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現場は、大分「家」になってきていた。床と天井をはり終えたのだ。壁紙を貼り終えたら、次は、大物の家具を入れていく。同時進行している風呂場などは大体出来上がっていた。
今日は、午後に施主が見学に来ることになっていた。ハウスメーカーの営業担当が入院中とあって、説明係は自分の役目。誠一郎は、きっとやきもきしているに違いない。
午前中のうちに、トヨタに電話して、フィールダーの修理を依頼する。病院に、車を引き取りに行ってくれることになった。誠一郎の病室を伝えたが、元気になっていたら大部屋に移っているかもしれなかった。
後遺症が残ったりなんて、しなければいいが・・・。
できることを淡々とこなしているつもりだが、心配は尽きない。チロの火葬に立ち会えなかったことで、きっとまた泣いているに違いなかった。
昼休憩。天気が良かったので、みんなそれぞれ外で弁当を広げていた。自分も、咲江の作ったハンバーグ弁当を食べていた。
誠一郎の、今日の昼は何だろう。
気がつくと、彼のことばかりを考えていた。友達でもなんでもない。同じ家を建てている、仕事仲間のようなものだ。今まで、社員にだって、こんな気持ちになるようなことはなかった。
ぼんやり、空を見上げていると、隣に座っていた狐塚が、社長、と声をかけてきた。
「食欲ないんですか?食べておかないと、倒れちゃいますよ。」
東さんみたいに、とまじめな面持ちだ。
「あぁ。ちょっと、考え事。コンコン・・・なぁ、男を好きになったことあるか?」
「なっ。ないですよ。・・・社長のことは、尊敬してますけど。」
尊敬?
「よせよ。そんなできた男じゃないって。」
ため息交じりに笑って、残りの弁当をかき込んだ。お茶を一口して、弁当箱をしまう。
「社長が好きになったのって、東さんでしょう?」
向かいで弁当を広げていた、日田というベテラン社員が、お茶のペットボトルを両手に挟んで言った。
「社長、捨て犬拾うの好きですもんね。言い方悪いけど、東さん捨て犬オーラ出てたから。」
確かに自分には、捨て犬を拾って、しばらく面倒を見て、里親を探したことが何度かあった。咲江が、体があまり丈夫でなくて、毎日の犬の散歩が苦痛だというから、自分ができるようになるまで飼わないつもりでいた。
そうか。そうだ。ペットロスの手っ取り早い治療法は、新しいペットを飼うことだ。できれば犬がいい。誠一郎は飼えないだろうから、うちで。そうすれば、誠一郎と長く接点を持つことができる。どうだろうか。一か月ほど間を開けて、そうだ、このうちが完成するころに、提案してみよう。
チロを亡くしたばかり。最初はいい返事をしないかもしれない。けれど、今は誠一郎との繋がりが欲しかった。
午後、家の中を見たいという施主を案内し、一通りの説明を終える。
「何か、足したり引いたりしたいところがあれば今のうちにどうぞ。」
「・・・あの、東さんは、今日は?」
「彼、今入院中です。」
「怪我でもなさったんですか?」
「いえ。熱中症で倒れまして。」
「えぇ!?」
施主は、かなり驚いた様子だった。
「あんなに慎重な方が?」
「えぇ。まぁ・・・。」
言葉を濁しておく。余計なことは言われたくないだろうから。
「そう・・・ですか。」
あの東さんがねぇ、と神妙な顔をする。
「なにか?」
「家のことでも、ものすごく丁寧に説明や提案をしてくれる方なので、今日会うのも楽しみにしてきたもので。あ、すみません。不足があったわけじゃないんですが。」
失言と思ったのか、苦笑して誤魔化された。
「・・・入院は三日ほどだと聞いていますし、すぐにそちらに連絡もあるかと思いますので。」
「そうですよね。野中さんハウスメーカーの方でもないのに、すみませんでした。」
「いえ。やらせてもらってるのはうちの会社ですから。」
完成までよろしくお願いしますと、施主は帰っていった。見送って、仕事に戻る。作業の様子は見た。キッチンの水回りが少し遅れているようだったか。
誠一郎に、進捗を伝えに行くんだったな。面会時間中に行けるだろうか。面会時間は確か、二時から六時まで。仕事は五時まで。微妙なところだ。先に会社に帰らせてもらおうか。今日は、自分の車で、現場に来ていた。
悩んでいると、浴室を担当していた日田がやってきて、そろそろ面会時間ですよね、と言ってきた。
「あぁ。一足早く上がらせてもらって、東さんのところ行こうかと思って。」
「それだったら、今出てもらって、しめ作業の時にいてもらった方がいいんじゃないですかね。」
それもそうかと思う。現場監督がいなくて、責任の拠り所がない。
「じゃぁそうするかな。日田さん、ちょっと行ってきますよ。」
外出したって、伝えておいてと頼んで、セレナに乗り込む。
すぐに帰らなくてはいけないな。
そう思いつつ、車を走らせた。
病院につくと、やはり誠一郎の病室は変わっていた。ナースステーションからは割と遠い個室だ。なんで大部屋に移らなかったのかと聞いたら、泣いてるところを見られたくなかったので、と誠一郎は肩を落とした。
「火葬、無事済んだそうです。私が行くまで、遺骨は預かってくれるそうで。ありがたいことです。」
あまりに落胆した様子に、思いついた妙案を、言ってしまいそうになる。代わりに、わたしが犬を飼いましょうか、と。
「豆芝が、お好きなんですか?」
「・・・好きですけど、買い始めた時は、妻が猫派で、あまり大きな犬は嫌だと言ったこともあって・・・。」
「一番好きなのは?」
「秋田犬です。子供のころに飼ったことがあって。」
「それは・・・ちょっと大きいですねぇ。」
秋田犬では、咲江もうんとは言わないだろう。
「室内で飼えるようなのは駄目なんですか?」
「日本犬が好きで。」
これは困った。うちで飼うのは難しそうだぞ。
「・・・孝さん?今日は作業どんな感じです?」
「今日の分、まだ終わってませんが、順調ですよ。施主様がいらして、心配されてたから、あとで電話してあげてください。」
「大変だ。それはすぐに連絡しないと。でもあの・・・スマホの充電器、なくて・・・。」
「あぁ。多分院内のコンビニにありますよ。買ってきましょうか?」
充電できていないことを察して提案する。すると、誠一郎は素直に頭を下げた。
「お願いしたいです。」
コンビニで、充電器を買ってやり、美味しそうだったからとプリンも買う。自分の分は缶コーヒー。飲み終わったら帰ろう。
「はいどうぞ。スマホ使えないと、トヨタから連絡あってもわからないでしょう?連絡してみましょうか?」
「あ、じゃぁ・・・。」
個室だし、大丈夫だろうと、電話を掛ける。修理の状況を聞くと、もうガラスは入って、いつでも引き渡せるとのこと。誠一郎に伝えると、ほっとした顔で、良かった、と呟いた。
「社用車なんですか?」
「いえ。自分のです。」
そうか。あの車は誠一郎のものなのか。なら、会社からお咎めもないだろう。良かった。
「修理代、半分もちましょうか?」
「いえ。命の恩人に、そんなことさせられません。」
誠一郎はそう言って断ると、孝さんには恥ずかしいところばかり見せて、と目を伏せた。その横顔が、何とも色っぽい。
いかんいかんと、ゆるくかぶりを振って、コーヒーに口を付けた。
「これ、飲み終わったら、現場に帰ります。私がいないと、困ることもあるでしょうから。」
「あぁ。そうですよね。わざわざすみません。充電器、ありがとうございました。あとで清算しますね。」
「・・・わかりました。」
そんなのいいですよ、と言おうとしてやめた。誠一郎の気持ちの負担になってもいけないからと。
チャプ、と缶を揺らして、残りを飲み干す。
「じゃぁ私は、今日はこれで。」
「あ、明日の午前中、退院できることになっているので、明日は来なくて大丈夫ですよ。」
タクシーでトヨタまで車取りに行きます、と笑顔で言った。
「送りましょうか?」
「いえ。大丈夫です。」
「でも入院費、結構かさんだんじゃないですか?」
「保険入ってますから、あとから返って来ますよ。」
良かれと思って言うのだが、誠一郎は受け付けなかった。
あまり、しつこくしてもな、と思い、立ち上がる。じゃぁ、というと、誠一郎は少し淋しそうな顔をしたが、引き留めはせず、じゃぁ、と軽く手を振った。その仕草が、どこか子供っぽくて、笑ってしまう。
「また現場で。二三日は休むんでしょう?」
「月曜から復帰しようかと。また、よろしくお願いします。」
「ご飯作るの面倒でしたら、うちに食べに来ると良い。」
「そんな・・・ご迷惑じゃ?」
遠慮する誠一郎に、食べないと元気出ませんよ、と言い置いて、病室を後にした。
翌土曜日。思い立って、誠一郎に電話を入れた。
「おはようございます。どうですか?体調の方は。」
『おはようございます。まだだるさはありますが、なんとか。食事もとれてますよ。』
「・・・なら、チロちゃん、お迎えに行きましょうか。車はわたしが出しますから。」
『え?孝さんが?』
「早く会いたいでしょう?車で、寝ててもらってかまいませんから。どうです?」
『・・・お願い、しようかな。』
誠一郎は逡巡したようだったが、行く気になったようだった。
「じゃぁ、家まで迎えに行きます。先方に連絡と、支度をしててください。」
電話を切り、三十分後に迎えに行くと、誠一郎は黒のスーツに、黒のネクタイをしていた。さすがに礼服ではないが、喪に服しているのだろう。自分はと言えば、半袖のポロシャツに、チノパンだ。
「ジャケット、後に掛けられますよ。皴になるといけないから。」
「ありがとうございます。」
誠一郎は、差し出したハンガーにジャケットを掛けると、後部座席に引っ掛けた。
「あの・・・孝さん。休日ですし、敬語、やめませんか?」
「あー・・・そうですね。って、少しずつ。」
笑いを交えながら答える。
総一郎は人懐こい笑みを浮かべていた。
少し、落ち着いたのだろうか。
遺骨を取りに行って、手にしたら、また泣くのだろうか。
その危うさが、また魅力的だった。
「誠一郎さん、相手方の住所、ナビに入れますんで。」
「あぁ。はい。」
誠一郎は、埼玉某所の住所とつらつらと口にした。何度も言ったり書いたりしているのだろう。ナビに入力し、案内をスタートさせる。下道で、片道一時間半と言ったところか。今日は土曜。道が空いているといいんだが。ルート案内に従って、車を走らせて行く。誠一郎は、伏し目がちに窓の外を見ていた。
「誠一郎さん、トイレとか、早めに言ってくださいね。」
「はい。」
「疲れたら寝てくれて大丈夫なので。」
誠一郎は、やはりどこか覇気なく、ありがとうと答えると、差し入れに用意したミルクティーに気がついたようだった。
「これ、私に?」
「えぇ。コーヒーもありますからお好きな方を。」
誠一郎は、またありがとうと繰り返すと、ミルクティーの方を開けた。信号で止まったタイミングで一口する。
「甘いものってホッとしますね。」
「それは良かった。何が好きか聞いてなかったので、適当に選んでしまったので。」
「これ、好きな奴で、良く買うんです。」
甘いもの飲んで、お腹が気になるから、サウナとかジムとか行くんですよ、とはにかんだ。
「誠一郎さんは、長期出張、って形なんですよね?」
「えぇまぁ。」
「ご自宅はどこに?」
「自宅というか、両親の残してくれた家が栃木にあります。ほとんど帰れませんけど。」
「栃木ですか。」
そういえば、両親はもういないと言っていたな。
「家の契約が取れるたびに、その近辺に二か月ほど出張って形を取っているので、ジプシー生活ですね。」
「大変だ。」
「なので、家具付きのマンスリーを会社が借り上げてくれて、そこに。でも、展示場の営業と違って、土日は休めることが多いので、その点助かってます。」
なるほど。と頷いて、赤信号で止まる。
「孝さん、お子さんは?」
「私のところは、もう手がかからなくなって、下宿で短大行ってます。」
「若い時のお子さんなんですね。」
えぇまぁ、と苦笑する。鈴は、二十代前半の子供だった。
「いいなぁ。子供がいて、奥さんがいて、社長さんでしょう?
経営もうまくいっているみたいだし。」
言うことなしですね!と誠一郎が笑う。その笑みが少し卑屈で。なんと言葉を掛ければいいかわからなくなった。
「私なんてほんと・・・根無し草で・・・。」
「仕事は信頼されているでしょう?施主さん、あなたの仕事ぶり、評価してますよ。」
「ほんとですか?」
嬉しいなぁ、と今度は照れくさそうにする。表情がころころ変わって、面白かった。それが、埼玉に入った途端、沈鬱になる。
チロのことを考えているのだろうな・・・。
思い出にふけっているだろう誠一郎を邪魔することなく、やがて車は目的の家に着いた。
総一郎は、チロに薬をやらなかったことを責めなかった。淡々と火葬の費用を払い、長い間お世話になりましたと、蚊の鳴くような声で言うと、小さな骨壺を手に、黙ってまた車に乗り込んだ。
「まっすぐ帰っちゃっていいですか?」
「お願いします。」
大事そうに、両手で遺骨を抱きしめている。可哀想で、見ていられなかった。
「・・・食事、どうします?お清めに、寿司か刺身でも。」
朝から、車に乗りっぱなしだ。提案すると、誠一郎は首を傾げた。
「お腹すきました?」
お腹、空くどころじゃないだろうけど、病み上がりだ。何か食べさせなくては。
「空きました。」
腹をさすって答えて見せる。すると、少し悩んだ顔をして、じゃぁいつも寄る蕎麦屋があるので、と言った。
「蕎麦ですか。いいですね。」
誠一郎も、穏やかな顔になった。
蕎麦屋の名前をナビに入れて走り出す。
「今日、来られてよかったです。一人では、きっと動けなかったから。」
誠一郎はそう言うと、布袋に入った骨壺をそっと撫でた。
蕎麦屋に寄った以外は、渋滞にはまることもなく順調に、帰ってこられた。誠一郎とチロをアパートに送り届ける。さすがに疲れたのか、少しうとうとしていたので、眠っていいですよと声を掛けると、誠一郎は素直に眠りについた。
アパートの前に路駐して、誠一郎を揺り起こす。
「着きましたよ。」
「・・・えっえ・・・あぁ。すみません。すっかり寝入ってしまって・・・。」
「病み上がりに連れ出したんです。仕方ありませんよ。」
誠一郎は、寝ている間も、遺骨を抱いていたままだった。
「ダイアモンドにしてあげるんでしたっけ。」
「えぇ。指輪かペンダントにして、ずっと身に着けるつもりです。」
「チロちゃん嬉しいでしょうね。」
「・・・だといいんですが。こんな飼い主で、本当に申し訳ないことをしました。」
誠一郎が悪いわけではない。
「今日は、泣きませんでしたね。」
「・・・これから、飲みながら泣く予定です。」
やっぱりか。
「付き合ってもいいんですが・・・。家内が待ってるので。
病み上がりなんだ。お酒は控えめに。」
少し強く言うと、誠一郎は、力なくはは、と笑うと、そうします、と応えた。
「じゃぁ。明日は一日ゆっくり休んで、また現場に顔見せに来てくださいよ。張りが出る。」
「はい。・・・一日ありがとうございました。」
「今度は、うちにご飯食べに来てくださいよ。まだ少し日数ありますから。」
仕事がはかどれば、それだけ誠一郎との別れが近づく。それを無視するように、接点を増やしてゆく。
切ない。淋しい。もっと一緒にいたい。
欲望は募るが、しかたないことだった。
「お邪魔・・・しようかな。家庭の味に飢えてまして。」
「ぜひ。リクエストあったらメールしてくださいよ。」
「そんな。リクエストだなんて、悪いですよ。」
「好きなもの、あるでしょう?」
苦笑すると、誠一郎は、申し訳なさそうに、肉じゃが、と答えた。それがなんとも可愛くて。
「肉じゃがなら、わたしの担当です。たくさん作りますよ!」
早く元気になりましょうね、と笑って見せる。誠一郎も、儚く笑いながら、そうですね、と遺骨を抱き直した。
「じゃぁ。また今度。そうだ。風呂にも一緒に行きましょうね。楽しみだなぁ。」
あぁ。名残惜しい。帰りたくない。帰したくない。
そんな気持ちで、帰路についた。
今日は、午後に施主が見学に来ることになっていた。ハウスメーカーの営業担当が入院中とあって、説明係は自分の役目。誠一郎は、きっとやきもきしているに違いない。
午前中のうちに、トヨタに電話して、フィールダーの修理を依頼する。病院に、車を引き取りに行ってくれることになった。誠一郎の病室を伝えたが、元気になっていたら大部屋に移っているかもしれなかった。
後遺症が残ったりなんて、しなければいいが・・・。
できることを淡々とこなしているつもりだが、心配は尽きない。チロの火葬に立ち会えなかったことで、きっとまた泣いているに違いなかった。
昼休憩。天気が良かったので、みんなそれぞれ外で弁当を広げていた。自分も、咲江の作ったハンバーグ弁当を食べていた。
誠一郎の、今日の昼は何だろう。
気がつくと、彼のことばかりを考えていた。友達でもなんでもない。同じ家を建てている、仕事仲間のようなものだ。今まで、社員にだって、こんな気持ちになるようなことはなかった。
ぼんやり、空を見上げていると、隣に座っていた狐塚が、社長、と声をかけてきた。
「食欲ないんですか?食べておかないと、倒れちゃいますよ。」
東さんみたいに、とまじめな面持ちだ。
「あぁ。ちょっと、考え事。コンコン・・・なぁ、男を好きになったことあるか?」
「なっ。ないですよ。・・・社長のことは、尊敬してますけど。」
尊敬?
「よせよ。そんなできた男じゃないって。」
ため息交じりに笑って、残りの弁当をかき込んだ。お茶を一口して、弁当箱をしまう。
「社長が好きになったのって、東さんでしょう?」
向かいで弁当を広げていた、日田というベテラン社員が、お茶のペットボトルを両手に挟んで言った。
「社長、捨て犬拾うの好きですもんね。言い方悪いけど、東さん捨て犬オーラ出てたから。」
確かに自分には、捨て犬を拾って、しばらく面倒を見て、里親を探したことが何度かあった。咲江が、体があまり丈夫でなくて、毎日の犬の散歩が苦痛だというから、自分ができるようになるまで飼わないつもりでいた。
そうか。そうだ。ペットロスの手っ取り早い治療法は、新しいペットを飼うことだ。できれば犬がいい。誠一郎は飼えないだろうから、うちで。そうすれば、誠一郎と長く接点を持つことができる。どうだろうか。一か月ほど間を開けて、そうだ、このうちが完成するころに、提案してみよう。
チロを亡くしたばかり。最初はいい返事をしないかもしれない。けれど、今は誠一郎との繋がりが欲しかった。
午後、家の中を見たいという施主を案内し、一通りの説明を終える。
「何か、足したり引いたりしたいところがあれば今のうちにどうぞ。」
「・・・あの、東さんは、今日は?」
「彼、今入院中です。」
「怪我でもなさったんですか?」
「いえ。熱中症で倒れまして。」
「えぇ!?」
施主は、かなり驚いた様子だった。
「あんなに慎重な方が?」
「えぇ。まぁ・・・。」
言葉を濁しておく。余計なことは言われたくないだろうから。
「そう・・・ですか。」
あの東さんがねぇ、と神妙な顔をする。
「なにか?」
「家のことでも、ものすごく丁寧に説明や提案をしてくれる方なので、今日会うのも楽しみにしてきたもので。あ、すみません。不足があったわけじゃないんですが。」
失言と思ったのか、苦笑して誤魔化された。
「・・・入院は三日ほどだと聞いていますし、すぐにそちらに連絡もあるかと思いますので。」
「そうですよね。野中さんハウスメーカーの方でもないのに、すみませんでした。」
「いえ。やらせてもらってるのはうちの会社ですから。」
完成までよろしくお願いしますと、施主は帰っていった。見送って、仕事に戻る。作業の様子は見た。キッチンの水回りが少し遅れているようだったか。
誠一郎に、進捗を伝えに行くんだったな。面会時間中に行けるだろうか。面会時間は確か、二時から六時まで。仕事は五時まで。微妙なところだ。先に会社に帰らせてもらおうか。今日は、自分の車で、現場に来ていた。
悩んでいると、浴室を担当していた日田がやってきて、そろそろ面会時間ですよね、と言ってきた。
「あぁ。一足早く上がらせてもらって、東さんのところ行こうかと思って。」
「それだったら、今出てもらって、しめ作業の時にいてもらった方がいいんじゃないですかね。」
それもそうかと思う。現場監督がいなくて、責任の拠り所がない。
「じゃぁそうするかな。日田さん、ちょっと行ってきますよ。」
外出したって、伝えておいてと頼んで、セレナに乗り込む。
すぐに帰らなくてはいけないな。
そう思いつつ、車を走らせた。
病院につくと、やはり誠一郎の病室は変わっていた。ナースステーションからは割と遠い個室だ。なんで大部屋に移らなかったのかと聞いたら、泣いてるところを見られたくなかったので、と誠一郎は肩を落とした。
「火葬、無事済んだそうです。私が行くまで、遺骨は預かってくれるそうで。ありがたいことです。」
あまりに落胆した様子に、思いついた妙案を、言ってしまいそうになる。代わりに、わたしが犬を飼いましょうか、と。
「豆芝が、お好きなんですか?」
「・・・好きですけど、買い始めた時は、妻が猫派で、あまり大きな犬は嫌だと言ったこともあって・・・。」
「一番好きなのは?」
「秋田犬です。子供のころに飼ったことがあって。」
「それは・・・ちょっと大きいですねぇ。」
秋田犬では、咲江もうんとは言わないだろう。
「室内で飼えるようなのは駄目なんですか?」
「日本犬が好きで。」
これは困った。うちで飼うのは難しそうだぞ。
「・・・孝さん?今日は作業どんな感じです?」
「今日の分、まだ終わってませんが、順調ですよ。施主様がいらして、心配されてたから、あとで電話してあげてください。」
「大変だ。それはすぐに連絡しないと。でもあの・・・スマホの充電器、なくて・・・。」
「あぁ。多分院内のコンビニにありますよ。買ってきましょうか?」
充電できていないことを察して提案する。すると、誠一郎は素直に頭を下げた。
「お願いしたいです。」
コンビニで、充電器を買ってやり、美味しそうだったからとプリンも買う。自分の分は缶コーヒー。飲み終わったら帰ろう。
「はいどうぞ。スマホ使えないと、トヨタから連絡あってもわからないでしょう?連絡してみましょうか?」
「あ、じゃぁ・・・。」
個室だし、大丈夫だろうと、電話を掛ける。修理の状況を聞くと、もうガラスは入って、いつでも引き渡せるとのこと。誠一郎に伝えると、ほっとした顔で、良かった、と呟いた。
「社用車なんですか?」
「いえ。自分のです。」
そうか。あの車は誠一郎のものなのか。なら、会社からお咎めもないだろう。良かった。
「修理代、半分もちましょうか?」
「いえ。命の恩人に、そんなことさせられません。」
誠一郎はそう言って断ると、孝さんには恥ずかしいところばかり見せて、と目を伏せた。その横顔が、何とも色っぽい。
いかんいかんと、ゆるくかぶりを振って、コーヒーに口を付けた。
「これ、飲み終わったら、現場に帰ります。私がいないと、困ることもあるでしょうから。」
「あぁ。そうですよね。わざわざすみません。充電器、ありがとうございました。あとで清算しますね。」
「・・・わかりました。」
そんなのいいですよ、と言おうとしてやめた。誠一郎の気持ちの負担になってもいけないからと。
チャプ、と缶を揺らして、残りを飲み干す。
「じゃぁ私は、今日はこれで。」
「あ、明日の午前中、退院できることになっているので、明日は来なくて大丈夫ですよ。」
タクシーでトヨタまで車取りに行きます、と笑顔で言った。
「送りましょうか?」
「いえ。大丈夫です。」
「でも入院費、結構かさんだんじゃないですか?」
「保険入ってますから、あとから返って来ますよ。」
良かれと思って言うのだが、誠一郎は受け付けなかった。
あまり、しつこくしてもな、と思い、立ち上がる。じゃぁ、というと、誠一郎は少し淋しそうな顔をしたが、引き留めはせず、じゃぁ、と軽く手を振った。その仕草が、どこか子供っぽくて、笑ってしまう。
「また現場で。二三日は休むんでしょう?」
「月曜から復帰しようかと。また、よろしくお願いします。」
「ご飯作るの面倒でしたら、うちに食べに来ると良い。」
「そんな・・・ご迷惑じゃ?」
遠慮する誠一郎に、食べないと元気出ませんよ、と言い置いて、病室を後にした。
翌土曜日。思い立って、誠一郎に電話を入れた。
「おはようございます。どうですか?体調の方は。」
『おはようございます。まだだるさはありますが、なんとか。食事もとれてますよ。』
「・・・なら、チロちゃん、お迎えに行きましょうか。車はわたしが出しますから。」
『え?孝さんが?』
「早く会いたいでしょう?車で、寝ててもらってかまいませんから。どうです?」
『・・・お願い、しようかな。』
誠一郎は逡巡したようだったが、行く気になったようだった。
「じゃぁ、家まで迎えに行きます。先方に連絡と、支度をしててください。」
電話を切り、三十分後に迎えに行くと、誠一郎は黒のスーツに、黒のネクタイをしていた。さすがに礼服ではないが、喪に服しているのだろう。自分はと言えば、半袖のポロシャツに、チノパンだ。
「ジャケット、後に掛けられますよ。皴になるといけないから。」
「ありがとうございます。」
誠一郎は、差し出したハンガーにジャケットを掛けると、後部座席に引っ掛けた。
「あの・・・孝さん。休日ですし、敬語、やめませんか?」
「あー・・・そうですね。って、少しずつ。」
笑いを交えながら答える。
総一郎は人懐こい笑みを浮かべていた。
少し、落ち着いたのだろうか。
遺骨を取りに行って、手にしたら、また泣くのだろうか。
その危うさが、また魅力的だった。
「誠一郎さん、相手方の住所、ナビに入れますんで。」
「あぁ。はい。」
誠一郎は、埼玉某所の住所とつらつらと口にした。何度も言ったり書いたりしているのだろう。ナビに入力し、案内をスタートさせる。下道で、片道一時間半と言ったところか。今日は土曜。道が空いているといいんだが。ルート案内に従って、車を走らせて行く。誠一郎は、伏し目がちに窓の外を見ていた。
「誠一郎さん、トイレとか、早めに言ってくださいね。」
「はい。」
「疲れたら寝てくれて大丈夫なので。」
誠一郎は、やはりどこか覇気なく、ありがとうと答えると、差し入れに用意したミルクティーに気がついたようだった。
「これ、私に?」
「えぇ。コーヒーもありますからお好きな方を。」
誠一郎は、またありがとうと繰り返すと、ミルクティーの方を開けた。信号で止まったタイミングで一口する。
「甘いものってホッとしますね。」
「それは良かった。何が好きか聞いてなかったので、適当に選んでしまったので。」
「これ、好きな奴で、良く買うんです。」
甘いもの飲んで、お腹が気になるから、サウナとかジムとか行くんですよ、とはにかんだ。
「誠一郎さんは、長期出張、って形なんですよね?」
「えぇまぁ。」
「ご自宅はどこに?」
「自宅というか、両親の残してくれた家が栃木にあります。ほとんど帰れませんけど。」
「栃木ですか。」
そういえば、両親はもういないと言っていたな。
「家の契約が取れるたびに、その近辺に二か月ほど出張って形を取っているので、ジプシー生活ですね。」
「大変だ。」
「なので、家具付きのマンスリーを会社が借り上げてくれて、そこに。でも、展示場の営業と違って、土日は休めることが多いので、その点助かってます。」
なるほど。と頷いて、赤信号で止まる。
「孝さん、お子さんは?」
「私のところは、もう手がかからなくなって、下宿で短大行ってます。」
「若い時のお子さんなんですね。」
えぇまぁ、と苦笑する。鈴は、二十代前半の子供だった。
「いいなぁ。子供がいて、奥さんがいて、社長さんでしょう?
経営もうまくいっているみたいだし。」
言うことなしですね!と誠一郎が笑う。その笑みが少し卑屈で。なんと言葉を掛ければいいかわからなくなった。
「私なんてほんと・・・根無し草で・・・。」
「仕事は信頼されているでしょう?施主さん、あなたの仕事ぶり、評価してますよ。」
「ほんとですか?」
嬉しいなぁ、と今度は照れくさそうにする。表情がころころ変わって、面白かった。それが、埼玉に入った途端、沈鬱になる。
チロのことを考えているのだろうな・・・。
思い出にふけっているだろう誠一郎を邪魔することなく、やがて車は目的の家に着いた。
総一郎は、チロに薬をやらなかったことを責めなかった。淡々と火葬の費用を払い、長い間お世話になりましたと、蚊の鳴くような声で言うと、小さな骨壺を手に、黙ってまた車に乗り込んだ。
「まっすぐ帰っちゃっていいですか?」
「お願いします。」
大事そうに、両手で遺骨を抱きしめている。可哀想で、見ていられなかった。
「・・・食事、どうします?お清めに、寿司か刺身でも。」
朝から、車に乗りっぱなしだ。提案すると、誠一郎は首を傾げた。
「お腹すきました?」
お腹、空くどころじゃないだろうけど、病み上がりだ。何か食べさせなくては。
「空きました。」
腹をさすって答えて見せる。すると、少し悩んだ顔をして、じゃぁいつも寄る蕎麦屋があるので、と言った。
「蕎麦ですか。いいですね。」
誠一郎も、穏やかな顔になった。
蕎麦屋の名前をナビに入れて走り出す。
「今日、来られてよかったです。一人では、きっと動けなかったから。」
誠一郎はそう言うと、布袋に入った骨壺をそっと撫でた。
蕎麦屋に寄った以外は、渋滞にはまることもなく順調に、帰ってこられた。誠一郎とチロをアパートに送り届ける。さすがに疲れたのか、少しうとうとしていたので、眠っていいですよと声を掛けると、誠一郎は素直に眠りについた。
アパートの前に路駐して、誠一郎を揺り起こす。
「着きましたよ。」
「・・・えっえ・・・あぁ。すみません。すっかり寝入ってしまって・・・。」
「病み上がりに連れ出したんです。仕方ありませんよ。」
誠一郎は、寝ている間も、遺骨を抱いていたままだった。
「ダイアモンドにしてあげるんでしたっけ。」
「えぇ。指輪かペンダントにして、ずっと身に着けるつもりです。」
「チロちゃん嬉しいでしょうね。」
「・・・だといいんですが。こんな飼い主で、本当に申し訳ないことをしました。」
誠一郎が悪いわけではない。
「今日は、泣きませんでしたね。」
「・・・これから、飲みながら泣く予定です。」
やっぱりか。
「付き合ってもいいんですが・・・。家内が待ってるので。
病み上がりなんだ。お酒は控えめに。」
少し強く言うと、誠一郎は、力なくはは、と笑うと、そうします、と応えた。
「じゃぁ。明日は一日ゆっくり休んで、また現場に顔見せに来てくださいよ。張りが出る。」
「はい。・・・一日ありがとうございました。」
「今度は、うちにご飯食べに来てくださいよ。まだ少し日数ありますから。」
仕事がはかどれば、それだけ誠一郎との別れが近づく。それを無視するように、接点を増やしてゆく。
切ない。淋しい。もっと一緒にいたい。
欲望は募るが、しかたないことだった。
「お邪魔・・・しようかな。家庭の味に飢えてまして。」
「ぜひ。リクエストあったらメールしてくださいよ。」
「そんな。リクエストだなんて、悪いですよ。」
「好きなもの、あるでしょう?」
苦笑すると、誠一郎は、申し訳なさそうに、肉じゃが、と答えた。それがなんとも可愛くて。
「肉じゃがなら、わたしの担当です。たくさん作りますよ!」
早く元気になりましょうね、と笑って見せる。誠一郎も、儚く笑いながら、そうですね、と遺骨を抱き直した。
「じゃぁ。また今度。そうだ。風呂にも一緒に行きましょうね。楽しみだなぁ。」
あぁ。名残惜しい。帰りたくない。帰したくない。
そんな気持ちで、帰路についた。
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すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
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寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
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