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第三章「焼き味噌団子」
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源太郎と小次郎は、大番屋の中に入った。
お七は、二畳ほどの板の間に座していた。
三方を板壁で仕切られている。
外の光も届かないその部屋で、お七の目だけが不気味なほどに光り輝いていた。
小次郎は思わず呟いた。
『こいつはいけねえ……』
源太郎は、お七の前で蹲踞した。
『お七、どうだ、少しは喋る気になったかい?』
お七は、何事もなかったかのように瞬きした。
源太郎は深い溜息をついた。
『よろしい、火付けの件は置いておこう。では……』
お七の顔を覗き込むようにして尋ねた。
『生田庄之助という侍を知っておるか?』
訊いてすぐに、源太郎は、その凛々しい片眉を上げた。
(動いた! いま、僅かにだが動揺しやがった)
源太郎は、お七の僅かな体の動きを見逃さなかった。
彼は見た。
お七の目の光が、一瞬だけ朱色を帯びたのを。
(拷問するぞと脅しても動揺しなかった娘が、生田の名を出して動いたか……。小次郎の勘、まだまだ狂ってはないようだな)
源太郎は、お七ににじり寄る。
『正仙院によく訪れる、生田庄之助という侍じゃ。どうだ?』
畳み掛けていく。
『その生田庄之助、正仙院の前の茶屋の焼き味噌団子が好きだとか。お前も、正仙院に身を寄せていた折は、足繁く買いに行ったそうだな』
お七は、前と変わらず床を眺めている。
『正仙院の小僧に聞いたぞ、お前が、小僧の代わりに団子を買いに行っていたとか。その生田庄之助とか申す侍とは、どういった仲なのだ?』
続けざまに畳み掛けたが、お七は、まただんまりを決め込んでしまったようだ。
その後、幾度となく生田庄之助の名を持ち出して揺さぶってみたが、お七は初めのように動揺はしなかった。
外に出た源太郎は、
『小次郎の勘、当たってはおったが……、しかし、あの強情振り、どちらに似たのやら?』
と、嘆息まじりに呟いた。
小次郎は、
『父親ですかね』
と呟く。
『しかし、どう責めるか……、その生田庄之助というのは、旗本の次男坊なのだろ?』
『小僧はそう申しております。あとで、きちんと確認はいたしますが』
『仮に旗本の次男坊だとして、今回のお七の火付けの一件に絡んでいるとなると、こりゃ、我等では手が出せなくなるな』
『はあ、それに……』
『それに?』
『早く始末を付けた方がよろしいかと』
『ん?』
小次郎が眉を顰めた。
『お七の心、よほど限界まできているように見受けました。早くどうにかしてやらないと、本当に気が触れちまいます』
『うむ、それはわしも考えておった。こうなれば、鳴かせてみせるか……』
『鳴かせてみせる?』
『鳴かぬなら、鳴かせてみせよう不如帰じゃ』
源太郎の言葉に、小次郎は眉を寄せて首を傾げた。
お七は、二畳ほどの板の間に座していた。
三方を板壁で仕切られている。
外の光も届かないその部屋で、お七の目だけが不気味なほどに光り輝いていた。
小次郎は思わず呟いた。
『こいつはいけねえ……』
源太郎は、お七の前で蹲踞した。
『お七、どうだ、少しは喋る気になったかい?』
お七は、何事もなかったかのように瞬きした。
源太郎は深い溜息をついた。
『よろしい、火付けの件は置いておこう。では……』
お七の顔を覗き込むようにして尋ねた。
『生田庄之助という侍を知っておるか?』
訊いてすぐに、源太郎は、その凛々しい片眉を上げた。
(動いた! いま、僅かにだが動揺しやがった)
源太郎は、お七の僅かな体の動きを見逃さなかった。
彼は見た。
お七の目の光が、一瞬だけ朱色を帯びたのを。
(拷問するぞと脅しても動揺しなかった娘が、生田の名を出して動いたか……。小次郎の勘、まだまだ狂ってはないようだな)
源太郎は、お七ににじり寄る。
『正仙院によく訪れる、生田庄之助という侍じゃ。どうだ?』
畳み掛けていく。
『その生田庄之助、正仙院の前の茶屋の焼き味噌団子が好きだとか。お前も、正仙院に身を寄せていた折は、足繁く買いに行ったそうだな』
お七は、前と変わらず床を眺めている。
『正仙院の小僧に聞いたぞ、お前が、小僧の代わりに団子を買いに行っていたとか。その生田庄之助とか申す侍とは、どういった仲なのだ?』
続けざまに畳み掛けたが、お七は、まただんまりを決め込んでしまったようだ。
その後、幾度となく生田庄之助の名を持ち出して揺さぶってみたが、お七は初めのように動揺はしなかった。
外に出た源太郎は、
『小次郎の勘、当たってはおったが……、しかし、あの強情振り、どちらに似たのやら?』
と、嘆息まじりに呟いた。
小次郎は、
『父親ですかね』
と呟く。
『しかし、どう責めるか……、その生田庄之助というのは、旗本の次男坊なのだろ?』
『小僧はそう申しております。あとで、きちんと確認はいたしますが』
『仮に旗本の次男坊だとして、今回のお七の火付けの一件に絡んでいるとなると、こりゃ、我等では手が出せなくなるな』
『はあ、それに……』
『それに?』
『早く始末を付けた方がよろしいかと』
『ん?』
小次郎が眉を顰めた。
『お七の心、よほど限界まできているように見受けました。早くどうにかしてやらないと、本当に気が触れちまいます』
『うむ、それはわしも考えておった。こうなれば、鳴かせてみせるか……』
『鳴かせてみせる?』
『鳴かぬなら、鳴かせてみせよう不如帰じゃ』
源太郎の言葉に、小次郎は眉を寄せて首を傾げた。
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