新聞記者の恋

早坂 悠

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3話 知っている男

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 秋の心地よい陽だまりの中、藤田志穂が玄関で真新しい鉢植えに土を入れ、その中に花を植えていた。

 その光景を俺はボロアパートの自分の家から、望遠レンズをつけた一眼カメラを使って眺めていた。志穂は今日も美しく、植えている花々よりも被写体として映えている。

 俺のアパートは、志穂の一軒家の道路を挟んだ真正面にある。アパートのベランダ側が志穂の家の玄関とむかい合っていた。

 俺はその立地を利用してベランダの窓とカーテンを少しだけ開け、そこに望遠レンズの先を出して志穂の姿を眺めるのが日課になっていた。

 今日は運がいいぞと思った。

 俺はいつも朝から晩まで志穂が玄関から出てくるのを待ち侘びていた。だが、志穂の姿を一目見たいと思っても、なかなかそう上手くタイミングは巡ってこないのだ。

 藤田志穂を観察するようになってから今日で5日。

 彼女は一日中家の中にいて外に出ない日もあれば、玄関から出てきてもすぐに歩いてどこかに行ってしまう日もある。今日はガーデニングなのでしばらくの間、志穂のことをずっとこのまま眺めていられると思った。

 時刻は14時をまわったところだ。ポカポカの陽気が心地よく、志穂を眺めるのには絶好の日だった。

 今日の志穂は髪の毛をポニーテールにしていて、志穂が移動する度にそのポニーテールがぴょんぴょんと跳ねる。その様子が美しいはずの志穂を幼くさせて可愛さを演出していた。

 それでいてポニーテールの後ろからチラチラ見える志穂の美しいうなじが大層、色っぽくて俺の心を熱くした。

 今日の志穂は妖艶の中に可愛さも兼ね備えた完璧な姿だった。

 藤田志穂に自己紹介されて恋に落ちたあの日。

 俺はボロアパートに帰るとコンビニで買ってきたカップラーメンやスナック菓子のことなど忘れて、家の中をひっくり返すような勢いで、昔使っていた古びた一眼カメラを探し出した。

 埃を被った一眼カメラを見つけた時は「はぁはぁ」と息を切らしていた。俺は夢中だった。埃を被った一眼カメラを両手で握りしめながら、先ほど自分に起こった小さな奇跡について考えていた。

 なんだあの女性は……あの美しい女性はなんだ……なんで俺みたいな奴にあんな丁寧な挨拶なんてするんだ?……もしかて俺に気があるとか?……いやいや、まさかさすがにそれはないだろう……あまりの美しさを露骨に見てしまった俺とのご近所トラブルを避けたかっただけかもしれない……ああ、きっとそうだ、勘違いするな俺。それでも、それでも……俺はもう一度、さっきの女性を見たいっ!!

 すぐにベランダの窓から見ようと思い一眼カメラの電源をつけた。だが、カメラはバッテリー切れでうんともすんとも言わなかった。

 ずっと使ってなかったカメラの電源が、つかないなんて当たり前のことなのに、俺は発狂しそうになった。いや、実際に声を部屋の中ではりあげたかもしれない。

 さっきの美女の姿を見たい!
 毎日、見たい!

 こうして俺は一眼カメラの充電を満タンにした次の日から、藤田志穂の姿を眺めることが日課となった。

 俺は藤田志穂のことをどうしたいのか、それはよく分からない。あんな美人と俺がどうこうなろうとするなんて、きっと天罰が落ちるに違いない。

 ただただ毎日、藤田志穂の様子を見れるだけで良かった。それに志穂が既婚者だということは新築のファミリー向け戸建を選んだことで明白だ。


 藤田志穂は人妻だ。
 初めから俺の出番はないのだ。

 そう思いながら、毎日、こうやってこっそりとベランダから志穂のことを覗くぐらいは許して欲しいと、天に向かって俺は許しを乞う。

 藤田志穂を見たとき、
 挨拶と自己紹介をされたとき、
 俺の何もなかった人生に美しい光が
 差し込んだ瞬間だった。

 誰にも邪魔されずに藤田志穂を観察することは、俺にとってこの先の生きる喜びであり、生きる希望であり、生きる糧だと思えた。

 藤田志穂を毎日、見ていたい。
それが俺が見つけた運命の光なのだ。


 ああ……今日も美しい……と思いながらガーデニングを満喫している志穂を俺はしばらく眺めていた。

 すると志穂の家の玄関がガチャリと開いて家の中から、男が出てきた。

 歳は俺と同じぐらいの男性で、オープン外構の敷地を使ってガーデニング作業をしていた志穂に、何か話しかけて二人で楽しそうに会話を始めた。

 その男を見た時、俺は体が震え始めた。
全身からスッと熱が奪わられ、悪寒がする。

 志穂の旦那と思われる男に俺は嫉妬した訳じゃない。違う、そうじゃない。違う!違う!違う!

 俺は志穂と談笑している男を一眼カメラで何度も確認した。いやいやいやいやいや……そ、そんな、なんでアイツが?!

 俺はあの男を知っているーーー
ーーー藤田志穂の旦那だと思われる男を。

 心地よい陽気だと思っていたはずなのに、志穂の旦那の顔を何度何度も何度も何度も確認する度に、俺の体はガクガクと震え、悪寒が止まらなくなっていた。
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