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翌土曜日。少し早めに孝利に起きてもらい、朝ごはんもそこそこに、アンを連れて車に乗り込んでいる。
雪のないこの日は、道もスムーズで、孝利の家に来た時には小一時間かかったのに、三十分弱でついた。
「この辺にはよく来るんだよ。電車を使うけどね。ステンドグラスの個展やるときに使うギャラリーが近くにあって。」
ギャラリー?そんなのあったろうか?
「マンションに入ってる、古風な喫茶店の上にあるギャラリー。知らない?」
「わかりません。」
「そう。美味しいコーヒー飲ませてくれるから、アンがいないときに来てみようか。」
「午後も時間あるんでしたら、アンをうちに預けてって手もありますよ?一応ホテルもやってるし、入院の患畜もいるから、預かってくれると思う。」
提案すると、孝利は嬉しそうに頷いた。
「あ。そういえば、二人の時は、孝利さんって呼ぶ約束ですけど、外では北村さんの方がいいんですか?」
「あぁ・・・そうだね。その方が怪しまれないかも。」
不本意そうな顔をする孝利が愛おしくて、笑ってしまう。
そんなことを話しながら、車はラブキャットの駐車場に入った。
「ただいまー。」
と言いつつ、なぜか感覚はお邪魔しますの感じ。
「健斗。おかえり。」
父親が迎えてくれるが、やっぱり何か違和感があった。
そんなに長く北倉家にいたわけでもないのに、自分の感覚ではもう、帰るべき家はここじゃない気がして・・・。
「どうした?呆けた顔して。」
「・・・うん。なんでもない。お母さんは?アン連れてきた。」
「聞いてる。太らせすぎたって?」
「ちょっとね。」
「お前も、お腹の調子いいんだって?」
「うん。まぁ。居心地よくて、帰りたくないくらいだよ。」
「・・・淋しい。」
「あはは。」
アン、車から降ろしてくるよと、いったん外に出る。すると、孝利が不慣れな手つきでペットキャリーを運んでいた。
「代わります。」
「うん。頼むよ。」
アンのキャリーは大きくて重い。運ぶのにはコツがいった。
アンが不安そうに、アーンと鳴いている。大丈夫だよ、と声をかけ、待合の椅子に置いた。
「健斗来たの?お帰りなさい。診察室空いてるからどうぞ。」
「はーい。」
「北村さんもどうぞ。」
言われて、いそいそと大きな体で小さな診察室のドアをくぐる孝利。後ろ手にドアを閉める。それを確認して、アンをキャリーから出した。
「さて、体重どれくらい増えちゃったのかなー?」
診察台は、体重計になっている。
「八百グラム増、と。一気に来たわね。あんまり運動してないのかな?」
「寝てばっかりいる。」
「子猫用のフードじゃなくてもいいかもね。カロリーが高すぎるのかも。おやつは?」
「たまにチュールあげてる。」
それくらいならまぁね。とカルテに書き込みながら、母親がアンに触れた。いい子いい子と撫でながら、全身を診ていく。
「全体に脂肪がついたわね。もっと運動量増やさないと。置けるスペースがあるなら、タワーとか買ってあげてほしいわ。」
「タワー?」
なに?と孝利が聞いてくる。
「猫が上ったり下りたりして遊ぶ遊具みたいなものかな。かなり大きいんだけど・・・北村さんちなら置けそう。」
「置けそうなら、あった方がいいね。どこで売ってるの?」
「ここで、カタログ見て注文すれば、家に設置までしてくれるわよ。」
割高だけど、と母親が言う。
「じゃぁ、頼んで帰ります。」
「なら、それはショップの方に頼んでみて。あとは、健康。
運動量増えたら脂肪も落ちると思うわ。今冬だし、ため込みやすい時期でもあるわね。」
まぁ問題ないわよ。と診察は終わった。
「あ、それでね。北村さんが、僕を連れていきたいところがあるんだって。夕方まで、アン預けてもいいかな?」
「ケージ空いてるから大丈夫よ。何時頃帰ってくるの?」
「夕方には。」
ちら、と孝利伺うと、頷いていた。
「うまくいくのか心配してたけど・・・仲良くしてるのね。
体調もいいみたいだし、安心したわ。」
「男二人って、すごい気が楽。うちにいる時より体調いいかもしれない。」
アンを預け、キャットタワーの注文を済ませると、二人車に乗り込んだ。
「ふふ。さりげなくアピールしてたね。」
「だって、帰りたくないですもん。」
「連れていきたい洋食屋さんもあって、お昼はそこでいいかな?オムライスとビーフシチューがお勧めなんだ。」
「もしかして、コケコですか?」
「うんそう。行ったことある?」
頷くが、あそこに駐車スペースあったっけと、考えてしまう。
「あぁ車?近くのパーキングに置いて、ついでにコーヒーも飲みに行こう。」
どうやら、ギャラリーはコケコと近いようである。
車をコインパーキングに停めて、少し歩く。コケコは、こぎれいな洋食屋さんで、デミグラスソースが美味しいのだ。
だから、人気商品は、ソースのたっぷりかかったオムライスと、ビーフシチュー。日曜はカレーの日で、特別メニューがある。
コケコのドアを開けると、ふわーっとソースの美味しい匂いがした。店内に客はまばらで、空いていた窓際の席に通された。
「久しぶりー。嬉しいな。孝利さんとここにこられるとは思ってなかったから。何食べます?」
「いつもは、ビーフシチューを頼むよ。今日は何がいいかな。カツサンドも美味しいらしい。」
「僕はいつもオムライスです。」
出されたお冷には、ミントが入っていた。
「うん。ビーフシチューにしよう。タマはオムライスがいいの?」
頷いて、お冷を一口した。さっぱりとしたフレーバーが鼻に抜ける。
孝利が軽く手をあげて、店員を呼んだ。オーダーを済ませ、やはりお冷を一口。
「ミント美味しいね。前はレモン水じゃなかった?」
「季節的なものでしょうかね。」
待つこと十分少々で、料理が提供された。きれいな黄色のオムレツに、たっぷりのソース。孝利の皿には、ゴロゴロの野菜と肉。どちらも美味しそうだった。家だったら、味見をするところだが、ここは外。そう思っていると、孝利が、お肉食べる?とナイフで切り分けた肉を、皿の端に置いた。
「あ、じゃぁオムレツも。」
スプーンですくって、孝利のパン皿の端に置いた。
口をつける前だから、変じゃないよね?
だいぶ仲良しには見えるだろうけど。
そういえば、この約十歳の年の差は、世間的にはどういう風に見えるのだろう?家の中では気にならなかったけれど・・・。
やっぱり、ゲイのカップルに見えちゃうのかな。
「どうしたの?食べないの?」
孝利が不審そうに尋ねてくる。
「僕たち、周りからはどんな目で見られてるのかなって。」
「あぁ・・・。この町はそういうことに寛容だから大丈夫だよ。」
「寛容?」
「さっき、駅前通って来たでしょう?君、よく使う?」
頷くと、あの噴水はね、と孝利が言ったことで思い出した。
学生時代に噂になっていたことがある。
「あのロータリーの噴水、ジンクスがあるって。」
「そう。男同士のね。少し入った裏通りに、男だけで飲めるバーがあったりするし。お店の人は慣れてると思うよ。」
自分が住んでいた町なのに、コロッと忘れていた。駅前のロータリーは、ゲイのハッテン場になっていると言うこと。噴水の前で告白すると、長続きすると言われていること。
どちらも自分には関係ないと思っていたから・・・。
「帰り・・・噴水に寄ってみます?」
「・・・そんなものに頼らなくても、君を手放す気はないよ。」
孝利は、食べる手を止めて、じっとこちらを見つめてきた。
「・・・えっと・・・。ありがとうございます。」
恥ずかしくて、しどろもどろにお礼を言った。
「さぁ、食べてギャラリーの方に行こう。」
促されて、オムライスを口に運んだ。
ギャラリーがあるというマンションの前は、良く通る道だった。
「意外・・・。こんなところに喫茶店があって、その上がギャラリーだなんて。全く気付かなかった。」
これでお客さん入るのかな?と疑問に思ってしまうほどだ。
「孝利さん、この立地で、お客さん来るの?」
「ネットで告知もしてるし、カードも送ってるから、なんとか。来るのは常連のお客様と、そのお友達ってパターンが多いみたいだから、迷わずに来てくれるよ。」
そして、買っていってくれるのだろう。一ついくらするのかわからないが、手作りの一点ものだ。考えている数字とは桁が違うかもしれない。
「今日も何かやってるかな?」
ギャラリーの方へ続く外階段を上ると、扉にはオープンのプレートがかかっていて、展示内容を示したポスターが貼ってあった。どこかの美術系専門学校の展示らしい。
入ってみると、孝利と似たような雰囲気の男性が迎えてくれた。
「北村さん、こんにちは。」
耳当たりのいい声で、挨拶するスーツの男性。
「やぁどうも。健斗、こちら葛井さん。ここの管理人をしている人だよ。葛井さん、こちら、環君。」
孝利が紹介する。男性は葛井というらしい。
「こんにちは。環健斗です。」
「おや。君もしかして、ペットショップの子?」
え?
不審に思って、隣の孝利を見ると、葛井に向かって唇に指を立てて当てていた。
「違うの?気になる子がいるって聞いてたから。」
黙る気配のない葛井に、孝利が諦めたそぶりを見せる。
「君と会う少し前に、ここで個展を開いてたんだ。その空き時間に、君を見に行ってたんだよ。」
と、孝利がラブキャットに来ていたわけを白状する。
「君を見に行ってたのか。なるほどかわいい。うまくいったんですね。良かった。」
葛井はニコニコしているが・・・。
「あ、タマ、葛井さんは理解ある側の人だから大丈夫。さっき話した、男だけのバーのオーナーでもあるんだ。」
「今度是非飲みに来てください。」
と、名刺入れからシックなカラーのカードを渡される。
なんだかよくわからないけど、たぶんこの葛井という人は同性愛者で、自分たちをお仲間とみなしたらしかった。
「あとで、詳しく聞かせてくださいね。」
と、孝利に耳打ちする。
「いやいや、聞かなくていいから。」
孝利はわざとらしく視線をそらしている。
「見ていきますか?専門学校の生徒さんが、学校祭終わりで、再展示してるんです。よかったら。」
「葛井さんに会いに来たので。またよろしくお願いしますね。」
「北村さんの仕事は評判いいですから、期待してますよ。三月でしたっけ、次。いいもの作ってくださいね。」
葛井に、もちろん、と返すと、孝利は展示を見るでもなく、ギャラリーを後にした。階段まで葛井が見送りに出てくれる。それに軽く手を振って、一階の喫茶店へと入った。
「いらっしゃいませ。」
からん、とドアベルを鳴らすと、中から年配の男性の声がした。
「葛井さんのご両親なんだ。」
「そうなんですか。」
「ここを打ち合わせに使わせてもらったりしてたから、馴染みなんだ。」
コーヒー美味しいけど、カフェオレにする?と聞かれ、頷いた。孝利はオーダーすると、奥のテーブル席に座った。
「さっきの話、あれ、なんですか?」
「そのまんまだよ。展示会の暇な時間に、時々抜け出して、君のお店を覗きに行ってたんだ。最初は駅で見かけて、かわいい子だなって・・・。だから本当は、スイカ持ってるのも知ってました。」
「大人って色々なんか・・・。」
「やること汚くてすみませんでした。」
でも、うまくいったじゃない?と口の端をあげて笑う。悪戯が成功した子供の顔だ。
「僕のどこがそんなに気に入ったんですか?」
「最初は顔だったよ。でも、話してみたら、声も好みだったし、近づいてみたら体格も・・・。君の方こそ。どうなの?」
「外に、猫の好きそうなかっこいい人来てるなぁって、見てました。」
「じゃぁお互い様だね。恥ずかしいからこの話はおしまい。」
丁度そこに、ホットコーヒーと、カフェオレが届く。運んできたのは、葛井の母親だろうか、女性だった。
「北村さん、甘いものお好きだったでしょう?よかったら、かぼちゃのクッキーを焼いたので、召し上がりません?」
「あぁ。是非。」
孝利が笑いかけると、女性は一旦奥に引っ込み、皿に乗せたクッキーを数枚持ってきた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ぺこ、と二人で頭を下げて、クッキーを手にする。口に入れると、ほろほろとほどけて、かぼちゃの香りがふわりとした。
「美味しいね。」
「うん。」
ゆっくりと、おやつタイムを楽しんで、喫茶店を後にした。
その頃にはもう、日も傾き始めていて、そろそろアンがすねてる頃だと、急いで店に戻った。
「夕ご飯、何にします?」
「パスタかな。軽めに・・・。夜、するでしょう?」
するでしょう?と問われ、耳が熱くなる。小さく頷くと、じゃぁジェノベーゼにしようかな、と孝利は足取りも軽い。アンを連れて車に乗ると、家までまっすぐ帰った。
雪のないこの日は、道もスムーズで、孝利の家に来た時には小一時間かかったのに、三十分弱でついた。
「この辺にはよく来るんだよ。電車を使うけどね。ステンドグラスの個展やるときに使うギャラリーが近くにあって。」
ギャラリー?そんなのあったろうか?
「マンションに入ってる、古風な喫茶店の上にあるギャラリー。知らない?」
「わかりません。」
「そう。美味しいコーヒー飲ませてくれるから、アンがいないときに来てみようか。」
「午後も時間あるんでしたら、アンをうちに預けてって手もありますよ?一応ホテルもやってるし、入院の患畜もいるから、預かってくれると思う。」
提案すると、孝利は嬉しそうに頷いた。
「あ。そういえば、二人の時は、孝利さんって呼ぶ約束ですけど、外では北村さんの方がいいんですか?」
「あぁ・・・そうだね。その方が怪しまれないかも。」
不本意そうな顔をする孝利が愛おしくて、笑ってしまう。
そんなことを話しながら、車はラブキャットの駐車場に入った。
「ただいまー。」
と言いつつ、なぜか感覚はお邪魔しますの感じ。
「健斗。おかえり。」
父親が迎えてくれるが、やっぱり何か違和感があった。
そんなに長く北倉家にいたわけでもないのに、自分の感覚ではもう、帰るべき家はここじゃない気がして・・・。
「どうした?呆けた顔して。」
「・・・うん。なんでもない。お母さんは?アン連れてきた。」
「聞いてる。太らせすぎたって?」
「ちょっとね。」
「お前も、お腹の調子いいんだって?」
「うん。まぁ。居心地よくて、帰りたくないくらいだよ。」
「・・・淋しい。」
「あはは。」
アン、車から降ろしてくるよと、いったん外に出る。すると、孝利が不慣れな手つきでペットキャリーを運んでいた。
「代わります。」
「うん。頼むよ。」
アンのキャリーは大きくて重い。運ぶのにはコツがいった。
アンが不安そうに、アーンと鳴いている。大丈夫だよ、と声をかけ、待合の椅子に置いた。
「健斗来たの?お帰りなさい。診察室空いてるからどうぞ。」
「はーい。」
「北村さんもどうぞ。」
言われて、いそいそと大きな体で小さな診察室のドアをくぐる孝利。後ろ手にドアを閉める。それを確認して、アンをキャリーから出した。
「さて、体重どれくらい増えちゃったのかなー?」
診察台は、体重計になっている。
「八百グラム増、と。一気に来たわね。あんまり運動してないのかな?」
「寝てばっかりいる。」
「子猫用のフードじゃなくてもいいかもね。カロリーが高すぎるのかも。おやつは?」
「たまにチュールあげてる。」
それくらいならまぁね。とカルテに書き込みながら、母親がアンに触れた。いい子いい子と撫でながら、全身を診ていく。
「全体に脂肪がついたわね。もっと運動量増やさないと。置けるスペースがあるなら、タワーとか買ってあげてほしいわ。」
「タワー?」
なに?と孝利が聞いてくる。
「猫が上ったり下りたりして遊ぶ遊具みたいなものかな。かなり大きいんだけど・・・北村さんちなら置けそう。」
「置けそうなら、あった方がいいね。どこで売ってるの?」
「ここで、カタログ見て注文すれば、家に設置までしてくれるわよ。」
割高だけど、と母親が言う。
「じゃぁ、頼んで帰ります。」
「なら、それはショップの方に頼んでみて。あとは、健康。
運動量増えたら脂肪も落ちると思うわ。今冬だし、ため込みやすい時期でもあるわね。」
まぁ問題ないわよ。と診察は終わった。
「あ、それでね。北村さんが、僕を連れていきたいところがあるんだって。夕方まで、アン預けてもいいかな?」
「ケージ空いてるから大丈夫よ。何時頃帰ってくるの?」
「夕方には。」
ちら、と孝利伺うと、頷いていた。
「うまくいくのか心配してたけど・・・仲良くしてるのね。
体調もいいみたいだし、安心したわ。」
「男二人って、すごい気が楽。うちにいる時より体調いいかもしれない。」
アンを預け、キャットタワーの注文を済ませると、二人車に乗り込んだ。
「ふふ。さりげなくアピールしてたね。」
「だって、帰りたくないですもん。」
「連れていきたい洋食屋さんもあって、お昼はそこでいいかな?オムライスとビーフシチューがお勧めなんだ。」
「もしかして、コケコですか?」
「うんそう。行ったことある?」
頷くが、あそこに駐車スペースあったっけと、考えてしまう。
「あぁ車?近くのパーキングに置いて、ついでにコーヒーも飲みに行こう。」
どうやら、ギャラリーはコケコと近いようである。
車をコインパーキングに停めて、少し歩く。コケコは、こぎれいな洋食屋さんで、デミグラスソースが美味しいのだ。
だから、人気商品は、ソースのたっぷりかかったオムライスと、ビーフシチュー。日曜はカレーの日で、特別メニューがある。
コケコのドアを開けると、ふわーっとソースの美味しい匂いがした。店内に客はまばらで、空いていた窓際の席に通された。
「久しぶりー。嬉しいな。孝利さんとここにこられるとは思ってなかったから。何食べます?」
「いつもは、ビーフシチューを頼むよ。今日は何がいいかな。カツサンドも美味しいらしい。」
「僕はいつもオムライスです。」
出されたお冷には、ミントが入っていた。
「うん。ビーフシチューにしよう。タマはオムライスがいいの?」
頷いて、お冷を一口した。さっぱりとしたフレーバーが鼻に抜ける。
孝利が軽く手をあげて、店員を呼んだ。オーダーを済ませ、やはりお冷を一口。
「ミント美味しいね。前はレモン水じゃなかった?」
「季節的なものでしょうかね。」
待つこと十分少々で、料理が提供された。きれいな黄色のオムレツに、たっぷりのソース。孝利の皿には、ゴロゴロの野菜と肉。どちらも美味しそうだった。家だったら、味見をするところだが、ここは外。そう思っていると、孝利が、お肉食べる?とナイフで切り分けた肉を、皿の端に置いた。
「あ、じゃぁオムレツも。」
スプーンですくって、孝利のパン皿の端に置いた。
口をつける前だから、変じゃないよね?
だいぶ仲良しには見えるだろうけど。
そういえば、この約十歳の年の差は、世間的にはどういう風に見えるのだろう?家の中では気にならなかったけれど・・・。
やっぱり、ゲイのカップルに見えちゃうのかな。
「どうしたの?食べないの?」
孝利が不審そうに尋ねてくる。
「僕たち、周りからはどんな目で見られてるのかなって。」
「あぁ・・・。この町はそういうことに寛容だから大丈夫だよ。」
「寛容?」
「さっき、駅前通って来たでしょう?君、よく使う?」
頷くと、あの噴水はね、と孝利が言ったことで思い出した。
学生時代に噂になっていたことがある。
「あのロータリーの噴水、ジンクスがあるって。」
「そう。男同士のね。少し入った裏通りに、男だけで飲めるバーがあったりするし。お店の人は慣れてると思うよ。」
自分が住んでいた町なのに、コロッと忘れていた。駅前のロータリーは、ゲイのハッテン場になっていると言うこと。噴水の前で告白すると、長続きすると言われていること。
どちらも自分には関係ないと思っていたから・・・。
「帰り・・・噴水に寄ってみます?」
「・・・そんなものに頼らなくても、君を手放す気はないよ。」
孝利は、食べる手を止めて、じっとこちらを見つめてきた。
「・・・えっと・・・。ありがとうございます。」
恥ずかしくて、しどろもどろにお礼を言った。
「さぁ、食べてギャラリーの方に行こう。」
促されて、オムライスを口に運んだ。
ギャラリーがあるというマンションの前は、良く通る道だった。
「意外・・・。こんなところに喫茶店があって、その上がギャラリーだなんて。全く気付かなかった。」
これでお客さん入るのかな?と疑問に思ってしまうほどだ。
「孝利さん、この立地で、お客さん来るの?」
「ネットで告知もしてるし、カードも送ってるから、なんとか。来るのは常連のお客様と、そのお友達ってパターンが多いみたいだから、迷わずに来てくれるよ。」
そして、買っていってくれるのだろう。一ついくらするのかわからないが、手作りの一点ものだ。考えている数字とは桁が違うかもしれない。
「今日も何かやってるかな?」
ギャラリーの方へ続く外階段を上ると、扉にはオープンのプレートがかかっていて、展示内容を示したポスターが貼ってあった。どこかの美術系専門学校の展示らしい。
入ってみると、孝利と似たような雰囲気の男性が迎えてくれた。
「北村さん、こんにちは。」
耳当たりのいい声で、挨拶するスーツの男性。
「やぁどうも。健斗、こちら葛井さん。ここの管理人をしている人だよ。葛井さん、こちら、環君。」
孝利が紹介する。男性は葛井というらしい。
「こんにちは。環健斗です。」
「おや。君もしかして、ペットショップの子?」
え?
不審に思って、隣の孝利を見ると、葛井に向かって唇に指を立てて当てていた。
「違うの?気になる子がいるって聞いてたから。」
黙る気配のない葛井に、孝利が諦めたそぶりを見せる。
「君と会う少し前に、ここで個展を開いてたんだ。その空き時間に、君を見に行ってたんだよ。」
と、孝利がラブキャットに来ていたわけを白状する。
「君を見に行ってたのか。なるほどかわいい。うまくいったんですね。良かった。」
葛井はニコニコしているが・・・。
「あ、タマ、葛井さんは理解ある側の人だから大丈夫。さっき話した、男だけのバーのオーナーでもあるんだ。」
「今度是非飲みに来てください。」
と、名刺入れからシックなカラーのカードを渡される。
なんだかよくわからないけど、たぶんこの葛井という人は同性愛者で、自分たちをお仲間とみなしたらしかった。
「あとで、詳しく聞かせてくださいね。」
と、孝利に耳打ちする。
「いやいや、聞かなくていいから。」
孝利はわざとらしく視線をそらしている。
「見ていきますか?専門学校の生徒さんが、学校祭終わりで、再展示してるんです。よかったら。」
「葛井さんに会いに来たので。またよろしくお願いしますね。」
「北村さんの仕事は評判いいですから、期待してますよ。三月でしたっけ、次。いいもの作ってくださいね。」
葛井に、もちろん、と返すと、孝利は展示を見るでもなく、ギャラリーを後にした。階段まで葛井が見送りに出てくれる。それに軽く手を振って、一階の喫茶店へと入った。
「いらっしゃいませ。」
からん、とドアベルを鳴らすと、中から年配の男性の声がした。
「葛井さんのご両親なんだ。」
「そうなんですか。」
「ここを打ち合わせに使わせてもらったりしてたから、馴染みなんだ。」
コーヒー美味しいけど、カフェオレにする?と聞かれ、頷いた。孝利はオーダーすると、奥のテーブル席に座った。
「さっきの話、あれ、なんですか?」
「そのまんまだよ。展示会の暇な時間に、時々抜け出して、君のお店を覗きに行ってたんだ。最初は駅で見かけて、かわいい子だなって・・・。だから本当は、スイカ持ってるのも知ってました。」
「大人って色々なんか・・・。」
「やること汚くてすみませんでした。」
でも、うまくいったじゃない?と口の端をあげて笑う。悪戯が成功した子供の顔だ。
「僕のどこがそんなに気に入ったんですか?」
「最初は顔だったよ。でも、話してみたら、声も好みだったし、近づいてみたら体格も・・・。君の方こそ。どうなの?」
「外に、猫の好きそうなかっこいい人来てるなぁって、見てました。」
「じゃぁお互い様だね。恥ずかしいからこの話はおしまい。」
丁度そこに、ホットコーヒーと、カフェオレが届く。運んできたのは、葛井の母親だろうか、女性だった。
「北村さん、甘いものお好きだったでしょう?よかったら、かぼちゃのクッキーを焼いたので、召し上がりません?」
「あぁ。是非。」
孝利が笑いかけると、女性は一旦奥に引っ込み、皿に乗せたクッキーを数枚持ってきた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ぺこ、と二人で頭を下げて、クッキーを手にする。口に入れると、ほろほろとほどけて、かぼちゃの香りがふわりとした。
「美味しいね。」
「うん。」
ゆっくりと、おやつタイムを楽しんで、喫茶店を後にした。
その頃にはもう、日も傾き始めていて、そろそろアンがすねてる頃だと、急いで店に戻った。
「夕ご飯、何にします?」
「パスタかな。軽めに・・・。夜、するでしょう?」
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