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第一章:天上のラストルーム

第2話:チュートリアル

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「――……ここが、天上のラストルーム?」

 刃太の視界には青い世界の中で白文字の記号英数字が折り重なるように、円を描いて周囲を回っている。
 下を向いても同じ記号英数字が回っているので、自身がどこか丸い空間の中にいるのだと理解した。
 これから何をするのかと考えていると、目の前の空間がテレビの砂嵐に似た映像へと変化し、そこに猫型NPCが姿を現した。

「ようこそにゃ! ここは天上のラストルームにおけるチュートリアルの部屋なのにゃ! 僕はこの部屋の管理人の一匹でID123なのにゃ!」
「なんかもっとちゃんとした名前を付けなかったのか?」
「何千何万というNPCに名前を付けるとなると大変なのにゃ! だから気にならないのにゃ!」

 ID123という安易な名前に呆れてしまった刃太だったが、言われてみればそれもそうかと納得してしまう。

「まずはPNプレイヤーネームを決めてくれにゃ!」

 天上のラストルームで過ごす刃太の分身に付けるPN。まずはそこからである。

「PNはアルスト」
「アルストだにゃ! ……登録完了なのにゃ!」

 刃太――改め、アルストは天上のラストルームにプレイヤーとして作成された。

「それじゃあ、次はチュートリアルなのにゃ! この世界のことはどこまで知っているのにゃ?」
「説明書で読んだくらいだけど、階層不明の塔――バベルを攻略して、天上に存在するラストルームのボスを倒すのが目的。だったかな?」
「その通りなのにゃ!」

 世界観はすでに大量に出ているゲームとなんら代わり映えしない内容だ。
 その中で多くのユーザーがはまった理由としては映像美であり、リアルな臨場感であり、様々なイベントが上げられる。
 だが、アルストが気に入ったのはそのどれでもなかった。

 ――選べる職業の多さ。

 そこにアルストは惹かれていた。
 ゲーマーと呼ばれる人とは異なり、そこまでどっぷりとゲームにのめり込んだことはない。
 天上のラストルームに関しても、ホームページを見るだけで本体を購入してまでプレイしようとは思っていなかった。
 それでも、いまだ増え続けている職業の多さに、アルストはゲーム世界だけでも自分のなりたい自分に近づけるんじゃないかと思い購入を決意したのだ。

「そこまで知っているなら、まずは職業を選ぶのにゃ! これは後から転職もできるから悩まずに選んでくれて構わないのにゃ!」

 初期職として選べる職業は一〇種類。
 前衛職の剣術士ソードメイト大剣術士ヘヴィメイト槍術士スピアメイト斧術士アックスメイト拳闘士モンクメイト
 後衛職の魔導師マジシャン回復師ヒーラー祈祷師セイント調合師ミキサー鍛冶師スミス
 初期職だけで一〇種類あるのだが、レベルを最大まで上げると発展職があり、発展職のレベルを複数最大まで上げると、さらなる上位職として複合職が存在する。
 複合職に関しては全てが公開されたわけではないが、そこはプレイヤー自身が発見していくべきなのだろう。
 実際に攻略サイトでは様々な複合職の条件がトップランカー達によって公開され続けている。

「俺は剣術士になります」
「前衛職の中でも平均的な職業なのにゃ! プレイヤー数も多い職業だからライバルは多いけど、いいかにゃ?」
「はい」

 了承を示すとアルストの衣装は剣術士の初期装備に様変わりする。

「次は容姿の選択なのにゃ! もし設定が面倒だったらランダムで設定もできるけどどうするにゃ?」
「自分で決めます」

 そう告げると、目の前にウインドウが浮かび上がりいくつかの選択肢が現れた。
 輪郭はやや細めで、髪は黒髪で肩にかからないくらいの長さ、瞳は切れ長で茶眼。
 身長は180センチ、細身で痩せマッチョ的に仕上げた。

「これで決定っと」
「……受付されたのにゃ! それじゃあ最後にメインイベントにゃ! ――固有能力を抽選するのにゃ!」

 天上のラストルームにおいて、この固有能力が今後のプレイヤー生活を大きく左右すると言っていいだろう。
 固有能力はそのプレイヤーに与えられる職業の能力補正効果を表している。
 そして、職業のように何度も変更ができないだけではなく、能力はランダムで抽選される。
 最大三回までは抽選することができるのだが、やり直しをすると以前の能力に戻すことはできない。
 つまり、最後の三回目まで決まらずに抽選を行い、希望の能力じゃなかったとしても三回目の能力で決定されてしまうのだ。
 希望の固有能力でなければ購入したはいいものの、すぐに辞めてしまうプレイヤーも現れるのではと言われていたが、そこはプレイヤー逹が口にしている映像美などが繋ぎ止めているのだろう。

「……よし、やるぞ!」

 アルストは意を決して最初の抽選を行う。その結果は――

「回復師の能力30%補正だにゃ!」
「却下で」
「即答だにゃ!」
「剣術士希望なんで」

 アルストは目的があって剣術士を選んでいる。その通過点として剣術士ともう一つの職業の発展職が必要なのだ。
 回復師はそのもう一つの職業とも異なっていたので即答で判断できた。

「それじゃあ二回目だ」
「お願いするにゃ!」

 二回目の抽選が始まる。ドキドキしながら祈るアルストに向けて、ID123が抽選結果を告げた。

「斧術士と鍛冶師の能力25%補正だにゃ! 二つの職業が補正される素晴らしい固有能力にゃ!」

 二回目の抽選結果を聞いて、アルストは悩んでしまう。
 ID123が言う通り、二つの職業で補正されるのはレアだと攻略サイトで見たことがあった。
 この補正だが、初期職からの発展職、そして発展職が絡んだ複合職も同様の補正を受けることができる。
 二回目の結果でいえば、斧術士の発展職なら25%、鍛冶師の発展職でも25%なのだが、両方の発展職が絡んだ複合職なら合計で50%の補正を受けることができるのだ。
 開始当初は一つの職業補正には及ばないのだが、複合職まで上り詰めればただでさえ能力が高い複合職にさらなる補正が加わり、結果的にはより強くなれる。

 故に悩んでしまう。
 仮に三回目の抽選を行って一つの職業だけの補正となれば、次の抽選を行うことはできない。それがアルストに必要な職業でなければゲーム自体を辞めるか、違う目的を作らなければならなくなる。
 しかし、この二つともに必要な職業ではない。
 レアな能力補正なのだろうが、本来の目的のためには不要な職業だった。

「…………これも、止めます」
「いいのかにゃ? 次で最後だにゃ? 優秀な固有能力なのにゃ?」
「……はい、三回目の抽選をします」
「分かったにゃ! それじゃあ、お願いするにゃ!」

 三回目の抽選が始まった。耳の中には効果音が流れているが、アルストの心境は効果音を楽しんでいられる状況ではない。
 ここで剣術士か、もう一つの職業の補正が出なければ新たな目標を考えなければならないのだ。
 まだかまだかと待っていると――効果音が止んだ。

「最後の抽選結果は――全職業の能力10%補正だにゃ!」
「……へっ?」

 まさかの結果に、アルストは何が起こったのか分からなくなった。
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