期限付きの猫

結城 鈴

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 朝起きて、着替えると、まずはアンにブラシをかける。なるべく自然に落ちる毛を減らすためだ。健康状態もチェックする。
「うん。今日も健康!」
少し重くなったかな?成長しているのか、餌が良すぎるのか。
その後、ルンバのメンテナンスをして、掃除機をかける。きれいな状態で孝利を迎えられるので、ある意味このサイクルは丁度良かった。
「少なくとも風邪が治るまでは、発作に注意だもんね。」
何が引き金になるかわからない。昨夜、寝る前にタブレットで喘息のことを調べた。低気圧や、冷たい空気も良くないらしい。それは、どうすることもできないから、せめて家の中くらいどうにかする。
アーン、とアンがご飯を要求するので、餌場に行く。昨夜あげたぶんは完食してあった。器を洗って、新しい餌と水を置いてやる。アンの食べる量も、把握できてきていた。
そこに、孝利が帰ってくる。
「おはよう。お帰りなさい。具合どう?」
「おはよ。ただいま。まぁまぁかな。大丈夫。土日どっちか出かけられるよ。」
「・・・その心配はしてないです。」
少しむくれてため息をついた。病人を連れ回そうなどと、端から思っていない。
「どうしたの。買い物行きたくない?」
「行きたいですけど・・・元気な時でいいです。」
そんなに気を使わなくていいのに、と言いつつ、孝利は、コンコンと軽い咳をする。
「お風呂、沸かしといたんで、入ってください。外、乾燥してたでしょう?」
お風呂で、湯気を吸った方がいいらしいのだ。駅地下の雑貨屋で買った、ラベンダーのバスオイルを垂らしてある。
「一緒に入ろうよ。」
「朝ごはん、用意して待ってますから。ご飯とパン、どっちがいいですか?」
「ご飯。納豆ある?」
「・・・ないです。食べたいならコンビニ行ってきますけど?」
納豆かーと思っていると、ないのは知ってる、と孝利が笑った。
「お風呂入らないとか言うから、からかっただけだよ。」
「・・・そんなに一緒に入りたいです?」
「入りたいね。」
うーん・・・。お風呂あがったら、すぐにご飯を食べさせて、寝かせてあげようと思っていたのだけれど。
「じゃぁ入ります。背中流しますね。」
「うん。」
孝利は嬉しそうに、コートのポケットから使い捨てのマスクを取り出し、ごみ箱に捨てると、それをソファーの背にかけた。預かって、玄関のハンガーラックにかけてくる。
「じゃぁ、お風呂で待ってるね。」
言い置いて、孝利は脱衣所の方へと去って行った。
佐川のこと、話すチャンスかもしれないし。
朝食を作るのは後回しにして、風呂へと向かった。

 風呂場では、孝利が鼻歌を歌いながら湯船につかっていた。
昨夜も風呂には入っていたし、ざっと流して湯船に入る。孝利の長い脚と、自分の足が交差する。
ラベンダーの蒸気がふわりと全身を覆った。
「タマはあんまり毛が生えてないんだね。」
「毛深いのがいいとは言わないですけど、ちょっとコンプレックスです。」
「すべすべでいいと思うのに。お尻もつるつるだし。」
言われて、恥ずかしくなる。
孝利には、いろんなところをすでに見られもし、舐められてもいた。思い出すと、股間が熱くなる。
「タマってばかわいい。」
「あ!あの・・・佐川さんって知ってます?たぶん七階の。」
話題を変えるのに、必死だった。
「知ってる。タマは何で知ってるの?」
「昨日、エレベーターで一緒になったり、連絡通路で会ったり、お風呂で一緒になったり・・・しました。」
「それはまたずいぶんな偶然だね。」
うなずいて、ちゃぷ、と顔を拭う。
「孝利さんのこと知ってるっぽかったから。」
「それで、ホイホイついて行っちゃったの?」
「ついては行ってません。行く先々にいたんです。」
誘われたけど、断ったし。
だが、孝利は案の定、あまりいい顔をしなかった。
「嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないけど、あのひとそうでしょ?あと、距離感が近いというか、人懐こいというか。俺は、タマとアンがいれば十分だし。」
やっぱりというか、何というか、な返事が返ってきた。
「あぁいうタイプ苦手なんですか?」
「ちょっとね。下心あるの、わかってたし。」
タマは好きなの?と問われて、恋愛感情じゃないですけど、今のところ好きでも嫌いでもない、と答えておいた。精一杯の無難な返事をしたつもりだった。けれど、孝利はあからさまに不機嫌になった。
「仕事している間に浮気されちゃかなわないな。」
「浮気はしてません!」
「でも、一緒にお風呂入って、こんなえっちな体を見せたんでしょう?」
えっちな体って・・・。
そりゃ、孝利さん相手だと、お風呂入ってるだけなのに、すぐ半立ちくらいにはなってしまうけれど・・・。
「あ、そうだ。届いた箱の中身、全部見た?」
とは、あの晩、アダルトグッズを注文した箱のことだ。この間、ローションだけ取るのに、ちらりと見たが、どれも綺麗に梱包されていて、中身までは見えなかった。軽く首を振ると、孝利は嬉々として、湯船から立ち上がった。
「ねぇ、試してみようよ?」
「へっ?!」
朝から?
「あ、あのっ!孝利さんは、ご飯を食べて寝た方がいいと思います。咳、してるの知ってますよ。発作が出たら苦しいんじゃなんですか?」
「・・・喘息?」
頷いて見せる。
「薬はあるし、多少は大丈夫だよ。それより、お尻開発したい。早く、俺のものにしたくなってきた。」
「お・・・オレのものって、セックスしたくなったってことですか?」
「うん。初めて、入れたいと思ったよ。当て馬がいると違うもんだね。妬けるし、無理やりにでも抱きたくなった。」
無理やり・・・。
孝利が、獰猛なオオカミの顔をしている。雄を意識したのは、初めてかも知れない。
心臓が、早鐘を打つ。
「そんなの・・・やです。こわい・・・。」
「うん。だから、開発からって言ってるじゃない。まだ、今のところ優しくしてあげるつもりだよ?痛みを与えるのは本意じゃない。でも、あの人と、仲良くするなら、お仕置きも用意する。」
お仕置きって・・・。
くらりと眩暈がして、俯いた。顔を上げると、目の高さにタオルで覆われた孝利の性器がある。怖くなって、目が上げられなかった。
「あの・・・。じゃぁ、今夜は仕事ないんですよね?夜ならいいです。アレ、しておくので・・・。」
浣腸を、と言うと、孝利は満足そうに笑った。
「俺と、する気がないわけじゃないんだね?」
そう、なのかな。
今はとにかく寝てほしいし、浣腸をする時間は欲しい。体格差では勝ち目がないから、無理やりなんてことになるくらいだったら、気持ちいい方がいい。総合的に判断して、夜なら、と結論付けた。
そこに、『好き』はあるのか?
今は、ただただ怖いし、お尻を弄ってほしい趣味は今のところない。そりゃぁ、指は相当に気持ちよかったけれど、癖になるのも怖かった。
「夜ならいいの?・・・わかった。なら、大人しく寝るよ。
朝ご飯何?」
俯くと、すっかり平常時に戻ったペニスが目に入る。むしろ、縮こまっていると言ってもいい。
「あ、カリカリベーコンと、目玉焼き。里芋の煮物と、ご飯と、レンコンのお味噌汁。」
根野菜は体を温めると聞いて。煮物は出来合いのものだったし、レンコンは、水煮をみそ汁に入れただけだけれど。
「・・・もっと、料理上手くなりたい。」
「あぁ。じゃぁ、今夜はピーマンの肉詰め作ろうか、一緒に。
得意料理なんだ。」
「この間のハンバーグと、似てる感じですか?」
「タネは一緒。ピーマンに詰めて焼くだけだから、簡単だよ。」
よかった。興味が、今夜の夕食に移ったらしい。
「じゃぁ先に出るね!」
言い置いて、孝利は風呂を上がった。

 朝食を食べると、孝利は眠ってしまった。日が昇ると眠る生活。バンパイアのようだ。あるいは、アンのような、夜行性の生き物。でも、アンが目覚める真夜中に、孝利はいない。
ある意味自由にやれていいのかもしれないが、猫だって淋しいだろうに。
半年後・・・どうなってしまうのだろう・・・このうちは。

 孝利に頼まれた買い物に出かける。ひき肉と玉ねぎ。それと、メインのピーマン。あとの食材や調味料は家にあるそうで。とりあえず、と駅地下に行く。買い物が済んだら、甘い物を買いに行く。今日のおやつは何にしようかな。孝利のおやつは、一食にカウントされるから、なるべく重たいものか、量のあるものが良かった。
やっぱりケーキかな。
駅地下にも、数件のケーキ屋が入っている。時間はあるし、覗いて帰ることにした。
そういえば、この間、チョコレートケーキの新作、食べたそうだった。でも、目の前のショーケースに並ぶザッハトルテも美味しそうだ。自分の分は、バナナタルトにしよう。
今日はコーヒーが合いそうだな。
ぼんやり、そんなことを思っていると、後から声を掛けられた。
「環君、こんにちは。」
「あ、佐川さん。」
見れば、佐川が立っている。買い物という風でもない。
「どうしてここに?」
「本屋さんに行った帰りだよ。環君見かけて、ついてきちゃった。」
ストーカー?
思わず、犯罪的な単語がよぎる。
「北倉さん、焼き菓子も意外と好きだよ。メレンゲとか。」
「そうなんですか?」
じゃぁ、とレモンのメレンゲを一つ足してもらう。他に、イチゴと、アーモンド、それとピスタチオがあった。しばらくバリエーションを楽しめそうだ。
「なんでそんなに孝利さんに詳しいんですか?」
「好きだったからだよ。」
あれ?過去形?
首をかしげると、佐川は苦笑した。
「昨日まで好きでした。でも、パートナーいるってわかったからね。嫌われたくないから、見守ることにした。知ってることは教えてあげるし、君とは仲良くしたいな。」
「どうして僕と?」
「だって君かわいいし。・・・ね、あっちのイートインスペースで話さない?」
タピオカミルクティー奢ってあげる、と佐川は歩きだした。
「あ、ひき肉買っちゃったから、あんまり長居は。」
「そうなの?じゃぁ、帰ろうか。」
佐川は、連絡通路の方へと足を向けた。
「環君、その猫がさ・・・一才だっけ?半年後。そしたら、本当に出て行けるの?」
え?
「・・・そういう契約ですし。」
「契約って、愛人じゃないんだからさぁ。」
愛人ではない。恋人だ・・・一応。
「恋人になったんなら、契約とか関係なくない?」
「・・・それって、僕が決めることじゃないですよ。孝利さんが決めることです。家主だし。」
佐川は、なんか可哀そうだね、二人とも、と呟いた。連絡通路に出ると、風が吹き込んでいて、思わずコートの前を掻き合わせた。寒い。
「寒いね。今年は雪、多いみたいだよ?」
「そうなんですか?やだなぁ。」
「そろそろイルミネーションの飾りつけの時期だけど、北倉さん何か言ってた?」
「今年は、子供向けの飾りを増やしたって言ってました。」
あぁそう。それはいいね。と佐川は歩調を合わせて歩いてくれる。居心地がいい。孝利は、佐川のことを当て馬なんて言っていたけど、佐川にそのつもりはないみたいだし、話し相手としては適当だった。
それくらい、孝利が仕事でいない時間と、寝ている時間は淋しかった。
そういえば、ハンズの買い物はどうするのだろう。熱は下がったようだし。暇つぶしを買い与えてもらえるのはありがたかった。けれど、埃っぽいところには連れていきたくない。マスクをしていても息苦しいだろう。
「どうしたの?」
「買い物に連れて行ってくれるって、約束したんですけど、孝利さん風邪ひいてて。連れ回したくないなって。」
「あぁ。十一月も終わりだもんね。クリスマス商戦の仕事ひと段落ついたのかな?」
頷いて、マンションのエレベーターのボタンを押す。
「七階でしたっけ?」
「うん、そう。」
一緒にいたのがバレるとうるさそうだから、佐川が下の階なのは助かった。
でも、メレンゲ買っちゃったしなぁ。
聞かれたら答えればいいかな?秘密は持ちたくないし。
『お仕置きも用意する』
そんなことを言っていたのを思い出す。お仕置き・・・どんなことされちゃうんだろう。痛いことは嫌だな。
軽くため息をついて、家に帰った。
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