【完結】女神の手繰る糸

ルリコ

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最終話 女神からのファンサ

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 女神の令を受けて動き出した、天使と夫妻。

 廊下に出ても、人の陰のみならず物音ひとつしなかった。
 隠密スキルで隠れている可能性も考慮して、天使は範囲を狭めて慎重すぎるほど気配を探った。

「もう誰もいません。堂々と探しましょう」
「はい」

 しらみつぶしに探してもよかったが、この建物は大きかった。

 薬品が並べられた部屋か、厳重に管理された金庫か。
 普通に考えれば、解除薬の隠し場所はこの2択のどちらかであろう。

「どこかに地図でもあればいいんですがね……」

 不用心ではなかったらしく、壁に貼ってあるというようなこともなかった。


 鍵が閉まっていない警戒の薄い部屋は飛ばし、どんどん奥に進んでいった。

 いま、彼らは2階の左端にいる。
 握り玉と呼ばれるドアノブを右に回したが、カチリという音はしなかった。

「鍵が閉まっていますが、どうやって外すんですか?」

 夫が訊ねる。
 天使は、魔法ですよと答えて、無詠唱で開けてみせた。

「さすがです、天使さま!」
「さ、入りましょう」

 妻の褒め言葉にもさほど反応せず、敷居をまたいだ。

「何者だ、お前ら!」

 急にドアが開いたら慌てるだろう、門番の役割でも与えられているのか筋肉質な男が叫んだ。

「……あれ、いたんだ。全員出払っているんかと思ってましたよ」

 しかし天使はそう驚きもせず、静かに観察するのみ。

 まあ、あの紫よりは弱いはずだ。
 いろんな意味で。

「お前らの目的がなにか知らんが、ここからは通さん! 俺を倒してから」

「わざわざ口上をどうも。ちょっと向こうで苦しんでて」

 天使の人差し指がピタリと男に向けられると、唐突な息苦しさに喉を押さえた。
 そして、言葉通り部屋の端に追い払われる。

「あの……死にませんよね?」

 少しだけ同情した妻は、天使に問いかける。

「そうですね、四半刻は耐えられるはずです」

 彼の性格なのかなんなのか、彼の魔法は地味だが強力なものが多かった。
 そして、人によっては悪辣だと評するようなものも含まれている。

 この、息苦しさを感じる“幻覚魔法”もその1つである。

 タイムリミットがある理由は、あまり長い間脳が錯覚され続けると、本当にそのような状態に__つまり窒息死することがあるからだ。


「探しましょうか。種類だけならかなりありますよ」

 この部屋は、彼らが探していた薬品の保管所だった。

 目の前の壁を覆いつくすほどの棚に、所狭しと試験管が仕舞ってある。
 下手に触ると割れそうだった。

「私たちで下を探します。て__いえ、坊っちゃまは上のほうをお願いいたします」

 いちおう周りの目があることを思い出した夫の提案により、3人は手分けして解除薬を探し始めた。


 リミットの四半刻に迫ろうかというとき、妻が歓喜の声を上げた。

「あったわ!」

 彼女が指さす試験管のラベルには、「獣化薬(危険度レベル3)を無効化する薬」と書かれていた。

「やった、やったぞ! これで君は生きられる!」
「ええ、あなたを襲うこともないわ!」

 2人はハイタッチを交わし、その様子を1mくらい浮かんでいた天使が微笑ましそうに見ていた。






 一刻後。

 女神と天使は、夫妻の家に帰ってきた。
 彼女の鑑定で安全性も確かめられたその場で、妻は解除薬を服用したので、もう獣化することはない。

「ほんとうにありがとうございました、女神さま、天使さま」

 妻は、この2日でいちばん深く頭を下げた。

「妻を治してくださり、ありがとうございました」

 夫も同じような感じだった。

「なに言ってるの。まだ終わってないじゃない」

 夫妻が目をパチクリさせる中、天使が解説した。

「解除薬を見つけたのはあくまでもあなたたちで、僕たちは手助けしたにすぎない、というのが女神さまの見解です。
 なので、祝福をお与えになるそうです」

 この上さらにいただくなんてとんでもないと、固辞しようとするが、女神は果たして許すだろうか。
 ……そんなわけはあるまい。

「もらえるものはもらっときなさいって。ほらほら座って、やりにくいでしょ」

 彼女の勢いに押され座らされた彼らの頭に手を置いた。

「世界を創りし創造神である私の名によって、其方らに祝福を与える。その意味をよく考え、これからの人生を歩みなさい」

 閉じていた目を開けて、最後に夫妻の顔を見る。

 両手からは白く眩い光がとめどめなく溢れ出る。

「人生は、一度きりなのよ。
 あなたたちだけじゃないわ、私も一度死んだらおしまい。
 だから精一杯、この一生を有意義に使いなさい」

「「はい」」

 自らの民を慈しむ、創造の女神は、満面の笑みを浮かべた。

「それじゃあね」

 彼女は、自身の右腕の天使とともに天界へと帰っていった。

 ……そして、女神は、今日もファンレターを読んでいる。



ーーーーー

「女神の手繰る糸」完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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※この作品は、第8回キャラ文芸大賞にエントリーしていました。
 結果は https://www.alphapolis.co.jp/diary/view/272357 からご覧いただけます。
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