法隆寺燃ゆ

hiro75

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第一章「宿命の子どもたち」 中編

第5話

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 山背王が型通りの所作で宮門から出ると、三輪文屋が眉間に皺を寄せて尋ねてきた。

「如何でございましたか?」

 文屋も、当然後継者の話があったのだろうと思っているようだ。

 答えるのも煩わしかった。

「豊浦の屋敷に行く」

 山背王はそれだけ答えると、軽い身のこなしで馬に跨り、鐙を蹴った。

 彼の馬は、勢い良く駆けていく。

 慌てた文屋も馬に跨り、山背王に続いた。

 山背王は、自分を恥じた。

 多くの人がそうであるように、自分も、次の大王は田村皇子であろうとは思っていた。

 それでも、もしかしたら………………という気持ちもあった。

 自分は蘇我氏の出自であるし、何より厩戸皇子の息子でもある。

 父が成し遂げられなかった大王への夢を、もしかしたら叶えられるかも知れないとも感じていた。

 それだけに、額田部大王の直々の思し召しに、もしやと期待した。

 その期待は、ものの見事に打ち破られたのだが………………

 馬鹿な期待をしたものだと、自分の浅はかさを恥じた ―― だから、お前はまだ若いと言われるのだ。

 彼は、馬の速度を上げた。

 大王に求められる必要条件は、身分や能力よりも、年齢であった。

 天皇の長兄という立場は優位だが、それだけで絶対に後継者となれる保証はない。

 初代神武天皇から第十三代成務せいむ天皇までは、大王の息子が次の大王となっているが、神代に近いこの時代、天皇の存在すら怪しい。

 十三代以降は、兄弟間で引き継ぎ、それが終われば次の世代に引き継ぐといった形態が多い ―― 王位の嫡子引継ぎではなく、年齢が重んじられたからである。

 なぜ身分や能力よりも、歳が重んじられたのか?

 それは政治が、未知なる才能よりも、豊かな経験を求めたからである。

 政治に求められるのは、新たな時代を切り開こうという理想よりも、いま目の前にある問題を如何におさめるかという現実である。

 現実をまとめるには、才能よりもそれまで積み上げた経験がものをいう。

 特に、危機的状況下では経験則が重要になる。

 危機に陥った場合、以前に同じ様な経験をした人間は事態を収拾しやすい。

 また、一度戦場を経験した人間は、新たな戦場において、的確に任務を遂行させることができる。

 名将と謳われる武将たちも、生まれながらにして名将であった訳ではなく、初陣を踏み、何度かの戦場を経験して、名将へと成長していったのである。

 若さや未知なる才能が持て囃されるのは、平穏な時代か、逆にそれまでの思想を変化させる、百年に一度あるかないかの大転換期の場合だけであろう。

 推古女帝の時代、中央集権国家体制への過渡期であり、血筋や若さよりも、混乱を収拾する経験則のほうが重要視された。

 これは、山背王の父厩戸皇子の時も同様で、祟峻天皇が暗殺された時、彼は十九歳であり、若いということで王位は見送られた。

 大王の死に際にあたり、二十を少し過ぎたばかりの山背王よりも、三十後半の田村皇子が後継者と考えるほうが当たり前であった。
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