法隆寺燃ゆ

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第四章「白村江は朱に染まる」 中編

第2話

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 中大兄の称制元(六六八)年五月に長津を出発した百済援軍は、対馬海峡を渡り、朝鮮半島の西岸沿いに北航して、白村江(錦江)の河口付近まで到達した。

 そしてこの日、夜が明ける頃を見計らって、鬼室福信が立て籠もる周留しゅうりゅう城に近い河岸へと、一斉に侵入を開始したのである。

「見つかってしまいましたな」

 高尾深草は、鳴り物がなっている岬を眺めながら言った。

「そんなことは百も承知、むしろ、我々の存在を唐側にも知らしめた方が良いからな。よし、皆、目的地まであと少しだ。いいな!」

 朴市秦田来津は、兵士たちに声を掛けた。

 兵士たちも、それに答える。

 援軍は、唐・新羅軍の反撃を予想して、明け方に突入するという方法をとったのだが、唐・新羅軍からは何の妨害も受けずに、易々と河口を突破し、周留城に近い河岸へと侵入することができた。

 そして、その日の午後には、目的の河岸に辿り着く。

 河岸に上陸した田来津たちを出迎えたのは、福信と数人の百済の旧臣であった。

「豊璋様、良くぞお戻りになられました。この福信、この日をどれほど待ち侘びたことか」

 福信と旧臣たちは、涙を流して豊璋王子に拝礼した。

「私も、再びこの大地に立つことができて嬉しいぞ」

 豊璋王子も、福信と旧臣たちに涙で答えた。

「福信、こちらが倭国軍大将軍安曇比羅夫殿だ」

「これは遠路遥々、良くお越し下さいました。我らには、心強い援軍でございます。これで、新生百済も安泰でしょう。ここに、百済の民を代表して、お礼を申し上げます」

 福信は、比羅夫に深々と頭を下げた。

「篤い謝辞忝いが、ここで長話もなんですから。我々も、兵士を上陸させて休ませたいので」

「それは、失礼致しました。では、皆様方には上陸の準備をしてください。豊璋様は、すぐにでも私どもとともに周留城へ上がって頂いて宜しいでしょうか?」

「分かりました。豊璋様の護衛軍も一緒に上げますので、しばらくお待ち下さい。狭井将軍、秦将軍、兵を上げて、豊璋様とともに先に城へ行ってくれ」

「了解致しました!」

 比羅夫に命令された二人は、早速、兵士たちの上陸にかかった。

「では、豊璋様はこちらでしばらくお休み下さい」

 福信は、従者に床几を持ってこさせて、豊璋皇子に勧めた。

「うむ、ありがとう。だが、ちょっと待てくれ、私の連れ合いがまだ船の中でね。随分、船に揺られたので、体調を崩して休んでいるのだよ。もう到着したのだから、陸に上がった方が気分も良くなると思うのだがね。ちょっと待っていてくれ」

 豊璋王子は御座船に戻り、しばらく出て来なかった。

 その間に、狭井檳榔と田来津は、兵士の上陸を終えた。

「お待たせしました。整いましたので……、豊璋様は?」

「いえ、連れ合いがまだ中にいるとかで、先程、船の中に戻られましたが……」

 福信の指差した御座船を田来津が見た時、桟橋を女の手を引いて降りて来る豊璋王子の姿があった。

「いや、お待たせした。福信、紹介しよう。多蔣敷殿の妹君、安媛やすひめだ」

 安媛は青白い顔をし、目を瞬かせながら頭を下げた。

 福信たち百済の旧臣は、互いの顔を見合わせた。

 その夜、周留城では豊璋王子の即位式が執り行われた。

 始めに、福信たち旧臣が豊璋王子に国政を委ねる趣旨を奏上した。

 次に、比羅夫が豊璋王子を百済王として認める趣旨の大王の勅を代読した。

 大王の勅が読まれる中、豊璋王子をはじめとする百済の旧臣は、涙を流して百済復興を喜んだ。

 その後、福信の功績を讃え、大王から爵と禄とを書いた金策が、新百済王の手によって下賜された。

 この時、豊璋王は福信の背中を撫でながら、いままでの労をねぎらってやった。
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