法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
157 / 378
第三章「皇女たちの憂鬱」 中編

第9話

しおりを挟む
 一線を越えた二人は、毎日のように互いを求め合った。

 二人が愛し合えば愛し合うほど、その噂は飛鳥中に広まっていた。

 宝大王は、母親として間人皇女を心配した。

 難波派は、大王後継者として相応しくない行為だと有間皇子の心配をした。

 逆に飛鳥派は、難波派を追い詰める絶好の機会だと色めき立った。

 この一件で、すぐさま重臣が集り、真相の把握と事態の収拾に努めるために、守大石君もりのおおいわのきみ坂合部薬連さかいべのくすりのむらじ鹽屋鯯魚連しおやのこのしろのむらじが使者として立てられた。

 三人は、さっそく豊碕宮に赴き、有間皇子に謁見した。

「有間様、昨今飛鳥では有間様を貶めるような噂を立てる者がおりまして、その噂の出所を調べるように大王から仰せつかったのですが、有間様もそのような噂を御存知でしょうか?」

 大石は、平伏して述べた。

「そのような噂とは?」

「有間様と前大后の………………間の事柄ですが………………」

 大石たちは、それ以上話さない。

 間人皇女は、陰からそっと事の推移を見守った。

「どう言った噂が立っているかは知らないが、私は間人のことを愛していますし、間人も私を愛してくれています。ただ、それだけのことです」

 使者は唖然とした。

 間人皇女も驚いた。

 ―― 有間皇子が、これほどはっきりと二人の関係を述べようとは………………

「有間様、それは男女の関係があると思って宜しいのですね?」

 大石が尋ねる。

「言葉のままです」

 有間皇子は平然としている。

 最早、全てを受け入れる覚悟なのだ。

「恐れ入りますが、我々は大王の使者でございます。我々に偽りを述べられるのは、即ち大王に偽りを述べられるのと同じです。有間様、もう一度、良く考えてお答え下さい。有間様と間人様の間には、噂に立つような関係はないのですね?」

 今度は、鯯魚が尋ねた ―― 彼は難波派から派遣された使者であり、もし噂どおりのことがあっても、表沙汰にしないのが彼の使命であった。

「鹽屋連、私に二言はない。先ほどの言葉のとおりだ」

 有間皇子は、はっきりと断言した。

 間人皇女は胸が熱くなった。

 大石と薬は、顔を見合わせ微かに頷きあった。

 鯯魚は立ち上がり叫んだ。

「有間様は狂っておられる! 有間様は心の病なのです! 間人様の幻想を見ておられるだけなのです!」

 それは、鯯魚の方が狂っているような勢いであった。

 その鯯魚の行動に、誰もが唖然とした。

 鯯魚はしっかりと有間皇子の肩を掴み、こう言った。

「有間様、あなたは大王なられるお方です。大王になられる方が、こんな噂を立てられては、中大兄に足下を掬われますぞ。良いですか、あなたが正統な王位後継者なのです。あなたこそ、我らの希望なのです。宜しいですね、あなたの体は、あなた自身ものではないのですよ」

「鹽屋連………………」

「あなたはご病気です。心の病です。そうなのです。だから、治療をする必要があるのです。宜しいですね。」

 鯯魚は、有間皇子の肩から手を離すと、唖然としている二人の使者に向き直った。

「噂のようなことは、ありませんでした、全ては、有間様の心の病が原因です。お二人は、飛鳥に戻って大王にそうお伝え下さい。私はここに残り、有間様の治療にあたります」

 二人は、鯯魚の激しい言葉に従わずにはおられなかった。

 その夜、鯯魚と有間皇子は激しく言い争い、間人皇女は涙にくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...