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孝利の行きたかったところは、マンションの中庭にある小さな公園だった。仕事だから、ベンチにでも座ってて、と言われたが、動いていないと寒い。ダッフルコートの前をきっちり閉めて、公園をうろうろしていた。仕事って何だろう。公園は、夜でも街灯が煌々とついていて明るい。照明の仕事はいらないように思うが。
しばらくして、もういいよ、と孝利が迎えに来た。
「仕事って何ですか?」
「毎年ここ、クリスマスイルミネーションをするんだ。今年は子供向けの飾りを増やしたから、植え込みの高さとか見ておきたくなってね。」
君が、クリスマスの話をしたから、気になっちゃって、と孝利が笑う。
「そうなんですね。楽しみだなぁ。」
「俺ありきの企画だけど、マンションの住人が有志で手伝ってくれるんだ。ちょっとした穴場スポットになってるから、カップルも来たりするよ。」
「へー・・・。じゃぁ、一緒に見に来ましょうね。」
「とういうか、点灯式とかあるから、君も強制参加だね。」
面倒くさそうに言う孝利がおかしくて、笑ってしまう。
「冷えちゃいましたね。お風呂、そろそろ沸かして入りましょうよ。」
「誘ってるの?」
「・・・すこし。」
「昨日したばかりじゃない。若いってすごいな。じゃぁ今日はもう少し先に進もうか。」
先?
気になったが、行こう、と手を引かれたので、手袋越しのぬくもりを感じながら、家へと帰った。
家に入ると、リビングのドアの間でアンが待っていた。
「あぁ。ご飯だね。今支度するよ。」
アーンと鳴くアンが可愛くて、ついつい多めに餌を与えてしまうが、アンは食べ過ぎることなく、いつも少量残してあった。あとで食べるつもりなのか、新しいのが欲しいのか。とにかく、残った餌はもったいないが捨ててしまう。器を洗って、新しいのをいつもの八分目ほど入れてやると、アンはモリモリ食べ始めた。
「あとでブラシのかけ方教えてくれる?」
孝利が、やってきて、意外なことを言った。正直、アンにはあまり興味がないように見えるからだ。抱くでもない。撫でるでもない。むしろ、興味は自分の方に向けていて。
「あ。いいですよ。基本は毛並みに沿ってかけるだけですけど。」
「毛足の長い猫は大変だね。」
「・・・僕がいなくなったら、ちゃんとできますか?」
「・・・その話はしないで。」
孝利は、またそう言って半年後から目をそらす。
でも・・・。
半年たったら、実家に帰らなきゃならないんじゃないの?
アンはどうなっちゃうの。
食事を終えたアンの口元を、濡らしたタオルで拭ってやり、風呂の支度をした。
今夜もまた、風呂場に呼ばれている。
昨日の今日でまだ慣れないが、孝利の分と、自分のバスローブを、乾燥機から出して脱衣所に置いておく。扉一枚隔てて、早く入っておいでと孝利が声を上げていた。
「はいはい。今入ります!」
ばっさばっさと脱いで、風呂場に入る。孝利はのぼせたーと言いながら、バスタブでぐったりしていた。
「わわわ。のぼせたんなら出てくださいよ。設定温度、高過ぎましたか?」
「いや。タマを待ってる間に。君、呼んでもなかなか来ないんだもん。」
「すみません。」
「いーけど。ほら、今日はもう少し先に進むんだから、早く入っておいで。」
仕方なく、股間だけボディーソープで洗い、他は後回しにして、バスタブに入った。
二人、足を絡めて湯船を楽しむ。不思議と、嫌悪感はなかった。
僕って・・・ゲイ、なのかな・・・。
改めて思う。女性は嫌悪感があるくらい苦手で・・・孝利とはこうしていても気持ちいい。昨日あんなことをされたけど、それも気持ちよかった。
でも孝利は?男は初めてだって言ってた。ゲイではないのかも。
あれ?だとすると、バスローブやお揃いのいろいろは、やっぱり自分用に揃えてくれたもので・・・。以前誰かが使ったものとかではない。
「何考えてるの?」
「いえ。あのー・・・。僕に用意してくれたものって、いつ買ったのかなって。」
「そんなこと知りたいの?」
頷くと、しかたないか、と孝利がため息をついた。
「君のこと、いいなって思いながら、少しずつ揃えたんだよ。」
「・・・え・・・?」
それって、自分が話しかける前から、ってこと?
「気持ち悪いでしょ?君がうちに来てくれたらいいなって、そんなこと妄想して、買ってたんだよ。」
「・・・それ、女の子だったら、かなり引かれてたと思われます。」
「・・・君は?」
なんでだろう。ちょっと憎めない。どころか、ちょっと可愛い。
「嫌じゃないみたいです。」
「・・・本当?」
孝利の顔が、ぱあっと明るくなる。
「ねぇ。もっとよく顔みせて。この距離じゃ、ほんとかどうかわからない。」
視力の低い孝利に、仕方なく、そっと身をよせる。近過ぎるかな、と思った時、孝利があごを掴んだ。くいっと仰のかされて、ふわりとキスされた。触れるだけの、優しいキス。孝利はすぐに離れたが、視線をお湯の中に落とした。
かぁーっと、顔が熱くなる。
「こういうの、も、嫌じゃない?」
孝利が、わずかに視線を上げ、目を合わせた。じっと見つめられる。
「孝利さんの唇、柔らかい。キス、初めてだけど、こんな感じなんですね。」
「ふふ。寝てる間にファーストキスは奪っちゃったけどね。」
意識ある君と、キスできるとは思わなかったから、と言い訳する。
「酷い話ですよね。」
「ごめん。」
孝利は素直に謝った。タマがあんまり可愛くて、と。
「男、ほんとに初めてですか?」
キスも、し慣れているように感じた。相手はいつも女性だったのだろうか。
「男は初めて。」
「・・・女性は?」
「それなりに。聞きたいの?」
もうだめ、のぼせたから出るよ。と孝利は自分一人置いて出て行ってしまった。仕方なく、洗い場に降りて、髪と体を洗う。
もうだめ、は何が駄目だったのだろう。
女性関係を話すのが?それとも、のぼせたから?
脱衣所を後にする気配を感じながら、キス、しちゃったなぁと思った。
リビングに戻ると、メガネ姿の孝利が、グラスで水を飲んでいた。そういう習慣なのだろう。昨日と同じように、飲む?と聞いてくる。
「いただきます。・・・あの、僕炭酸水好きなんですけど、箱買いしたら迷惑ですか?」
「大丈夫だけど、そんなに飲むの?」
「食事のときとか、寝起きとか、風呂あがりとか。」
「そうなんだ。シュワシュワしてるの苦手で。ビールの喉ごしとか理解できない。」
「ビールは僕もあんまり。苦くないチューハイとかなら飲みますよ。ハイボールとか。」
へぇ、意外、と孝利が唸った。
「あぁ。だからワインで潰れちゃったんだ?」
「そうです。飲みつけなくて。」
寝顔可愛かったんだよ。と孝利が笑う。
「思わず、キスしちゃうくらい、ですか?」
「そう。・・・ねぇ。いいこと考えたんだけど。タマ、俺の部屋で寝ない?そうしたら、可愛い顔毎晩みられる。
確かに、あのベッドなら、男二人でも余裕そうだが。
「睡眠のリズムが違いすぎますよ。孝利さんが寝た四時間後には、僕活動開始してますから。」
「うーん・・・。そうか。寝坊してもいいんだよ?」
「そうそうリズムって崩れないものですよ。」
孝利は、残念と言うと、寝室に着替えに行った。
さてと、着替えるか。バスローブだけでは心もとない。
部屋に戻って、洗濯済みのストライプのパジャマに袖を通した。
「先に進むって言ってたけど、キスのことだったのかな?」
嫌じゃなかったけど、もっとしてほしかったな。
ちょっとがっかりして、リビングに戻る。夜行性のアンの相手を少しするつもりだ。猫じゃらしを持って、アンの背後から近づく。とんとん、と背中をつつくと、目つきが変わった。
獲物を追う体制になる。フリフリと振って、ここぞというときに、少し遠くに投げてやると、アンはダッシュで追いかけていった。追いかけて、口にくわえて持ってくる。
「投げてほしいの?アン、犬みたいだなぁ。」
ほら、行くよと投げてやる。五回ほど繰り返して、終わりにした。丁度そこに、着替えた孝利がやってくる。
「遊んでやってるの?」
「うん。猫は基本夜行性だから。」
孝利は、あぁそうかと猫じゃらしを手にした。
「投げてやると、とってきますよ。」
「ほんと?どれ。」
こうやって振って、注意を引き付けて投げるんです、と教える。孝利は言われた通りに、猫じゃらしを投げた。アンが走ってゆく。アンは、床に落ちた猫じゃらしを器用に拾うと、自分の方に持ってきた。
「あー、こっちか。孝利さんが投げたんだよ、アン。」
「いいよ。遊んでやって。少し仕事してくる。・・・おやすみのキスをしても?」
頷くと、頬に軽いタッチのキスをした。
「じゃぁ、お休み。」
夜が長いなぁ、と仕事部屋に去ってゆく。孤独な仕事だな、と思った。孝利は、綺麗なものを作っているけれど・・・。
少し淋しい。
今まで、こんな広い家で、一人で仕事をしていたのかと思うと、切なかった。もちろん、一人でできない現場の作業もあるのだろうが・・・。
「そりゃ、猫くらい欲しくなるよな。」
人恋しくもなるよな・・・。
それが、男でも?
自分だったら、普通に結婚して、奥さんが欲しいとか思う歳だと思う。
それが何で男?
それなりにあった、女性経験で、嫌になったのだろうか。
自分みたいに・・・。
悶々としながら、自室に戻った。
ドアが開いた気配で、目を覚ました。少ない光源の中に、人影。孝利だ。
「ん・・・?どうかしたんですか?」
何時だろう?枕元のスマホを見る。一時。確か、十時くらいに寝たところ。起こされるにはきついタイミングだった。
「ごめん。起こす気はなかったんだけど。顔が見たくて。」
あぁ。淋しかったのかな。
「いいですよ。どうぞ。」
むくりと起きて、孝利を部屋に招き入れた。
「不思議な感覚なんだよね。自分の家だけど、客間はあまり入ったことがなくて・・・しかもそこに君が寝てる。」
足元を見ると、アンもいた。
「アン、起きちゃったのか。」
「うん。起こしちゃった。」
申し訳なさそうに、孝利が言う。
「アンがリビングで寝てるから、テレビ見づらくて。夜食食べようと思ってお湯沸かしてたら起きちゃったんだ。」
「今日もカップ麺ですか?」
「うん。」
孝利は、どこか覇気がない。眠いのかな。でも、いつも寝る時間までにはあと二時間ほどある。
「猫は大丈夫ですよ。気が向いたときに寝て、気が向いたときに起きる生き物ですから。孝利さんが邪魔しちゃったとかじゃないですよ。」
気にしてる風な孝利に、優しく言葉をかける。
「でも、君のことは起こした。」
「起きてもらいたかったんですか?」
「・・・うん。」
「夜食なら、何か作りましょうか。」
冷ご飯があったから、チャーハンと、冷凍の餃子でいいだろうか。
思案していると、孝利はゆっくりと部屋に入ってきて、ベッドに腰かけた。
「ねぇ。昨日みたいなこと、してほしい?今日はお風呂場でできなかったから。」
あ、と思った。
「それ、気になってたんですか。・・・少しがっかりはしましたけど、今はいいです。ご飯作りますよ。」
「いいの?しに来たんだけど。」
「孝利さん、こういうのって夜這いって言うんですかね。どちらかと言うと、寝かせてほしいです。」
「そうか。ごめん。ご飯はいいよ。自分でできる。
おやすみ。タマ。」
そう言うと、眼鏡をはずして顔を寄せてきた。キス、だ。
ちゅむ、と口づけて、離れる。
「舌入れたい、って言ったらヤダ?」
「えっ?・・・えっと・・・。」
キス一つで、泣きそうな顔をしている。仕方なく頷いた。
薄く唇を開くと、孝利はまた顔を寄せ、舌を差し込んできた。温かい、肉の感触。ざらりとする。受け入れて、おずおずと舌を伸ばした。絡めてくるそれに応える。息継ぎに失敗しておぼれそうになり、笑われた。
「ありがとう。ゆっくりだけど、こういうこと・・・もっとしたいから。じゃぁね。」
立ち上がって、ドアを閉める。孝利は、そのままアンと行ってしまった。
ゆっくり?もっとしたい?
孝利は、何を考えてるんだろう・・・。
そういえば、夜の相手もしてほしいって言ってたな。
最終的に求められているのはセックスだ。
体格差からして、おそらく抱かれるのは自分で。
というか、未経験だし・・・。
孝利も、男は初めてって言ってた。うまくいくのかな・・・。
思考は睡魔に奪われた。
しばらくして、もういいよ、と孝利が迎えに来た。
「仕事って何ですか?」
「毎年ここ、クリスマスイルミネーションをするんだ。今年は子供向けの飾りを増やしたから、植え込みの高さとか見ておきたくなってね。」
君が、クリスマスの話をしたから、気になっちゃって、と孝利が笑う。
「そうなんですね。楽しみだなぁ。」
「俺ありきの企画だけど、マンションの住人が有志で手伝ってくれるんだ。ちょっとした穴場スポットになってるから、カップルも来たりするよ。」
「へー・・・。じゃぁ、一緒に見に来ましょうね。」
「とういうか、点灯式とかあるから、君も強制参加だね。」
面倒くさそうに言う孝利がおかしくて、笑ってしまう。
「冷えちゃいましたね。お風呂、そろそろ沸かして入りましょうよ。」
「誘ってるの?」
「・・・すこし。」
「昨日したばかりじゃない。若いってすごいな。じゃぁ今日はもう少し先に進もうか。」
先?
気になったが、行こう、と手を引かれたので、手袋越しのぬくもりを感じながら、家へと帰った。
家に入ると、リビングのドアの間でアンが待っていた。
「あぁ。ご飯だね。今支度するよ。」
アーンと鳴くアンが可愛くて、ついつい多めに餌を与えてしまうが、アンは食べ過ぎることなく、いつも少量残してあった。あとで食べるつもりなのか、新しいのが欲しいのか。とにかく、残った餌はもったいないが捨ててしまう。器を洗って、新しいのをいつもの八分目ほど入れてやると、アンはモリモリ食べ始めた。
「あとでブラシのかけ方教えてくれる?」
孝利が、やってきて、意外なことを言った。正直、アンにはあまり興味がないように見えるからだ。抱くでもない。撫でるでもない。むしろ、興味は自分の方に向けていて。
「あ。いいですよ。基本は毛並みに沿ってかけるだけですけど。」
「毛足の長い猫は大変だね。」
「・・・僕がいなくなったら、ちゃんとできますか?」
「・・・その話はしないで。」
孝利は、またそう言って半年後から目をそらす。
でも・・・。
半年たったら、実家に帰らなきゃならないんじゃないの?
アンはどうなっちゃうの。
食事を終えたアンの口元を、濡らしたタオルで拭ってやり、風呂の支度をした。
今夜もまた、風呂場に呼ばれている。
昨日の今日でまだ慣れないが、孝利の分と、自分のバスローブを、乾燥機から出して脱衣所に置いておく。扉一枚隔てて、早く入っておいでと孝利が声を上げていた。
「はいはい。今入ります!」
ばっさばっさと脱いで、風呂場に入る。孝利はのぼせたーと言いながら、バスタブでぐったりしていた。
「わわわ。のぼせたんなら出てくださいよ。設定温度、高過ぎましたか?」
「いや。タマを待ってる間に。君、呼んでもなかなか来ないんだもん。」
「すみません。」
「いーけど。ほら、今日はもう少し先に進むんだから、早く入っておいで。」
仕方なく、股間だけボディーソープで洗い、他は後回しにして、バスタブに入った。
二人、足を絡めて湯船を楽しむ。不思議と、嫌悪感はなかった。
僕って・・・ゲイ、なのかな・・・。
改めて思う。女性は嫌悪感があるくらい苦手で・・・孝利とはこうしていても気持ちいい。昨日あんなことをされたけど、それも気持ちよかった。
でも孝利は?男は初めてだって言ってた。ゲイではないのかも。
あれ?だとすると、バスローブやお揃いのいろいろは、やっぱり自分用に揃えてくれたもので・・・。以前誰かが使ったものとかではない。
「何考えてるの?」
「いえ。あのー・・・。僕に用意してくれたものって、いつ買ったのかなって。」
「そんなこと知りたいの?」
頷くと、しかたないか、と孝利がため息をついた。
「君のこと、いいなって思いながら、少しずつ揃えたんだよ。」
「・・・え・・・?」
それって、自分が話しかける前から、ってこと?
「気持ち悪いでしょ?君がうちに来てくれたらいいなって、そんなこと妄想して、買ってたんだよ。」
「・・・それ、女の子だったら、かなり引かれてたと思われます。」
「・・・君は?」
なんでだろう。ちょっと憎めない。どころか、ちょっと可愛い。
「嫌じゃないみたいです。」
「・・・本当?」
孝利の顔が、ぱあっと明るくなる。
「ねぇ。もっとよく顔みせて。この距離じゃ、ほんとかどうかわからない。」
視力の低い孝利に、仕方なく、そっと身をよせる。近過ぎるかな、と思った時、孝利があごを掴んだ。くいっと仰のかされて、ふわりとキスされた。触れるだけの、優しいキス。孝利はすぐに離れたが、視線をお湯の中に落とした。
かぁーっと、顔が熱くなる。
「こういうの、も、嫌じゃない?」
孝利が、わずかに視線を上げ、目を合わせた。じっと見つめられる。
「孝利さんの唇、柔らかい。キス、初めてだけど、こんな感じなんですね。」
「ふふ。寝てる間にファーストキスは奪っちゃったけどね。」
意識ある君と、キスできるとは思わなかったから、と言い訳する。
「酷い話ですよね。」
「ごめん。」
孝利は素直に謝った。タマがあんまり可愛くて、と。
「男、ほんとに初めてですか?」
キスも、し慣れているように感じた。相手はいつも女性だったのだろうか。
「男は初めて。」
「・・・女性は?」
「それなりに。聞きたいの?」
もうだめ、のぼせたから出るよ。と孝利は自分一人置いて出て行ってしまった。仕方なく、洗い場に降りて、髪と体を洗う。
もうだめ、は何が駄目だったのだろう。
女性関係を話すのが?それとも、のぼせたから?
脱衣所を後にする気配を感じながら、キス、しちゃったなぁと思った。
リビングに戻ると、メガネ姿の孝利が、グラスで水を飲んでいた。そういう習慣なのだろう。昨日と同じように、飲む?と聞いてくる。
「いただきます。・・・あの、僕炭酸水好きなんですけど、箱買いしたら迷惑ですか?」
「大丈夫だけど、そんなに飲むの?」
「食事のときとか、寝起きとか、風呂あがりとか。」
「そうなんだ。シュワシュワしてるの苦手で。ビールの喉ごしとか理解できない。」
「ビールは僕もあんまり。苦くないチューハイとかなら飲みますよ。ハイボールとか。」
へぇ、意外、と孝利が唸った。
「あぁ。だからワインで潰れちゃったんだ?」
「そうです。飲みつけなくて。」
寝顔可愛かったんだよ。と孝利が笑う。
「思わず、キスしちゃうくらい、ですか?」
「そう。・・・ねぇ。いいこと考えたんだけど。タマ、俺の部屋で寝ない?そうしたら、可愛い顔毎晩みられる。
確かに、あのベッドなら、男二人でも余裕そうだが。
「睡眠のリズムが違いすぎますよ。孝利さんが寝た四時間後には、僕活動開始してますから。」
「うーん・・・。そうか。寝坊してもいいんだよ?」
「そうそうリズムって崩れないものですよ。」
孝利は、残念と言うと、寝室に着替えに行った。
さてと、着替えるか。バスローブだけでは心もとない。
部屋に戻って、洗濯済みのストライプのパジャマに袖を通した。
「先に進むって言ってたけど、キスのことだったのかな?」
嫌じゃなかったけど、もっとしてほしかったな。
ちょっとがっかりして、リビングに戻る。夜行性のアンの相手を少しするつもりだ。猫じゃらしを持って、アンの背後から近づく。とんとん、と背中をつつくと、目つきが変わった。
獲物を追う体制になる。フリフリと振って、ここぞというときに、少し遠くに投げてやると、アンはダッシュで追いかけていった。追いかけて、口にくわえて持ってくる。
「投げてほしいの?アン、犬みたいだなぁ。」
ほら、行くよと投げてやる。五回ほど繰り返して、終わりにした。丁度そこに、着替えた孝利がやってくる。
「遊んでやってるの?」
「うん。猫は基本夜行性だから。」
孝利は、あぁそうかと猫じゃらしを手にした。
「投げてやると、とってきますよ。」
「ほんと?どれ。」
こうやって振って、注意を引き付けて投げるんです、と教える。孝利は言われた通りに、猫じゃらしを投げた。アンが走ってゆく。アンは、床に落ちた猫じゃらしを器用に拾うと、自分の方に持ってきた。
「あー、こっちか。孝利さんが投げたんだよ、アン。」
「いいよ。遊んでやって。少し仕事してくる。・・・おやすみのキスをしても?」
頷くと、頬に軽いタッチのキスをした。
「じゃぁ、お休み。」
夜が長いなぁ、と仕事部屋に去ってゆく。孤独な仕事だな、と思った。孝利は、綺麗なものを作っているけれど・・・。
少し淋しい。
今まで、こんな広い家で、一人で仕事をしていたのかと思うと、切なかった。もちろん、一人でできない現場の作業もあるのだろうが・・・。
「そりゃ、猫くらい欲しくなるよな。」
人恋しくもなるよな・・・。
それが、男でも?
自分だったら、普通に結婚して、奥さんが欲しいとか思う歳だと思う。
それが何で男?
それなりにあった、女性経験で、嫌になったのだろうか。
自分みたいに・・・。
悶々としながら、自室に戻った。
ドアが開いた気配で、目を覚ました。少ない光源の中に、人影。孝利だ。
「ん・・・?どうかしたんですか?」
何時だろう?枕元のスマホを見る。一時。確か、十時くらいに寝たところ。起こされるにはきついタイミングだった。
「ごめん。起こす気はなかったんだけど。顔が見たくて。」
あぁ。淋しかったのかな。
「いいですよ。どうぞ。」
むくりと起きて、孝利を部屋に招き入れた。
「不思議な感覚なんだよね。自分の家だけど、客間はあまり入ったことがなくて・・・しかもそこに君が寝てる。」
足元を見ると、アンもいた。
「アン、起きちゃったのか。」
「うん。起こしちゃった。」
申し訳なさそうに、孝利が言う。
「アンがリビングで寝てるから、テレビ見づらくて。夜食食べようと思ってお湯沸かしてたら起きちゃったんだ。」
「今日もカップ麺ですか?」
「うん。」
孝利は、どこか覇気がない。眠いのかな。でも、いつも寝る時間までにはあと二時間ほどある。
「猫は大丈夫ですよ。気が向いたときに寝て、気が向いたときに起きる生き物ですから。孝利さんが邪魔しちゃったとかじゃないですよ。」
気にしてる風な孝利に、優しく言葉をかける。
「でも、君のことは起こした。」
「起きてもらいたかったんですか?」
「・・・うん。」
「夜食なら、何か作りましょうか。」
冷ご飯があったから、チャーハンと、冷凍の餃子でいいだろうか。
思案していると、孝利はゆっくりと部屋に入ってきて、ベッドに腰かけた。
「ねぇ。昨日みたいなこと、してほしい?今日はお風呂場でできなかったから。」
あ、と思った。
「それ、気になってたんですか。・・・少しがっかりはしましたけど、今はいいです。ご飯作りますよ。」
「いいの?しに来たんだけど。」
「孝利さん、こういうのって夜這いって言うんですかね。どちらかと言うと、寝かせてほしいです。」
「そうか。ごめん。ご飯はいいよ。自分でできる。
おやすみ。タマ。」
そう言うと、眼鏡をはずして顔を寄せてきた。キス、だ。
ちゅむ、と口づけて、離れる。
「舌入れたい、って言ったらヤダ?」
「えっ?・・・えっと・・・。」
キス一つで、泣きそうな顔をしている。仕方なく頷いた。
薄く唇を開くと、孝利はまた顔を寄せ、舌を差し込んできた。温かい、肉の感触。ざらりとする。受け入れて、おずおずと舌を伸ばした。絡めてくるそれに応える。息継ぎに失敗しておぼれそうになり、笑われた。
「ありがとう。ゆっくりだけど、こういうこと・・・もっとしたいから。じゃぁね。」
立ち上がって、ドアを閉める。孝利は、そのままアンと行ってしまった。
ゆっくり?もっとしたい?
孝利は、何を考えてるんだろう・・・。
そういえば、夜の相手もしてほしいって言ってたな。
最終的に求められているのはセックスだ。
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