期限付きの猫

結城 鈴

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 日曜日。ブランチを食べてから、アトリエに来ていた。ガラス絵具の乾き具合を見て、色を入れようということになったのだ。どうやら、おやつの時間まではそれにかかりきりになりそうだと思った。
作業は嫌いじゃないけど・・・。
孝利が、自身の作業に集中していて、あまりかまってくれなくなるのが淋しかった。
案の定、孝利は机に向かっている。ガラスを切る音が響いてくると、話しかけにくくて、しかたなく自分の作業をすることにした。
 そろそろ、ケーキ屋さん寄ろうか、と孝利が言い出したのは、二時半を少し回ったあたりだったろうか。
「はい。」
「どう?そっち。」
そっち、とは、孝利が用意した蝋燭の図案のことだ。まぁまぁうまくできていると思う。こんな感じです、と見せると、いいね、と返された。
「タマ、センスいいじゃない。その色遣いは俺にはできないな。」
「そうですか?・・・孝利さんは何を作っているんですか?」
「まだ内緒。」
孝利が、楽しそうに笑うので、つられて笑っていた。
「あ、じゃぁケーキ屋さん行きますか。」
「うん。今日はプリンが食べたくて。」
「いいですね。プリン。美味しいですか?」
もちろん、と孝利が帰り支度を始める。自分の持ち物はないから、コートを羽織るくらいだ。
「そういえば、同窓会の返事出しました?」
「・・・あぁ。うん。」
露骨に肩を落とす孝利。
行きたかったのかな。でも、仕事なら仕方ないよね。
「・・・プリン楽しみだなぁ。」
「気を使っちゃって。タマは可愛いな。」
プリン食べて元気出そう。そう言って、アトリエを後にした。
 ケーキ屋は、いつも繁盛している。たいがいは若い女性客で、自分はもう、たぶん常連。ほぼ毎日、何かしらのケーキを買っていた。今日は、ガラスの瓶に入ったプリン。見るからに美味しそうなそれを、二個ずつ買って、帰宅する。
「今日は紅茶にしましょうか。」
「そうだね。」
午後三時のお茶会が、待ち遠しくて仕方ない。お腹を空かせている孝利は、もっと楽しみだろう。ウキウキしながら家へと帰った。
お茶の支度をしながら、プリンをテーブルに出す。厚みのあるガラスの瓶は、食べ終わったら洗ってお店に返すと、次回プリンを買うときの割引チケットと交換になるそうで。それもまた楽しみなのだと孝利は言った。
「紅茶何?」
「オレンジペコです。あんまり香りが強いと、プリンの邪魔になるかと思って。」
「いいね。タマは、そういうのもセンスいいね。一緒にいて楽しいし、すごく楽。今までこんな相手いなかったな。」
「今までって、女性・・・ですよね?」
「うん。・・・そう。」
失言だと思ったのか、孝利が言い淀む。
「気にしませんよ。それより、どんな女性と合わなかったんですか?」
「体重をやたら気にする人かな。お茶に誘っても、一緒に食べてくれなかったり。俺にとっての食事だってことを理解してくれなかったり。」
「まぁ・・・少し不健康かなって思いますけど、楽しい気持ち優先ですよね。食事も。仕事も。」
タマは、理解してくれて、サポートしてくれるから、好き、と俯きがちに孝利が言った。
好き、かぁ。
こうしている間にも、どんどん期限までのカウントダウンは進んでいる。
「結局、お父さんには何も言えなかったしなぁ。」
「あぁ。期限?どうするのがいいんだろうね。俺は正直に話すのがいいと思うけど・・・その前に既成事実は作りたいな。」
「なんですかそれ?」
「セックスしたいって言ってるの。」
孝利が、少し強めにそう言った。けれど、昨日のおもちゃのアレで、お尻は少し変な感じだし、大丈夫なのかなとも思う。
でも、もう二回もおあずけさせてるし・・・。いつまでもマテのままいるとも思わない。
覚悟、決めないとなぁ・・・。
あのおもちゃをまた使われるくらいなら、本番の方がいいと思うのも確かだった。刺激が強すぎるのだ。
「何か考えてる?・・・お湯、沸いたよ?」
「あ、はい。お茶入れますね。」
プリンをマテさせていたことを思い出し、慌ててキッチンに行く。お湯をティーポットに注ぎ・・・
「っ!」
「タマ?」
「あ、何でもないです。ちょっとお湯かかっちゃって。」
左手の人差し指がうっすらと赤くなっていた。
「火傷したの?冷やさないと。」
「あ、そんな大したことないです。」
「いいから。」
孝利に連れられて、シンクで指を冷やす。その間に、保冷剤を用意してくれる。
「お茶は俺がするから座ってて。」
「ごめんなさい。」
謝ると、孝利はまた、いいから、とお茶を淹れ始めた。
座っていると、いい香りのお茶が運ばれてくる。お揃いのマグカップに、オレンジペコ。プリンのスプーンも出してもらい、至れり尽くせりだ。
「孝利さんって、本当は世話好きなんですね。」
「うん?そうかな。まぁ、嫌いじゃないよ。」
新しい一面を発見して、嬉しくなる。そういえば、えっちなことをする時も、自分の快感を優先してくれて、自身のことは後回しだ。
「あ、プリン美味しい。」
指を冷やすのもそこそこに、プリンを一口する。とろみのあるミルク多めのプリンだ。
「食べさせてあげようと思ったのに。」
孝利はやはり世話好きなようだった。アンにあまり近づかなかったのは、持病のせいだったのかもしれない。
だったらなおさら・・・僕がいなくなった後はどうするの?
薬は飲んでるって言ってたけど・・・。
心配で胸が痛くなる。
ずっと一緒にいらえたらいいのに。
「タマ?」
プリン食べないの?と孝利が首をかしげている。
「あ、ううん。美味しい。孝利さんは二個食べるの?」
「うん。お昼ご飯だからね。」
「僕もこれならペロッといっちゃいそう。」
「食べたらちゃんと冷やして。」
火傷はもう痛くないが、大人しく言うことを聞くことにする。
美味しそうに、プリンを口に運ぶ孝利を、ぼんやりと見つめた。

 
キャットタワーの配達が終わり、設置もしてもらうと、アンはよく運動するようになった。窓辺に置いたタワーには日が当たって温かそうだ。気になっていた体重も、増えなくなってきていた。餌も、普通のキャットフードにしたが、好き嫌いなく食べてくれている。今は、キャットタワーについたハンモックでの昼寝が定位置になっているようだった。
寒い日は床に降りてくるが。
「アンーたまには遊んでよ。」
タワーを買ってから、一人遊びで満足しているアンだ。あまり猫じゃらしにくいつかなくなっていた。少し淋しい。

ガラス絵具のステンドグラスを、何点か作り終え、ツリーを飾ると、もうクリスマスはすぐそこだった。孝利はチキンやケーキの予約も終え、準備に余念がない。あるとすれば、自分の孝利へのプレゼントがまだ決まっていないところだろうか。喉を冷やすのが良くないらしいので、マフラーにしようと思うのだが、なかなか良いものが見つからなかった。
孝利の方も、当日まで秘密、と教えてくれなかった。
 「タマ、今日は外で夕ご飯食べようか。」
「え?いいんですか?」
唐突なお誘いに、どうしたんだろう、と思ってしまう。
「タマも、たまには夕ご飯の支度の心配から解放されたいでしょう?」
「それはまぁ・・・。」
大したものも作れないし、後片付けは食洗機がしてくれるが。
「何か食べたいものある?」
「お肉食べたいです。」
「はは。素直だなぁ。」
焼肉?と思ったところで、煙は喘息に悪いかもしれないと思い直す。
「いいステーキハウス知ってるから、そこでいい?」
行きつけなんだったら、体に影響はないんだろう。頷いて見せた。
 ステーキハウスは、すごい所だった。
カウンター席に通されたのだが、目の前の鉄板で、肉以外に海鮮や、野菜なども焼いてくれ、しめは焼きおにぎりかチャーハンだそうで。
「俺は運転だから飲まないけど、お酒飲む?」
「いえ。いいです・・・。」
孝利が飲まないのに飲めるわけがない。
焼き物は、前菜の野菜やキノコから始まり、海老とホタテと牡蠣を焼いてもらい、それだけでも結構な量だったが、メインのお肉もすごかった。二人前だという肉の塊を軽く焼き色がつくまで焼いて、中はレア。これが、美味しかった。
「どう?お肉、食べたかったんでしょう?」
もぐもぐしながら頷く。飲み下して。
「美味しいです!こんな柔らかい肉食べたことない。」
孝利はクスクス笑うと、満足そうにノンアルコールの梅酒を傾けた。
「孝利さん、よくこんなお店知ってましたね。」
「君に食べさせたくて。そろそろいいものも知っておいた方がいいよ。」
そうかな。そうだろうか。
孝利と出会わなければ、きっと一生来ることのなかったはずの店だと思う。そして、知ることのなかった肉の味。
「現実世界に戻れる気がしない。」
「あはは。ここも現実だよ?」
「そうじゃなくて・・・。」
後、約五か月後の世界。自分の元居た場所。でも、それを今言うと、孝利の気分を害してしまうと思うから。
「なんでもないです。」
「ほら、俺の分も食べていいよ。いっぱい食べて大きくなりな。」
「これ以上大きくならないですよ。」
もう、身長は止まっている。横には太りたくないし。
「あぁでも美味しい!僕、牡蠣とかも苦手だったんですけど、食わず嫌いでした。」
「あー・・・それについては、その辺のスーパーのものは食べないことをお勧めするよ。」
「なんでですか?」
「物が全然違うから。」
ほえーと、間抜けなリアクションを取ってしまう。とりあえずは食べよう。
しめは、味噌の焼きおにぎりにしてもらった。
「お腹いっぱいです。」
「俺も。」
孝利が、席についたままカードで支払いを済ませたから、いくらのコースを頼んだかわからない。こんな豪華な夕食は初めてだった。
「さて、そろそろ帰らないとアンがすねますかね?」
「ホテルとってあるって言ったら、激怒するだろうね。」
「え?」
「この後、どう?」
「ほんとに?」
首をかしげる孝利に、このまま本番になだれ込むの?とは聞けず、聞き返してしまう。
「ふふ。冗談だよ。するなら家がいいな。」
あ。良かった。冗談か・・・。
「孝利さん、今夜ですか?」
「そのために、精のつくもの食べさせたんじゃない。」
そうだったのか。
じゃぁ、家に帰るまでに覚悟・・・しないといけないな。
「タマ、かわいい。無理にじゃないよ?」
「・・・最近、してなかったから、ちょっとしたい気持ちにはなりました。」
無理にじゃないという孝利に、そう返す。はちみつを断ってから、していないのだ。少し、溜めすぎている感はある。
孝利の、些細なしぐさにも、反応してしまう自分がいて、恥ずかしかったところだ。さっきも、フォークやナイフを使う手を、つい見てしまっていた。
「気付いてました?」
「うん?・・・手元見ていたのをかい?」
「はい。」
「うん。・・・えっちな顔してるなぁって見てた。」
食欲満たしたら、次は性欲だもんね。お風呂が先かな?と笑っている。
あぁ。入浴か!
そんなことを言い出す孝利に、酔ってるのかな、と思いつつ、家路についた。
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