58 / 87
第4章「恋文」
4の2
しおりを挟む
小次郎は不味そうに酒を飲む。
一蔵は、その様子を面白そうに眺める。
「はい、お待ち」
片口二本に、烏賊の煮付けが一鉢。
一蔵は、それを一口入れて、酒でぐいっと流し込んだ。
「くう~、うめえな~」
「本当ですね。旦那」
片口が一本空いたところで、一蔵が話し出した。
「おうよ、辰三」
「へい?」
「この前捕まえた男、名は何て言ったかのう?」
「この前の……? 吉祥寺の門前でのことでやすか? へい、吉十郎です」
小次郎の耳が動いた。
「そうよ、その男、これを取り調べてみたんだが……」
「へい」
と、辰三が相槌を打つ。
「本郷追分の娘っ子が火を付けたとかいう噂があったろう、あの一件に関わりがあるみていでよ」
「本当ですか?」
辰三は驚いたが、小次郎は、やはりなと思った。
「どうやら、娘に火を付けろと唆したのは、その吉十郎らしんだ。娘が火を付け、そのどさくさに火事場泥棒を働こうと考えたらしい。が、これが思ったよりも火の回りが小さくて、おまけにすぐさま消し止められたんで、盗みには入らなかったらしいがな」
貞吉は、目を丸くして小次郎の顔を見た。
小次郎は、眉間の皺をさらに深くしている。
「へえぇ~、でも、何でその娘っ子は、火を付けようなんざ思ったのでしょうね? 吉十郎って男に脅されてたんでやんすか?」
そこだ、そこが問題なのだ。
もし、お七が吉十郎に脅されて火付けを働いたとなれば、彼女に罪はない。
罪状も、軽減されるだろう。
小次郎は、一蔵と辰三の会話に耳を澄ませる。
「どうも、そこがはっきりしなくてな。まあ、吉十郎をもう少し締め上げれば吐くだろうがよ。しかし、案外、店の者が知ってるんじゃねぇのか?」
「へっ、それは、どういうことで?」
一蔵は、烏賊を口に放り込む。
くちゃくちゃと汚らしい音を立てながら話す。
「吉十郎が言うには、その娘っ子と文の遣り取りをしていたとか」
「へえ~、じゃあ、吉十郎と恋仲だって訳ですかい? 巷の噂では、何処かのお侍って話でしたが」
「いまは、そこまでは分からねぇ。だが、案外、店の者が知ってるんじゃないのか、そいつを使って、お七と文を交わしてたって白状したからな」
「そいつは誰ですかい?」
小次郎の脳裏に、おゆきの雀斑顔が浮かんだ。
「さあ、名は知らねぇようだぜ。ただ、年の頃は十ぐらいの坊主で、ぼーっとした面だったとよ」
坊主?
ぼーっとした面?
(おゆきじゃねえ。そういえば、おゆきは、お七の使いをしなくなったあとも、文が増えていたって言ってたっけ。じゃあ、おゆき以外の誰かが、お七の使いで吉十郎に文を届けていたってことだが……)
思い当たる節がある。
小次郎は勢いよく立ち上がる。
銭を放り出して、店を飛び出していった。
「だ、旦那!」
貞吉が、慌てて追いかける。
残された一蔵は、ぐいっと酒を飲み干した。
「旦那、よろしんですか? 敵に塩を送るような真似して」
辰三は、眉を顰めた。
一蔵は、ふんと鼻で笑う。
「しょぼくれた男と喧嘩をしても、面白くねえだろうが」
片口を覗き込むと、
「おい、おかつ、もう一本な」
と奥に叫んだ。
奥からは、
「は~い」
と艶やかな声が返ってきた。
一蔵は、その様子を面白そうに眺める。
「はい、お待ち」
片口二本に、烏賊の煮付けが一鉢。
一蔵は、それを一口入れて、酒でぐいっと流し込んだ。
「くう~、うめえな~」
「本当ですね。旦那」
片口が一本空いたところで、一蔵が話し出した。
「おうよ、辰三」
「へい?」
「この前捕まえた男、名は何て言ったかのう?」
「この前の……? 吉祥寺の門前でのことでやすか? へい、吉十郎です」
小次郎の耳が動いた。
「そうよ、その男、これを取り調べてみたんだが……」
「へい」
と、辰三が相槌を打つ。
「本郷追分の娘っ子が火を付けたとかいう噂があったろう、あの一件に関わりがあるみていでよ」
「本当ですか?」
辰三は驚いたが、小次郎は、やはりなと思った。
「どうやら、娘に火を付けろと唆したのは、その吉十郎らしんだ。娘が火を付け、そのどさくさに火事場泥棒を働こうと考えたらしい。が、これが思ったよりも火の回りが小さくて、おまけにすぐさま消し止められたんで、盗みには入らなかったらしいがな」
貞吉は、目を丸くして小次郎の顔を見た。
小次郎は、眉間の皺をさらに深くしている。
「へえぇ~、でも、何でその娘っ子は、火を付けようなんざ思ったのでしょうね? 吉十郎って男に脅されてたんでやんすか?」
そこだ、そこが問題なのだ。
もし、お七が吉十郎に脅されて火付けを働いたとなれば、彼女に罪はない。
罪状も、軽減されるだろう。
小次郎は、一蔵と辰三の会話に耳を澄ませる。
「どうも、そこがはっきりしなくてな。まあ、吉十郎をもう少し締め上げれば吐くだろうがよ。しかし、案外、店の者が知ってるんじゃねぇのか?」
「へっ、それは、どういうことで?」
一蔵は、烏賊を口に放り込む。
くちゃくちゃと汚らしい音を立てながら話す。
「吉十郎が言うには、その娘っ子と文の遣り取りをしていたとか」
「へえ~、じゃあ、吉十郎と恋仲だって訳ですかい? 巷の噂では、何処かのお侍って話でしたが」
「いまは、そこまでは分からねぇ。だが、案外、店の者が知ってるんじゃないのか、そいつを使って、お七と文を交わしてたって白状したからな」
「そいつは誰ですかい?」
小次郎の脳裏に、おゆきの雀斑顔が浮かんだ。
「さあ、名は知らねぇようだぜ。ただ、年の頃は十ぐらいの坊主で、ぼーっとした面だったとよ」
坊主?
ぼーっとした面?
(おゆきじゃねえ。そういえば、おゆきは、お七の使いをしなくなったあとも、文が増えていたって言ってたっけ。じゃあ、おゆき以外の誰かが、お七の使いで吉十郎に文を届けていたってことだが……)
思い当たる節がある。
小次郎は勢いよく立ち上がる。
銭を放り出して、店を飛び出していった。
「だ、旦那!」
貞吉が、慌てて追いかける。
残された一蔵は、ぐいっと酒を飲み干した。
「旦那、よろしんですか? 敵に塩を送るような真似して」
辰三は、眉を顰めた。
一蔵は、ふんと鼻で笑う。
「しょぼくれた男と喧嘩をしても、面白くねえだろうが」
片口を覗き込むと、
「おい、おかつ、もう一本な」
と奥に叫んだ。
奥からは、
「は~い」
と艶やかな声が返ってきた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる