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第一章「宿命の子どもたち」 中編
第5話
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山背王が型通りの所作で宮門から出ると、三輪文屋が眉間に皺を寄せて尋ねてきた。
「如何でございましたか?」
文屋も、当然後継者の話があったのだろうと思っているようだ。
答えるのも煩わしかった。
「豊浦の屋敷に行く」
山背王はそれだけ答えると、軽い身のこなしで馬に跨り、鐙を蹴った。
彼の馬は、勢い良く駆けていく。
慌てた文屋も馬に跨り、山背王に続いた。
山背王は、自分を恥じた。
多くの人がそうであるように、自分も、次の大王は田村皇子であろうとは思っていた。
それでも、もしかしたら………………という気持ちもあった。
自分は蘇我氏の出自であるし、何より厩戸皇子の息子でもある。
父が成し遂げられなかった大王への夢を、もしかしたら叶えられるかも知れないとも感じていた。
それだけに、額田部大王の直々の思し召しに、もしやと期待した。
その期待は、ものの見事に打ち破られたのだが………………
馬鹿な期待をしたものだと、自分の浅はかさを恥じた ―― だから、お前はまだ若いと言われるのだ。
彼は、馬の速度を上げた。
大王に求められる必要条件は、身分や能力よりも、年齢であった。
天皇の長兄という立場は優位だが、それだけで絶対に後継者となれる保証はない。
初代神武天皇から第十三代成務天皇までは、大王の息子が次の大王となっているが、神代に近いこの時代、天皇の存在すら怪しい。
十三代以降は、兄弟間で引き継ぎ、それが終われば次の世代に引き継ぐといった形態が多い ―― 王位の嫡子引継ぎではなく、年齢が重んじられたからである。
なぜ身分や能力よりも、歳が重んじられたのか?
それは政治が、未知なる才能よりも、豊かな経験を求めたからである。
政治に求められるのは、新たな時代を切り開こうという理想よりも、いま目の前にある問題を如何におさめるかという現実である。
現実をまとめるには、才能よりもそれまで積み上げた経験がものをいう。
特に、危機的状況下では経験則が重要になる。
危機に陥った場合、以前に同じ様な経験をした人間は事態を収拾しやすい。
また、一度戦場を経験した人間は、新たな戦場において、的確に任務を遂行させることができる。
名将と謳われる武将たちも、生まれながらにして名将であった訳ではなく、初陣を踏み、何度かの戦場を経験して、名将へと成長していったのである。
若さや未知なる才能が持て囃されるのは、平穏な時代か、逆にそれまでの思想を変化させる、百年に一度あるかないかの大転換期の場合だけであろう。
推古女帝の時代、中央集権国家体制への過渡期であり、血筋や若さよりも、混乱を収拾する経験則のほうが重要視された。
これは、山背王の父厩戸皇子の時も同様で、祟峻天皇が暗殺された時、彼は十九歳であり、若いということで王位は見送られた。
大王の死に際にあたり、二十を少し過ぎたばかりの山背王よりも、三十後半の田村皇子が後継者と考えるほうが当たり前であった。
「如何でございましたか?」
文屋も、当然後継者の話があったのだろうと思っているようだ。
答えるのも煩わしかった。
「豊浦の屋敷に行く」
山背王はそれだけ答えると、軽い身のこなしで馬に跨り、鐙を蹴った。
彼の馬は、勢い良く駆けていく。
慌てた文屋も馬に跨り、山背王に続いた。
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多くの人がそうであるように、自分も、次の大王は田村皇子であろうとは思っていた。
それでも、もしかしたら………………という気持ちもあった。
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それだけに、額田部大王の直々の思し召しに、もしやと期待した。
その期待は、ものの見事に打ち破られたのだが………………
馬鹿な期待をしたものだと、自分の浅はかさを恥じた ―― だから、お前はまだ若いと言われるのだ。
彼は、馬の速度を上げた。
大王に求められる必要条件は、身分や能力よりも、年齢であった。
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なぜ身分や能力よりも、歳が重んじられたのか?
それは政治が、未知なる才能よりも、豊かな経験を求めたからである。
政治に求められるのは、新たな時代を切り開こうという理想よりも、いま目の前にある問題を如何におさめるかという現実である。
現実をまとめるには、才能よりもそれまで積み上げた経験がものをいう。
特に、危機的状況下では経験則が重要になる。
危機に陥った場合、以前に同じ様な経験をした人間は事態を収拾しやすい。
また、一度戦場を経験した人間は、新たな戦場において、的確に任務を遂行させることができる。
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