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5話 決戦
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「野郎ども、囲め!」
女神を同格か格上と判断した男は、号令をかけると同時に人差し指の指輪の宝石に触る。
透明な膜が降りたのを確認した天使が、封魔結界かと呟いた。
「そうだ、坊ちゃん」
唇を舐めて笑った男の反応で、女神は納得した。
彼のとった当初の戦術は数の暴力。
はじに追いやったのでどうしたのかと思っていたら、無傷で彼女を囲むためには彼女の戦い方を知る必要があったのだ。
短剣も体術も魔法も使う彼女を封じるには、まず魔法が面倒なのだろう。
結界を張って無効化してから、数で囲って得物を振り回しにくくする計画であった。
連中には想定外だろうが、それは彼女にとってとても困る戦術だ。
大量の敵を制圧するには無力化より殺しのほうが早い。
しかし、彼女は本気を出せない。
……なぜなら、道を踏み外した彼らとて、彼女の守るべき民には変わりないから。
彼女は無力化、気絶させることしかできない。
それなのに、敵の目標は4人を殺すこと。
女神にはいいハンデだが。
「かかってきなさい」
重心を下に移すように腰を据えて、短剣の柄を握りしめた。
ここからは得意の体術で対応する。
「いけ!」
まずは3人。
バラバラの方向から迫るリーチの異なる武器を、背を反らして2歩で避ける。
深緑髪の男は得物を後頭部に落とそうとし、両腕で止めた。
そして、怯んだ首を掴みそのまま手刀で気絶させる。
視界の隅で捉えた赤髪の男を振り返り、心臓を突き刺そうとする包丁サイズのナイフを剣で受け止める。
踏ん張っていた男の足を右足で払い、胸板を殴って後頭部を床に打ち付ける。
これらの早業を見ていた最後の茶髪はのけぞった。
敵わないとでも思ったんだろうか、もう手遅れなのに。
茶髪だけに絞った威圧で終わらせた。
「ふっ」
息を軽く吐いて、女神は紫髪に焦点を合わせた。
当の彼は彼女の実力を図りかねて困惑の渦にいた。
無意識に歯ぎしりする彼に、隣のオレンジ髪の若者が小突いた。
「おい。……あんなやつ、倒せるのお前しかいねえだろ」
「わかってる。俺しか相手できない」
だが必勝の方法が思いつかないのだ、という泣き事は奥に仕舞いこんで。
紫髪は、また女神の前に立ちはだかる。
「お前の相手は俺だけだ。もう、女だからって容赦はなしだ。殺されたくなきゃ必死でついてこい!」
凄まじい形相で宣言した紫髪の男。
女神は彼の強さと根性を認めた。
……自分への敗北で屈辱を与えすぎないといいが。
「あなたもね!」
ダンと同時に地を蹴る。
出し惜しみしなくなった彼は、眠っていた素質さえも無意識に使いこなし、タガーを足元を切り崩すように滑らせた。
剣先を見つめていた女神は飛び上がって躱し、彼の踏み込んだ左足に蹴りを放つ。
しかし、それさえも予測して彼は、数瞬前からタガーで軌道を描いていた。
がつん!
血が滲み出たことに気づき、目を見張りすぐに治癒魔法で止血する。
「母上、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ、ただの切り傷だから」
深呼吸する合間も与えず、彼は突進してきた。
タガーの動きの予測は、幸か不幸か先程の傷により精度が上がった。
すべてを聖剣で受け切り、少しずつ刺して出血による気絶を目指す。
……刺すたびに心が痛んだけれど、いまは許してくれ。
無言で剣を繰り出し続けるうちに、紫髪の男の息が上がってきた。
「お前、殺すつもりないだろ」
女神のしたいことから目を逸らしてきたが、耐えられなくなり問いかけた。
「なぜだ? どうして殺さない?」
最後にひと押しして、彼は跳躍して間合いを十分に取った。
「殺したくない。あなたは惜しすぎる」
深呼吸して息を整えた彼女は答えた。
「なんだ、それは。手加減してんだろ、わかってんだよ!」
タガーを振り下ろし怒った。
「失礼だ。俺は本気で相手してんだ!」
そうかもしれない。女神は思った。
「封魔結界、それを解除して」
唐突な指示に、彼は、は? と声を漏らす。
「広範囲魔術を使って、あなたの意識があったら私の負け。ここには一生来ないし、“破滅の仲介者”には関わらない。
でもあなたが気絶したら私の勝ち。解除薬を探すのを許可しなさい」
もちろん彼女は勝てる。
どちらかといえば、彼を殺さないレベルの魔法を探すほうに頭を使う。
だから、この提案は彼のためのもの。
「……わかった、受けよう。野郎どももいいな?」
「「おう」」
女神はうなずいて、魔法を展開する。
「ストーム!」
これは、水属性と風属性の合わさった魔法。
storm__つまり嵐のような豪雨と暴風を撒き散らすのだ。
女神と天使は十分な結界を張っているので、吹き飛ばされることはない。
だが、彼らは自然の猛威に振り回されて、壁や床、仲間にぶつかった。
運の悪い者は、彼女が気まぐれに発動させた土壁に激突している。
この悪夢が終わったのは、およそ1分後。
紫の彼を確実に気絶させるには、これぐらい必要だった。
「天使、魔法を解除。すぐに探しに行きなさい」
視界が晴れても視線を感じなかったので、ようやく彼女は指示を出した。
「はっ」
女神の勝ちだ。
女神を同格か格上と判断した男は、号令をかけると同時に人差し指の指輪の宝石に触る。
透明な膜が降りたのを確認した天使が、封魔結界かと呟いた。
「そうだ、坊ちゃん」
唇を舐めて笑った男の反応で、女神は納得した。
彼のとった当初の戦術は数の暴力。
はじに追いやったのでどうしたのかと思っていたら、無傷で彼女を囲むためには彼女の戦い方を知る必要があったのだ。
短剣も体術も魔法も使う彼女を封じるには、まず魔法が面倒なのだろう。
結界を張って無効化してから、数で囲って得物を振り回しにくくする計画であった。
連中には想定外だろうが、それは彼女にとってとても困る戦術だ。
大量の敵を制圧するには無力化より殺しのほうが早い。
しかし、彼女は本気を出せない。
……なぜなら、道を踏み外した彼らとて、彼女の守るべき民には変わりないから。
彼女は無力化、気絶させることしかできない。
それなのに、敵の目標は4人を殺すこと。
女神にはいいハンデだが。
「かかってきなさい」
重心を下に移すように腰を据えて、短剣の柄を握りしめた。
ここからは得意の体術で対応する。
「いけ!」
まずは3人。
バラバラの方向から迫るリーチの異なる武器を、背を反らして2歩で避ける。
深緑髪の男は得物を後頭部に落とそうとし、両腕で止めた。
そして、怯んだ首を掴みそのまま手刀で気絶させる。
視界の隅で捉えた赤髪の男を振り返り、心臓を突き刺そうとする包丁サイズのナイフを剣で受け止める。
踏ん張っていた男の足を右足で払い、胸板を殴って後頭部を床に打ち付ける。
これらの早業を見ていた最後の茶髪はのけぞった。
敵わないとでも思ったんだろうか、もう手遅れなのに。
茶髪だけに絞った威圧で終わらせた。
「ふっ」
息を軽く吐いて、女神は紫髪に焦点を合わせた。
当の彼は彼女の実力を図りかねて困惑の渦にいた。
無意識に歯ぎしりする彼に、隣のオレンジ髪の若者が小突いた。
「おい。……あんなやつ、倒せるのお前しかいねえだろ」
「わかってる。俺しか相手できない」
だが必勝の方法が思いつかないのだ、という泣き事は奥に仕舞いこんで。
紫髪は、また女神の前に立ちはだかる。
「お前の相手は俺だけだ。もう、女だからって容赦はなしだ。殺されたくなきゃ必死でついてこい!」
凄まじい形相で宣言した紫髪の男。
女神は彼の強さと根性を認めた。
……自分への敗北で屈辱を与えすぎないといいが。
「あなたもね!」
ダンと同時に地を蹴る。
出し惜しみしなくなった彼は、眠っていた素質さえも無意識に使いこなし、タガーを足元を切り崩すように滑らせた。
剣先を見つめていた女神は飛び上がって躱し、彼の踏み込んだ左足に蹴りを放つ。
しかし、それさえも予測して彼は、数瞬前からタガーで軌道を描いていた。
がつん!
血が滲み出たことに気づき、目を見張りすぐに治癒魔法で止血する。
「母上、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ、ただの切り傷だから」
深呼吸する合間も与えず、彼は突進してきた。
タガーの動きの予測は、幸か不幸か先程の傷により精度が上がった。
すべてを聖剣で受け切り、少しずつ刺して出血による気絶を目指す。
……刺すたびに心が痛んだけれど、いまは許してくれ。
無言で剣を繰り出し続けるうちに、紫髪の男の息が上がってきた。
「お前、殺すつもりないだろ」
女神のしたいことから目を逸らしてきたが、耐えられなくなり問いかけた。
「なぜだ? どうして殺さない?」
最後にひと押しして、彼は跳躍して間合いを十分に取った。
「殺したくない。あなたは惜しすぎる」
深呼吸して息を整えた彼女は答えた。
「なんだ、それは。手加減してんだろ、わかってんだよ!」
タガーを振り下ろし怒った。
「失礼だ。俺は本気で相手してんだ!」
そうかもしれない。女神は思った。
「封魔結界、それを解除して」
唐突な指示に、彼は、は? と声を漏らす。
「広範囲魔術を使って、あなたの意識があったら私の負け。ここには一生来ないし、“破滅の仲介者”には関わらない。
でもあなたが気絶したら私の勝ち。解除薬を探すのを許可しなさい」
もちろん彼女は勝てる。
どちらかといえば、彼を殺さないレベルの魔法を探すほうに頭を使う。
だから、この提案は彼のためのもの。
「……わかった、受けよう。野郎どももいいな?」
「「おう」」
女神はうなずいて、魔法を展開する。
「ストーム!」
これは、水属性と風属性の合わさった魔法。
storm__つまり嵐のような豪雨と暴風を撒き散らすのだ。
女神と天使は十分な結界を張っているので、吹き飛ばされることはない。
だが、彼らは自然の猛威に振り回されて、壁や床、仲間にぶつかった。
運の悪い者は、彼女が気まぐれに発動させた土壁に激突している。
この悪夢が終わったのは、およそ1分後。
紫の彼を確実に気絶させるには、これぐらい必要だった。
「天使、魔法を解除。すぐに探しに行きなさい」
視界が晴れても視線を感じなかったので、ようやく彼女は指示を出した。
「はっ」
女神の勝ちだ。
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