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第二章「そら豆」
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店の裏手は、二坪ほどの庭になっている。
小次郎が覗き込むと、二人の娘が井戸端に座り込んで洗い物をしていた。
一方は、昨日田舎から出てきたといってもおかしくないような、色の浅黒い娘だ。
もう一方は、これとは正反対に透き通るような白い肌の娘であった。
「右の色白の方がおゆき、隣の浅黒い方がおなつです」
嘉平が耳打ちをする。
おゆきとおなつ、よくもこう名と体があったものだと小次郎は感心した。
「おゆき、おゆき」
嘉平が呼ぶと、おゆきという娘はやおら顔を上げ、面倒くさそうに立ち上がった。
「申し訳ございません、躾がなっていませんで。三吉といい、おゆきといい、全く近ごろの子には手をやいております」
嘉平は、恥ずかしそうに言った。
(こりゃまた、三吉とはえらい違いだな)
小次郎は苦笑した。
「番頭さん、お呼びでしょうか?」
真っ白な顔には雀斑が浮んでいる。
「おゆき、こちらは御番所の秋山様だ。昨夜、お前が見たことをお訊きになりたとおっしゃられてね」
「あたし、名主様に全部お話しましたが」
ぶすっとした表情で嘉平を見た。
「おゆき!」
嘉平の口調が厳しくなった。
小次郎はそれを止めた。
「まあまあ、この子も色々あって苛立ってんだろう。番頭さん、あんたいいよ、店に戻って。終わったら、店の方に顔を出すから」
「そうですか、では。これ、おゆき! 訊かれたことは、何でも正直にお話しするんですよ」
そう言うと嘉平は、店の方へと戻って行った。
小次郎はそれを確認すると、おゆきに訊いた。
「おめえさん、いくつだ?」
「……十五、です……」
「ほう、十五ね」
小次郎は、三吉と同じ年か、それよりも年下だと思っていた。
おゆきは童顔のようだ。
「あの夜にあったことを、残らず話してもらえねぇか?」
「また話すんですか?」
「なんでぃ、話すのは嫌かい?」
「別に……」
おゆきは俯く。
(いけねえな……)
と、小次郎は思った。
「あの夜……」
おゆきは小さい声で話し出した。
「あたし、厠に行こうと起きたんです」
「待ってくれ、寝たのはいつ頃でぃ?」
お雪は小首を傾げる。
「いつもと同じです」
「いつもと言うと?」
「五ツ(二十一時)ぐらいです」
「それまでは?」
「はい?」
おゆきが、可愛らしく小首を傾げた。
「寝るまでは何をしていた?」
「はい、お店が終わって、片付けが済みましたら夕餉になりますので、私もお相伴しました。それからは、夕餉の片付けと朝餉の準備をして、一息ついたところで、お嬢様のお供で湯屋へ出かけました」
「ちょいと待った。お七と湯屋へ出かけたのかい?」
「はい、あたし、お嬢様のお世話をするように奥様から言いつけられていますので」
「じゃあ、あんたは普段からお七の傍にいるんだな?」
小次郎は身を乗り出した。
「いつもじゃありませんが……」
「しかし、その湯屋に行くときは一緒だったんだな?」
「はい……」
「それで、お七に変わったところはなかったかい?」
「変わったって?」
「何か心配事があるようだったとか?」
「さ、さあ……」
おゆきは目を逸らした。
小次郎は、おゆきが何か隠し事をしていように思われたが、強いて追求はしなかった。
小次郎が覗き込むと、二人の娘が井戸端に座り込んで洗い物をしていた。
一方は、昨日田舎から出てきたといってもおかしくないような、色の浅黒い娘だ。
もう一方は、これとは正反対に透き通るような白い肌の娘であった。
「右の色白の方がおゆき、隣の浅黒い方がおなつです」
嘉平が耳打ちをする。
おゆきとおなつ、よくもこう名と体があったものだと小次郎は感心した。
「おゆき、おゆき」
嘉平が呼ぶと、おゆきという娘はやおら顔を上げ、面倒くさそうに立ち上がった。
「申し訳ございません、躾がなっていませんで。三吉といい、おゆきといい、全く近ごろの子には手をやいております」
嘉平は、恥ずかしそうに言った。
(こりゃまた、三吉とはえらい違いだな)
小次郎は苦笑した。
「番頭さん、お呼びでしょうか?」
真っ白な顔には雀斑が浮んでいる。
「おゆき、こちらは御番所の秋山様だ。昨夜、お前が見たことをお訊きになりたとおっしゃられてね」
「あたし、名主様に全部お話しましたが」
ぶすっとした表情で嘉平を見た。
「おゆき!」
嘉平の口調が厳しくなった。
小次郎はそれを止めた。
「まあまあ、この子も色々あって苛立ってんだろう。番頭さん、あんたいいよ、店に戻って。終わったら、店の方に顔を出すから」
「そうですか、では。これ、おゆき! 訊かれたことは、何でも正直にお話しするんですよ」
そう言うと嘉平は、店の方へと戻って行った。
小次郎はそれを確認すると、おゆきに訊いた。
「おめえさん、いくつだ?」
「……十五、です……」
「ほう、十五ね」
小次郎は、三吉と同じ年か、それよりも年下だと思っていた。
おゆきは童顔のようだ。
「あの夜にあったことを、残らず話してもらえねぇか?」
「また話すんですか?」
「なんでぃ、話すのは嫌かい?」
「別に……」
おゆきは俯く。
(いけねえな……)
と、小次郎は思った。
「あの夜……」
おゆきは小さい声で話し出した。
「あたし、厠に行こうと起きたんです」
「待ってくれ、寝たのはいつ頃でぃ?」
お雪は小首を傾げる。
「いつもと同じです」
「いつもと言うと?」
「五ツ(二十一時)ぐらいです」
「それまでは?」
「はい?」
おゆきが、可愛らしく小首を傾げた。
「寝るまでは何をしていた?」
「はい、お店が終わって、片付けが済みましたら夕餉になりますので、私もお相伴しました。それからは、夕餉の片付けと朝餉の準備をして、一息ついたところで、お嬢様のお供で湯屋へ出かけました」
「ちょいと待った。お七と湯屋へ出かけたのかい?」
「はい、あたし、お嬢様のお世話をするように奥様から言いつけられていますので」
「じゃあ、あんたは普段からお七の傍にいるんだな?」
小次郎は身を乗り出した。
「いつもじゃありませんが……」
「しかし、その湯屋に行くときは一緒だったんだな?」
「はい……」
「それで、お七に変わったところはなかったかい?」
「変わったって?」
「何か心配事があるようだったとか?」
「さ、さあ……」
おゆきは目を逸らした。
小次郎は、おゆきが何か隠し事をしていように思われたが、強いて追求はしなかった。
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