・。」
「それなら大丈夫。」
良かった。自慢じゃないが、日本語以外はからきしダメなのである。中国人となら、かろうじて筆談できるかな?というレベルだ。英語は多少聞き取れるかもしれないが、イタリアは未知の世界である。
「あとその・・・。アンドレアは父の知り合いのご子息で。知り合ったのはアンドレアが先なんだ。子供のころからの仲だよ。・・・でも・・・今は楓李が一番だから、やきもちは焼かなくていいからね!」
必死な様子のランに、ふはっと笑ってしまう。
「そんなにカッコイイの?」
「あー・・・。楓李は可愛いんだよ?笑顔が最高!ジェラートを手にした時なんて、天使!」
カワイイ・・・??
カーッと耳が熱くなる。
「好きだよ。」
不意に、雰囲気が変わったのがわかった。
じわりと、湿度を持って重くなる。
その、熱くなった耳を、するりと指先で撫でられて、ぎゅっと目を閉じて肩をすくめる。背中にゾクゾクと痺れが走る。
「ら、ん・・・。」
そういうの、こういう感覚に慣れてないから、ドキドキしてしまう。
「キスしていい?」
ランが、ぺろ、と唇を舐める音が、生々しく鼓膜を震わす。
「ど、どこに?」
「耳。」
ふっと息を吹きかけられて、肩をすくめたまま天を仰いだ。
ううぅ・・・。心臓がヤバイ・・・。
「ど、どうぞ。」
ランは、気配で笑うと、耳元でリップ音を立てた。少しだけ触れて離れる。
ひぇ・・・。
終わり?終わった?これだけ・・・?
「緊張してるね。怖い?」
「な、なれてない、から・・・。」
「カワイイ・・・。大好き。」
ランがふふと笑って席を立つ。
「お風呂できたから、上がったらダッツ食べよう?」
満足そうに笑う彼を見て、どんな顔をしていいかわからなかった。
たぶん、変な顔してる・・・。

 誕生日プレゼント、オレですってわけにはいかないよなぁ。
久しぶりにアパートに戻って、荷物を整理し終えた20時。そろそろ仕事を終えたランが、食料品を買い物して、ここに迎えに来てくれる。
平日もフラゴラの営業はあるので、金曜まではノンストップの、今日は水曜。誕生日は土曜なので、プレゼントを今から通販して間に合うかは微妙だし、買いに行く時間も取れそうにない。何かいい物はないかなぁと、スマホを眺めてはみるものの、時間の無駄かも知れなかった。
「ご飯を作ってあげるとかくらいしかできないけど、オレの腕前だと和食になってしまうような・・・。」
しかも、たいしたものはできないし。料理は好きそうだから、なにかキッチン用品はどうだろうかと思うけれど、好みがあるから悩ましい。
いままで、そういう付き合いをしてこなかったツケなんだろうな。
プレゼントを贈り合うなんて、友達ともしてこなかった。
自分としては、最初の恋人がランだという事実は、喜ばしく思っている。けれど、経験値の低さは、長く付き合ううちには、飽きられてしまうかもしれない。上手なプレゼント選びも、駆け引きやなんかも、何一つ上手にできない。
大人なのにな・・・。
こういう時は、桃に相談、かなぁ・・・。
電話をしてみようかと思った矢先、ランの到着をスマホが知らせた。

 「プレゼント?」
ランがとぼけた声を出す。まるで、何のことを言っているかわからない、というていだ。何度このやりとりをしたか。ランは、一緒にいられればいいの一点張りで、取り合おうともしない。それどころか、自分の誕生日はいつか、なにが欲しいかと返してくる始末である。
絶対言わないけど。
本当に、一緒にいられたらそれでいいのだろうか。
それ以上のこと、したくならない?
男同士なら、懸念事項はももの痣だけ。それも、明かりを消してもらうか、服を着たままなら問題ないかもしれない。子供ができる心配はない、と頭がわかってはいるから、あとは体の問題である。
「楓李さん、そんなに俺になにかしたいの?」
「したいというか、あげたい。これは、感謝の表れなの。
ランのおかげでよく眠れているし、体調もいいよ。ご飯美味しいし。」
告げると、ランはそっかーと首をかしげる。
ランのお迎えでランのマンションのリビングである。餌を食べるアドリーナの尻尾を眺めながら、ため息をついた。
何も、させてくれない気なのだろうか。貯金は少しだけどあるし、高価なものをねだられたら困るけれど、ランはそんなことしそうにないし。
「じゃぁさ・・・。やっぱり、オレ、ですか?」
尋ねると、ランは、んーと濁した。
「セックスは、まだ考えてないよ。触ったりはしたいけど、いきなりがっついたら怖いでしょ?」
でももう三日後です。
三日で触られ慣れろって言うのは確かに無理があるが。
「・・・じゃ、じゃぁ手つなぐ?」
「それは・・・もうしましたー。酔ってて覚えてない?」
うぐ。
覚えてますとも。歓迎会の飲みの帰りに、駐車場まで。
ランの手は大きかった。
というか、パーツが大きいんだよな。手も足も。靴とか並ぶと、大人と子供くらいの差がある気がする。言いすぎじゃない。当然・・・。
「楓李さん?」
股間に視線をやった自分に、ランが苦笑する。
「何を考えてるの?」
「・・・パーツが大きい、って。」
あー・・・。とランが天井を見る。
「物理的に、入れるのは難しいかもね。ほぐすのも痛いだろうし・・・。だいたい、入れるところじゃないんだしさ。」
ランは笑ってそう言うが。
「でも、できるでしょ?」
「・・・なにか見た?」
見てないけど、と首を横に振る。男同士のAV、つまり漫画とか小説みたいなフィクションじゃなくて、実際に挿入しているところ、は見ていない。でも、できる、のは知っている。
「・・・あれは、プロの人のすることだからね?あれができるようになるには、それなりに苦労してると思うよ?」
「ランの方こそ、なんか見たんじゃない?」
「・・・見ました。・・・あと、処女の人が泣かされてるところも見ました。・・・痛そうでした。」
流血はNGだから、なかったけどね?とため息される。
「・・・痛い?」
「痛いでしょ。俺もしたことはないし、上手なわけないんだから。」
うぅ・・・。
「そんなにしたい?」
したくない方かと思ってたけど、とランがまた首をかしげる。
「他にあげられるものが、思いつかない。」
「そんな理由で貰えません。」
食事を終えたアドリーナがなーんと鳴く。ランが、大丈夫、ケンカじゃないよと背を撫でると、ポスンとソファーに上がった。そのままペロペロと毛づくろいを始める。
「どうしてもなら、ジェラート食べに行こう?」
「ジェラート?」
うん、そう、とランが頷く。
「食べてる顔見るのが好きなの。あのね、バラの形に盛り付けてくれるところがあって、行ってみたかったんだ。」
それはすごそう。見てみたいかも。
「楓李がジェラートで喜んでる顔が大好きなんだ。できれば写真に残して、毎晩みたいし、キスしてから寝たい。」
恥ずかしい言い草に、思わず赤面してしまう。
それにしても・・・。そんな顔、そんなに見せたかな・・・。
思い起こすが、これと言った記憶がない。ランには印象深かったって話だろうか。
「よし決まり。デートしよう。」
一日ゆっくり過ごしたかったはずのランは、いいことを思いついたと、目を輝かせた。

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上杉
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ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

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