人の心、クズ知らず。

木樫

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第九話 サキと夢。

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 薄い笑みを絶やさないよう、俺は瞳孔が揺らぐ怯えた瞳を一心に見つめた。


「ずっと、お前の顔が見たかった」

「ふ、あ……」

「タツキは、いいこだよ」


 タツキは目を見開く。
 ぶつけた額をスリ、と擦りつけて、口の中の空気を丸めるように唇を開く。


「いいこのタツキ。もう殺さなくていいから、俺のこと……怖がんないで」


 怖がらせることを無意識にたくさんしてきたくせに、タツキに怖がられると、俺は自分のことを刺し殺したくなるんだ。

 だからそういうふうにお願いすると、捕まえていた腕が、ふと抵抗をやめる。

 タツキは、泣いていた。

 眼を見開いたままのタツキの青白い頬を、透明な雫が幾重にもつたっていく。

 俺はその頬に自分の頬を擦りつけて、タツキの涙を共有をした。
 自分じゃ流せないから、代わりに半分貰うことにしたのだ。


「は……オ、レ……俺、もう殺さなくて、いい……?」


 頬をくっつけたまま声かけを繰り返すと、タツキの呼吸が次第に落ち着き、怯えきった目が少しづつ正気を取り戻した。

 乾いた唇で、幼い心を示すタツキ。
 それだけずっと囚われていたらしい。

 捕まえていた手を離してずいぶん細くなった腰に腕を回すと、タツキは同じようにぎゅっと俺の腰を抱き返す。


「咲の首なんかオレ、締めなくて」

「うん。しなくていい」

「っ俺、聞いた……っ咲、翔瑚だけじゃなくて……俺のこと……本当に……っ?」

「うん。あさましいから、みんないないと生きてけねーや」

「じゃ、じゃあ、じゃあ本当に……っもし、もし俺に好かれても、咲は嫌に、なんねェの……っ? 俺と、オレが、咲を愛してるって言ったら、ジョークにする……?」


 ピクッ、と指先が跳ねた。

 これに頷くと、タツキは万が一俺がこの先ただの一度もマトモな愛し方をしてやれなくても、底抜けの忍耐で幸福だと笑うからだ。

 俺と一緒に居続けて一番人生が歪むのは、たぶん一番柔らかなこの男だと、俺はなんとなくわかっている。

 今でさえ、タツキは俺が殺してくれと言ったことに縛られていた。

 俺をうまく忘れられずに、どうせずっとこの部屋で帰りを待っていたのだろう。
 眠ることもできずに疲弊して酷い有様になってしまった、愚かな信者。

 タツキはそういう子猫だ。

 アヤヒサの忠誠とは違う。
 アヤヒサの忠誠は、俺のためになることを最優先する。

 俺が嫌だと言っても、それが俺の損になるならなだめすかして強行する。
 だから容赦なくノーを突きつけられた。アイツはそういうできた犬だ。

 ま、自分の意思を最優先はできねーから、俺の命令に背いたくせに自分を理由にしては送迎も捜索もできなかったんだけどね。

 だけどタツキの崇拝は、集団自殺を是とする思考の停止した教徒と同じなのだ。

 それがどれだけ自分にとって嫌なことだろうが、そうすれば俺が死のうが、殺せと言われれば渋った挙げ句にちゃんと殺す。

 実際、結局は頷いただろ?
 タツキはそういう無垢な生き物。

 だから俺は、口を閉じた。


「…………」

「咲……? 咲……、っ俺は、オレ、咲の嫌がること、しねェよ……い、今のナシにして、オレは数に入ってなくって、自惚れで、しょ? オレ、イイゼ、ウン」

「…………」

「っでもオレ……オレも、ペットでいいから、仲間に入れて……?」


 タツキは子猫。
 俺の言葉の区別がつかないくせに、わからないまま従う素直な子猫。

 それがわかっているなら、俺はこんな、黙り込む俺に不安を感じて要求を下げるような、一生懸命なタツキに頷いてはいけない。

 頷けば、タツキは愛の奴隷になる。
 タツキ専属にならない心の俺の身勝手な愛に縛られて、もう逃げられなくなる。

 たぶん、普通に愛する人なら、コレには絶対に頷かねんだ。

 もしくはタツキの要求を受け入れても、タツキだけを丁寧に愛してやるべき。盲信するタツキだけを盲信してやるべきだと思う。

 でも俺は、希代のクズだから。


「あはっ……そんな俺に都合のいいオネダリ、願望由来の幻聴かと、思ったわ」

「えっ……?」


 するりと体を離して、タツキの乾いた唇の表面を舐める。


「お前が愛してくれるなら、俺、喜んでタツキに似合う首輪を贈るから」

「っ!」


 そして薄く笑って、その唇に自分のそれを重ねた。




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