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49話
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ジェネラルたちと別れ、ベルは森を抜けた。 鬱蒼とした木々のトンネルを抜けると視界が一気に開ける。
「ワァ!」
眩しい太陽の光。 眼下には緑の畑と小さな家々が並ぶ、のどかな村の風景が広がっていた。
主が言っていた場所だ。
「ここが、ムラ! ……ニンゲン、イッパイ!」
ベルは好奇心を抑えきれず、スピードを上げて村へと降下していった。
村の入り口付近では、農作業をしていた村人や、井戸端会議をしていた女性たちが空を見上げて固まっていた。
光の粒子を撒き散らしながら舞い降りる、小さな羽の生えた少女。 お伽噺に出てくるような妖精の姿に誰もが目を丸くしている。
「おい、あれ……妖精か?」
「妖精って一応魔物だよな……?エルフの森にいるのは友好的らしいが、エルフの森なんて遠いし……」
村人たちがざわめく中、ベルは彼らの目の前でふわりと停止した。
「コンニチハ! ワタシ、ベル! テキジャ、ナイヨ」
ベルがニコニコと手を振ると、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
村人たちは顔を見合わせる。
「喋った?」
「しかし森の方から来たってことは……」
「ああ。ダンジョン様の新しい使い魔かもしれないな」
以前、薬をくれた銀色の狼や今も村で愛されているスライム。この村の人々は既に、森の奥にいる「友好的な魔物の主」を受け入れつつあった。
この可愛らしい妖精も仲間なのだろうと直感したのだ。
「あー……アンタ、スライムちゃんのお友達かい?」
「ウン! トモダチ! ……アッ!」
村人たちに囲まれて上機嫌になっていたベルの視界に、あるものが飛び込んできた。
広場の隅で、小さな子供たちが数人、ボールのようなものを追いかけて走り回っている。
「コドモ! アソンデる!」
その瞬間、ベルの頭から「スライムに会って話を聞く」という任務がスポーンと抜け落ちた。
生まれたばかりの彼女にとって、「楽しそうなこと」への誘惑は何よりも勝るのだ。
……妖精種は大体思考がふわふわしているだけかもしれないが。
「ネエネエ! ワタシも! ワタシもマゼて!」
ベルは村人たちの輪をすり抜け、子供たちの方へ一直線に飛んでいった。
「わぁっ!? 妖精さんだ!」
「すげー! 本物だ!」
子供たちは最初は驚いたが、すぐに空飛ぶ新しい友達に興味津々で集まってきた。
「オニごっこ? カクレんぼ? ……ワタシ、トベルよ! ツカマエてミテ!」
ベルが空中でクルクルと宙返りをし[精霊魔法]でキラキラと光る粉を降らせる。
「きゃあ! きれい!」
「待てー!」
「アハハ! コッチ、コッチ!」
ベルは子供たちの周りを飛び回り、光の魔法でイタズラし、風の魔法で髪を揺らす。
村の広場に、子供たちと妖精の楽しそうな笑い声が響き渡る。
任務のことなど完全に忘れ、ベルは人間たちとの遊びに夢中になってしまうのだった。
「ガインさん、こっちです」
「あぁ」
そんな時だった。
村人たちの輪が割れ、一人の男が歩いてきた。村長のガインだ。
未知の魔物……妖精が現れたとの報告を受け、急いで駆けつけたのだ。
「ワァ! ナんか、強ソウナおじさんキタ!」
ベルの興味は子供たちから新しく現れた厳ついおじさんへと即座に移った。
彼女はヒュン! と空を切り、ガインの目の前まで飛んでいく。
「むっ……!」
ガインの体が瞬時に硬直する。元騎士としての本能が、目の前の小さな存在が持つ魔力量を察知し、警戒レベルを引き上げたのだ。
だがベルは攻撃などしてこない。ただガインの顔の周りをブンブンと飛び回り、まつ毛に鱗粉を引っかけたりして遊んでいるだけだ。
「……ふぅ」
殺気がないことを悟り、ガインはゆっくりと身体の力を抜いた。
彼は目の前を飛び回る小さな光を見据え、努めて冷静に問いかけた。
「妖精種……か。貴殿は『ダンジョン殿』の使い魔とお見受けするが……合っているか?」
「ツカイマ?」
堅苦しいガインの言葉に、ベルはコテンと首を傾げた。
難しい言葉はよく分からない。 でも、主の「お使い」で来たのだから、たぶん合ってるはずだ。
「ウン! ワタシ、ツカイマ! ……タブン! キャハハ!!」
ベルはケラケラと無邪気に笑うと、空中でくるりと宙返りをした。
愛らしさと能天気さに、周囲の村人たちからもどっと笑いが起きる。
「なんだ、やっぱりいい子じゃないか」
「かーわいいなぁ! まるで人形みたいだ」
村人たちは魔物への恐怖心などすっかり忘れ、ベルを愛でるような目で見つめている。
だが──ガインだけは、笑っていなかった。
(この魔力……以前のスライムとは桁が違うぞ)
彼は愛らしい妖精の笑顔の裏にある[R]ランクたる底知れぬ力を感じ取り、決して警戒を解こうとはしなかった。
ガインは、キャハハと笑いながら飛び回る小さな妖精を、冷ややかな脂汗を流しながら見つめていた。
村人たちは「可愛い」「愛らしい」と頬を緩ませているが、ガインの目には全く別のものとして映っていた。
「……」
かつて王国の騎士として幾度となくダンジョンに潜った記憶が蘇る。
暗い迷宮の中で、彼は妖精種の魔物と何度も殺し合った経験があるからだ。
(エルフが使役する妖精とは、根本が違う……)
森の民であるエルフが契約する妖精は清浄な気に感化され、決して人に害をなすことはない。
だが、ダンジョンに巣食う妖精種は別物だ。彼女たちは基本的に狂っているのだ。
いや、「狂っている」という表現すら生温いかもしれない。人間とは根本的に価値観が違うのだ。
無邪気で、無垢で、そして底なしに残酷な魔法の使い手。 綺麗だからという理由だけで人の首を刎ね、楽しいからという理由だけで火を放つ。
ガインはかつて上位種の妖精が指先一つ動かしただけで、熟練の重装歩兵百人が紙切れのように斬り裂かれる地獄を見たことがあった。
(こいつは……その類だ)
ガインの古傷が疼く。目の前のベルから感じる魔力は、かつて見た化け物たちには及ばないが……。それでも危険だ。
だからこそ彼は村人たちのように手放しで歓迎することなどできない。
(もし、こいつが暴れ出したら……)
ガインは服の下で筋肉を硬直させる。
その時は、村の被害を最小限に抑えるため、即座に命を賭して切り伏せ──
「お父さん! 何ボーッとしてんの!」
「むっ……?」
鋭い声にガインの殺気霧散した。 振り返ると、そこには娘のエリザが立っていた。
今日はいつもの軽装鎧ではなく、動きやすい村娘の服を着ている。
そして彼女の腕の中には──以前、銀狼が置いていった極彩色のプルプルした塊[UC]アルケミー・スライムが猫のように抱かれていた。
「わぁ……可愛い……!」
エリザは腕の中のアルケミー・スライムを抱き直すと、宙に浮くベルを見て目を輝かせた。
恐怖心など微塵もない、純粋な好奇心と好意に満ちた眼差しだ。
「あなたはダンジョンさんの使い魔なの? 何か村に用なの?」
その言葉を聞き、ベルはハッとした。 子供たちと遊ぶのに夢中ですっかり忘れていた本来の目的を思い出したのだ。
「アッ! そうだった!」
ベルは慌てて姿勢を正し、ビシッと敬礼のようなポーズをとった。
「主様に言ワレタの! 『ムラのニンゲンさんに挨拶シテコイ』って! それと、『スライムさんのヨウスを見てこい』って!」
ベルがそう言うと、エリザの腕の中でプルプルと揺れていたアルケミー・スライムが、ポヨヨンと身を乗り出した。
「ぷよん?(キミは新入り?)」
「ソウ、ナカマ! 新しい[R]ランク!」
ベルが胸を張ると、スライムは納得したように体を震わせた。
「(ぷよよ……(そっかぁ。じゃあ主様に伝えて。 『僕は元気だよ』って。 『ご飯も色々美味しいの貰えるんだ。スライムにはご飯なんて必要ないんだけど……でも、美味しいからいっかなって』 『あ、それとこの前子供達と遊んでたら綺麗な石がね……』)」
スライムは日々の出来事を日記を読み上げるかのようにツラツラと語った。
そこには「人間の動向」や「村の警戒レベル」といった、主が本当に知りたがっている戦略的な情報は一切なかった。 ただの「ほのぼのライフ」の報告だ。
だが──そんな大人の事情を、生まれたばかりのベルが理解できるはずもなかった。
「ウンウン、ソッカー! ゴハン、オイシイ! キレイな石! ……ワカッタ!」
ベルは深く頷いた。 スライムは元気。ご飯も食べてる。綺麗な石もある。 完璧な情報だ。
(よし! これでカンペキ!)
ベルは任務を終えた熟練兵士のようなドヤ顔で、ふんぞり返った。
「ニンムタッセイ!」と胸を張るその姿は頼りないが、本人は大真面目だ。
ベルとスライムの高度な(?)情報交換が終わったのを見計らって、それまで黙って様子を窺っていたガインが一歩前に出た。
「あー……その、妖精殿」
ガインの声には、まだ緊張の色が残っていた。 警戒が完全に消えたわけではない。
だが、娘のエリザや村人たちが笑顔で接している手前、そして何より「あの件」がある以上、礼を尽くさねばならなかった。
「ダンジョン殿に伝えてくれないか?」
ガインはベルの目を見て深々と頭を下げた。
「『先日は世話になった。お陰で体調も回復した』、と」
元騎士団分隊長である男の心からの感謝。
貰った『赤茸』と『ポーション』のおかげで、彼は死の淵から生還したのだ。その礼を直接の使い魔であるベルに託したのである。
だが、ベルが召喚されたのはその一件の後だ。
ポーション? 回復? ナニソレ?
ベルの頭の中には「?」マークが浮かんでいた。
「??? ……ヨクわかんないケド、ワカッタ!」
それでもベルは元気よく頷いた。
意味は分からなくても、メッセージを届けるのが伝令の仕事だということは分かっている。
「ツタエル! 『オジサン、ゲンキになった』!」
ベルの要約にガインは苦笑したが、それでも「頼んだぞ」と真剣な眼差しを向けた。
「ヨシ! じゃあ、ワタシ、カエルね! バイバーイ!」
ベルはエリザや子供たち、そしてガインに大きく手を振ると、キラキラした光の粉を撒き散らしながら空高く舞い上がろうとした。
任務完了。あとはマスターに「スライムは元気だった」と伝えるだけだ。
だが、その直後だった。
「……待ってくれ、妖精殿!」
背後から絞り出すような太い声がベルを呼び止めた。 ベルはピタリと空中で停止し、不思議そうに振り返る。
「ナニ? オジサン」
呼び止めたのは、村長のガインだった。
だが、彼はベルを呼び止めたくせに言葉を続けることなく俯いてしまった。 眉間に深い皺を寄せ、拳を固く握りしめている。
「ダンジョンに情報を流すなど、人間として……いや、しかし……子供たちを救い、私を救った……恩を仇で返すわけには……」
ガインの口から苦渋に満ちた独り言が漏れる。
元騎士としての矜持。人間社会への忠誠。そして受けた恩義への報い。 相反する感情が彼の中で激しくせめぎ合っているようだ。
ベルには彼の葛藤の意味など分からない。
ただ、オジサンがすごく難しい顔をして「ムムム」と唸っていることだけは分かった。
「オジサン、オナカいたいの?」
ベルが小首を傾げたその時。 ガインが意を決したように口を開く。
「……妖精殿。ダンジョン殿に、一つ伝えておきたいことがある」
「エ?」
「実は、最近──」
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況] 拠点名: (未設定・円形の塔)
階層: 16階建て + 屋上
DP: 1,600
訪問者: 1名(リナ)
召喚中:
総司令官: [R] ヒーロー・ゴブリン・ジェネラル (Lv.20)
狩猟部隊長: [R] ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフ (Lv.15)
突撃隊長: [R] オーク・デストロイヤー (Lv.15)
防衛部隊長: [R] スケルトン・バウォーク (Lv.15)
偵察部隊長: [N] ヴァンパイアバット (Lv.8)
遊撃・伝令: [R] ベル (Lv.1)
(他、多数)
侵入者: なし
その他: ベルが帰還直前、ガインから重要な情報を打ち明けられそうになる。
♢ ♢ ♢
「ワァ!」
眩しい太陽の光。 眼下には緑の畑と小さな家々が並ぶ、のどかな村の風景が広がっていた。
主が言っていた場所だ。
「ここが、ムラ! ……ニンゲン、イッパイ!」
ベルは好奇心を抑えきれず、スピードを上げて村へと降下していった。
村の入り口付近では、農作業をしていた村人や、井戸端会議をしていた女性たちが空を見上げて固まっていた。
光の粒子を撒き散らしながら舞い降りる、小さな羽の生えた少女。 お伽噺に出てくるような妖精の姿に誰もが目を丸くしている。
「おい、あれ……妖精か?」
「妖精って一応魔物だよな……?エルフの森にいるのは友好的らしいが、エルフの森なんて遠いし……」
村人たちがざわめく中、ベルは彼らの目の前でふわりと停止した。
「コンニチハ! ワタシ、ベル! テキジャ、ナイヨ」
ベルがニコニコと手を振ると、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
村人たちは顔を見合わせる。
「喋った?」
「しかし森の方から来たってことは……」
「ああ。ダンジョン様の新しい使い魔かもしれないな」
以前、薬をくれた銀色の狼や今も村で愛されているスライム。この村の人々は既に、森の奥にいる「友好的な魔物の主」を受け入れつつあった。
この可愛らしい妖精も仲間なのだろうと直感したのだ。
「あー……アンタ、スライムちゃんのお友達かい?」
「ウン! トモダチ! ……アッ!」
村人たちに囲まれて上機嫌になっていたベルの視界に、あるものが飛び込んできた。
広場の隅で、小さな子供たちが数人、ボールのようなものを追いかけて走り回っている。
「コドモ! アソンデる!」
その瞬間、ベルの頭から「スライムに会って話を聞く」という任務がスポーンと抜け落ちた。
生まれたばかりの彼女にとって、「楽しそうなこと」への誘惑は何よりも勝るのだ。
……妖精種は大体思考がふわふわしているだけかもしれないが。
「ネエネエ! ワタシも! ワタシもマゼて!」
ベルは村人たちの輪をすり抜け、子供たちの方へ一直線に飛んでいった。
「わぁっ!? 妖精さんだ!」
「すげー! 本物だ!」
子供たちは最初は驚いたが、すぐに空飛ぶ新しい友達に興味津々で集まってきた。
「オニごっこ? カクレんぼ? ……ワタシ、トベルよ! ツカマエてミテ!」
ベルが空中でクルクルと宙返りをし[精霊魔法]でキラキラと光る粉を降らせる。
「きゃあ! きれい!」
「待てー!」
「アハハ! コッチ、コッチ!」
ベルは子供たちの周りを飛び回り、光の魔法でイタズラし、風の魔法で髪を揺らす。
村の広場に、子供たちと妖精の楽しそうな笑い声が響き渡る。
任務のことなど完全に忘れ、ベルは人間たちとの遊びに夢中になってしまうのだった。
「ガインさん、こっちです」
「あぁ」
そんな時だった。
村人たちの輪が割れ、一人の男が歩いてきた。村長のガインだ。
未知の魔物……妖精が現れたとの報告を受け、急いで駆けつけたのだ。
「ワァ! ナんか、強ソウナおじさんキタ!」
ベルの興味は子供たちから新しく現れた厳ついおじさんへと即座に移った。
彼女はヒュン! と空を切り、ガインの目の前まで飛んでいく。
「むっ……!」
ガインの体が瞬時に硬直する。元騎士としての本能が、目の前の小さな存在が持つ魔力量を察知し、警戒レベルを引き上げたのだ。
だがベルは攻撃などしてこない。ただガインの顔の周りをブンブンと飛び回り、まつ毛に鱗粉を引っかけたりして遊んでいるだけだ。
「……ふぅ」
殺気がないことを悟り、ガインはゆっくりと身体の力を抜いた。
彼は目の前を飛び回る小さな光を見据え、努めて冷静に問いかけた。
「妖精種……か。貴殿は『ダンジョン殿』の使い魔とお見受けするが……合っているか?」
「ツカイマ?」
堅苦しいガインの言葉に、ベルはコテンと首を傾げた。
難しい言葉はよく分からない。 でも、主の「お使い」で来たのだから、たぶん合ってるはずだ。
「ウン! ワタシ、ツカイマ! ……タブン! キャハハ!!」
ベルはケラケラと無邪気に笑うと、空中でくるりと宙返りをした。
愛らしさと能天気さに、周囲の村人たちからもどっと笑いが起きる。
「なんだ、やっぱりいい子じゃないか」
「かーわいいなぁ! まるで人形みたいだ」
村人たちは魔物への恐怖心などすっかり忘れ、ベルを愛でるような目で見つめている。
だが──ガインだけは、笑っていなかった。
(この魔力……以前のスライムとは桁が違うぞ)
彼は愛らしい妖精の笑顔の裏にある[R]ランクたる底知れぬ力を感じ取り、決して警戒を解こうとはしなかった。
ガインは、キャハハと笑いながら飛び回る小さな妖精を、冷ややかな脂汗を流しながら見つめていた。
村人たちは「可愛い」「愛らしい」と頬を緩ませているが、ガインの目には全く別のものとして映っていた。
「……」
かつて王国の騎士として幾度となくダンジョンに潜った記憶が蘇る。
暗い迷宮の中で、彼は妖精種の魔物と何度も殺し合った経験があるからだ。
(エルフが使役する妖精とは、根本が違う……)
森の民であるエルフが契約する妖精は清浄な気に感化され、決して人に害をなすことはない。
だが、ダンジョンに巣食う妖精種は別物だ。彼女たちは基本的に狂っているのだ。
いや、「狂っている」という表現すら生温いかもしれない。人間とは根本的に価値観が違うのだ。
無邪気で、無垢で、そして底なしに残酷な魔法の使い手。 綺麗だからという理由だけで人の首を刎ね、楽しいからという理由だけで火を放つ。
ガインはかつて上位種の妖精が指先一つ動かしただけで、熟練の重装歩兵百人が紙切れのように斬り裂かれる地獄を見たことがあった。
(こいつは……その類だ)
ガインの古傷が疼く。目の前のベルから感じる魔力は、かつて見た化け物たちには及ばないが……。それでも危険だ。
だからこそ彼は村人たちのように手放しで歓迎することなどできない。
(もし、こいつが暴れ出したら……)
ガインは服の下で筋肉を硬直させる。
その時は、村の被害を最小限に抑えるため、即座に命を賭して切り伏せ──
「お父さん! 何ボーッとしてんの!」
「むっ……?」
鋭い声にガインの殺気霧散した。 振り返ると、そこには娘のエリザが立っていた。
今日はいつもの軽装鎧ではなく、動きやすい村娘の服を着ている。
そして彼女の腕の中には──以前、銀狼が置いていった極彩色のプルプルした塊[UC]アルケミー・スライムが猫のように抱かれていた。
「わぁ……可愛い……!」
エリザは腕の中のアルケミー・スライムを抱き直すと、宙に浮くベルを見て目を輝かせた。
恐怖心など微塵もない、純粋な好奇心と好意に満ちた眼差しだ。
「あなたはダンジョンさんの使い魔なの? 何か村に用なの?」
その言葉を聞き、ベルはハッとした。 子供たちと遊ぶのに夢中ですっかり忘れていた本来の目的を思い出したのだ。
「アッ! そうだった!」
ベルは慌てて姿勢を正し、ビシッと敬礼のようなポーズをとった。
「主様に言ワレタの! 『ムラのニンゲンさんに挨拶シテコイ』って! それと、『スライムさんのヨウスを見てこい』って!」
ベルがそう言うと、エリザの腕の中でプルプルと揺れていたアルケミー・スライムが、ポヨヨンと身を乗り出した。
「ぷよん?(キミは新入り?)」
「ソウ、ナカマ! 新しい[R]ランク!」
ベルが胸を張ると、スライムは納得したように体を震わせた。
「(ぷよよ……(そっかぁ。じゃあ主様に伝えて。 『僕は元気だよ』って。 『ご飯も色々美味しいの貰えるんだ。スライムにはご飯なんて必要ないんだけど……でも、美味しいからいっかなって』 『あ、それとこの前子供達と遊んでたら綺麗な石がね……』)」
スライムは日々の出来事を日記を読み上げるかのようにツラツラと語った。
そこには「人間の動向」や「村の警戒レベル」といった、主が本当に知りたがっている戦略的な情報は一切なかった。 ただの「ほのぼのライフ」の報告だ。
だが──そんな大人の事情を、生まれたばかりのベルが理解できるはずもなかった。
「ウンウン、ソッカー! ゴハン、オイシイ! キレイな石! ……ワカッタ!」
ベルは深く頷いた。 スライムは元気。ご飯も食べてる。綺麗な石もある。 完璧な情報だ。
(よし! これでカンペキ!)
ベルは任務を終えた熟練兵士のようなドヤ顔で、ふんぞり返った。
「ニンムタッセイ!」と胸を張るその姿は頼りないが、本人は大真面目だ。
ベルとスライムの高度な(?)情報交換が終わったのを見計らって、それまで黙って様子を窺っていたガインが一歩前に出た。
「あー……その、妖精殿」
ガインの声には、まだ緊張の色が残っていた。 警戒が完全に消えたわけではない。
だが、娘のエリザや村人たちが笑顔で接している手前、そして何より「あの件」がある以上、礼を尽くさねばならなかった。
「ダンジョン殿に伝えてくれないか?」
ガインはベルの目を見て深々と頭を下げた。
「『先日は世話になった。お陰で体調も回復した』、と」
元騎士団分隊長である男の心からの感謝。
貰った『赤茸』と『ポーション』のおかげで、彼は死の淵から生還したのだ。その礼を直接の使い魔であるベルに託したのである。
だが、ベルが召喚されたのはその一件の後だ。
ポーション? 回復? ナニソレ?
ベルの頭の中には「?」マークが浮かんでいた。
「??? ……ヨクわかんないケド、ワカッタ!」
それでもベルは元気よく頷いた。
意味は分からなくても、メッセージを届けるのが伝令の仕事だということは分かっている。
「ツタエル! 『オジサン、ゲンキになった』!」
ベルの要約にガインは苦笑したが、それでも「頼んだぞ」と真剣な眼差しを向けた。
「ヨシ! じゃあ、ワタシ、カエルね! バイバーイ!」
ベルはエリザや子供たち、そしてガインに大きく手を振ると、キラキラした光の粉を撒き散らしながら空高く舞い上がろうとした。
任務完了。あとはマスターに「スライムは元気だった」と伝えるだけだ。
だが、その直後だった。
「……待ってくれ、妖精殿!」
背後から絞り出すような太い声がベルを呼び止めた。 ベルはピタリと空中で停止し、不思議そうに振り返る。
「ナニ? オジサン」
呼び止めたのは、村長のガインだった。
だが、彼はベルを呼び止めたくせに言葉を続けることなく俯いてしまった。 眉間に深い皺を寄せ、拳を固く握りしめている。
「ダンジョンに情報を流すなど、人間として……いや、しかし……子供たちを救い、私を救った……恩を仇で返すわけには……」
ガインの口から苦渋に満ちた独り言が漏れる。
元騎士としての矜持。人間社会への忠誠。そして受けた恩義への報い。 相反する感情が彼の中で激しくせめぎ合っているようだ。
ベルには彼の葛藤の意味など分からない。
ただ、オジサンがすごく難しい顔をして「ムムム」と唸っていることだけは分かった。
「オジサン、オナカいたいの?」
ベルが小首を傾げたその時。 ガインが意を決したように口を開く。
「……妖精殿。ダンジョン殿に、一つ伝えておきたいことがある」
「エ?」
「実は、最近──」
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況] 拠点名: (未設定・円形の塔)
階層: 16階建て + 屋上
DP: 1,600
訪問者: 1名(リナ)
召喚中:
総司令官: [R] ヒーロー・ゴブリン・ジェネラル (Lv.20)
狩猟部隊長: [R] ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフ (Lv.15)
突撃隊長: [R] オーク・デストロイヤー (Lv.15)
防衛部隊長: [R] スケルトン・バウォーク (Lv.15)
偵察部隊長: [N] ヴァンパイアバット (Lv.8)
遊撃・伝令: [R] ベル (Lv.1)
(他、多数)
侵入者: なし
その他: ベルが帰還直前、ガインから重要な情報を打ち明けられそうになる。
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レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。
死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった!
呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
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