誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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閑話 犬の知らない物語

05(side三初)



 しばらく眠る先輩と戯れてから、ズル、と挿れていたものを抜き取る。

 空になった口は真っ赤に熟れて、捲れ上がった粘膜がチラチラと覗き、どうも塞ぎたくなる姿だ。

 もう勃起すらできないだろうにキュゥ、ときつく閉じてはクパ、と、開き、まだ足りないと強請っている。

 矛盾した動きに、使用済みゴムを縛って捨てながらクスクスと笑った。

 起きていたら中に出すなとキレるくせに、ゴムにやると俺によこせよとばかりに拗ねた反応をする。
 先輩はワガママでめんどうで強情で、それでいて甘えたな犬。

 シーツの上で丸くなる先輩の晒された下肢は悲惨なことになっているが、トロけきった表情は幸せそうだ。

 それを見ていると虐め抜いて泣かせたい欲求がムラムラと沸き立つものの、そこは、愛、とかいう痒い感情で我慢した。やっべーさぶいぼ。


「ほんと感謝してほしいわ。俺の感情を引き出せるのも、我慢させられるのも、あんただけ。……ね」

「ん……」


 汗で濡れた前髪をかきあげてやり、そのまま髪をなでる。

 ──意識されたくて、虐めていた。

 けれど虐めても先輩は怒るだけで、怒っていない時は俺を忘れる。それじゃ意味ない。
 だから毎日虐めて、毎日俺を思い出させる。ただの作業だ。めんどくさいけど暇が潰れるし苦じゃなかった。

 ある日、もっと効果的な方法を知ってしまった。

 たまたま気が向いてあの人を抱いた。なかなか新鮮な姿を見れたので、一度きりじゃもったいない気がしてデジタルに切り取っただけだ。でも使い道を思いついてしまったのだ。

 先輩は気持ちいいことが好きらしい。なら、俺を相手にすると気持ちいいとインプットすればいい。

 新しい遊びに誘われた気分だった。
 もうどうしてやろうか、ワクワクドキドキが止まらないって感じ。

 常識的ノイズは気にならない。
 予測は立てたが些末な問題でどうとでもなる。できる。人間性? おしめと一緒に捨てましたけどなにか。

 そうして意気揚々と写真で脅して俺とのセックスを刷り込む。

 そのうち先輩は、なんだかんだと触れさせてくれるようになった。

 写真を見せなくてもいいらしい。
 一緒にいる口実を見つけたので、プライベートに混ざってみる。

 すると普段はああ見えて世話を焼く側なので慣れていないのか、意外と世話を焼かれると弱いことがわかった。

 胃袋から掴め、とかなんとか。
 まさか自分がやるとは思わなかったが。

 行為の余韻が残るヘロヘロの体で文句を言いながら俺のぶんもトーストを焼く背中を見ると、なんとなく、世話を焼いてやりたくなったのだ。

 そうして俺なりに優しくすると、あら不思議。
 先輩はいつの間にか、俺に懐くようになった。

 自分の性根を変えてはいない。
 してやりたくなったからしてやった。なにも求めないから自分からした。俺のエゴだ。酷いことしかしてない。でも先輩は俺に懐いている。

 ちょっと意味がわからなくて考えた。考えてもわからなかったが、御割修介という先輩が少しわかった。

 俺をそばにおきたがる人は、たいてい俺にオトクを求める。
 というか俺じゃなくても、人間そばにおきたい人はオトクな人だ。

 だが、先輩はどうやらオトクの基準がバカになっているらしい。

 先輩には、俺と仲良くなることによるメリットに興味がなく、そもそもそういう下心すらない。

 ──御割修介という先輩は、人より少しだけ、不器用な人だ。

 仮面を被るのが上手く育ったおかげで、人の仮面と、その裏が、嫌でも分かるようになってしまった自分。

 見たくなくても見える。当然のように並べる嘘八百。だってみんなしてるから。それが常識だから。みんな嘘で会話して、誰もが嘘だと決めつける。

 バカげてる。

 脳死して飾られる仮面がどんな意味か、どんな意図でできたか。
 眺めるうちに全て透けて見えるのに、指摘すると俺が悪いと口を揃えて責め立てる仮面軍。なら俺も仮面で対応しないとダメってことになるのかね。

 辟易する。

 本心なんか言いやしない。
 そのくせ「誰にも自分はわからない」?「誰かにわかってほしい」? じゃあ言えよ。言わないくせになにを求めてんの? エスパー? 無意味でしょ。わかられても認められないくせに。

 虚脱する。

 滲ませるなら、素顔を晒せばいいものを。隠し通せないなら、初めから被らなければいいものを。

 俺はゴメンだね。
 俺は滲ませない。
 俺は隠し通せる。
 でも俺はゴメンだ。

 俺は仮面を被るのがうまかった。
 いざイチ抜けたって脱ぎ捨てようとした時、俺の仮面はもう根っこまで癒着して、皮膚を剥がしても捨てられないほど〝三初要の顔〟をしていた。

 流石に、疲れた。

 だから開き直って、全て仮面で生きることにしたのだ。

 なにも被っていない素顔に見えるくらい、精巧で強固な仮面。

 俺の素顔に興味ないでしょ。
 俺もないし、もう思い出せない。

 なのに。

 芸術的な仮面でめかしこんだ俺に──ある日出会ったその人は「それをやめろ」と言いながら、下手くそな手作りの仮面を被って現れた。

 ねぇ、髪がはみ出ているよ。
 口元が見えている。歪なものだからあちこち見えているけど、それでいいの?

 煽ってみると、いいらしい。

 スイッチが入った。
 不思議なくらいそそる。

 有り体に言えば──惚れた、かな。




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