桜はまだか?

hiro75

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第二章「そら豆」

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 店の裏手は、二坪ほどの庭になっている。

 小次郎が覗き込むと、二人の娘が井戸端に座り込んで洗い物をしていた。

 一方は、昨日田舎から出てきたといってもおかしくないような、色の浅黒い娘だ。

 もう一方は、これとは正反対に透き通るような白い肌の娘であった。

「右の色白の方がおゆき、隣の浅黒い方がおなつです」

 嘉平が耳打ちをする。

 おゆきとおなつ、よくもこう名と体があったものだと小次郎は感心した。

「おゆき、おゆき」

 嘉平が呼ぶと、おゆきという娘はやおら顔を上げ、面倒くさそうに立ち上がった。

「申し訳ございません、躾がなっていませんで。三吉といい、おゆきといい、全く近ごろの子には手をやいております」

 嘉平は、恥ずかしそうに言った。

(こりゃまた、三吉とはえらい違いだな)

 小次郎は苦笑した。

「番頭さん、お呼びでしょうか?」

 真っ白な顔には雀斑が浮んでいる。

「おゆき、こちらは御番所の秋山様だ。昨夜、お前が見たことをお訊きになりたとおっしゃられてね」

「あたし、名主様に全部お話しましたが」

 ぶすっとした表情で嘉平を見た。

「おゆき!」

 嘉平の口調が厳しくなった。

 小次郎はそれを止めた。

「まあまあ、この子も色々あって苛立ってんだろう。番頭さん、あんたいいよ、店に戻って。終わったら、店の方に顔を出すから」

「そうですか、では。これ、おゆき! 訊かれたことは、何でも正直にお話しするんですよ」

 そう言うと嘉平は、店の方へと戻って行った。

 小次郎はそれを確認すると、おゆきに訊いた。

「おめえさん、いくつだ?」

「……十五、です……」

「ほう、十五ね」

 小次郎は、三吉と同じ年か、それよりも年下だと思っていた。

 おゆきは童顔のようだ。

「あの夜にあったことを、残らず話してもらえねぇか?」

「また話すんですか?」

「なんでぃ、話すのは嫌かい?」

「別に……」

 おゆきは俯く。

(いけねえな……)

 と、小次郎は思った。

「あの夜……」

 おゆきは小さい声で話し出した。

「あたし、厠に行こうと起きたんです」

「待ってくれ、寝たのはいつ頃でぃ?」

 お雪は小首を傾げる。

「いつもと同じです」

「いつもと言うと?」

「五ツ(二十一時)ぐらいです」

「それまでは?」

「はい?」

 おゆきが、可愛らしく小首を傾げた。

「寝るまでは何をしていた?」

「はい、お店が終わって、片付けが済みましたら夕餉になりますので、私もお相伴しました。それからは、夕餉の片付けと朝餉の準備をして、一息ついたところで、お嬢様のお供で湯屋へ出かけました」

「ちょいと待った。お七と湯屋へ出かけたのかい?」

「はい、あたし、お嬢様のお世話をするように奥様から言いつけられていますので」

「じゃあ、あんたは普段からお七の傍にいるんだな?」

 小次郎は身を乗り出した。

「いつもじゃありませんが……」

「しかし、その湯屋に行くときは一緒だったんだな?」

「はい……」

「それで、お七に変わったところはなかったかい?」

「変わったって?」

「何か心配事があるようだったとか?」

「さ、さあ……」

 おゆきは目を逸らした。

 小次郎は、おゆきが何か隠し事をしていように思われたが、強いて追求はしなかった。
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