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第4章「恋文」
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「知ってるのかい?」
「直接、聞いたり、見たりしたわけではないので……、でも、お部屋から出てくると、お嬢様はいつも着物が乱れておりましたから……」
おゆきは、首の辺りまで真っ赤にして答えた。
この子は生娘なのだろう。
生意気な娘でも、そういったところは子どものようだ。
「そうかい。お七と生田の関係を知っていたのは、おめえさんだけかい?」
「多分、そうだと思います」
「なるほどな。で、ここに戻って来てからはどうなんだい? その関係は?」
「えっ?」
「正月の終わりに、こっちに戻って来たんだろう?」
「あっ、はい、ここに戻って来てからは、お嬢さんは酷い悲しみようで、呆けたみたいになっちまって、あたし、どうして良いのか分からなくて……、そしたら……」
「そしたら?」
「ある日、吉十郎が文を持ってお店に来て……」
小次郎は眉を顰めた。
「ちょいと待て!」
つい先程聞いたばかりの名である。
「吉十郎ってのは、真崎って旗本の屋敷で、土場を仕切っている男か?」
おゆきは首を傾げた。
「えっ? さあ……、本人は生田様のお使いだと言ってましたが……」
「旦那、ご存知なんですか?」
貞吉が訊いた。
「当たりきよ」
小次郎は、貞吉に玉井屋でのことを話してやった。
「いま栄助に、そいつの素性を当たらせてるところだ」
「そんな野郎が、つるんでやがるんですかい?」
「ああ、どうやらそのようだな。しかし、これでお七と吉十郎の関係も分かってきたぜ。で、その吉十郎が何て?」
小次郎は、おゆきを促す。
「生田様から、お嬢様に文があると」
「お七は、それを受け取ったのか?」
「はい」
「もちろん、ただじゃあるまい?」
「はい、幾ばくかのお金を。それと、お嬢様も文を返されて……」
「その吉十郎が要だな」
「そのようで」
貞吉が頷く。
「その後も、何回か文の遣り取りがあったんだな?」
「はい、お嬢様も元気を取り戻されて、早めの春が来たみたいに、それはもう心も軽やかで……」
「ここに帰ってきてからは、文の遣り取りだけかい?」
「はい、吉十郎が間に入って。でも、あたし段々心配になって……」
「何ででぃ?」
「だって、吉十郎が要求するお金が大きくなって……、あたし、お嬢様に言ったんです、『あの吉十郎って男は、きっと悪いやつですから、あんまり信用しない方が良い』って。そしたらお嬢様、『お前は、あたしと生田様の仲を裂きたいのかい!』と酷い怒りようで、最後には、『お前も、生田様のことを好きなのだろう! だから、あたしとの仲を引き裂いて、生田様を自分のものにしたいのだろう!』とおっしゃって、あたし……、『そんなことありません』って言ったのに……」
おゆきの両目から、ぼろぼろと涙が零れていった。
「そうかい、そりゃあ、辛かったな。で、そのあとも文の遣り取りは?」
おゆきは、しゃくり上げる。
「知りません。その日以来、身の回りの世話をする以外は、お嬢様はあたしを寄せ付けませんでしたので。でも、たまにお嬢様が文箱を覗いているときに部屋に入ることがありまして、文箱の文が増えているようでしたので、遣り取りはあったのだと思いますけど」
「あの日はどうだ。火付けのあった日だ?」
「さあ……」
おゆきは、しょんぼりと項垂れてしまった。
「おゆき、ありがとうよ。おめえさんが話してくれたお陰で、少し糸口が見えてきたようだぜ」
「あの……」
おゆきは、勝手口から出てきたときの不満そうな顔とはまるで違う、不安そうな表情で訊いてきた。
「何でい?」
「お七お嬢様は、火炙りの刑になるんでしょうか?」
「いまのとこは、何とも言えねえが……」
「もし、お嬢様が火炙りになったら、あたしのせいです。あたしが、あのとき、お嬢様をお止めしていたら……」
おゆきは、その場に座り込んで泣き出した。
「おゆき、おめえさんのせいじゃねえよ。おめえさんは良くやったよ、なあ」
小次郎は、か細く震える背中を摩ってやった。
(こいつも怖かったんだろうよ。だから、強情を張っちまったんだ。根は優しい娘なんだ)
小次郎は、おゆきの背中を摩りながら、ふとお竹のことを思い出した。
(ええい、今日は馬鹿にあいつの顔がちらつきやがる)
小次郎は、煩い蠅を追い払うように首を振った。
「直接、聞いたり、見たりしたわけではないので……、でも、お部屋から出てくると、お嬢様はいつも着物が乱れておりましたから……」
おゆきは、首の辺りまで真っ赤にして答えた。
この子は生娘なのだろう。
生意気な娘でも、そういったところは子どものようだ。
「そうかい。お七と生田の関係を知っていたのは、おめえさんだけかい?」
「多分、そうだと思います」
「なるほどな。で、ここに戻って来てからはどうなんだい? その関係は?」
「えっ?」
「正月の終わりに、こっちに戻って来たんだろう?」
「あっ、はい、ここに戻って来てからは、お嬢さんは酷い悲しみようで、呆けたみたいになっちまって、あたし、どうして良いのか分からなくて……、そしたら……」
「そしたら?」
「ある日、吉十郎が文を持ってお店に来て……」
小次郎は眉を顰めた。
「ちょいと待て!」
つい先程聞いたばかりの名である。
「吉十郎ってのは、真崎って旗本の屋敷で、土場を仕切っている男か?」
おゆきは首を傾げた。
「えっ? さあ……、本人は生田様のお使いだと言ってましたが……」
「旦那、ご存知なんですか?」
貞吉が訊いた。
「当たりきよ」
小次郎は、貞吉に玉井屋でのことを話してやった。
「いま栄助に、そいつの素性を当たらせてるところだ」
「そんな野郎が、つるんでやがるんですかい?」
「ああ、どうやらそのようだな。しかし、これでお七と吉十郎の関係も分かってきたぜ。で、その吉十郎が何て?」
小次郎は、おゆきを促す。
「生田様から、お嬢様に文があると」
「お七は、それを受け取ったのか?」
「はい」
「もちろん、ただじゃあるまい?」
「はい、幾ばくかのお金を。それと、お嬢様も文を返されて……」
「その吉十郎が要だな」
「そのようで」
貞吉が頷く。
「その後も、何回か文の遣り取りがあったんだな?」
「はい、お嬢様も元気を取り戻されて、早めの春が来たみたいに、それはもう心も軽やかで……」
「ここに帰ってきてからは、文の遣り取りだけかい?」
「はい、吉十郎が間に入って。でも、あたし段々心配になって……」
「何ででぃ?」
「だって、吉十郎が要求するお金が大きくなって……、あたし、お嬢様に言ったんです、『あの吉十郎って男は、きっと悪いやつですから、あんまり信用しない方が良い』って。そしたらお嬢様、『お前は、あたしと生田様の仲を裂きたいのかい!』と酷い怒りようで、最後には、『お前も、生田様のことを好きなのだろう! だから、あたしとの仲を引き裂いて、生田様を自分のものにしたいのだろう!』とおっしゃって、あたし……、『そんなことありません』って言ったのに……」
おゆきの両目から、ぼろぼろと涙が零れていった。
「そうかい、そりゃあ、辛かったな。で、そのあとも文の遣り取りは?」
おゆきは、しゃくり上げる。
「知りません。その日以来、身の回りの世話をする以外は、お嬢様はあたしを寄せ付けませんでしたので。でも、たまにお嬢様が文箱を覗いているときに部屋に入ることがありまして、文箱の文が増えているようでしたので、遣り取りはあったのだと思いますけど」
「あの日はどうだ。火付けのあった日だ?」
「さあ……」
おゆきは、しょんぼりと項垂れてしまった。
「おゆき、ありがとうよ。おめえさんが話してくれたお陰で、少し糸口が見えてきたようだぜ」
「あの……」
おゆきは、勝手口から出てきたときの不満そうな顔とはまるで違う、不安そうな表情で訊いてきた。
「何でい?」
「お七お嬢様は、火炙りの刑になるんでしょうか?」
「いまのとこは、何とも言えねえが……」
「もし、お嬢様が火炙りになったら、あたしのせいです。あたしが、あのとき、お嬢様をお止めしていたら……」
おゆきは、その場に座り込んで泣き出した。
「おゆき、おめえさんのせいじゃねえよ。おめえさんは良くやったよ、なあ」
小次郎は、か細く震える背中を摩ってやった。
(こいつも怖かったんだろうよ。だから、強情を張っちまったんだ。根は優しい娘なんだ)
小次郎は、おゆきの背中を摩りながら、ふとお竹のことを思い出した。
(ええい、今日は馬鹿にあいつの顔がちらつきやがる)
小次郎は、煩い蠅を追い払うように首を振った。
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