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第4章「恋文」
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吉十郎の居場所は、すぐに知れた。
本郷追分の自身番で茶を飲んでいると、栄助が笑みを浮かべてやってきた。
「吉十郎ってのは、吉祥寺の寺男の三男坊です。これが、どうにも餓鬼のころから素行が悪くて……」
気が弱いわりに、悪い仲間とつるんでは悪さを働いていたという。
そのくせ、ひとりでは喧嘩もできないらしい。
「ようは、使いっぱですよ」
栄助は、苦笑しながら言った。
「権蔵親分に、土場を仕切ってるんだろうって訊いたら、笑い飛ばしてましたよ」
土場を仕切ってるのは、真崎家の中間で、吉十郎はここでも使い走りなのだとか。
「真崎の抱屋敷では、毎日のように土場を開いてるのか?」
「へえ、かなり儲かっているようです。その儲けの大半は、真崎家の懐に流れているようです。権蔵親分が毒付いてましたが、旗本の癖に、裏では汚ねえことをしやがるって」
権蔵自身も、土場を開いているのだから人のことは言えない。
だが、お上から俸禄を戴く侍が、屋敷内でご禁制の博奕を見過ごしているどころか、その上前を撥ねているのだから、権蔵でなくとも腹が立つだろう。
「真崎の次男ですが、これが相当悪さをしているようですね」
中間を使って土場を開いているのも、次男の指図らしい。
「身なりの派手な若い侍が、何人も出入りしているって言ってましたから、溜まり場になってるようです」
長男は家を継げる。
親からも期待される。
次男・三男は、厄介者扱いだ。
長男が家督を継げば、部屋住みになる。
独立しようにも、金もない、仕事もない、家もない。
新規に召抱えてもらうか、養子となることができれば御の字。
高禄取りの武家に、若党として雇ってもらうのもまだいい。
だが、運が悪ければ、一生部屋住みで肩身の狭い思いをしなければならない。
槍一本で城持ちになれた世は、遥かむかし………………いまや、生まれで将来が決まってしまう。
次男や三男が腐るわけである。
そういった連中が集まり、何とか組とか称して徒党を組んで、不法を働いた ―― 旗本奴である。
以前はそれも盛んであったが、いまは厳しい取締りで少なくなった。
しかし、不平・不満の徒はまだいるらしい。
「その若いのが集まっては、門前町でちょいと騒ぎを起すようです。権蔵親分の若いのと揉めるのも、しょっちゅうだとか」
「そのなかに、生田はいるか?」
小次郎は訊くと、栄助は首を振った。
「そこまでは分からねえようです。権蔵親分の手下が、真崎の家を見張ってはいますが」
「そうか、分かった。生田のことは、吉十郎を捕まえりゃ割れるだろう。吉十郎は、いつも旗本屋敷にいるのかい?」
「使い走りで外に出ることもあるそうで」
「そうか、そのときが狙いだな」
「それじゃあ、あっしも真崎の屋敷を見張りますんで」
と、栄助が腰を上げたときだった。
ひとりの男が、自身番に飛び込んできた。
権蔵の手下だという。
「南町の旦那ですか?」
「おう、俺が秋山だ。どうした、吉十郎が動き出したか?」
「へえ、それが、どうにも都合の悪いことが起きまして……」
小次郎は眉を顰めた。
「火付改に、先を越されました」
真崎の屋敷から吉十郎が出てきたので、権蔵に知らせて、あとを付けた。
吉十郎は、吉祥寺の門前町に顔を出した。
権蔵親分も、数人の手下を連れて集まってきた。
『ちょと顔を貸してくんな、御用の筋だ』
と、吉十郎を呼び止めようとした。
が、その前に、火付改の同心にお縄になったというのだ。
本郷追分の自身番で茶を飲んでいると、栄助が笑みを浮かべてやってきた。
「吉十郎ってのは、吉祥寺の寺男の三男坊です。これが、どうにも餓鬼のころから素行が悪くて……」
気が弱いわりに、悪い仲間とつるんでは悪さを働いていたという。
そのくせ、ひとりでは喧嘩もできないらしい。
「ようは、使いっぱですよ」
栄助は、苦笑しながら言った。
「権蔵親分に、土場を仕切ってるんだろうって訊いたら、笑い飛ばしてましたよ」
土場を仕切ってるのは、真崎家の中間で、吉十郎はここでも使い走りなのだとか。
「真崎の抱屋敷では、毎日のように土場を開いてるのか?」
「へえ、かなり儲かっているようです。その儲けの大半は、真崎家の懐に流れているようです。権蔵親分が毒付いてましたが、旗本の癖に、裏では汚ねえことをしやがるって」
権蔵自身も、土場を開いているのだから人のことは言えない。
だが、お上から俸禄を戴く侍が、屋敷内でご禁制の博奕を見過ごしているどころか、その上前を撥ねているのだから、権蔵でなくとも腹が立つだろう。
「真崎の次男ですが、これが相当悪さをしているようですね」
中間を使って土場を開いているのも、次男の指図らしい。
「身なりの派手な若い侍が、何人も出入りしているって言ってましたから、溜まり場になってるようです」
長男は家を継げる。
親からも期待される。
次男・三男は、厄介者扱いだ。
長男が家督を継げば、部屋住みになる。
独立しようにも、金もない、仕事もない、家もない。
新規に召抱えてもらうか、養子となることができれば御の字。
高禄取りの武家に、若党として雇ってもらうのもまだいい。
だが、運が悪ければ、一生部屋住みで肩身の狭い思いをしなければならない。
槍一本で城持ちになれた世は、遥かむかし………………いまや、生まれで将来が決まってしまう。
次男や三男が腐るわけである。
そういった連中が集まり、何とか組とか称して徒党を組んで、不法を働いた ―― 旗本奴である。
以前はそれも盛んであったが、いまは厳しい取締りで少なくなった。
しかし、不平・不満の徒はまだいるらしい。
「その若いのが集まっては、門前町でちょいと騒ぎを起すようです。権蔵親分の若いのと揉めるのも、しょっちゅうだとか」
「そのなかに、生田はいるか?」
小次郎は訊くと、栄助は首を振った。
「そこまでは分からねえようです。権蔵親分の手下が、真崎の家を見張ってはいますが」
「そうか、分かった。生田のことは、吉十郎を捕まえりゃ割れるだろう。吉十郎は、いつも旗本屋敷にいるのかい?」
「使い走りで外に出ることもあるそうで」
「そうか、そのときが狙いだな」
「それじゃあ、あっしも真崎の屋敷を見張りますんで」
と、栄助が腰を上げたときだった。
ひとりの男が、自身番に飛び込んできた。
権蔵の手下だという。
「南町の旦那ですか?」
「おう、俺が秋山だ。どうした、吉十郎が動き出したか?」
「へえ、それが、どうにも都合の悪いことが起きまして……」
小次郎は眉を顰めた。
「火付改に、先を越されました」
真崎の屋敷から吉十郎が出てきたので、権蔵に知らせて、あとを付けた。
吉十郎は、吉祥寺の門前町に顔を出した。
権蔵親分も、数人の手下を連れて集まってきた。
『ちょと顔を貸してくんな、御用の筋だ』
と、吉十郎を呼び止めようとした。
が、その前に、火付改の同心にお縄になったというのだ。
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