未来死体と未定事件

哲学武人

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未来死体

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朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。いつものように、俺――常磐悠真は、目覚ましのベルを止めて、寝ぼけ眼のままベッドを降りた。

 季節は梅雨。湿気を含んだ空気が部屋を重くしていた。うっすらとした頭痛。眠気。些細な違和感。それでも、すべてが「いつもの日常」の一部だと、思っていた。

 ――まさか、自分の死体が家に転がっているとは思わなかった。

 冷蔵庫を開け、牛乳パックを手に取り、ふと台所の床を見る。
 そこで、時が止まった。

 倒れていたのは俺だった。

 血の気の引いた肌。閉じたままの目。胸元には、シャツの上からでも明らかにわかる、深々と突き刺さった何かの痕。

 「…………は?」

 一歩、二歩、自然と後ずさっていた。足がもつれ、冷蔵庫の扉が閉まりかけ、カチンと音を立てた。

 俺の脳はそれでも「これは夢だ」と言い張っていたが、次の瞬間、その希望は断ち切られた。

 死体の右手が、何かを握っていた。

 恐る恐る、しゃがみこんでそれを取る。紙片だった。小さな、破れかけたメモ。そこに、たった一行だけ、筆跡の乱れた文字があった。

 「6月18日 午後9時12分」

 今日の日付を、慌ててスマホで確認する。6月14日。

 まだ、4日ある。

 これが何かの悪質なイタズラだとしても――いや、本当に自分の未来の死体だとしたら。
 俺は、4日後に死ぬということになる。

 混乱と恐怖、そして寒気が全身を駆け巡った。
 それでも、不思議と、頭の片隅で冷静な声が言った。

 「この謎を、あいつに話すべきだ」

 

 ***

 

 午後、俺は旧市街にある一軒の洋館を訪れていた。

 古めかしい煉瓦の壁、鋳鉄の門、そして手入れの行き届いたバラ園。どこか物語の中のような景色。だがこの屋敷は、俺の“知人”の家だ。

 ベルを鳴らすと、すぐにドアが開いた。

 「いらっしゃい、常磐くん」

 姿を現したのは、白いワンピースを身にまとった一人の少女。涼やかな瞳、整った顔立ち、そしてやけに冷静な表情。彼女こそが、白鷺レナ。

 高校の同級生。成績トップ。美貌。品位。すべてを備えた完璧超人――だがそれ以上に有名なのが、彼女の異常なまでの推理力だった。

 「面白い顔してる。何かあったの?」

 レナの部屋は、薄暗く、本に囲まれていた。紅茶の香りが静かに漂い、まるでここだけ別の時間が流れているかのようだ。

 俺は息を整えてから、すべてを話した。
 朝、目覚めたときに自分の死体があったこと。手にしていた紙片のこと。
 そして、それが示す未来の“死の時間”。

 レナは、一言も喋らず、じっと俺の目を見つめていた。何度か頷き、考えを巡らせているのが分かった。

 「……なるほど。あなたが嘘をついていないと仮定すれば、それはつまり、“予告殺人”のようなものね」

 「信じるのか?」

 「常磐くんがそれを作り話にするほど器用な人間だったら、ね。でも、そうじゃない」

 紅茶を一口啜った後、レナは続けた。

 「で、6月18日にはどこかに行く予定があるの?」

 俺は、ジャケットの内ポケットから、一枚の封筒を取り出した。昨日、自宅のポストに入っていたものだ。

 「これが届いた。差出人は不明。けど、こんな文面が書かれていた」

 > 『6月18日 午後7時 鳳城館にて、特別な催しを開催いたします。
 > 貴殿にもぜひご参加いただきたく――』

 「鳳城館……郊外にある、あの古い館ね。何かのパーティーか、あるいは……」

 レナは唇をわずかに吊り上げた。あの時の彼女の笑みは、いつもと違っていた。まるで“謎”という獲物の匂いを嗅ぎつけた獣のように。

 「面白いじゃない。常磐くん、行きましょう。その館へ。そして――あなたが死ぬ理由を、暴きましょう」

 俺は黙ってうなずいた。

 運命の日まで、あと4日。
 そこには、俺の死が待っている。
 そして、その死を解く鍵を持っているのは、目の前の名探偵――白鷺レナだけだった。

 

 ──こうして、俺たちは“未来の死”に挑むことになった。
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