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54話
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(よし、ウルフ側はもう心配ないな。一方的な狩りだ)
俺は[視点共有]を解除する。 森の半分はウルフが制圧した。では、もう半分……ジェネラルが率いる別動隊はどうなっている?
あいつのことだ、ウルフみたいに暴れ回るのではなくスマートに狩りをしていそうだが……。
(ジェネラル! 視点共有してくれ!)
俺の意思に応じ、脳内のスクリーンが切り替わる。
ウルフの疾走感溢れる視界から一転、そこは奇妙なほど静かだった。
「……」
視界の中のジェネラルは森の中の少し開けた場所で微動だにせず仁王立ちしていた。
深紅のマントが風に揺れているだけで、まるで石像のように動かない。
(……? なにしてるんだ?)
ただ棒立ちしているようにしか見えない。休憩か?
──いや、違う。
殺気は消していない。むしろ張り詰めている。
その時だった。
ガサガサッ!
向かいの茂みが激しく揺れ、そこから緑のマントを羽織った小柄な影──[N]ゴブリン・レンジャーが軽やかな足取りで飛び出してきた。
レンジャーはジェネラルの足元をすり抜け、背後へと隠れる。
直後、人間の怒号と共にドタドタと無遠慮な足音が近づいてくる。
「待てコラぁ! ちょこまかと!」
「ゴブリンはこっちに……って、あ?」
茂みを突き破り数人の冒険者パーティが飛び出してきた。
彼らはレンジャーを追って、勢いよく飛び出してきたのだが──目の前に聳え立つ存在を見て、凍りついた。
「なっ……!?」
彼らの視線がレンジャーではなく、その前に立ちはだかる巨躯に釘付けになる。
[N]ホブゴブリン・ファイターを両脇に従え、[将軍の魔剣]を構えた[R]ヒーロー・ゴブリン・ジェネラルの姿に。
「ホ、ホブゴブリン……!?」
「馬鹿、真ん中の奴を見ろ! ジェネラル級だぞ!?」
「ひぃっ!? 嘘だろ、なんでこんな所に……!?」
彼らの顔色が怒りから恐怖へと一瞬で塗り変わる。
ゴブリンを追っていたつもりが、気づけば魔物の本隊のド真ん中に誘い込まれていたのだ。
(なるほどな……!)
俺はジェネラルの意図を理解し、戦慄した。
(囮で釣り出し、精鋭が待つキルゾーンへ引きずり込む……。個で蹂躙するウルフとは違う戦術による殲滅か!)
[R]ヒーロー・ゴブリン・ジェネラルが[将軍の魔剣]を振り下ろした。
「グルァァァッ!!(総員、掛かれ!)」
「キチチチッ!」
「シュルル……!」
足元の地面が爆ぜ、頭上から影が降る。
[N]アント・ソルジャーたちが地中から飛び出して冒険者の足を強靭な大顎で挟み砕き、[UC]スパイダーや[N]アシッド・センチピードが糸と酸の雨を降らせて退路を断つ。
「うわぁぁっ!? 足が、足がぁ!」
「上が! 上を見ろ! 虫だらけだ!」
パニックに陥った彼らに、逃げ場などない。
「キィッ!」
木陰から[N]ゴブリン・レンジャーが放った矢が的確に急所を貫く。
無駄矢など一本もない。混乱する敵の眉間、喉元、鎧の隙間へ吸い込まれるように突き刺さる、冷徹な狙撃。
そして、止めとばかりに重量級の防壁が迫る。
「グオォォォッ!!」
二体の[N]ホブゴブリン・ファイターが、巨大な盾を構えて突撃した。
[シールドバッシュ]の衝撃で冒険者の体勢を崩し、その隙を逃さずロングソードで鎧ごと断ち切る。
洗練された連携はかつてのゴブリンのそれではない。完全に訓練された重装歩兵の動きだ。
「ブモォォッ!」
さらに[N]オークがトドメの暴力として雪崩れ込む。
大ナタの一撃が盾ごと冒険者をひしゃげさせ、吹き飛ばす。
(強い……! 完璧な包囲殲滅戦だ!)
罠に嵌め、足を止め、遠距離から削り、近接で圧殺する。 一方的な蹂躙劇に俺は戦慄すら覚える。
だが──ふと、俺はある違和感に気づいた。
(……あれ? いないぞ?)
この完璧な布陣の中に一番目立つはずの最大火力が見当たらない。
[R]オーク・デストロイヤーだ。 ジェネラルの切り札として待機させていたはずなのに、この乱戦の中に見当たらない。
(あいつ……どこ行った?)
「グルァ……(奴は……血の匂いを嗅ぎつけて、何処かへ消えてしまった。俺の指揮でも制御しきれん……)」
なるほどな……俺は妙に納得してしまった。
平時はともかく、一度スイッチが入った[R]オーク・デストロイヤーの手綱を握るのは、やはり至難の業か。
(むしろここにいなくて良かったかもしれないな……)
俺は整然と敵を処理していく自軍の陣形を見渡す。 もしあの中でデストロイヤーが暴れ回っていたら、敵どころか味方のホブゴブリンたちまで巻き込んで陣形が崩壊していたかもしれない。
あいつは個で完結している戦略兵器だ。勝手に暴れてくれている方が、軍としては都合がいい。
その時、戦況が動いた。
「ひ、ひぃぃぃッ!?助けてくれぇ!」
「俺は逃げるぞ!」
生き残った冒険者の一人が足を負傷して転んだ仲間を助けるどころか、逆に蹴り飛ばして囮にし背を向けて逃げ出したのだ。
恐怖が理性を完全に焼き尽くしたらしい。
「キィッ!」
[N]ゴブリン・レンジャーが即座に弓を構え、逃げる背中に狙いを定める。
射てば当たる。確実に殺せる。
だが──。
(待て! 撃つな!)
俺の静止命令が飛んだ。
レンジャーはビクリと動きを止め、不思議そうに弓を下ろす。
(逃げる奴は深追いしなくていい。……放っておけ)
「グルル……?」
ジェネラルも訝しげな気配を伝えてくる。 当然だ。敵を逃せば情報が漏れるし、また攻めてくるかもしれない。
魔物たちの長としては下策中の下策だ。
(ああ、いいんだ。背中を見せて逃げてる奴を、追い回してまで殺すのは……やめておこう)
それは元人間としての俺に残った、最後の線引きだったのかもしれない。
向かってくる敵は殺す。リナを害する敵は排除する。
だが、戦意を喪失して逃げ惑う奴を背後から狩るというのは……どうしても、俺の心が拒絶した。
(甘い、と言われるかもしれないがな……)
俺は小さく自嘲しながら、森の奥へと消えていく冒険者の背中を見送った。
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況]
拠点名: (未設定・円形の塔)
階層: 16階建て + 屋上
DP: 1,600 訪問者: 1名(リナ)
召喚中:
総司令官: [R] ヒーロー・ゴブリン・ジェネラル (Lv.20)
狩猟部隊長: [R] ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフ (Lv.15)
突撃隊長: [R] オーク・デストロイヤー (Lv.15)
防衛部隊長: [R] スケルトン・バウォーク (Lv.15)
偵察部隊長: [N] ヴァンパイアバット (Lv.8)
遊撃・伝令: [R] ベル (Lv.1)
(他、多数)
侵入者: 襲来中!(数不明)
その他: ゴブリン部隊が冒険者を撃退!
♢ ♢ ♢
ザッ、ザッ、ザッ……。
整然とした足音が森に響く。 先頭には巨大な盾を構えた二体の[N]ホブゴブリン・ファイター。
中央には威風堂々たるジェネラルと重量級の[N]オーク。 後方と樹上には[N]レンジャーやアントたちが控えている。
「お、おい! 何だあれは!?」
「魔物の軍隊……?」
前方から武装した冒険者の一団が現れた。
彼らは森の異変を感じて警戒していたようだが、目の前から堂々と歩いてくる異様な集団に動揺を隠せない。
「くそっ、囲まれる前に突破するぞ! 先手必勝だ!」
冒険者のリーダーらしき剣士が叫び、魔術師が杖を構える。
判断は悪くない。だが、相手が悪かった。
「グルァ!(密集陣形!)」
ジェネラルの短く鋭い号令が飛ぶ。
「グオォッ!」
先頭の[N]ホブゴブリン二体が即座に大盾を密着させ、隙間のない鉄の壁を形成した。
「ファイアボール!」
魔術師が放った火球が盾に直撃し、爆炎が上がる。 だが、煙が晴れた先には煤けこそしたが微動だにしないホブゴブリンたちの姿があった。 [R]ジェネラルの[軍団指揮]と[鉄壁の布陣]によるステータス底上げを受けた彼らの防御力は、下級魔法程度では揺らぎもしない。
「なっ……無傷だと!?」
「グルァ!(突撃!)」
敵が硬直したその瞬間、ジェネラルが[将軍の魔剣]を振り下ろした。
「ブモォォォォッ!!」
鉄壁が開いた瞬間、その間から[N]オークが弾丸のように飛び出した。
予備動作なしの[突進]だ。
「うわあっ!?」
前衛の剣士が反応する間もなく、オークの巨体と激突する。
人体が折れる鈍い音と共に、剣士が後方の魔術師を巻き込んで吹き飛んだ。
「ひ、ひぃッ!?」
「陣形が崩された! 立て直せ!」
残った盗賊と槍使いが散開しようとする。 だが、ジェネラルの指揮下にある軍団に死角はない。
「キィッ!」
樹上の[N]ゴブリン・レンジャーが放った矢が盗賊の足元を正確に穿つ。
足が止まった瞬間、地面から[N]アント・ソルジャーの大顎が飛び出し足をガッチリと挟み込んで粉砕した。
「ぎゃああああッ!?」
「グルル……(終わりだ)」
ジェネラル自身が悠然と歩み出る。
残された槍使いが絶望的な叫びと共に槍を繰り出すが、ジェネラルはそれをマントの裾を払うかのように剣の一振りで弾き飛ばした。
カァンッ!
槍が空中に舞う。 続く一撃は、槍使いの首寸前でピタリと止まった。
「ヒッ……あ、あぁ……」
殺気だけで腰を抜かした槍使いは、武器を捨てて背を向けた。
戦意喪失。完全な敗北だ。
「逃げろぉぉぉッ!!」
「助けてくれぇぇ!」
生き残った数名が負傷した仲間を引きずり、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ出した。
(圧倒的だな……)
ウルフのスピードによる蹂躙とは違う。
正面から敵の攻撃を受け止め、力で押し潰す「王道」の強さ。 これを見せつけられれば、どんな冒険者も心が折れるだろう。
「グルァ(追う必要はない。進軍を続けよ)」
ジェネラルは血振るいをして剣を納めると、何事もなかったかのように再び進軍を再開させた。
♢ ♢ ♢
「ハァ……ハァ……! こ、ここまで来れば……!」
ジェネラルの軍勢から命からがら逃げ出した冒険者たちは森を抜け、開けた場所に出たところで膝をついた。
後ろからはもう追っ手の気配はない。 重装のゴブリンたちは深追いをしなかったようだ。
「助かっ……た……のか?」
安堵の表情を浮かべ、顔を上げたその時──。
「……あ?」
彼らの瞳に映ったのは希望の出口ではなかった。
空を突き刺すようにそびえ立つ、異様な建造物。
「なんだ……ありゃあ……?」
見たこともない古代の遺跡のような質感。 そして見上げる首が痛くなるほどの高さ。
以前、盗賊ジンが酒場で吹聴していた「塔」だ。だが噂話に聞いたよりも遥かに巨大で、禍々しい。
「た、高い……」
「10階……?いや、もっとあるぞ……」
呆然とする彼らの視線が塔の根元へと下りていく。
そこには、全てを拒絶するかのような巨大な[R] 巨人の黒鉄門が鎮座していた。
そして、その門の前には──一体の「門番」が立っていた。
「カッ……」
[R] スケルトン・バウォーク。
全身を分厚いフルプレートメイルで覆い、左腕が巨大な城壁盾と一体化した異形の骸骨騎士。
彼は微動だにせず、ただ静かに侵入者たちを見下ろしていた。
「ひッ……!?」
冒険者たちは本能で理解した。 さっきのゴブリン将軍も恐ろしかったが、あれも戦ってはいけないものだ。
近づくだけで押し潰される。 空気が重くなるような圧倒的なプレッシャーが彼らの生存本能を激しく警鐘させた。
「か、怪物だ……」
「あんなの……俺たちの手に負えるわけがねえ……!」
バウォークは動かない。 武器を構えることさえしない。
眼窩に宿る青白い炎が「去れ」と告げていた。
「に、逃げろぉぉぉッ!!」
冒険者たちは悲鳴を上げ、転がるようにして来た道を引き返していった。
塔の中に入る? お宝を探す? とんでもない。
今度こそ脇目も振らず、一目散に村の方角へと逃げ帰っていく……。
俺は[視点共有]を解除する。 森の半分はウルフが制圧した。では、もう半分……ジェネラルが率いる別動隊はどうなっている?
あいつのことだ、ウルフみたいに暴れ回るのではなくスマートに狩りをしていそうだが……。
(ジェネラル! 視点共有してくれ!)
俺の意思に応じ、脳内のスクリーンが切り替わる。
ウルフの疾走感溢れる視界から一転、そこは奇妙なほど静かだった。
「……」
視界の中のジェネラルは森の中の少し開けた場所で微動だにせず仁王立ちしていた。
深紅のマントが風に揺れているだけで、まるで石像のように動かない。
(……? なにしてるんだ?)
ただ棒立ちしているようにしか見えない。休憩か?
──いや、違う。
殺気は消していない。むしろ張り詰めている。
その時だった。
ガサガサッ!
向かいの茂みが激しく揺れ、そこから緑のマントを羽織った小柄な影──[N]ゴブリン・レンジャーが軽やかな足取りで飛び出してきた。
レンジャーはジェネラルの足元をすり抜け、背後へと隠れる。
直後、人間の怒号と共にドタドタと無遠慮な足音が近づいてくる。
「待てコラぁ! ちょこまかと!」
「ゴブリンはこっちに……って、あ?」
茂みを突き破り数人の冒険者パーティが飛び出してきた。
彼らはレンジャーを追って、勢いよく飛び出してきたのだが──目の前に聳え立つ存在を見て、凍りついた。
「なっ……!?」
彼らの視線がレンジャーではなく、その前に立ちはだかる巨躯に釘付けになる。
[N]ホブゴブリン・ファイターを両脇に従え、[将軍の魔剣]を構えた[R]ヒーロー・ゴブリン・ジェネラルの姿に。
「ホ、ホブゴブリン……!?」
「馬鹿、真ん中の奴を見ろ! ジェネラル級だぞ!?」
「ひぃっ!? 嘘だろ、なんでこんな所に……!?」
彼らの顔色が怒りから恐怖へと一瞬で塗り変わる。
ゴブリンを追っていたつもりが、気づけば魔物の本隊のド真ん中に誘い込まれていたのだ。
(なるほどな……!)
俺はジェネラルの意図を理解し、戦慄した。
(囮で釣り出し、精鋭が待つキルゾーンへ引きずり込む……。個で蹂躙するウルフとは違う戦術による殲滅か!)
[R]ヒーロー・ゴブリン・ジェネラルが[将軍の魔剣]を振り下ろした。
「グルァァァッ!!(総員、掛かれ!)」
「キチチチッ!」
「シュルル……!」
足元の地面が爆ぜ、頭上から影が降る。
[N]アント・ソルジャーたちが地中から飛び出して冒険者の足を強靭な大顎で挟み砕き、[UC]スパイダーや[N]アシッド・センチピードが糸と酸の雨を降らせて退路を断つ。
「うわぁぁっ!? 足が、足がぁ!」
「上が! 上を見ろ! 虫だらけだ!」
パニックに陥った彼らに、逃げ場などない。
「キィッ!」
木陰から[N]ゴブリン・レンジャーが放った矢が的確に急所を貫く。
無駄矢など一本もない。混乱する敵の眉間、喉元、鎧の隙間へ吸い込まれるように突き刺さる、冷徹な狙撃。
そして、止めとばかりに重量級の防壁が迫る。
「グオォォォッ!!」
二体の[N]ホブゴブリン・ファイターが、巨大な盾を構えて突撃した。
[シールドバッシュ]の衝撃で冒険者の体勢を崩し、その隙を逃さずロングソードで鎧ごと断ち切る。
洗練された連携はかつてのゴブリンのそれではない。完全に訓練された重装歩兵の動きだ。
「ブモォォッ!」
さらに[N]オークがトドメの暴力として雪崩れ込む。
大ナタの一撃が盾ごと冒険者をひしゃげさせ、吹き飛ばす。
(強い……! 完璧な包囲殲滅戦だ!)
罠に嵌め、足を止め、遠距離から削り、近接で圧殺する。 一方的な蹂躙劇に俺は戦慄すら覚える。
だが──ふと、俺はある違和感に気づいた。
(……あれ? いないぞ?)
この完璧な布陣の中に一番目立つはずの最大火力が見当たらない。
[R]オーク・デストロイヤーだ。 ジェネラルの切り札として待機させていたはずなのに、この乱戦の中に見当たらない。
(あいつ……どこ行った?)
「グルァ……(奴は……血の匂いを嗅ぎつけて、何処かへ消えてしまった。俺の指揮でも制御しきれん……)」
なるほどな……俺は妙に納得してしまった。
平時はともかく、一度スイッチが入った[R]オーク・デストロイヤーの手綱を握るのは、やはり至難の業か。
(むしろここにいなくて良かったかもしれないな……)
俺は整然と敵を処理していく自軍の陣形を見渡す。 もしあの中でデストロイヤーが暴れ回っていたら、敵どころか味方のホブゴブリンたちまで巻き込んで陣形が崩壊していたかもしれない。
あいつは個で完結している戦略兵器だ。勝手に暴れてくれている方が、軍としては都合がいい。
その時、戦況が動いた。
「ひ、ひぃぃぃッ!?助けてくれぇ!」
「俺は逃げるぞ!」
生き残った冒険者の一人が足を負傷して転んだ仲間を助けるどころか、逆に蹴り飛ばして囮にし背を向けて逃げ出したのだ。
恐怖が理性を完全に焼き尽くしたらしい。
「キィッ!」
[N]ゴブリン・レンジャーが即座に弓を構え、逃げる背中に狙いを定める。
射てば当たる。確実に殺せる。
だが──。
(待て! 撃つな!)
俺の静止命令が飛んだ。
レンジャーはビクリと動きを止め、不思議そうに弓を下ろす。
(逃げる奴は深追いしなくていい。……放っておけ)
「グルル……?」
ジェネラルも訝しげな気配を伝えてくる。 当然だ。敵を逃せば情報が漏れるし、また攻めてくるかもしれない。
魔物たちの長としては下策中の下策だ。
(ああ、いいんだ。背中を見せて逃げてる奴を、追い回してまで殺すのは……やめておこう)
それは元人間としての俺に残った、最後の線引きだったのかもしれない。
向かってくる敵は殺す。リナを害する敵は排除する。
だが、戦意を喪失して逃げ惑う奴を背後から狩るというのは……どうしても、俺の心が拒絶した。
(甘い、と言われるかもしれないがな……)
俺は小さく自嘲しながら、森の奥へと消えていく冒険者の背中を見送った。
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況]
拠点名: (未設定・円形の塔)
階層: 16階建て + 屋上
DP: 1,600 訪問者: 1名(リナ)
召喚中:
総司令官: [R] ヒーロー・ゴブリン・ジェネラル (Lv.20)
狩猟部隊長: [R] ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフ (Lv.15)
突撃隊長: [R] オーク・デストロイヤー (Lv.15)
防衛部隊長: [R] スケルトン・バウォーク (Lv.15)
偵察部隊長: [N] ヴァンパイアバット (Lv.8)
遊撃・伝令: [R] ベル (Lv.1)
(他、多数)
侵入者: 襲来中!(数不明)
その他: ゴブリン部隊が冒険者を撃退!
♢ ♢ ♢
ザッ、ザッ、ザッ……。
整然とした足音が森に響く。 先頭には巨大な盾を構えた二体の[N]ホブゴブリン・ファイター。
中央には威風堂々たるジェネラルと重量級の[N]オーク。 後方と樹上には[N]レンジャーやアントたちが控えている。
「お、おい! 何だあれは!?」
「魔物の軍隊……?」
前方から武装した冒険者の一団が現れた。
彼らは森の異変を感じて警戒していたようだが、目の前から堂々と歩いてくる異様な集団に動揺を隠せない。
「くそっ、囲まれる前に突破するぞ! 先手必勝だ!」
冒険者のリーダーらしき剣士が叫び、魔術師が杖を構える。
判断は悪くない。だが、相手が悪かった。
「グルァ!(密集陣形!)」
ジェネラルの短く鋭い号令が飛ぶ。
「グオォッ!」
先頭の[N]ホブゴブリン二体が即座に大盾を密着させ、隙間のない鉄の壁を形成した。
「ファイアボール!」
魔術師が放った火球が盾に直撃し、爆炎が上がる。 だが、煙が晴れた先には煤けこそしたが微動だにしないホブゴブリンたちの姿があった。 [R]ジェネラルの[軍団指揮]と[鉄壁の布陣]によるステータス底上げを受けた彼らの防御力は、下級魔法程度では揺らぎもしない。
「なっ……無傷だと!?」
「グルァ!(突撃!)」
敵が硬直したその瞬間、ジェネラルが[将軍の魔剣]を振り下ろした。
「ブモォォォォッ!!」
鉄壁が開いた瞬間、その間から[N]オークが弾丸のように飛び出した。
予備動作なしの[突進]だ。
「うわあっ!?」
前衛の剣士が反応する間もなく、オークの巨体と激突する。
人体が折れる鈍い音と共に、剣士が後方の魔術師を巻き込んで吹き飛んだ。
「ひ、ひぃッ!?」
「陣形が崩された! 立て直せ!」
残った盗賊と槍使いが散開しようとする。 だが、ジェネラルの指揮下にある軍団に死角はない。
「キィッ!」
樹上の[N]ゴブリン・レンジャーが放った矢が盗賊の足元を正確に穿つ。
足が止まった瞬間、地面から[N]アント・ソルジャーの大顎が飛び出し足をガッチリと挟み込んで粉砕した。
「ぎゃああああッ!?」
「グルル……(終わりだ)」
ジェネラル自身が悠然と歩み出る。
残された槍使いが絶望的な叫びと共に槍を繰り出すが、ジェネラルはそれをマントの裾を払うかのように剣の一振りで弾き飛ばした。
カァンッ!
槍が空中に舞う。 続く一撃は、槍使いの首寸前でピタリと止まった。
「ヒッ……あ、あぁ……」
殺気だけで腰を抜かした槍使いは、武器を捨てて背を向けた。
戦意喪失。完全な敗北だ。
「逃げろぉぉぉッ!!」
「助けてくれぇぇ!」
生き残った数名が負傷した仲間を引きずり、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ出した。
(圧倒的だな……)
ウルフのスピードによる蹂躙とは違う。
正面から敵の攻撃を受け止め、力で押し潰す「王道」の強さ。 これを見せつけられれば、どんな冒険者も心が折れるだろう。
「グルァ(追う必要はない。進軍を続けよ)」
ジェネラルは血振るいをして剣を納めると、何事もなかったかのように再び進軍を再開させた。
♢ ♢ ♢
「ハァ……ハァ……! こ、ここまで来れば……!」
ジェネラルの軍勢から命からがら逃げ出した冒険者たちは森を抜け、開けた場所に出たところで膝をついた。
後ろからはもう追っ手の気配はない。 重装のゴブリンたちは深追いをしなかったようだ。
「助かっ……た……のか?」
安堵の表情を浮かべ、顔を上げたその時──。
「……あ?」
彼らの瞳に映ったのは希望の出口ではなかった。
空を突き刺すようにそびえ立つ、異様な建造物。
「なんだ……ありゃあ……?」
見たこともない古代の遺跡のような質感。 そして見上げる首が痛くなるほどの高さ。
以前、盗賊ジンが酒場で吹聴していた「塔」だ。だが噂話に聞いたよりも遥かに巨大で、禍々しい。
「た、高い……」
「10階……?いや、もっとあるぞ……」
呆然とする彼らの視線が塔の根元へと下りていく。
そこには、全てを拒絶するかのような巨大な[R] 巨人の黒鉄門が鎮座していた。
そして、その門の前には──一体の「門番」が立っていた。
「カッ……」
[R] スケルトン・バウォーク。
全身を分厚いフルプレートメイルで覆い、左腕が巨大な城壁盾と一体化した異形の骸骨騎士。
彼は微動だにせず、ただ静かに侵入者たちを見下ろしていた。
「ひッ……!?」
冒険者たちは本能で理解した。 さっきのゴブリン将軍も恐ろしかったが、あれも戦ってはいけないものだ。
近づくだけで押し潰される。 空気が重くなるような圧倒的なプレッシャーが彼らの生存本能を激しく警鐘させた。
「か、怪物だ……」
「あんなの……俺たちの手に負えるわけがねえ……!」
バウォークは動かない。 武器を構えることさえしない。
眼窩に宿る青白い炎が「去れ」と告げていた。
「に、逃げろぉぉぉッ!!」
冒険者たちは悲鳴を上げ、転がるようにして来た道を引き返していった。
塔の中に入る? お宝を探す? とんでもない。
今度こそ脇目も振らず、一目散に村の方角へと逃げ帰っていく……。
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【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
転生したら王族だった
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異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
夏見ナイ
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ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。
死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった!
呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
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