法隆寺燃ゆ

hiro75

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第一章「宿命の子どもたち」 中編

第4話

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 大殿の奥は、異臭が漂っている。

 何の匂いだろう?

 香を焚いているようだが………………これほど異様な匂いは、いままで経験したことはなかった。

 いや、ある。

 父の死に際に、同じような匂いを嗅いだことがあった。

 部屋は薄暗い。

 彼の正面には、寝台に横たわる人がいた。

 その頭上の窓から、僅かに光が漏れる。

 光が、その人の顔を隠していた。

 山背王は頭を下げた。

「御召により、参上いたしました。ご機嫌いかがでしょうか?」

 上目遣いで横たわる人を見た。

 寝台の人は、僅かに上体を起こしているようだが、顔が見えない。

 窓から入る光に目が眩む。

「山背王、参上ご苦労です」

 声を発したのは、傍に仕えていた栗下女王くるもとのおおきみであった。

「大王におかれましては、ここ最近お体が優れず、起き上がることも儘なりませぬ。しかし本日は、山背王に直々にお話があるとのことで御召になりました。心して聞くように、宜しいですね」

「はい」、僅かだが声が掠れた。

「なお、大きな声はお体に触りますので、私が大王のお言葉を賜ります」

 栗下女王はそう言うと、寝台の人に耳打ちをした。

「山背王が参上しました。……はい、……はい、……はい」

 栗下女王は大王と話をしているようだが、大王の声は聞こえてこない。

 本当に大王なのかと山背王は訝った。

 しかし、大殿にいるのは大王以外にありえない。

「はい、畏まりました」

 話は終わったようだ。

 栗下女王はこちらに向き直り、話し始めた。

「大王のお言葉を言い渡します」

 山背王は畏まった。

「私は、女の身ながらも、神より永らく国政を預かってきました。しかし、まもなくその役目も終わるでしょう」

 彼は伏したまま、大王の方を覗き見した。

 しかし、彼女の顔は見えない。

「山背王よ、お前に対する寵愛の情は比べようもありません。されど、後継者のことは、私の御世だけのことではありません。国の根本的問題です」

 彼の目は、なおも大王の様子を探る。

 大王は、ピクリともしない。

 死に瀕する者が発する、あの魂が抜けだすような苦しげな息遣いすら聞こえない。

 本当はもう………………死んでいるのでは?

 山背王は、命の根源を見つけようと、寝台の人をじっと見つめた。

「山背王、お分かりか? お分かりか、山背王?」

 二度の問いかけに、はっと栗下女王を見た。

 栗下女王の話など、全く耳に入っていなかった。

 山背王は、考え事をしていて聞き逃したと謝った。

 大王の言葉を聞き逃すなど言語道断だと栗下女王は怒った。

「お前は年若い、注意して発言せよ………………とのことです。宜しいですね」

 きつく言い放った。

 山背王は、深々と頭を下げた。

 次に頭を上げたとき、もう一度大王の顔をよく見ようとした。

 栗下女王が、不躾なとでも言いたそうな蔑んだ目をしながら、

「では以上です、お下がりください」

 と、退出を促した。

「それだけでしょうか?」

「山背王には、何か御有りか?」

 後継者のことで呼び出されたのだと思っていた。

 だが大王からは、『年が若いから、発言に注意しろ』と言われただけだ。

 そんなこと、日ごろからよく言われているし、後継者候補に自分の名前があがったときから、肝に銘じている。

 そのためだけに呼び出したのか?

 いや、この期に及んで、若者に老人の小言を言うためだけに呼び出したわけではあるまい。

 お前はまだ若いから、後継者は無理だということか?

 それとも、次の後継者として決まったから、発言に注意しろと言っているのか?

 どちらにも取り得る大王の言葉に、山背王は酷く困惑した。

 それ以上に、大王の様子が気にかかった。

 ―― 本当に大王は、まだ生きていらっしゃるのだろうか?

 そんな疑念が心の中に渦巻いていた。

 それほど、大王と栗下女王の仕草はおかしかった。

「大王の御様態をお聞きして案じておりましたが、お元気な御様子。安心いたしました。されど、お傍で御尊顔を拝すれば、なお安心できるのですが………………」

「山背王、無礼ですよ。大王はお疲れです。本日も、お話できるのがやっとなのです。これ以上の長居は、大王の御機嫌を損ねます。お下がりなさい」

 栗下女王の口調は厳しかった。

 山背王の疑念は一層増大した。

「では、大王の御回復、そして、御長寿をお祈り申し上げます」

 深く頭を下げ、御簾の外に出た。

 そこには、相変わらず人形の女たちがいた。
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