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第一章:『歌う丘』
四
しおりを挟む夕暮れが過ぎて、迎えにあがった女中に連れられ、少年が屋敷に帰っていくのを見送ると、ハルピュイアは警戒しながら広場に出てきて、老竜と相対した。
その巨大な体躯からすると、人間大のハルピュイアなど小動物に等しく、自身の身の丈ほどもある大きな爬虫類の眼が、娘をしかと捉えている。しかし、強者の必然か、威圧感や恐怖などは微塵もなかった。
穏やかな老竜はずっとその存在にも気付いていて、ハルピュイアの娘が出てくるや、待ちかねたように先に言った。
「人間の子供に、そこまで興味があるのかね。歌と享楽だけが生きがいの野蛮な鳥人の娘が、珍しいこともあるものだ」
「珍しいとは、あの子とあなた様の方ですわよ。いったいどんな魔法をお使いになっていますの。先ほどのやりとりはいったい……わたくしには何も聞こえなかった」
娘が愚痴を漏らすように話すと、老竜はにべもなく返した。
「それはそうだろう。なにせあれは魔法でも何でもない。あの子が自然とやっていることなのだから」
「魔法ではない?」
「左様。鳥人の娘よ、其方はまだ若い。自身の先天的な資質に溺れるだけで、実際のところを視えておらんのだ。聴けてもおらぬ」
「どういうことかしら。わたくしは見えているわ。聞けてもいる。それが出来ていないのはあの子の方じゃなくて?」
「彼はいつもここに来ては歌っておるよ。話してもおる。観てもいる。私はそれを具に聴いている。其方にはまだ聴けておらんのだろうがね」
「難しいことを仰らないで。けれど……でもそう、確かに。わたくしにはあの子の声は聞こえない。あの時、あの子は、わたくしに何かを言っていたの? だとしたら、なんて……?」
「巣にお戻り。鳥人の娘よ。そして自らの未熟さを思い知るがいい」
「老竜よ。なら、あなた様はなぜここにおりますの? なぜあの子に構ってらっしゃるの?」
「古き友との盟約がゆえに」
老竜はそれだけ言うと、もう話を止め、硬く瞳を閉ざした。ハルピュイアの娘は、胸に芽生えた想いを抱えながら、渓谷の巣に飛び立っていった。
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