法隆寺燃ゆ

hiro75

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第二章「槻の木の下で」 前編

第3話

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 鎌子が寝室に戻った後、智仙娘が酒を運んで来た。

 御食子に酒を注ぎながら、

「すみません、私が甘やかしてしまって」

「いや、私もあの子のことを、お前ばかりに押し付けてきたからな」

 彼は、一息で酒を飲んだ。

「しかし、このままでは中臣の名は継がせられんな」

 智仙娘の酌をする手が止まる。

「では、枚夫に継がせるのですか?」

「仕方あるまい。枚夫の方が年上だし、それに祭祀に関して真摯に取り組んでいる」

「そんなことはありません。鎌子もやればできる子です。ただ、いまはなかなか、その気分が起こらないだけ。あの子が本気になれば、枚夫も舌を巻くことになるでしょう。ですから、なにとぞ後継者は鎌子に!」

 なるほど、母の愛情か ―― 御食子はそんなことを思いながら、夫人の手にある銚子を取り上げて、一人手酌でやるのであった。

 中臣鎌子(鎌足)は、推古天皇の治世二十二(六一四)年八月十五日、中臣御食子連と大伴咋子連おおとものくじこのむらじの娘、智仙娘の長子として生まれた(『多武峯縁起とうのみねえんぎ』)。

 ただ、鎌子の伝記たる『藤氏家伝』の一行目には「内太臣うちつのおおおみいみなは鎌足、あざな仲郎ちゅうろう大倭国高市郡やまとのこくのたけちのこおりの人なり」とある。

 「仲郎」とは次男の意味であり、異母兄がいた可能性が高い。

 さて中臣氏であるが、津速魂命つはやむすびのみことの孫、天兒屋命あまのこやねのみことを始祖とする一族であったらしい。

 天兒屋命は、天照大神が素戔鳴尊の乱行に立腹し、天石窟に隠れた折に、の神を石窟から出すための祭事を取り仕切った神である。

 以後その子孫は、朝廷内の神事を取り仕切る一族となった。

 どこから実在する人物かは明確にできないが、『中臣氏系図』に、黒田大連くろだのおおむらじの息子、常盤大連ときわのおおむらじが、欽明天皇より中臣姓を賜ったとある。

 中臣常磐の息子は可多能古大連かたのこのおおむらじで、この可多能古には、御食子・國子くにこ糠手子ぬかてこの三兄弟がおり、御食子の家系は後の藤原氏に続いていき、残りの家系が朝廷内で神事を取り仕切った大中臣おおなかとみ・中臣を引き継いでいく。

 中臣とは、本来、神と人の間を取り持つという意味があるらしいが、神事を取り仕切ったことから、この名前が付いたのであろう。

 ただ、彼らが取り持つのは神と人だけではなかった。

 彼らの主な職は、大王と臣下の間を取り持つ前事奏官、つまり臣下の言葉を大王に伝奏し、大王の言葉を臣下に下達することであったらしい。

『中臣氏系図』には、御食子が前事奏官兼祭官であったと記載されている。

 祭官として大王の傍に仕えていたから前事奏官となったのか、前事奏官で傍に使えていたから祭官となったのかは分からないが、この前事奏官は、大王の言葉を直接聴くことができるので、重要な職であった。

 ただ中臣氏は、あくまで大王に使える連集団、即ち家臣団の一氏族に過ぎず、同じ連姓を持ち、武力で大王に使えた大伴・物部氏のような政治的権力は持っていなかった。

 ところで鎌子の名前であるが、『日本書紀』には、彼の名前は当初から「鎌子」であり、彼が「鎌足」と呼ばれるようになるのは、孝徳天皇から紫冠と封八千戸を賜った時からであるので、彼の本名は「鎌子」であったのだろう。

 または、「子」や「足」は尊称であるという見方もあるので、「鎌」と呼ばれていたのかもしれない。

 彼の出自であるが、これは謎が多い。

『藤氏家伝』は、彼を「大倭国高市郡」の出身としている。

 しかし、『多武峯縁起』では、「大和國高市郡大原藤原てい」の生まれとしながらも、「常陸國鹿島郡ひたちのくにかしまのこおり」の出身という説も記載している。

『大鏡』は、彼が常陸国出身としている。

『常陸國風土記』にも、常陸と中臣の関係を記している。

 また、鹿島神宮の宮司も大中臣氏が受け持ち、その後、中臣鹿島氏が定着している。

 鎌子が常陸國出身者であったかどうかは定かではないが、中臣氏が常陸と何らかの関係にあったことは間違いないようだ。

 なお、藤原氏の庇護を受けた春日大社は、本殿に四柱を祀るが、その第一殿には鹿島神宮から迎えた武甕槌命たけみかづちのみことを祀っている。

 因みに、藤原氏の始祖であるといわれる天兒屋根命は、第三殿に祀られている。
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